Volume8 No.2
SPring-8 Section A: Scientific Research Report
宇宙観測用軽量高角度分解能硬X線望遠鏡の開発
Development of Light-Weight X-ray Mirror with High-Angular Resolution for X-ray Astronomy
a大阪大学, bメリーランド大学, c名古屋大学, d愛媛大学
aOsaka University, bUniversity of Maryland, Baltimore County, cNagoya University, dEhime University
- Abstract
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ほとんど全ての銀河の中心に巨大ブラックホールが存在するが、その成長過程はよくわかっていない。その成長過程を観測的に解明するには、高角度分解能の硬X線観測が重要であり、そのために我々は 15 秒角より優れた高角度分解能で大面積の硬X線望遠鏡の実現を目指している。現在、シリコン結晶薄板を用いたX線反射鏡の開発に取り組んでおり、初めて製作された2回反射型1ペアモジュールの性能を、15 keV と 30 keV のX線を用いて BL20B2 で評価したところ、モジュールのほぼ全面において、目標の 15 秒角より優れた角度分解能が達成されていることがわかった。
Keywords: X線天文学、X線望遠鏡
背景と研究目的:
ほとんど全ての銀河の中心には、太陽の百万倍以上の質量を持つ巨大ブラックホール (BH) が存在する。どのようにして巨大 BH が成長してきたのか、いまだによくわかっていない。そして、巨大 BH の質量は、銀河のバルジの質量と良い相関関係を示すことがわかってきた。これは、巨大 BH と銀河が互いに影響を与えながら共進化していることを示す。巨大 BH の重力半径は、銀河バルジの半径のおおよそ 1000 億分の1に過ぎない。こんなにサイズの違うものが、どのようにしてお互いに影響を及ぼしあうのかも不明である。このように、巨大 BH の成長過程の解明は、いまや銀河の成長とも密接に関連することが明らかになっており、現代宇宙物理の最大の謎の一つとなっている。どのようにすれば、観測的に巨大 BH の成長を明らかにできるだろうか?
我々は、X線観測で巨大 BH 成長を解明しようと考えている。標準的なシナリオでは、宇宙初期に出来た種 BH が、星間物質を飲み込みつつ成長し、巨大 BH になる。巨大 BH が物質を飲み込むと、飲み込まれる物質の重力エネルギーが解放され、X線が放射される。これを活動銀河核 (Active Galactic Nucleus; AGN) と呼ぶ。つまり、AGN のX線光度は、巨大 BH が物質を飲み込む割合、すなわち成長率を表す。従って、巨大 BH の成長過程を解明するには、宇宙の果てにある AGN までをもX線で観測し、X線光度の進化を調べればよい。将来のこのようなX線観測を実現するべく、我々は FORCE (Focusing On Relativistic universe and Cosmic Evolution) 計画を推進している [1]。
遠方の AGN が出すX線は、宇宙背景X線放射として観測出来る。濃い星間物質に覆われた巨大 BH を持つ AGN をも観測するには、貫通力の強いエネルギー E>10keV の硬X線を観測すればよい。宇宙X線背景放射を空間分離して個々の AGN として観測するためには、15秒角より詳細な角度分解能が必要である。また、宇宙遠方の暗い AGN を観測するには、大集光力も必要である。つまり、巨大 BH の成長過程の解明の鍵は、大集光能力で角度分解能が15秒角以上の硬X線望遠鏡が必要なのである。
宇宙X線観測用の望遠鏡は通常、反射鏡をバウムクーヘンのように並べたウォルター I 型のX線光学系になる (図1)。角度分解能を高めるには、高形状精度の反射鏡基板が必要である。限られた口径で集光能力を上げるには、反射鏡のネスト数を増やすしかない。我々は現在口径 40 cm、ネスト数 200 程度を考えている。これを実現するには、反射鏡を薄く(~0.4 mm 程度)するしかない。すなわち、高形状精度の薄板反射鏡基板が必要となる。そこで我々は、NASA Goddard Space Flight Center (GSFC) で開発中の、シリコン結晶薄板を使った反射鏡に着目した。これは、シリコン結晶を薄く切り出した後に研磨をすることでウォルター型基板を実現するものである[2]。我々は 2015 年ごろより FORCE 計画実現を目指して共同研究を開始し、NASA GSFC 側はシリコン反射鏡基板の作成を担当し、日本側は SPring-8 BL20B2 を用いた性能評価を担当してきた。2016B 期から 2018B 期にかけては、一枚のシリコン反射鏡基板の反射プロファイル測定、反射率測定を行った。これらの結果に基づき、NASA GSFC 側で製作方法に改良を重ね、2019 年には最初の2回反射1ペアのモジュールが完成した (図2)。2019B 期において、この第一号モジュールのX線反射プロファイル測定を行った。紙数の関係から、本稿ではこの実験結果を中心に述べる。
