SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume8 No.2

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

ソフトマテリアル中の硫黄構造解析のための硫黄 K 吸収端における X線吸収微細構造測定の高精度化検討
Improvement of Sulfur K-edge X-ray Absorption Fine Structure for Sulfur Structure Analysis in Soft Materials

DOI:10.18957/rr.8.2.350
2014B1346, 2015A1915, 2015B1495, 2016A1718 / BL27SU

金子 房恵a, 岸本 浩通a, 為則 雄祐b

Fusae Kanekoa, Hiroyuki Kishimotoa, Yusuke Tamenorib

a住友ゴム工業株式会社, b(公財)高輝度光科学研究センター

aSumitomo Rubber Industries, Ltd., bJASRI/SPring-8

Abstract

 ソフトマテリアル中の硫黄構造解析のために S K-edge XAFS 法、特に EXAFS に着目し測定技術開発を行ってきた。その結果 S K-edge でも EXAFS 振動の測定ができるようになったが、解析を行うには S/N が十分ではなかった。そこで、試料冷却時の温度変化の安定化および測定方法について種々検討を行ったところ、EXAFS 測定の精度を向上させることができた。


Keywords: XAFS, ポリマー、架橋


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背景と研究目的:

 導電性高分子ポリチオフェンなどは、硫黄を含有した機能性高分子として良く知られている。また、様々な機能性有機添加剤にも硫黄元素が含まれる。このように機能発現に重要な役割をしている硫黄は我が国において余剰資源であり、その硫黄を有効活用した機能性物質の創製は学術・産業的にも重要な取り組みである。例えば、リチウム電池などの電極材料としての研究が進められている。このような機能性材料を創出するためには、物質中の硫黄の配位数、原子間距離等の構造や電子状態解析が重要となるが分析手法が限られていた。このような問題を解決する手法として、放射光X線を活用した S K-edge(硫黄 K 吸収端)における XAFS(X-ray Absorption Fine Structure)測定が有力であると考えられる。一方、S K-edge XAFS は主に XANES(X-ray Absorption Near Edge Fine Structure)における研究が主に行われ[1,2]、EXAFS(Extended X-ray Absorption Fine Structure)については Takata 等[3]の研究例はあるものの、あまり例がない。

 そこで我々は、硫黄加硫ゴム材料を中心として S K-edge XAFS 測定の技術開発に取り組んできた。図1に 2013B 期以前と 2014A 期に測定した S K-edge における加硫ゴムの EXAFS 振動を示す。2013B 期以前の実験では、入射光強度(I0)モニターが設置されておらず、実試料の測定とは別に測定したアルミ板からの蛍光X線強度の入射X線エネルギー依存性を I0 スペクトルとしていたため、図1の赤線に示すように非常にノイズが多く EXAFS 解析は困難であった。そこで 2014A 期の実験では、試料上流に Al 蒸着した SiN メンブレンを設置し、SDD 検出器を用いて Al 蒸着 SiN メンブレンからの全蛍光X線強度を I0 とし、試料からの S の蛍光X線強度(S Kα 線)を If とする同時計測を実施した。その結果、図1の黒線に示すように S/N が改善し、EXAFS 振動が検出されるようになった。しかし高波数になるにつれ EXAFS 振動が大きくなっている上に不連続に変動していることから、2014A 期のセットアップでは EXAFS 振動に偽のシグナルが含まれており、ゴム中の硫黄の EXAFS は正しく測定できていないと考えられる。

 

           

    図1. S K-edge における加硫ゴムの EXAFS 振動 赤線:2013B 期以前、黒線:2014A 期に測定

 

