SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume8 No.2

SPring-8 Section A: Scientific Research Report

宇宙観測用軽量高角度分解能硬X線望遠鏡の開発
Development of Light-Weight X-ray Mirror with High-Angular Resolution for X-ray Astronomy

DOI:10.18957/rr.8.2.299
2016B1159, 2017B1186, 2018B1172, 2019B1274 / BL20B2

井出 峻太郎a, 松本 浩典a, 米山 友景a, 朝倉 一統a, 野田 博文a, 田村 啓輔b, 清水 貞行c, 吉田 篤史c , 三石 郁之c, 粟木 久光d、他 FORCE ワーキンググループ

Shuntaro Idea, Hironori Matumotoa, Tomokage Yoneyamaa, Kazunori Asakuraa, Hirobumi Nodaa, Keisuke Tamurab, Sadayuki Shimizuc, Atsushi Yoshidac, Ikuyuki Mitsuishic, Hisamitsu Awakid, FORCE Working Group

a大阪大学, bメリーランド大学, c名古屋大学, d愛媛大学

aOsaka University, bUniversity of Maryland, Baltimore County, cNagoya University, dEhime University

Abstract

 ほとんど全ての銀河の中心に巨大ブラックホールが存在するが、その成長過程はよくわかっていない。その成長過程を観測的に解明するには、高角度分解能の硬X線観測が重要であり、そのために我々は 15 秒角より優れた高角度分解能で大面積の硬X線望遠鏡の実現を目指している。現在、シリコン結晶薄板を用いたX線反射鏡の開発に取り組んでおり、初めて製作された2回反射型1ペアモジュールの性能を、15 keV と 30 keV のX線を用いて BL20B2 で評価したところ、モジュールのほぼ全面において、目標の 15 秒角より優れた角度分解能が達成されていることがわかった。


Keywords: X線天文学、X線望遠鏡


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背景と研究目的:

 ほとんど全ての銀河の中心には、太陽の百万倍以上の質量を持つ巨大ブラックホール (BH) が存在する。どのようにして巨大 BH が成長してきたのか、いまだによくわかっていない。そして、巨大 BH の質量は、銀河のバルジの質量と良い相関関係を示すことがわかってきた。これは、巨大 BH と銀河が互いに影響を与えながら共進化していることを示す。巨大 BH の重力半径は、銀河バルジの半径のおおよそ 1000 億分の1に過ぎない。こんなにサイズの違うものが、どのようにしてお互いに影響を及ぼしあうのかも不明である。このように、巨大 BH の成長過程の解明は、いまや銀河の成長とも密接に関連することが明らかになっており、現代宇宙物理の最大の謎の一つとなっている。どのようにすれば、観測的に巨大 BH の成長を明らかにできるだろうか?

 我々は、X線観測で巨大 BH 成長を解明しようと考えている。標準的なシナリオでは、宇宙初期に出来た種 BH が、星間物質を飲み込みつつ成長し、巨大 BH になる。巨大 BH が物質を飲み込むと、飲み込まれる物質の重力エネルギーが解放され、X線が放射される。これを活動銀河核 (Active Galactic Nucleus; AGN) と呼ぶ。つまり、AGN のX線光度は、巨大 BH が物質を飲み込む割合、すなわち成長率を表す。従って、巨大 BH の成長過程を解明するには、宇宙の果てにある AGN までをもX線で観測し、X線光度の進化を調べればよい。将来のこのようなX線観測を実現するべく、我々は FORCE (Focusing On Relativistic universe and Cosmic Evolution) 計画を推進している [1]。

 遠方の AGN が出すX線は、宇宙背景X線放射として観測出来る。濃い星間物質に覆われた巨大 BH を持つ AGN をも観測するには、貫通力の強いエネルギー E>10keV の硬X線を観測すればよい。宇宙X線背景放射を空間分離して個々の AGN として観測するためには、15秒角より詳細な角度分解能が必要である。また、宇宙遠方の暗い AGN を観測するには、大集光力も必要である。つまり、巨大 BH の成長過程の解明の鍵は、大集光能力で角度分解能が15秒角以上の硬X線望遠鏡が必要なのである。

 宇宙X線観測用の望遠鏡は通常、反射鏡をバウムクーヘンのように並べたウォルター I 型のX線光学系になる (図1)。角度分解能を高めるには、高形状精度の反射鏡基板が必要である。限られた口径で集光能力を上げるには、反射鏡のネスト数を増やすしかない。我々は現在口径 40 cm、ネスト数 200 程度を考えている。これを実現するには、反射鏡を薄く(~0.4 mm 程度)するしかない。すなわち、高形状精度の薄板反射鏡基板が必要となる。そこで我々は、NASA Goddard Space Flight Center (GSFC) で開発中の、シリコン結晶薄板を使った反射鏡に着目した。これは、シリコン結晶を薄く切り出した後に研磨をすることでウォルター型基板を実現するものである[2]。我々は 2015 年ごろより FORCE 計画実現を目指して共同研究を開始し、NASA GSFC 側はシリコン反射鏡基板の作成を担当し、日本側は SPring-8 BL20B2 を用いた性能評価を担当してきた。2016B 期から 2018B 期にかけては、一枚のシリコン反射鏡基板の反射プロファイル測定、反射率測定を行った。これらの結果に基づき、NASA GSFC 側で製作方法に改良を重ね、2019 年には最初の2回反射1ペアのモジュールが完成した (図2)。2019B 期において、この第一号モジュールのX線反射プロファイル測定を行った。紙数の関係から、本稿ではこの実験結果を中心に述べる。