図1. ウォルター I 型X線光学系
図2: 2回反射1ペアモジュール
実験:
実験は 2019 年1月26日~1月28日にかけて、BL20B2 で行なった。その概略を図3に示す。X線入射スリットの下流に治具とミラーを設置し、ミラー中心部から 8.77 m 離れた位置に検出器を置いた。検出器は浜松ホトニクス社製 C12849-1015S であり、ピクセルサイズ 6.5 µm の sCMOS チップを使用したものである。反射鏡モジュール上流のスリットで 10 mm (H)×1 mm (V) のビームを作り、反射鏡モジュールと検出器のステージを同期させて動かすことで、反射鏡全体を走査した。X線のエネルギーは 15 keV と 30 keV である。それぞれのエネルギーにおいて、10 mm (H) ×1 mm (V) のX線ビームでミラー全面を走査した。その様子が図3右である。
図3. 実験セットアップ
結果および考察:
図4に、15 keV のX線ビームで、モジュールの真ん中付近を照射した時の反射像を示す。この図を水平軸に射影したプロファイルが図5左であり、これを Point Spread Function (PSF) と呼ぶ。図5右は、PSF のピークを中心とする領域に入る光子の割合をプロットしたもので、これを Encircled Energy Function (EEF) と呼ぶ。図5には、30 keV で測定した PSF と EEF も示してある。なお、1ピクセルは 0.153 秒角に対応している。EEF が 0.5 になるときの幅が、一般にX線天文学で望遠鏡の角度分解能を表す指標として使われており、これを Half Power Width (HPW) と呼ぶ。今回の反射鏡モジュールの中心部分で HPW は5秒角 (15 keV) および 6 秒角 (30 keV) であった。
図4. 15 keV のX線ビームでモジュールの真ん中あたりを照射した時の反射像
図5. Point Spread Function (左) と Encircled Energy Function (右)。1 pixel は 0.153 秒角に相当
反射鏡モジュールの各部分の反射像を積み重ねて一つにまとめたものが図6である。図6の上部 (data 91 の近く) は反射鏡モジュールの下部の反射像、図6の下部 (data 1 の近く) はモジュール上部の反射像に対応している。図6上では2か所反射率の低い部分がみられるが、これは反射鏡をモジュール土台に接合している部分にX線が当たっているからである。この周辺で像の広がりが大きくなっている事から、接合部が反射鏡の形状に影響していることがわかる。図7は、図6の各反射像から各部分の HPW を計算した結果である。縦軸が HPW、横軸がデータナンバーである。接合部であるデータ 20-30、60-70 あたりを除くと、反射鏡モジュールのほぼ全面において角度分解能の目標値である、15秒角を達成していることがわかった。全ての反射像を重ね合わせて、反射鏡モジュール全体の HPW を求めると、15 keV の場合で14秒角、30 keV で12秒角となり、全面でも目標値である15秒角より優れた角度分解能を達成できていることがわかった。
図6. 反射鏡モジュール各部分からの反射像
図7. 反射鏡モジュール各部の HPW
今後の課題:
現在取り組んでいるシリコン反射鏡は、制作方法の関係から、約 10 cm×10 cm のサイズが限度である。従って、想定している口径 40 cm の反射鏡を実現するには、約 5000 枚の反射鏡を並べる必要がある。今回実証したのは1ペアの反射鏡モジュールが角度分解能15秒角を達成しているということであり、大量の反射鏡を並べたときに15秒角より良い性能が出るかどうかはまだ実証されていない。従って、今後は反射鏡1枚1枚の角度分解能を優れたものにしていくと同時に、望遠鏡を精度よく並べる方法も開発していかなければならない。まずは数ペアのモジュールを完成させることが、近い将来の課題である。
まとめ:
我々は、大面積高角度分解能の硬X線宇宙観測を目指し、シリコン結晶薄板を用いたX線反射鏡の開発を進めている。初めて作成された2回反射1ペアモジュールは、目標の15秒角を達成していることがわかった。今後も研究を進め、大面積高角度分解能の硬X線望遠鏡の実現を目指す。
参考文献:
[1] K. Nakazawa, et al. Proc. SPIE, 10699, 106992D (2018)
[2] W. W. Zhang, et al. Proc. SPIE, 8443, 84430S (2012)
(Received: March 24, 2020; Early edition: May 27, 2020; Accepted: July 6, 2020; Published: August 21, 2020)