SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume8 No.2

SPring-8 Section A: Scientific Research Report

XAFSによる配位ナノシートの局所構造の解明
Clarification of Local Structure of Coordination Nanosheet using XAFS

DOI:10.18957/rr.8.2.282
2016A1109 / BL01B1

前田 啓明a、松岡 亮太a、星子 健a、増永 啓康c、佐々木 園b、西原 寛a

Hiroaki Maedaa, Ryota Matsuokaa, Ken Hoshikoa, Hiroyasu Masunagac, Sono Sasakib, Hiroshi Nishiharaa

a東京大学, b京都工芸繊維大学, c(公財)高輝度光科学研究センター

aThe University of Tokyo, bKyoto Institute of Technology, cJapan Synchrotron Radiation Research Institute (JASRI)

Abstract

 配位ナノシートの一つであるビス(ジイミノ)ニッケル錯体ナノシートの Ni K 吸収端について XAFS 測定を行い、金属錯体部位の局所構造の解明を行った。得られた動径構造関数プロットをフィッティングすることで中心金属の Ni と近接する原子(N および C)との距離を算出し、目的の金属錯体構造が形成されていることを明らかにした。


Keywords:配位ナノシート、金属錯体、XAFS


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背景と目的:

 近年、グラフェン、遷移金属カルコゲナイド、金属酸化物、金属水酸化物などに代表される二次元ナノシートが注目されている。二次元ナノシートは膜厚がナノメートルオーダーであるのに対して、面内のドメインサイズがその数百倍以上という異方性を持った物質である。これら二次元ナノシートの特徴としては、膜厚がナノメートルオーダーであることに起因するバルクでは観測されない特有の物理的・化学的性質を示すことである。先に挙げたナノシート群はいずれも無機二次元ナノシートに分類されるが、有機分子を構成要素とする有機二次元ナノシートも近年盛んに研究が進められている。有機二次元ナノシートの最大の特徴の一つはバリエーションの豊富さにあり、適切に設計された有機分子を用いてボトムアップ的に合成することにより、多種多様な化学構造からなるナノシートを構築することが可能である。有機二次元ナノシートの1つである配位ナノシート(Coordination Nanosheet, CONASH)は金属錯体を主骨格に有しており、金属イオンと配位子の無数の組み合わせにより、自在な化学構造や幾何構造の構築と錯体部位由来の電子・磁気・光物性・触媒能等の導入を行うことが可能である上、一般に錯形成反応は温和な条件で進行するために簡便な設備で合成を行えるという特徴を有する [1, 2]。

 ニッケルイオンとヘキサアミノベンゼンからなる CONASH、ビス(ジイミノ)ニッケル錯体(NiDI)ナノシートは粉末X線回折による構造解析から図1に示すような周期的な化学構造を有すると考えられている [3]。NiDI は半導体的な電気伝導特性を示し、構造内にイオンなどを輸送可能な空孔が存在すること、二次元構造に由来する大きな表面積を有することから、スーパーキャパシタやリチウムイオン電池などの電極材料への応用が期待されている [3-5]。一方で、これまでに報告されている NiDI ナノシートは結晶性が十分に高くなく、粉末X線回折測定に基づいて複数の積層構造が提案されているなど、その原子配置が明確に判明しているわけではない [3-6]。構造情報の獲得は、NiDI の物性を評価・解明していく際の基盤として重要である。本課題の目的は XAFS 測定から、主として NiDI の Ni イオン周囲の化学情報を獲得することにより、その原子配置を明らかにすることである。

 

            

図1. 粉末X線回折から推測されている単層ビス(ジイミノ)ニッケル錯体(NiDI)ナノシートの化学構造。点線はユニットセルを示す。

 

実験:

 XAFS 測定は BL01B1 にて透過法により測定を行った。ビス(ジイミノ)ニッケル錯体(NiDI)ナノシートは当研究室より報告した論文に従って合成した[3]。得られた NiDI ナノシートの粉末試料をホルダーの空孔に充填し、両面からカプトンテープで挟み込むことで封じ、試料内に含有されるニッケルの K 吸収端についてX線吸収スペクトルを測定した。得られたスペクトルの解析には Athena および Artemis を使用し、NiDI ナノシートのモデル構造を基にフィッティングを実施することで原子間距離の情報を抽出した。

 

結果および考察:

 測定で得られた XAFS スペクトルのうち、XANES 領域を図2に示す。8331.6 eV に 1s → 3d 遷移に由来する小さなプリエッジピーク、および 8337.0 eV に 1s → 4pz 遷移に由来する大きなプリエッジピークが観測された。これら2つのプリエッジピークは四配位型 Ni 錯体の立体構造が平面四配位型の場合には 1s → 4pz 遷移が強く観測され、四面体型の場合には 1s → 4pz 遷移の強度が下がり、1s → 3d 遷移が強く観測される [7, 8]。今回の測定結果においては 1s → 4pz 遷移由来のプリエッジピークが強く表れていることから、平面四配位型構造の Ni 錯体が形成されていると考えられる。また、Athena により検出された変曲点(E0)の値は 8340.7 eV であり、この値は Ni イオンの価数が2+であることを示唆している [7]。

 

            

                図2. Ni K 吸収端の XANES スペクトル。

 

