Volume8 No.2
SPring-8 Section A: Scientific Research Report
放射光吸収X線CTによる大腿骨頭壊死症の骨微細構造解析
Analysis on Bone Microstructure for Osteonecrosis of the Femoral Head by Synchrotron Radiation CT
a長崎大学, bラトックシステムエンジニアリング株式会社
aNagasaki University, bRatoc System Engineering Co., Ltd.
- Abstract
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大腿骨頭壊死症に対して放射光吸収X線CTを用いて骨微細構造の解析を行った。当院で手術を行った6例を対象とし、手術で摘出した大腿骨頭から標本を抽出した。撮影した画像から関心領域を壊死層、修復反応層、健常層に設置し、骨密度、骨梁体積密度、骨梁幅、骨梁数、骨梁間距離を解析した。各層での比較を行ったところ、修復反応層では骨密度、骨梁体積密度、骨梁幅において壊死層、健常層よりも有意に高値であった。大腿骨頭壊死症では修復反応層で骨梁構造が肥厚していることが明らかとなった。
Keywords:大腿骨頭壊死症、骨微細構造、修復反応層、放射光吸収X線CT
背景と研究目的:
大腿骨頭壊死症は大腿骨頭の阻血性疾患で、本邦での年間発生者は 2200 人程度と推定されており、ステロイド加療歴やアルコールとの関連が報告されている[1]。病理学的には骨細胞と骨髄細胞が壊死に陥る特徴がみられ、壊死層、修復反応層、健常層の3層構造を呈すると報告されており[2]、壊死層が圧壊し大腿骨頭の形態的変化が生じると股関節機能が著しく障害される。X線では帯状硬化像と呼ばれる修復反応層での変化が観察され、MRI でも修復反応層の低信号が確認される[1] 。これまでの研究では大腿骨頭壊死症に特有の3層構造において、それぞれ骨梁構造を解析した報告はほとんどなされていない。
放射光吸収X線 CT 法は、高輝度の単色X線を使用することでビームハードニングがほとんど生じないため、micro-CT で用いられている白色X線よりも密度定量性が優れており、骨壊死によって劣化した骨微細構造の正確な解析において有用であると考えた[3]。
本研究の目的は放射光吸収X線 CT を用いて大腿骨頭壊死症における壊死層、修復反応層および健常層を比較し、どのような骨微細構造上の特徴を有するのかを明らかにすることである。
実験:
対象は大腿骨頭壊死症に対して当院で手術加療を行った6例とした。平均年齢は 53.7 ± 6.8 歳で全例ステロイド加療歴があり、原疾患は全身性エリテマトーデス 2名、急性リンパ球性白血病 2名、顔面神経麻痺 1名、間質性肺炎 1名だった。6例の stage 分類(厚生労働種省特発性大腿骨頭壊死症調査研究班、2001 年)は2期1例、3A期2例、3B期2例、4期1例であった(表1)。
表1.患者背景
手術時に摘出された大腿骨頭を用い(図1)、術前のMRI検査から壊死層、修復反応層、健常層の3層が含まれるよう直径 7 mm、長さ 35 mmの 円柱状に標本を抽出した(図2)。
図1.手術で摘出した大腿骨頭
図2.大腿骨頭から円柱状に標本を抽出
放射光吸収X線 CT による撮影条件を 30 keV、CCD 2048*2048 16 bit、蛍光体 10 μm、露光 1 sec、投影数を 0.1*180°、ボクセルサイズ 6.5 μm、視野 13.312 mm とした。撮影した画像データは骨微細構造解析ソフト(TRI 3D-BON、RATOC 社)を用いて骨微細構造の解析を行った。Multi Planar Reconstruction 画像で壊死層、修復反応層、健常層に1辺が 4 mm の立方体を関心領域としてそれぞれ設置した(図3)。大腿骨頭壊死症の病理組織学的定義[4]に準じ、壊死層は骨梁壊死によると思われる骨梁の非連続性がみられる部位、また修復反応層は添加骨が形成され本来の骨梁構造が有する均一な網目構造がみられず、壊死層と健常層との界面にみられる部位とした。3層それぞれにおいて骨密度、骨梁体積密度、骨梁幅、骨梁数、骨梁間距離を求めた。骨微細構造パラメータ(骨梁体積密度、骨梁幅、骨梁数、骨梁間距離)の解析では判別分析法[5]に基づいて骨と軟部組織の分布の分離度がもっとも大きくなる閾値を5例の健常層で求め、その平均値を2値化として用いた。
