Volume8 No.2
SPring-8 Section A: Scientific Research Report
マイクロビームX線回折によるカンラン岩中の白金族元素含有微小相の鉱物学的同定の試み
Attempt at Mineralogical Identification of Platinum-Group-Element-Bearing Microphases in Peridotite with Microbeam X-ray Diffraction
a京都大学, b東京大学, c(公財)高輝度光科学研究センター
aKyoto University, bThe University of Tokyo, cJASRI
- Abstract
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カンラン岩に含まれる 1 µm 大の白金族元素含有硫化物粒子を、マイクロビームX線回折によって鉱物学的に同定することを試みた。X線 CT による三次元撮像で対象粒子の位置を把握しつつ、硫化物粒子にマイクロビームの焦点をあててX線回折パターンを取得した。しかし、得られた回折ピークは、ホストである単斜輝石に由来するもののみであった。実験後、分析箇所を集束イオンビーム装置で切り出し透過型電子顕微鏡で観察したところ、対象粒子が 100 nm 以下の複数種の硫化鉱物の離溶ラメラで構成されていることが判明した。このことが、対象粒子からの回折線を検出できなかった原因であると考えられる。
Keywords:マイクロXRD、マントル、カンラン岩、白金族元素
背景と研究目的:
白金やイリジウムなどの白金族元素は、金属相に濃集する性質(親鉄性)が強く、ケイ酸塩鉱物にはほとんど含まれないため、ケイ酸塩鉱物が主体の地球のマントル中にはごく微量(〜10 ng/g 以下)しか存在しない[1]。そのため、マントル中の白金族元素濃度は、中心核の金属相と相互作用することによって大きく変動する可能性があり、地球史を通じた地球内部物質の化学的進化を読み解く上で重要な指標となり得る。
白金族元素を地球内部の化学的進化解明の制約に用いるには、マントル中での白金族元素濃度がどのような過程に支配されているのかを詳細に理解する必要がある。そのためには、マントル中での白金族元素ホスト相の種類と安定条件等を解明することが必須である。しかし、マントル中の白金族元素は、同定が困難なほど微小な鉱物に濃集していることが多いため、その地球化学的・鉱物化学的な挙動の理解は進んでおらず、白金族元素を用いた地球進化の議論の障害となってきた。
天然のマントル由来カンラン岩中では、白金族元素は鉄ニッケル硫化鉱物中に 1-100 µg/g オーダーで濃集している[2]。一方で、白金族元素を主成分とする鉱物(白金族鉱物)もカンラン岩中から発見されている[3,4]。したがって、鉄ニッケル硫化鉱物と白金族鉱物のいずれかあるいは両方が、マントル中の重要な白金族元素ホストである可能性は高い。しかし、カンラン岩中の鉄ニッケル硫化鉱物・白金族鉱物のいずれも、10 µm 以下の微小粒として存在することが大半であるため、化学組成や結晶構造を決定することが難しく、鉱物として種類が同定されているものは少ない。そのため、これらの白金族元素含有相が、マントル中でも安定して存在していたのかどうかを判断することは難しい。実際、実験的に決定されている鉄ニッケル硫化鉱物や白金族鉱物の安定温度圧力条件は様々であり、鉱物種を同定しない限り、カンラン岩中の白金族含有相がマントルでも安定に存在し得たかどうかは議論できない。
カンラン岩中の白金族元素含有相は、含まれている粒子数も極めて少ないため[2,4]、研磨等で試料の表面に露出させることが難しく、電子顕微鏡等の表面観察手法で観察・同定するには、試料の加工に多大な手間が必要となる。また、通常のX線回折装置でX線回折パターンを得るには、粒子サイズが小さすぎる。そこで本研究では、輝度が高く集光しやすいという放射光X線の利点を活用し、試料の加工をできるだけしない状態で、カンラン岩試料の内部にある微小な白金族元素含有相からX線回折パターンを取得して鉱物学的に同定することが可能かどうかを試みた。
実験:
本研究で対象とした試料は、南太平洋ポリネシア、タヒチ島のアルカリ玄武岩に含まれるカンラン岩捕獲岩である。このカンラン岩を構成する主要なケイ酸塩鉱物中には、多数のガラス包有物が含まれており、一部の単斜輝石には、列状に並ぶガラス包有物に伴って白金族元素を含む微小な硫化物相が複数含まれていることが、これまでの我々の研究によって明らかになっている[5](図1)。