 図2に 2014A 期と同セットアップでの測定及び FEFF 計算で得られた ZnS の EXAFS 振動を、図3に図2の各データを k = 2.9 – 12.6 Å-1 の範囲でフーリエ変換したデータを示す。図2を見ると、k >10 Å-1 において実験結果のノイズが大きいが、EXAFS 振動が比較的良く一致していることが分かった。さらに図3のフーリエ変換後のデータも FEFF 計算結果と良く一致している。しかし硫黄架橋ゴムの測定では、図1の黒線の様に高波数側のシグナルは偽のシグナルが原因で大きくなるため、k < 8 Å-1 程度までしか EXAFS 解析に使うことができず硫黄加硫ゴムの構造解析を行うにはデータの質が十分でない。

 そこで本研究では、S K-edge におけるゴムの EXAFS 測定の課題の洗い出しと改善について実施したので報告する。

 

           

          図2. ZnS の EXAFS振動 黒線:2014A 期に測定 赤線:FEFF 計算結果

 

           

        図3. ZnS のフーリエ変換後のデータ 黒線:2014A 期に測定 赤線:FEFF 計算結果

 

実験:

 実験は、SPring-8 BL27SU の B ブランチに設置されている Si(111)チャンネルカット結晶分光器を用いて行った。定位置出射条件を満たすために、Si チャンネルカット結晶によるビーム高さの変動に同期させ試料位置を変えて測定を行った。S K-edge XAFS 測定におけるX線エネルギー範囲は 2360 eV から 3200 eV とした。I0 および If 測定には AMPTEK 社製 XR-100FAST SDD 検出器を用いた。本実験のX線エネルギー領域では SDD 検出器の量子効率の変化が大きいため、I0If に同種の SDD 検出器を用いた。2014A 期の実験と同じく、入射光強度モニターとして SiN メンブレンに Al を 80 nm 蒸着したものを用いた。また、試料からのシグナルを精度良く測定するために2台の SDD 検出器を用い、それぞれの検出器からのシグナルを平均して用いた。

 標準試料には ZnS 蒸着膜を準備し、そのXANES スペクトルの一番強いピークを 2471.8 eV とした。試料はフィラー充填加硫ゴムを用いた。ゴム中の硫黄濃度は 1.5% 程度で加硫時間、架橋形態等を変えたものを準備したが、EXAFS 測定の高精度化を優先し、主に基礎的な配合試料の測定を行った。試料厚みは、蛍光法における自己吸収の影響が無視できるようにミクロトームで 10 µm 程度に切削して使用した。また、試料のX線損傷を防ぐために液体窒素で冷却を行い、試料温度を試料ホルダーの上部と下部に取りつけた熱電対でモニターした。

 

結果および考察:

 これまでの実験では試料ホルダーとして長さ約 100 mm の Al 製の板を用いていた。熱電対を試料ホルダー上部と下部に取りつけ温度計測した結果、上部が約 −150°C、下部が約 −130°C と温度勾配が非常に大きいことが分かった。S/N 良く EXAFS 測定するためには、計測中における温度勾配や変動を抑える必要があると考えられた。そこで、Al の熱伝導率 236 W/mK に対して 1700 W/mK と熱伝導性のよい高熱伝導グラファイトを用いた試料ホルダーを作製し測定を実施した。図4に Al 製試料ホルダーと高熱伝導グラファイト製ホルダーにおける加硫ゴムの EXAFS 振動を示す。図4黒線に示す Al 製ホルダーを用いた場合には、k = 10 Å−1 と 13 Å−1 付近の大きな揺らぎが見られるが、これは偽の EXAFS 振動であることが FEFF などの計算から分かっている。次に図4青線に示す高熱伝導性グラファイト製ホルダーでは、-150°C まで冷却されてホルダー上部と下部の温度差が約 1°C 以内となり、偽の EXAFS 振動も明らかに軽減されることが分かった。しかし、依然として高波数領域において不連続に変動しており、十分な EXAFS 解析ができるレベルではなかった。その原因として、本ビームラインでは試料上流のミラーにて試料位置で約 15 μm 程度に集光されているため、ゴム中に配合された硫黄の不均一な分散に空間的な濃度揺らぎが EXAFS 測定に影響しているのではないかと考えた。

