Volume8 No.2
SPring-8 Section A: Scientific Research Report
産地推定のための出土琥珀の放射光蛍光X線分析
Synchrotron Radiation X-ray Fluorescence Analysis of Excavated Amber for Provenance Study
a(公財)元興寺文化財研究所, b(公財)高輝度光科学研究センター, c高知大学, d広島大学
aGangoji Institute for Research of Cultural Property, bJASRI, cKochi University, dHiroshima University
- Abstract
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琥珀の主成分は高分子有機化合物であり、これまでの出土琥珀の産地推定は主成分である有機物の分析により実施されてきた。しかし、有機物の化学変化による劣化などの影響により産地推定が困難な場合が多いことが分かってきた。そのため、琥珀に含まれる微量の無機元素に着目し分析することで産地推定を試みた。元素分析は放射光蛍光X線分析により実施した。その結果、標準試料と出土資料のいずれにも土壌に由来すると見られる微量の無機元素が検出された。
さらに標準琥珀について、産地ごとの検出元素の傾向を調べた。その結果、検出元素に幾分ばらつきはあるものの一定の傾向がみられることがわかった。
Keywords: 出土琥珀、放射光蛍光X線分析、産地推定、微量元素
背景と研究目的:
考古学の分野において出土遺物の産地を調査し推定することは、その当時のものの交易や地域間の交流を研究する上で非常に重要である[1]。全国各地の遺跡から出土した琥珀玉についてもこれまで様々な方法で原料の琥珀の産地推定が行われてきた。琥珀は国内では主な産地として岩手、福島、千葉など、また少量の産地も含めると10か所以上の産地がある[2]。これまで、琥珀は主たる成分が高分子有機物であるため、有機物の分析手法である、フーリエ変換赤外線吸収分光分析(FT-IR)[3]や核磁気共鳴[4]、ガスクロマトグラフ/質量分析(GC/MS)[5]、熱分解-ガスクロマトグラフ/質量分析(Py-GCMS)などによる産地推定が実施されてきた。しかし、有機物が主成分であるため紫外線や熱、水などが影響した化学変化(劣化)が生じ、分子構造が変化する可能性が高いことが分かっている[6]。特に遺跡出土琥珀ではより劣化の影響が大きく、分子構造が変化し、産地推定を困難にしてきた。
加えて、国内の主な産地である岩手県久慈市周辺と福島県いわき市周辺から産出する琥珀は生成年代がほぼ同じ 8000 万年前の地層から産出し、起源となる植物も同じナンヨウスギ科であるため[7]、分子構造がほぼ同じで、FT-IR や Py-GC/MS など有機物の分析方法では区別がつかない。また、千葉県銚子市周辺から産出する琥珀は起源となる植物については同じナンヨウスギ科であるが生成年代が古く1億 2000 万年前の地層から産出するため、劣化していない場合は久慈市、いわき市と区別がつく。しかし、劣化が進行すると、有機物の分析方法では区別がつかないことが分かってきた [8][9]。
琥珀は樹木から流れ出た樹液が長い年月をかけて高分子化したものでその間に周辺の土壌の影響を受け土壌成分由来の無機物が取り込まれると考えた。そこで琥珀が埋もれていた土壌に着目し、琥珀に含まれる微量の無機成分の分析を行い、検出元素の傾向を調べることで産地の区別ができないかと考えた。それぞれの産地で特徴的な元素が検出できればこれまでの有機物の分析では区別がつかなかった出土琥珀について産地推定が可能となると考えた。そこで、出土琥珀中の微量元素を放射光蛍光X線分析により検出し、標準試料中の微量元素と比較することで、出土琥珀の産地推定を試みた。なお、これまでの有機物の分析方法では出土資料からサンプリングし、潰したり、加熱させたりと破壊することが多かったが、今回の手法では極微量の資料での分析が可能である上に、文化財であるためサンプリングが困難な資料に対しても非破壊で分析ができるという利点がある。 今回の試みにより出土琥珀の産地について、標準試料との比較から産地の推定ができれば、琥珀を含む玉類の流通経路の手がかりやこれまで不明であった琥珀玉の交易について新しい知見が得られ、考古学の分野の発展に寄与できると考えた。
実験:
① 標準試料
標準試料は同一地域内で異なる産出地区が存在するため、国内の主産地である岩手県久慈市、福島県いわき市、千葉県銚子市から採取した試料(表1:A1~C5)を使用した。これらの琥珀のうち久慈市といわき市は約 8000 万年前(白亜紀後期)、銚子市は約 1 億 2000 万年前(白亜紀中期)の地層に琥珀が含まれている。これまで有機物の分析方法である赤外分光分析などでは同一年代の地層に含まれる琥珀はほぼ同じ分析結果となるため、久慈市といわき市産の琥珀は区別がつかなかった。
表1. 標準試料及び出土資料
② 出土資料
これまでの考古学の研究では原料となる材料(琥珀)の産地は遺跡の所在地と地理的に近いところから調達されるといわれてきた。そのため、今回の分析試料としての出土琥珀は久慈市といわき市に比較的近い岩手県中半入遺跡(表1:S1、S2)、青森県田代遺跡(同 S3)、千葉県に比較的近い千葉県駄ノ塚古墳(同 S4、S5)、千葉県西谷遺跡(同 S6)に加えて、少し離れた静岡県団子塚遺跡(同 S7)、遠方の長崎県双六遺跡(同 S8)の計8か所について、標準資料と同様の条件で測定し、その結果を比較した。
③ 方法
測定は各試料から採取した微細片 5~9 個を使用し、多サンプルの極微量蛍光X線分析を実施するため、BL05XU に設置しているオートサンプラーを配したマルチモード蛍光X線分析装置により分析した。
