Volume8 No.2
SPring-8 Section B: Industrial Application Report
放射光を用いたリチウムイオン二次電池の熱安定性および構造選択的な化学状態変化の観測
Observation of Thermal Stability and Structure-selective Chemical State Change of Lithium Ion Secondary Batteries
a三洋エナジー南淡(株), bパナソニック(株)
a Sanyo Energy Nandan Co., Ltd., b Panasonic Co., Ltd.
- Abstract
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リチウムイオン二次電池の充電時の熱安定性は、正極に起因するところが大きい。そのため、高温環境下における正極活物質の変化を正確に捉えることは、リチウムイオン二次電池の安全性向上を図る上で非常に重要な技術である。高温環境下での正極活物質は複数の結晶構造をもち、また結晶構造内を異なる元素が同じサイトを占有しているため、構造選択的かつ元素選択的な評価が求められている。今回 X-ray Absorption Fine Structure(XAFS) 測定を行い Cauchy-Wavelet 変換を用いて隣接元素種を迅速に推定できることを確認し、Diffraction Anomalous Fine Structure(DAFS) 測定の検討を行い、構造選択的に各元素の化学状態を推定できる可能性を確認した。今回の結果から、同じサイトを Ni、Co、Mn で共有している正極活物質において、高温環境下での結晶構造変化に伴う遷移金属元素の還元は、主に Ni の層状岩塩型からスピネル型への構造変化により担われているという結論が得られた。
Keywords:リチウムイオン電池、XAFS、DAFS、Cauchy-Wavelet変換
背景と研究目的:
リチウムイオン二次電池は携帯電話やノートパソコンなどの電子デバイス、電気自動車やハイブリッド車などの電動車用途、ESS や UPS などの蓄電池用途など、さまざまな用途において需要が拡大している。そのために、さらなる長寿命化および安全性能が求められている。安全性能の中でも、熱暴走による破裂・発火を抑えることが重要なテーマとなっている。この熱暴走の主な要因はリチウムイオン二次電池の構成材料である正極活物質が過度の熱的・電気的負荷を受けると分解し、酸素を放出してしまうということである。正極活物質からの酸素放出は結晶構造の変化に伴って生じ、またその過程において含有する 3d 遷移金属元素の化学状態も変化している。したがって、安全性向上のための正極活物質の開発のためには熱暴走過程における正極活物質中の各元素の化学状態および構造情報を評価することが重要である。本件では特に、各温度における結晶構造の変化と、それぞれの結晶構造中の 3d 遷移金属元素の濃度変化および化学状態の変化に注目し、酸素放出のメカニズム推定を目的とした。
実験:
本件では正極活物質として一般に知られる LixNi0.85Co0.12Al0.03O2 と LixNi1/3Co1/3Mn1/3O2 の解析を行った。それぞれの正極活物質と炭素材料、結着剤を有機溶媒と混合、スラリーを集電体上に塗布、乾燥することにより合材電極を作製した。1M LiPF6/エチレンカーボネート/ジエチレンカーボネート電解液中、対極を Li 箔として充電を行った。充電後の電池から正極極板を取り出し N2 雰囲気にて 25℃、350℃、500℃ で1時間の加熱処理を行った。いずれの試料も(XRD)測定を行い、LixNi0.85Co0.12Al0.03O2 は X-ray Absorption Fine Structure(XAFS) 測定を行い、LixNi1/3Co1/3Mn1/3O2 はDiffraction Anomalous Fine Structure(DAFS) 測定の実施を試みた。
