SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume8 No.2

SPring-8 Section A: Scientific Research Report

オペランド軟X線顕微分光による電気化学発光セルのイオンダイナミクスの解明
Elucidation of Ions’ Dynamics in Light-Emitting Chemical Cell by Means of Operando Soft X-ray Nanospectroscopy

DOI:10.18957/rr.8.2.210
2013B1111, 2014B1025, 2015A1015, 2015B1940, 2016A1055 / BL25SU

小野 新平a, 三輪 一元a, 大河内 拓雄b

Shimpei Onoa, Kazumoto Miwaa, Takuo Ohkochib

a(一財)電力中央研究所, b(公財)高輝度光科学研究センター

aCRIEPI, bJASRI

Abstract

 イオンを利用した新規有機発光デバイスである電気化学発光セルの発光メカニズムを明らかにするため、オペランド軟X線光電子顕微鏡により、電圧印加によって発光した状態での電気化学発光セル中の構成イオンの分布の可視化を試みた。この手法が成功すれば、電極間に生成される電気二重層の構造が明らかとなり、電気化学発光セルの高効率化・長寿命化に結び付くものと期待される。


Keywords: 電気化学発光セル、イオンダイナミクス、光電子顕微鏡


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背景と研究目的:

 地球環境負荷の低減の観点から、省エネルギーを実現する技術の要請がますます高まっている。特に照明は、家庭・業務・産業をあわせた民間部門での年間電力消費量の約 16% を占めており、新規照明の開拓による省エネのポテンシャルは極めて大きい。近年提唱されている、イオン液体を使った有機発光デバイスである電気化学発光セル(light-emitting electrochemical cell, LEC)[1-3]は、i) 交流駆動が可能で、有機 EL で必要な交流―直流変換によるエネルギー損失を削減できる、ii) 簡単な素子構造であることから、プリント技術などの低コスト製造が可能である、iii) 希少元素などの材料を必要としない、iv) 有機発光ポリマーのもつバンドギャップ(発光の色に対応)と同程度の電圧で発光をはじめることから、有機 EL と比較して低電圧駆動が可能である、などのメリットがある。これらのことから LEC は、発光ダイオード(light-emitting diode, LED)に変わる次世代の省エネ照明デバイスとして注目されている。しかし、未だ発光のメカニズムが解明されておらず、実用化へ向けた研究がほとんど進んでいないのが現状である。

 電気化学発光セルは、有機発光ポリマーと電解質(イオン液体)の混合材料(図1)を電極で挟むだけのシンプルな構造の発光デバイスである。電極に電圧を印加すると、有機発光ポリマー中に分散している電解質のイオンのうち、陽イオンが負電極側へ、陰イオンが正電極側へそれぞれ移動し、再配列をする。更に電圧を印加することで、電極から電子と正孔が有機発光ポリマーに注入され、中心付近で再結合し、発光現象が起きると考えられている。

 

         

              図1 実験で用いた有機発光ポリマーとイオン液体。

    実験では発光ポリマーとして poly(9,9-dioctylfluorene-co-bithio- phene) (F8T2) を、イオン液体として
       tetradecyltrihexylphosphonium(tri- fluoromethylsulfonyl)amide ([P66614][TFSI]) を用いた。

 

 現時点では、電気化学発光セルが発光に至る過程に関しては、2つのメカニズムが考えられる。1つ目は、電圧印加により、陽イオンが負電極側へ、陰イオンが正電極側へ集中し、陽イオン、陰イオンの分布が電極間で偏った状態ができる。それに伴って有機発光ポリマーが酸化、もしくは還元されることで、電子輸送層(N 層)・正孔輸送層(P 層)が自己組織で形成して、N 層と P 層の間の界面で発光に至るというメカニズムである(図2左)。この場合、電子輸送層には陽イオンが、正孔輸送層には陰イオンが集まっており、発光する界面を境に陽・陰イオンの分布が変わると予想される。もう1つは、電圧印加により電極界面近傍の陽イオン、陰イオンが移動し、電気二重層と呼ばれる状態を形成し、その電気二重層と電極の間の超強電界により、電極界面から電子、及び正孔が有機ポリマー中に注入され発光に至るというメカニズムである(図2右)。この場合、電極界面の電気二重層のところにイオンが集まるだけで、電気二重層の間にはイオン分布が無いように見えるはずである。電気化学発光セルの実用化においては、前者のメカニズムの場合は、N 層・P 層の形成を向上させるため、イオンの移動を容易にする電解質材料と発光ポリマー材料の混合物の最適化が中心になる。後者の場合は、電子・正孔の注入を容易にするために、電解質材料と電極材料の界面が重要となり、電気二重層形成の最適化を中心に研究を進めることが重要となる。イオン液体を用いた電気化学発光セルのメカニズム解明は、実用化要素技術開発を行う上でも最も重要な鍵を握っている。

 

      

図2 電気化学発光セルの動作原理の概念図。左図は PN 層の形成されるメカニズムを想定し、右図は電気二重層の形成で電子・正孔が注入される様子を示している。イオン分布を測定することで、いづれかのメカニズムか判断をすることができる。

 

 電気化学発光セルの動作メカニズムを解明するためには、イオン濃度の空間分布や外場印可効果、そしてその実時間ダイナミクスを「可視化」して解析するのが有効と考えられる。イオンの分布を明らかにすることで、今まで謎であった電気化学発光セルのメカニズムの解明がそこで本課題では、軟X線ビームライン BL25SU に設置された光電子顕微鏡(Photoemission Electron Microscope, PEEM)装置を用いて、注目元素(イオン)の空間分布とそのダイナミクスを解析する実験を試みた。