 Ni K 吸収端について得られた XAFS 振動から、ノイズの少ない波数 k = 3.0 – 12.0 Å−1 の範囲についてフーリエ変換を実施することで図3に示す動径構造関数プロットを獲得した。半径方向距離 r = 1.44 Å および 2.24 Å において明瞭なピークが観測され、それぞれ Ni の第一近接原子である N および第二近接原子である C に由来する信号であると考えられる。この動径構造関数から Ni 原子周辺の化学構造情報を獲得するため、NiDI 配位ナノシートのモデル構造を用いてのフィッティングを実施した。 NiDI 配位ナノシートの周期構造に関しては、以前に SPring-8 の BL02B2 および BL44B2 にて行った粉末X線回折測定から、a = 13.01 Å、c = 3.25 Å の六方晶系のユニットセルを有する構造であることがもとめられている [3]。この大きさのユニットセル内に P6/mmm の空間群の対称性を満たすように NiDI ナノシートの構成原子を配置し、その内部座標を Quantum ESPRESSO にて最適化を行うことでモデル構造(図4)を得た。このモデル構造の cif ファイルを Artemis に取り込み、フィッティングを行う際の初期値として用いた。フィッティングは r = 1.0 – 2.7 Å の範囲にて、Ni-N および Ni-C 間の2つの一回散乱パスを使用し、配位数 Nj に関しては両パスともにモデル構造と同一の4で固定、多体効果の変数 S02、波数 k の原点の変位量 ΔE0 に関しては両パスで共通の値である変数、デバイワラー因子を二乗した値 σj2 と原子間距離の変位量 Δrj については各パスで独立した変数とした。Ni-N および Ni-C 間の原子間距離 rjrj = R0jrj として求めた。ここで R0j はモデル構造における原子間距離とする。フィッティングにより得られた動径構造関数プロットおよび各パラメーターの値をそれぞれ図3および表1に示す。この時の R 因子は 1.4% であった。

 

  

図3. XAFS 測定から得られた (a) XAFS 振動、および (b) 動径構造関数プロット。実験値を黒実線、Artemis によるフィッティング結果を赤実線にて示す。(b) 内の水色および緑色点線はそれぞれ Ni−N 間および Ni−C 間の一回散乱パスによる動径構造関数プロットを示し、灰色点線は実験値とフィッティング結果の誤差を示す。

 

           

        図4. NiDI ナノシートのモデル構造の(a)面内構造および(b)積層構造

 

        表1. フィッティングにより算出されたパラメーターの値と原子間距離

  

 

 算出された Ni−N および Ni−C の原子間距離はそれぞれ 1.86 Å、2.70 Å となった。これらの値はビス(o-フェニレンジアミノ)ニッケル錯体の単結晶構造解析から算出された平均原子間距離、Ni−N:1.832 Å および Ni−C:2.703 Å [9]とよく一致している。

 以上、XANES 領域のスペクトルおよび動径構造関数プロットのフィッティングにより算出した原子間距離から、NiDI ナノシート内部において、ニッケルイオンとヘキサアミノベンゼンによる錯形成反応によりビス(o-フェニレンジアミノ)ニッケル錯体構造が形成されていることが示唆され、Ni 原子周囲の化学構造に関して詳細な情報が獲得できた。

 

その他の測定試料に関して

 本研究では NiDI ナノシートに加えて、ビス(ジチオラト)亜鉛錯体を主骨格に有するZnDT ナノシート、ビス(2,4-ペンタンジオナト)銅錯体を主骨格に有する Cu(acac)2 ナノシートに関して、それぞれ Zn K 吸収端、Cu K 吸収端について XAFS 測定を行った。測定に関しては NiDI と同様に、粉末試料をカプトンテープでホルダーに挟み込み、透過法にてスペクトルを獲得した。動径構造関数プロットのフィッティングから測定対象の金属原子と第一近接原子との原子間距離を算出したところ、ZnDT に関しては Zn−S 間が 2.33 Å、Cu(acac)2 ナノシートに関しては Cu−O 間が 1.94 Å となった。これらの値は報告されている単核錯体の金属イオン−配位原子間距離と一致しており [10, 11]、目的とする錯体構造がナノシート内に形成されていることが示唆された。第二近接原子以降に関しては有意と考えられるピークが動径構造関数プロットでは観測されなかった。

 

今後の課題:

 今回の測定により CONASH の中心金属原子周囲の局所構造について明らかにした。我々のグループではこれまでに CONASH の電気伝導特性が金属錯体部位の酸化状態によって変化すること[12, 13]やリチウムイオン二次電池電極材料として優れた特性を示すこと[4]などを報告してきている。このような機能性 CONASH が機能を発現する際に金属錯体部位がどのような局所構造を有しているかを XAFS により調査することで、構造化学の面からそのメカニズム解明や性能向上を行っていきたい。

 

参考文献:

[1] R. Sakamoto et al., Chem. Commun., 53, 5781-5801 (2017).

[2] H. Maeda, R. Sakamoto, H. Nishihara, Langmuir, 32, 2527-2538 (2016).

[3] E. J. H. Phua et al., Chem. Lett.47, 126-129 (2018).

[4] K. Wada et al., Angew. Chem. Int. Ed.57, 8886-8890 (2018).

[5] D. Feng et al., Nat. Energy3, 30-36 (2018).

[6] J.-H. Dou et al., J. Am. Chem. Soc., 139, 13608-13611 (2017).

[7] W. Gu et al., J. Am. Chem. Soc., 125, 15343-15351 (2003).

[8] G. J. Colpas et al., Inorg. Chem.30, 920-928 (1991).

[9] G. S. Hall, R. H. Soderberg, Inorg. Chem.7, 2300-2303 (1968).

[10] K. Baba et al., Inorg. Chem.47, 2837-2848 (2008).

[11] J. W. Carmichael, L. K. Steinrauf, R. L. Belford, J. Chem. Phys., 43, 3959-3965 (1965).

[12] T. Kambe et al., J. Am. Chem. Soc., 136, 14357-14360 (2014).

[13] X. Sun et al.,Chem. Sci., 8, 8078-8085 (2017).

 

 

(Received: August 19, 2019; Accepted: July 6, 2020; Published: August 21, 2020)