XRD 測定はビームライン BL16XU にて透過法で実施した。照射X線のエネルギーは 6.5 keV とし、ビームサイズは V:H=0.5 mm:2.0 mm、検出器には2次元検出器(PILATUS)を用いた。エネルギー校正は YAlO3:Ce (YAP:Ce)シンチレーション検出器を用いて測定した CeO2 の回折ピーク角度からブラッグ式で算出した値を用いた。カメラ長校正は測定した CeO2 の回折ピーク角度から FIT2D ソフトを使って算出した。自社での DAFS 測定の習得を目的とし、XRD 測定と同じ設備にて層状岩塩型の 003 ピークおよびスピネル型の 111 ピークを、照射X線のエネルギーは Mn:6.50~6.70 keV、Co:7.67~7.87 keV、Ni:8.30~8.50 keV の範囲にて 1 eV step で行った。同じく BL16XU にて HAXPES 測定を行ったが、試料の帯電が激しく、測定に耐えなかった。XAFS 測定は BL16B2 にて Ni K-edge の透過測定を実施した。XRD は結晶構造の同定を目的とし、DAFS および XAFS は各元素の形式価数の変化の評価を目的とした。特に DAFS は今後、複相の結晶相を有す材料の各結晶相中の遷移金属元素の形式価数評価を視野に入れ、測定を試みた。
結果および考察:
Fig. 1 に各試料の XRD プロファイルを示す。Fig. 1(a)に示した LixNi0.85Co0.12Al0.03O2 では Ni rich 系活物質の一般的な温度変化[1]が観測され、25 ℃では層状岩塩型、350℃ では M3O4-type のスピネル型、500℃ では岩塩型であると推定される。
Fig. 1 XRD patterns of cathode (a: LixNi0.8Co0.12Al0.03O2, b: LixNi1/3Co1/3Mn1/3O2)
after heating at 25℃,350℃ and 500℃.
Fig. 2(a)に 25℃ と 500℃ 処理後における Ni K-edge の XANES 測定結果を示す。25℃ に対し 500℃ では吸収端が明瞭にシフトしており、Ni の還元が生じていることが見て取れる。一般に知られる加熱による酸素放出[1]に伴う電荷補償を Ni が担っていることを確認した。得られたデータの EXAFS 振動 k2χ(k)をデータ間隔 k step = 0.05 に対しデータ点数 1024 点まで zero filling し、連続 Cauchy-Wavelet 変換[2, 3]を行った結果を Fig. 2(b), (c)に示す。この際の R は 0~10 Å とし、データ間隔(R step)は k step に依存するため、データ点数は 326 となった。つまり参考文献[2]における n は n = 326 となる。この k step および R step は XAFS 解析ソフト Athena のデフォルトの設定と同じ値を採用している。Fourier 変換では R 空間の一次元表記となり、k 空間の情報を可視化できないため[4]、R 空間と k 空間の二次元で簡便に可視化できる Cauchy-Wavelet 変換を用いた。参考に、Fig. 2(b), (c)のそれぞれの図の上部には EXAFS 振動 k2χ(k)を、右部にはその 3~13 Å−1 の範囲を Fourier 変換した結果を示す。
Fig. 2 (a) Ni K-edge XANES of cathode after heating at 25℃ and 500℃.
The wavelet transform of the EXAFS spectra at the Ni K-edge of cathode after heating at 25℃ (b) and 500℃ (c).