 

実験:

 実験は BL25SU の汎用型光電子顕微鏡装置(ELMITEC PEEMSPECTOR)を用いて行った。実験に用いた試料の構造を図3(a)に示す。ガラス基板上に約 25 µm のギャップをもつ2つの Au 電極(Cr 3 nm/Au 17 nm)を蒸着し、そのギャップ上に LEC の元となる発光ポリマー F8T2 とイオン液体[P66614][TFSI]の混合物をスピンコートにより塗布した。LEC は、電圧が印加出来る様に電極上にものっている。今回は、発光ポリマーとイオン液体の比率が 5:1 および 3:1 の試料を用意したが、両方の試料共に、発光ポリマーのバンドギャップに近い、2.7 V 以上の電圧印加により電極間に発光を確認できた。

 

          

              図3 (a) PEEM 観測に用いた試料の概念図 
      (b) 水銀ランプ光源により取得した観察領域の PEEM 像。視野径(直径)は約 50 µm。

 

 本測定に先立ち、「試料が帯電することなく電子結像できるかどうか」「放射光を照射した際の試料ダメージ」の2点について検証と調整を行った。図3(b)に示す様に、帯電なく正常に像観察を行うには、発光ポリマーとイオン液体の比率を 3:1 にしてイオン液体の量を増やすことが必要であることが分かった。また、通常用いている放射光のフラックスでは試料が損傷するため、放射光量をおよそ10分の1程度に弱めることで、ダメージを最小限にして測定を行った。

 

結果および考察:

 まずは、外場を印可しない状態で、窒素、酸素、炭素、フッ素など構成元素の吸収端周辺で放射光のエネルギーを掃引し、画像強度のエネルギー依存性測定を行った。図4に示す様に、窒素、酸素、炭素の K 吸収端に関しては、大きなバックグランドに埋もれながらも明確な吸収ピークを確認することができた。フッ素の K 吸収端に関しては、内殻吸収に基づくスペクトル構造を捉えることができなかった。上記の3元素のうち、窒素と酸素はイオン液体のアニオンのみに存在するため、イオンの移動による濃度分布の変化を捉えるのに適している。そのため、両者のうちで特に吸収ピークが明確であった酸素の K 吸収端にて元素マッピングを行った。

 

          

          図4 炭素、窒素、酸素、フッ素の K 吸収端近傍の XAS スペクトル。

 

 図5(b)に、水銀ランプ光源によって取得した PEEM 像を示す。これと同一視野において酸素の K 吸収端にて元素マッピングを行った結果を図5(c)に示している。ここで、元素マッピング像は、吸収ピーク位置において取得した像の強度(Ion)とプリエッジ条件において取得した像の強度(Ipre)の比として定義している(Ion/Ipre)。印加電圧依存性を見ると、青色になるほど相対的に酸素の濃度が高いことに相当する。2.5 V 以上の電圧印加条件において、相対的に下部(プラス電圧印加側)の酸素濃度が高くなっていることを示唆する結果が得られた。

 

          

図5 (a)酸素の K 吸収端近傍の XAS スペクトル。 (b)水銀ランプ光源により取得した観察領域の PEEM 像。 (c)吸収ピーク位置((a)の ”on” 位置)での画像とプリエッジ位置((a)の ”pre” 位置)での画像を除算して得た強度分布像(IonIpre)。青色になるほど相対的に酸素の濃度が高いことに相当する。

 

 以上の実験は課題番号 2013B1111 において実施した結果である。図3(c)は、正しい結果であれば、イオンの移動状態を実空間で示した初めての例となるが、上記はマシンタイムの終盤に短時間で取得した結果であり、十分な統計精度を持っておらず、得られたコントラストが本質的にイオンの電圧駆動を反映したものであると主張するには再実験が必要である。

 

今後の課題:

 以上の結果を受け、課題番号 2014B1025、2015A1015、2015B1940 および 2016A1055 の課題では、上記の実験を十分な時間をかけて行って、再現性を確認するところからスタートする予定であった。しかし、この時期から PEEMSPECTOR 装置が老朽化により、結像カラム部分で突発的に絶縁不良を起こすトラブルが相次いだ。特に、上記3回の課題中には毎回このトラブルに見舞われたため、適正なデータ取得ができず、実験が進まなかった。最終的にこの PEEM 装置は 2018A 期をもって運用を終了した。

 現在は PEEMSPECTOR 装置の後継機種として、BL17SU(理研ビームライン)の b ブランチに FOCUSPEEM が新規に導入されたため、2018B 期に BL17SU にて実験を再開した(課題番号 2018B1121)。ここではトラブルなく、予定していたデータの取得に成功している。この結果については、改めて、本誌もしくは原著論文にて発表する予定である。

 

参考文献:

[1] Q. Pei, A. Heeger et al., Science 269, 1086 (1995).

[2] T. Sakanoue, S. Ono et al., Appl. Phys. Lett. 100, 263301 (2012).

[3] T. Sakanoue, S. Ono et al., Advanced Materials 29, 1606392 (2017).

 

 

 

(Received: January 22, 2020; Early edition: June 26, 2020; Accepted: July 6, 2020; Published: August 21, 2020)