Volume8 No.2
SPring-8 Section B: Industrial Application Report
斜入射X線回折法によるバルクヘテロ接合薄膜の構造解析
Structural Analysis of Bulk Heterojunction Thin Films by Grazing Incident X-ray Diffraction Measurements
(株)住化分析センター 技術開発センター
Sumika Chemical Analysis Service, Ltd. Technology Innovation Center
- Abstract
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代表的な有機薄膜太陽電池材料である P3HT ∙ PCBM バルクヘテロ接合薄膜を作製し、その構造を調べるため、放射光による高輝度のX線回折測定を利用して、混合薄膜の回折情報を得た。その結果、製膜後の加熱処理によって P3HT の結晶化が進行することが示唆され、一部の混合薄膜では d ≈ 20 nm 程度の凝集体が存在していることも示唆された。ただし、この凝集体は熱処理前後でその凝集傾向に差は確認できなかった。
Keywords: バルクヘテロ接合薄膜、斜入射X線回折法
背景と研究目的:
有機薄膜太陽電池では、正の電荷を運ぶドナー材料と負の電荷を運ぶアクセプター材料がランダムに混ざったバルクヘテロジャンクションと呼ばれる構造が主流となっている。このようなバルクヘテロ接合薄膜を有する薄膜素子の開発は、ランダムに混ざった膜構造のため、発電層を構成する各材料の結晶構造や混ざり方を制御することが難しい。発電効率向上のため、nm レベルの深さ方向に対して、再現性の良い精密な製膜技術が求められるため、薄膜評価においても高い評価技術が求められ、着目する項目に対して多種多様な方法が提案されている[1]。ここでは、バルクヘテロ接合薄膜の製膜条件最適化の一助として、混合比や熱処理等が薄膜構造にどのような影響を及ぼすかを、放射光X線による GI-SAXS/WAXS 同時測定を用いて調べた。
実験:
斜入射X線回折法は、薄膜試料の結晶性、配向性をそれぞれ評価できる。厚さが数 10–100 nm の有機薄膜試料の測定では、X線の入射角度を非常に小さい角度範囲とすると、薄膜の深さ方向の情報を含む評価ができるため、入射X線の角度選択が重要となる。例えば、有機薄膜のX線全反射臨界角より浅い角度で入射すれば、有機薄膜表面で全反射が生じ、表面近傍の情報を得る事が出来る。一方で、基板材料の全反射角よりも深い角度で入射すると、基板の情報を含めた散乱回折パターンとなる。
実際の測定では、基板と試料の材質および取得したい情報の深さ領域から適切な入射角度を選択する。有機薄膜は非常に薄く、かつ主成分が軽元素で構成されるため、検出感度の低下が顕著である。さらに、試料平面に垂直な面外(out of plane)方向の測定に比べ、面内(in plane)方向の評価では回折強度が弱いため、高輝度放射光の利用が有効である。
試料は、P3HT(Poly(3-hexylthiophene-2,5-diyl))∙ PCBM([6,6]-Phenyl-C61-Butyric Acid Methyl Ester)混合薄膜をシリコン基板上にスピンコート法で作製した。混合比率は、P3HT ∙ PCBM 混合物におけるP3HTの重量濃度として 0%、38%、59%、77% および 100% となるように溶液調製し、スピンコート後の熱処理では、熱処理なし、90、135、150 および 180°C の加熱条件の試料を測定に供した。
X線回折測定は、SPring-8 BL08B2 にて実施した。図1に示すように、GI-SAXS と GI-WAXS を同時に測定可能な装置構成とした。GI-SAXS のカメラ長は 2,047 mm、GI-WAXS のカメラ長は 58 mm、波長は 0.1 nm である。SAXS 検出器はイメージングプレート(R-AXIS-IV++)、WAXS 検出器はフラットパネルセンサー(C9728DK)を利用した。試料へのX線入射角は 0.10° であり、膜の全反射臨界角は 0.14° と見積もられるため、膜表面近傍の回折情報を検出していると考えられる。露光時間は、GI-SAXS が 300 s、GI-WAXS が 10 s である。なお、カメラ長は透過配置にてベヘン酸銀で較正し、エネルギーは、Cu-K 端で較正した。
図1. GI-SAXS/WAXS 同時測定可能な光学系