 

           

図4. S K-edge における加硫ゴムの EXAFS 振動 黒線:Al 製試料ホルダー、青線:高熱伝導性グラファイト製試料ホルダー

 

 そこで、試料における空間的な硫黄濃度揺らぎを確認するために、S Kα 線における蛍光マッピング測定を行った。入射X線エネルギーは 2500 eV に固定し、試料をステッピングモーターで動かしながら測定を行った。その結果、図5に示すように硫黄濃度揺らぎが存在することがわかり、EXAFS 測定中の僅かなビーム位置変動がデータ精度に影響を与えていることが予想された。この濃度揺らぎが EXAFS 信号にどのように影響を与えるか調べるために、図5中の硫黄濃度の異なる位置1, 2で EXAFS 測定を行った。特に位置2では局所的に硫黄濃度が高くビーム位置揺らぎが生じた場合、EXAFS 測定精度を大きく低下させることが予想された。その結果、図5に示すように硫黄濃度が高い位置2で得られたEXAFS振動(図6赤線)は高波数領域で不連続に変動していることが分かった。一方、硫黄濃度が比較的均一である位置1では不連続な変動が小さくなっており、EXAFS 測定の精度が向上していることが確認できた。

 

                

         図5. 加硫ゴムの蛍光マッピング (サイズ:縦 500 μm×横 400 μm)

 

           

            図6. 位置 1, 2 における EXAFS 振動 位置1:黒線, 位置2:赤線

 

 図7に位置1と同程度の硫黄濃度の箇所を数点測定し平均したスペクトルの EXAFS 振動、図8に、図7のデータを k = 1.8 – 12.5 Å-1 の範囲でフーリエ変換したデータを示す。図7を見ると、まだ高波数領域において不連続に変動しているものの、高波数の EXAFS 振動強度が小さくなりかなり改善できたことがわかる。また図8黒線のフーリエ変換の絶対値を見ると、まず 1.75 Å にピークがあるが、文献[4]より有機硫黄化合物中の S-C 結合距離は 1.69~1.81 Å なので、これは S-C だと考えられる。一方、S-S 結合距離は文献[4]によると 1.98~2.11 Å 付近だと考えられる。

 

           

                    図7. 加硫ゴムの EXAFS 振動

 

           

   図8. 加硫ゴムのフーリエ変換後データ 黒線:フーリエ変換の絶対値 赤実線:虚数部、赤点線:実数

 

 ここで従来からゴムの架橋密度を推定するのによく用いられている方法として膨潤圧縮法[5]がある。この方法で求めた測定試料の架橋密度は、モノスルフィド結合(C-S1-C)は 7.9 × 10-6 mol/cm3、ポリスルフィド結合(C-Sx-C (x ≥ 2))は 6.3 × 10-5 mol/cm3 であった。この値と EXAFS の結果から精密な硫黄構造解析をすることが可能だと考えられるが、そのためには更なる改善が必要と考えられる。

 

今後の課題:

 試料冷却方法及び測定方法を見直した結果、高波数領域まで EXAFS 測定できるように精度を向上させることができた。しかし、本ビームラインでは高波数領域でのX線強度が極端に低いため S/N が低下してしまう。今後、多数の SDD 検出器を用いた測定も検討し、さらなる精度向上を目指す予定である。

 

参考文献:

[1] S. Yagi., Nucl. Instrum. Methods. Phys. Res. Sect. B, 199, 244 (2003).

[2] B. Gilbert et al., Phys. Rev. B 66, 245205 (2002).

[3] Y. Takata, et al., Surf. Sci. 259, 266 (1991).

[4] 田村千尋、有機合成化学, 29, 977 (1971).

[5] 中内秀雄 他、日本ゴム協会誌, 60, 267 (1987).

 

 

 

(Received: September 23, 2018; Early edition: June 26, 2020; Accepted: July 6, 2020; Published: August 21, 2020)