図3.それぞれの層で1辺が 4 mm の関心領域を設置
Stage4 期では壊死層の圧壊があり、また3A期の1例では摘出部の下層まで修復反応層となっており、それぞれ2層のみに関心領域を設置した。各パラメータの数値から壊死層と健常層の欠損値を多重代入法で求めた。R (version 3.3.1, The R Foundation for Statistical Computing)パッケージの MICE2.13 を用いて壊死層と健常層の擬似データをそれぞれ 200 セット作成し、データを統合して欠損値を補完した。各層での比較を Steel-Dwass 法を用いて行い、有意水準を 5% とした。
結果および考察:
骨密度および骨梁体積密度、骨梁幅において修復反応層は壊死層、健常層よりも有意に高値であったが、壊死層と健常層には有意差はみられなかった。骨梁数および骨梁間距離では、各層で有意差はみられなかった(表2)。
表2.解析結果
本研究では放射光吸収X線 CT を用いて大腿骨頭壊死症にみられる壊死層、修復反応層、健常層の3層構造の骨微細構造の解析を行い、修復反応層では骨密度、骨梁体積密度、骨梁幅が有意に大きくなっていることが確認され、骨梁構造が肥厚していることが明らかとなった。過去の micro-CT を用いた研究では大腿骨頚部骨折で摘出した大腿骨頭との比較を行い、修復反応層では骨梁体積密度および骨梁幅は有意に高値であったと報告し、われわれと同様の結果が報告されている。さらに壊死層では骨梁体積密度、骨梁数が有意に低値であり、修復反応層と壊死層では骨梁本来の骨微細構造とは異なっていたと述べている[6]。
放射光吸収 CT を用いた過去の研究では、大腿骨頚部骨折で摘出された大腿骨頭に対して解析がなされ、軟骨下骨での microcallus の形成が報告されている[7]。骨粗鬆症では骨梁の微小骨折後に未熟な線維性仮骨が形成され、モデリングやリモデリングが生じ微小骨折が骨癒合に至ると考えられている。本研究では壊死層において仮骨形成は確認されず、骨梁で通常みられる修復過程は大腿骨頭壊死症では生じていないものと考えられた。
今後の課題:
本研究の限界として撮影した検体数が十分ではないこと、関心領域を一辺が 4 mm の立方体として骨微細構造の解析を行なっており、3層それぞれの領域全体を解析できていないこと、また欠損値が生じた点などが挙げられる。また壊死層や修復反応層ではステージによる違いが影響を及ぼしている可能性があり、ステージ別での追加解析も必要と考えられる。
参考文献:
[1] 上島圭一郎、藤岡幹浩、久保俊一、関節外科、31, 220 (2012).
[2] 山本卓明、岩本幸英、病理と臨床、27(3), 244 (2009).
[3] 八木直人、Clinical calcium. 21(7), 85 (2011).
[4] 久保俊一、菅野伸彦、特発性大腿骨頭壊死症、金芳堂、京都、2010, 77.
[5] N. Otsu, IEEE Transactions on Systems, Man, and Cybernetics. 9(1), 62 (1979).
[6] J. Ma et al., Scientific Reports. 7,6 (2017).
[7] N. Okazaki et al., Bone. 64, 82 (2014).
[8] M. Hahn et al., Journal of Bone Mineral Research. 10(9), 1410 (1995).
(Received: April 1, 2020; Early edition: June 26, 2020; Accepted: July 6, 2020; Published: August 21, 2020)