結果および考察:
P3HT 濃度 59% 試料をシリコン基板上にスピンコート後、135°C で加熱処理した試料の GI-SAXS 測定結果を図2に示す。out of plane および in plane 方向に P3HT 100 由来の回折ピークが観測された。なお、GI-WAXS 測定では、図3に示すように P3HT 100 以外に回折ピークが得られなかったため、解析には供しなかった。
図2. P3HT 濃度 59% 試料の GI-SAXS 測定結果
図3. P3HT 濃度 59% 試料の GI-WAXS 測定結果
成膜条件による out of plane 方向における P3HT 100 由来のピーク形状の変化を確認した。図4(a)に熱処理無しで P3HT 濃度を変化させた場合、図4(b)に P3HT 濃度 59% で熱処理温度を変化させた場合の回折パターンを示す。図4の P3H 100 半値幅の変化をプロットした図5(a)に示すように、熱処理無しの場合、P3HT 濃度が高い試料は P3HT 100 由来のピーク半値幅約 0.4–0.6° であるのに対し、P3HT 濃度が低い(38%)試料は P3HT 100 由来のピーク半値幅約 1.0° であった。一方、スピンコート後に 180°C までの範囲で熱処理を行うと、図5(b)に示すように半値幅は約 0.5° から 0.2° まで狭くなった。P3HT 濃度が低いほど結晶性が低く、加熱処理によって P3HT の結晶化が進行することが示唆された。
図4. GI-SAXS 測定による、P3HT 100 回折ピーク形状の変化 (a)P3HT 濃度の異なる試料の比較(熱処理なし)、(b)熱処理温度の異なる試料の比較(P3HT 濃度 59%)
図5. GI-SAXS 測定による、P3HT 100 回折半値幅の比較 (a)P3HT 濃度の異なる試料の比較、(b)熱処理温度の異なる試料の比較(P3HT 濃度 59%)
次に In plane 方向における散乱強度に着目すると、図6(a)(b)に示すように P3HT 濃度 59% および 77% の試料において、熱処理前後で q = 0.3 nm-1 付近に肩が見られている。これは、この P3HT 濃度の混合膜において直径 d ≈ 20 nm 程度の PCBM 凝集体が存在していることを示唆している。この凝集体はこれら濃度での混合状態でのみ見られるもので、熱処理前後でその傾向に差は確認できなかった。
P3HT ∙ PCBM バルクヘテロ接合薄膜を作製し分析した結果、熱処理なし試料での比較において、P3HT 濃度が低いものは、P3HT 100 回折のピーク半値幅が広くなった。一方、熱処理(180°C)を行うとピーク強度が高くなり、半値幅は狭くなった。製膜直後では、P3HT および PCBM が互いにランダムに混ざり合った構造に対し、熱処理によって各成分の凝集・結晶化が進行したためと考えられる。In-plane 方向での散乱強度に着目すると、P3HT 濃度が 59% および 77% の試料においては q = 0.3 nm-1 付近に肩が観測された。これはこの混合比においてd ≈ 20 nm 程度の凝集体が特異的に存在していることを示唆している。本条件において、この凝集体は混合濃度に影響し、熱処理前後で変化が見られない成分であることが示唆される。
今後の方針:
複雑かつ精密化する有機多層薄膜に対して、その膜の状態を評価できる方法として、放射光X線を用いた高輝度の斜入射X線回折測定の検討を実施した。原料の混合比ならびに熱処理が及ぼす影響を調べた結果、これら成膜条件がバルクヘテロジャンクションの形成に関与することが今回の実験で明らかとなった。今回紹介した分析法によって、スピンコート法と蒸着法での比較や膜厚の影響など、デバイス特性の違いに対して、膜構造的な原因を究明する上での有効な手法である事が示唆された。ただし、有機エレクトロニクスデバイスの高性能化のためには、本測定法だけで目的を達するものではない。他の汎用的な手法との組み合わせによる複合解析によって、分子構造、層構造ならびにデバイス特性に基づく総合的な知見から評価することが重要である。
参考文献:
[1] 金原粲 監修, 吉田貞史 編集委員長, “薄膜の評価技術ハンドブック”, テクノシステム(2013)
(Received: October 26, 2018; Early edition: June 26, 2020; Accepted: July 6, 2020; Published: August 21, 2020)