 

    

    図1. ウォルター I 型X線光学系

 

    

    図2: 2回反射1ペアモジュール

 

実験:

 実験は 2019 年1月26日~1月28日にかけて、BL20B2 で行なった。その概略を図3に示す。X線入射スリットの下流に治具とミラーを設置し、ミラー中心部から 8.77 m 離れた位置に検出器を置いた。検出器は浜松ホトニクス社製 C12849-1015S であり、ピクセルサイズ 6.5 µm の sCMOS チップを使用したものである。反射鏡モジュール上流のスリットで 10 mm (H)×1 mm (V) のビームを作り、反射鏡モジュールと検出器のステージを同期させて動かすことで、反射鏡全体を走査した。X線のエネルギーは 15 keV と 30 keV である。それぞれのエネルギーにおいて、10 mm (H) ×1 mm (V) のX線ビームでミラー全面を走査した。その様子が図3右である。

 

    

    図3. 実験セットアップ

 

結果および考察:

 図4に、15 keV のX線ビームで、モジュールの真ん中付近を照射した時の反射像を示す。この図を水平軸に射影したプロファイルが図5左であり、これを Point Spread Function (PSF) と呼ぶ。図5右は、PSF のピークを中心とする領域に入る光子の割合をプロットしたもので、これを Encircled Energy Function (EEF) と呼ぶ。図5には、30 keV で測定した PSF と EEF も示してある。なお、1ピクセルは 0.153 秒角に対応している。EEF が 0.5 になるときの幅が、一般にX線天文学で望遠鏡の角度分解能を表す指標として使われており、これを Half Power Width (HPW) と呼ぶ。今回の反射鏡モジュールの中心部分で HPW は5秒角 (15 keV) および 6 秒角 (30 keV) であった。

 

    

   図4. 15 keV のX線ビームでモジュールの真ん中あたりを照射した時の反射像

 

    

   図5. Point Spread Function (左) と Encircled Energy Function (右)。1 pixel は 0.153 秒角に相当

 

 反射鏡モジュールの各部分の反射像を積み重ねて一つにまとめたものが図6である。図6の上部 (data 91 の近く) は反射鏡モジュールの下部の反射像、図6の下部 (data 1 の近く) はモジュール上部の反射像に対応している。図6上では2か所反射率の低い部分がみられるが、これは反射鏡をモジュール土台に接合している部分にX線が当たっているからである。この周辺で像の広がりが大きくなっている事から、接合部が反射鏡の形状に影響していることがわかる。図7は、図6の各反射像から各部分の HPW を計算した結果である。縦軸が HPW、横軸がデータナンバーである。接合部であるデータ 20-30、60-70 あたりを除くと、反射鏡モジュールのほぼ全面において角度分解能の目標値である、15秒角を達成していることがわかった。全ての反射像を重ね合わせて、反射鏡モジュール全体の HPW を求めると、15 keV の場合で14秒角、30 keV で12秒角となり、全面でも目標値である15秒角より優れた角度分解能を達成できていることがわかった。

 

    

   図6. 反射鏡モジュール各部分からの反射像

 

    

   図7. 反射鏡モジュール各部の HPW

 

今後の課題:

 現在取り組んでいるシリコン反射鏡は、制作方法の関係から、約 10 cm×10 cm のサイズが限度である。従って、想定している口径 40 cm の反射鏡を実現するには、約 5000 枚の反射鏡を並べる必要がある。今回実証したのは1ペアの反射鏡モジュールが角度分解能15秒角を達成しているということであり、大量の反射鏡を並べたときに15秒角より良い性能が出るかどうかはまだ実証されていない。従って、今後は反射鏡1枚1枚の角度分解能を優れたものにしていくと同時に、望遠鏡を精度よく並べる方法も開発していかなければならない。まずは数ペアのモジュールを完成させることが、近い将来の課題である。

 

まとめ:

 我々は、大面積高角度分解能の硬X線宇宙観測を目指し、シリコン結晶薄板を用いたX線反射鏡の開発を進めている。初めて作成された2回反射1ペアモジュールは、目標の15秒角を達成していることがわかった。今後も研究を進め、大面積高角度分解能の硬X線望遠鏡の実現を目指す。

 

参考文献:

[1] K. Nakazawa, et al. Proc. SPIE, 10699, 106992D (2018)

[2] W. W. Zhang, et al. Proc. SPIE, 8443, 84430S (2012)

 

 

 

(Received: March 24, 2020; Early edition: May 27, 2020; Accepted: July 6, 2020; Published: August 21, 2020)