EXAFS の一回散乱の包絡線形状は原子種に依存性が高く、本試料では構成元素が限られるため、包絡線形状からそれぞれの信号の帰属を行い、図中に記載している。それぞれの帰属について、FEFF による Fitting を用いた帰属と矛盾がないことを確認している。図から分かる通り 25℃ では第3近接・第4近接に O が配置している。一方で、500℃ では第3近接に O が、第4近接に Ni or Co が配置している。これは XRD の結果から得られた層状岩塩型から岩塩型への構造変化によるものと解釈できる。また 25℃ に対し、500℃ では第1近接の O との距離が大きくなっている様子がみてとれ、吸収端の変化から推察された Ni の還元を支持する結果である。なお、実際には構造中に Li も含まれるが、本測定では Li の信号は識別できないため、記載してしない。これにより、酸素放出に伴う Ni の還元と、その周辺の局所構造の変化を直観的に捉えることができた。
一方 LixNi1/3Co1/3Mn1/3O2 については Fig. 1(b)より、LixNi1/3Co1/3Mn1/3O2 の一般的な温度変化[1]が観測され、25℃ では層状岩塩型、350℃ では LiMn2O4-type のスピネル型、500℃ では Mn3O4-type のスピネル型であると推定される。Fig. 3(a)に 25℃ 処理サンプルの層状岩塩型の 003 のピークにおける Ni K 端前後のエネルギー範囲で実施した XRD の測定結果を示す。検出器を固定した状態で照射X線のエネルギーを上昇させながら測定したため、高エネルギーになるほど 2θ が低角にシフトしており、これは格子定数の変化によるものではない。このピーク面積と照射X線のエネルギーをプロットし規格化を行った結果を Fig. 3(b)に示す。DAFS測定の習得を目的に測定を行ったが、取得したデータの S/N が非常に悪く、本測定では吸収端を比較するに留まった。
Fig. 3 a) XRD patterns of cathode during increasing X-ray energy from 8.3 keV to 8.5 keV
b) Ni K-edge signal c) Co k-edge signal d) Mn k-edge signal.
25℃、350℃、500℃ と高温になるにつれ、一般に知られる傾向[1]と同様に Ni K 端が低エネルギー側にシフトする様子が見られ、層状岩塩型からスピネル型への構造変化に伴い Ni が低価数化していることが示唆された。この 2θ の範囲には正極活物質の熱分解の最終生成物である NaCl-type の岩塩型構造のピークは含まれないため、この Ni の低価数化は層状岩塩型およびスピネル型を選択的に評価したものであり、この構造選択性が本測定の大きな利点である。Co および Mn について同様の処理を行った結果を Fig. 3(c)および(d)に示す。Ni とは異なり Co および Mn では吸収端のシフトは確認できず、価数変化が生じていない可能性が高いと推定される。また各元素のピーク面積の最小値と最大値の比(Ni を1に規格化)を Fig. 4 に示す。S/N が非常に悪いため詳細な評価は困難であり断言するには至らないが、僅かに Co が減少する傾向も見られた。したがって、LixNi1/3Co1/3Mn1/3O2 における層状岩塩型からスピネル型への構造変化では Ni のみが還元していることに加え、Co が構造内から押し出される、つまり Co の偏析が生じている可能性があることを確認した。
Fig. 4 Intensity ratio of Ni K-edge signal, Co K-edge signal and Mn K-edge signal.
以上により、リチウムイオン二次電池の正極活物質が高温に曝された際の主な長距離構造と局所構造の変化を捉え、構造選択的に化学状態の変化を観測することに成功した。また連続 Cauchy-Wavelet 変換を適用することで、相対的な元素間距離の変化を Fourier 変換と同様に評価し、その元素種を迅速に評価することが可能であることを確認した。
今後の課題:
本測定結果により、連続 Cauchy-Wavelet 変換を用いることで、EXAFS の情報から簡便に目的元素の局所構造(元素間距離とその元素種)を推定できることを確認した。本測定では高 S/N な DAFS 測定を実施するには至らなかったが、回折ピークのプロファイルから各結晶構造中の各元素の化学状態を推定できることを確認した。今後は S/N を向上させ、XANES 領域や EXAFS 領域の情報を DAFS 測定により詳細に取得することで、結晶構造選択的に、且つ元素選択的に化学状態と局所構造の迅速な評価が可能になると考えられ、電池材料のさらなる高性能化に対し大きな一助になることが期待できる。
参考文献:
[1] Kyung-Wan, Nam, Adv. Funct. Mater., 23, 1047 (2013).
[2] M. Munoz et al., Am. Mineral., 88, 694 (2003).
[3] T. Kim et al., Chem. Mater. 28, 4191 (2016).
[4] M. Harfouche et al., J. Phys. Conf. Ser. 190, 012189 (2009).
(Received: February 14, 2020; Accepted: July 6, 2020; Published: August 21, 2020)