図1.(a) タヒチ島産カンラン岩捕獲岩中のガラス包有物を含む部分の偏光顕微鏡写真。カンラン石(Ol)と直方輝石(Opx)に囲まれた単斜輝石(Cpx)中の微小な粒がガラス包有物。ガラス包有物中の不透明な粒子が硫化鉱物。赤い四角は、マイクロビーム蛍光X線分析を行った範囲。(b) マイクロビーム蛍光X線分析による元素マップ。白矢印で示した部分が今回の実験でX線回折像を撮影した粒子。赤:イリジウム、緑:銅、青:ニッケルの分布。
今回の実験では、単斜輝石結晶中の微小硫化物相を含む部分を集束イオンビーム(Focused Ion Beam: FIB)装置によって切り出した約 30 × 30 × 15 µm3 大の試料を用いて、SPring-8 の BL20XU 第二実験ハッチにおいて、X線 CT による三次元撮像と、マイクロビームを用いたX線回折実験を行った。
X線 CT による三次元撮像は、投影型光学系で 30 keV のX線を用いて行った。タングステン針の先端に樹脂で固定した単斜輝石結晶を高精度回転ステージに搭載し、試料を 0.2°/s で回転させながらX線を照射して1枚あたり 0.5 s の露光時間でX線投影像を高分解能 CMOS カメラで撮影し、得られた投影像から三次元像を再構築した。
マイクロビームX線回折実験は、30 keV のX線をフレネルゾーンプレートで 2 × 6 µm2 のスポットサイズに集光して行った。試料を回転させながら回転中心にビームの焦点を合わせて照射し、180° あたり 300〜1800 枚の二次元X線回折像を CMOS カメラで1枚あたりの露光時間 50〜556 ms で撮影した。回折像の撮影にあたっては、事前にX線 CT によって得た三次元画像をもとに試料中の微小硫化物粒子の分布を把握し、対象とする微小硫化物粒子を回転中心に移動させた後にあらためてX線 CT による三次元撮像を行ない、回転中心に対象粒子があることを確認した上で行った。微小硫化物粒子を回転中心に固定したままの撮影のほか、硫化物粒子を中心として鉛直あるいは水平方向に試料ステージをスキャンしながらの撮影も行った。また、比較のために、微小硫化物粒子がX線の光路上に存在しない位置でホストの単斜輝石のみの撮影も行った。得られた二次元回折像は 180° 回転分をすべて積算し、解析用アプリケーション PDIndexer [6,7]を用いて回折角 2θ と回折線強度との関係を求め、データベースマネージャー CSManager [6,7]を用いて結晶相同定を行なった。
結果および考察:
図2に、回転中心に微小硫化物粒子を固定して得られた回折パターンと、ホストの単斜輝石のみから得られた回折パターンそれぞれの代表的なものを示す。微小硫化物粒子が存在する部分と存在しない部分のそれぞれについて複数の回折像撮影を行ない、X線回折パターンを比較した。ホストの単斜輝石のほか、カンラン岩中によく見られる硫化鉱物(単硫化物固溶体 [Monosulfide Solid Solution: MSS]・ペントランド鉱・黄銅鉱など)、白金族元素を主成分とする硫化鉱物(硫銅イリジウム鉱・硫白金鉱など)の存在を想定して回折ピークの同定を試みたところ、すべての撮影箇所について、検出できた回折ピークはすべて単斜輝石に由来するものとして指数付けが可能で、微小硫化物粒子に由来する回折ピークは特定できなかった(図2a)。
図2.今回の実験で得られたX線回折パターンの比較。二次元検出器で取得した像を IPAnalyzer [6,7]で一次元に変換したX線回折像(黒色部分が回折スポット位置)と積分強度(折線)を表示してある。(a)硫化物粒子が回転中心にある状態で得られた回折像と積分強度。(b)硫化物粒子が光路にない状態(ホストの単斜輝石のみ)で得られた回折像と積分強度。(a)(b)いずれも横軸は回折角度(照射X線エネルギー:30 keV)、縦軸は積分強度の値、指数はすべて単斜輝石のもの。
図2(a)の回折像は、上述したように、回転中心に硫化物粒子があることをX線 CT によって確認しながら撮影されており、硫化物粒子がビーム光路から外れていなかったことは確実である。ただし、試料中にある他の硫化物粒子は、ビームが照射された面から外れた位置にあるものが大半であり、光路上に複数の硫化物粒子がある状態で回折像を撮影できたのは、試料ステージをスキャンしたケースも含めてほとんどなかった。過去に今回と同様の条件で行ったマイクロビームX線回折実験では、1 µm 大の結晶でも、ある程度の結晶粒数があれば十分な強度の回折線が検出できた例がある。したがって、今回対象とした硫化物粒子から回折線を検出することができなかったのは、光路上にあった硫化物粒子が少なかったことが一因と考えられる。それだけでなく、硫化物粒子由来の回折ピークが少なくかつホストの単斜輝石のピークに隠れている可能性、あるいは、硫化物粒子自体がアモルファスやさらに微小な鉱物粒から構成されている可能性も考えられる。
後者の可能性を検証するため、対象の微小硫化物粒子を、FIB 装置(FEI Helios NanoLab G3 CX)を用いて厚さ 100 nm の板状に切り出し、透過型電子顕微鏡(JEOL JEM-2100F)を用いた二次元像撮影、電子線回折像撮影、および EDS(JEOL JED-2300T)による元素分析によって、微小硫化物粒子のさらに微細な構造の観察と鉱物相同定を試みた。その結果、微小硫化物粒子が一つの結晶ではなく、微細な離溶ラメラで構成されていることが明らかとなった(図3)。離溶ラメラの厚さは、最も厚い部分で 200 nm 程度、薄い部分は 10 nm 以下であり、さらに微細なラメラに離溶している部分もあった(図3a,b)。電子線回折と元素組成を元に構成鉱物種の同定を行ったところ、ラメラの部分は、MSS・ペントランド鉱・苣木鉱・ヒーズルウッド鉱からなり、その外側に、黄銅鉱と、白金族元素を主成分とする Cu-Ir-Pt-Rh チオスピネルが存在することが判明した(図3d)[8]。MSS とペントランド鉱は、それぞれがさらに、鉄に富む部分とニッケルに富む部分に離溶していた(図3b)。
図3.微小硫化物粒子の透過型電子顕微鏡による観察結果。(a) ADF-STEM像。(b) 鉄の元素マップ。(c) イリジウムの元素マップ。(d) 電子線回折像をもとに同定した鉱物種の分布。
以上の微細構造観察と鉱物相同定の結果を考慮すると、微小硫化物粒子の回折線を検出できなかった原因は、X線の光路上にあった粒子の数が少なかったことに加えて、硫化物粒子自体が 100 nm スケールより小さな複数種の鉱物の集合体であったためと判断できる。
今回の課題:
今回の実験では、対象とした粒子が約 1 µm の大きさであったため、これまでの経験を踏まえて、マイクロビームのスポットサイズは 2 × 6 µm2 で十分と判断したが、結果として、結晶粒の数と大きさが十分でなかった。今後、同様な試料からX線回折像を得るには、より微小な結晶粒の集合体である可能性を想定し、対象粒子の大きさより一桁以上小さなスポットサイズで、できるだけ多くの粒子が光路上にある状態で実験を行うことが必須である。
謝辞:
本研究は、文部科学省科学研究費補助金 15H05831(新学術領域研究「核−マントルの相互作用と共進化〜統合的地球深部科学の創成〜」の計画研究 A02-2「元素分配から制約する核−マントルの相互作用」)の助成を受けて行った。集束イオンビーム装置による加工と透過型電子顕微鏡による観察は、京都大学理学研究科地球惑星科学専攻鉱物学講座にて行った。
参考文献:
[1] H. Becker et al., Geochim. Cosmochim. Acta, 70, 4528 (2006).
[2] O. Alard et al., Nature, 407, 891 (2000).
[3] R. R. Keays et al., Nature, 294, 646 (1981).
[4] T. Kogiso et al., Geochem. Geophys. Geosyst., 9, Q03018 (2008).
[5] N. Akizawa et al., Chem. Geol., 475, 87 (2017).
[6] 瀬戸雄介ほか、高圧力の科学と技術、20, 269 (2010).
[7] http://pmsl.planet.sci.kobe-u.ac.jp/~seto/
[8] N. Akizawa et al., Can. Mineral., 58, 99 (2020).
(Received: February 26, 2020; Early edition: June 26, 2020; Accepted: July 6, 2020; Published: August 21, 2020)