今回、通常の縦横 1 μm のマイクロビームでは偏在を鋭敏にとらえてしまうため、横長にしてビーム径を大きくすることで、励起される面積が広くなり、再現性の良いスペクトルを取得できるようにした。また、今回測定する琥珀は非常に小さいため、目で正確にX線を当てることは困難である。そのため、横長のマイクロビームを上下スキャンすることで、最適な測定位置を見出すことができるようにした。
測定条件は、X線エネルギーを 20 keV とし、X線ビームの大きさは水平方向は 300 μm、縦方向には KB ミラー集光により 1.2 μm とした。縦方向に 8 μm ステップで試料を移動し、100 ステップで 800 μm の領域を 200 秒間かけてスキャンした。データ処理は 200 秒間のカウントを積算して行った。
この分析方法は極微量の試料を非破壊で分析できるため、文化財の分析に適し、今回の出土琥珀についても適切な手法であると言える。
結果および考察:
同一地区の標準試料において、10か所の異なる測定点の XRF の結果は、同一地区では検出される元素とピーク強度がほぼ同じ傾向を示し、再現性があることが分かった。そのため、地区ごとで検出された元素のカウント数を平均し、元素ごとにカウント数の多少を濃淡で示した(表2)。その結果、久慈市周辺から産出した琥珀は8か所すべての地区で Fe のピーク強度が強く、As や Sr、Zr などがほとんどの地区から検出されるなど、検出元素と強度の傾向が比較的類似した結果となった(表2:A1~A8)。一方、いわき市と銚子市は5地区における検出元素の傾向がそれぞれ異なり、いわき市では Fe の強度の強い南沢、末続と弱い入間沢、その中間の広野町、白岩に分かれ、その他の土壌成分に由来する微量元素(Ti、Mn、Cu、Zn、Sr、Y、Zr)も地区ごとで異なった傾向を示した(表2:B1~B5)。また、銚子市はどの元素も比較的強度が弱い中で、Fe については比較的強度の強い酉明浦、犬吠埼と弱い君ヶ浜、波止山、長崎橋下に分かれた(表2:C1~C5)。これらのことから、いわき市と銚子市においては、地域全体をまとめて検討するのではなく、さらに限定された地区ごとの検討ができる可能性を示しているといえる。
表2. 各試料のXRF分析結果
次に、出土資料についても、標準試料と同様に同一遺跡の試料で異なる10か所の測定点のカウント数を比較した結果、検出元素の傾向は標準試料に比べてさらに類似する結果となった。そこで標準試料と同様に検出元素のピーク強度を濃淡で表し、標準試料と比較した(表2)。さらに出土資料でも標準試料と同様の土壌成分に由来する元素について着目し、それぞれの遺跡ごとの特徴を検討した。その結果、Fe は標準試料に比べ強度の弱いものが多く、標準試料で検出された他の元素も同様に検出されたが、全体的に強度が弱いかほとんど検出されないものが多い結果となった。
一方、すべての元素を総合的に見て、標準試料の中での類似性と標準試料と出土資料の関係を調べるため樹形図を作成しクラスター分析を行った。樹形図は、Python のライブラリを用いてコサイン類似度・最短距離法を用いて作成した(図1)。
図1. 各試料の XRF 分析結果による樹形図 プログラミング言語 python のライブラリ(scipy 及び matplotlib)を用い、コサイン類似度・最短距離法を使用して作成
その結果、標準試料では土壌成分に由来するピーク強度を中心に検討した結果と同様に、久慈市周辺の産地はいずれも比較的近くに位置する結果となったが、いわき市周辺と銚子市産琥珀は地区ごとでばらつきが多く、関係性が掴めない結果となった。出土琥珀については千葉県駄ノ塚古墳 O120(S5)と長崎県双六古墳(S8)以外の6点は比較的近いところに位置したが、銚子市産3点(C3、C4、C5)といわき市産1点(B4)を除いて、標準琥珀とは離れているものが多いため、標準琥珀との比較から産地を推定するには至らなかった。
以上の結果はこれまでの考古学的な見方や有機物の分析結果と比較すると必ずしも一致しない。遺跡出土琥珀については一部の遺跡では区別できる可能性を有したが、そのほとんどは標準試料との類似性が低く、今回の結果からでは産地推定に応用できる可能性が低い結果となった。
出土資料は本来の産地から採取され、原石や製品として移動した後使用され、再度土中に埋もれるため、遺跡の土壌の影響を受けることが考えられる。そのため、今回の結果が当初の土壌由来の元素だけを反映しているかは原産地および遺跡の土壌の分析などを行い、検証することも必要であると考えた。
今後の課題:
今回、初めて琥珀に含まれる微量元素の XRF による分析を行った。その結果、微量元素が存在すること、試料ごとの結果には再現性があることが確認できた。さらに有機物の分析では区別できなかった久慈市といわき市の試料については今回の分析では区別できる可能性を有する結果となった。しかし、標準試料と出土琥珀との類似性を認めるまでは至らなかった。さらに、検出元素に一定の傾向はみられたが、ばらつきも多いことが分かった。
さらに今回は検出元素すべてを考慮した樹木図を用い産地間の関係を検討したが、今後は区別するための指標となる元素を選んで検討することも必要であると考えた。産地推定を可能とするためには指標となる元素の選定を再度検討することが必要であり、今後多くの資料の分析を行い、データを蓄積することが必要である。
参考文献:
[1] 池上悟, 立正大学文学部論叢, 97, 1(1993)
[2] ディータ・シュレー, 鮎沢潤・上田恭一郎訳, “日本の琥珀”, 北九州自然史友の会, 北九州市(2002)
[3] 植田直見, 由良大和古代文化研究協会研究紀要, 12, 41(2007)
[4] 木村英明, 塚田好美, 中條利一郎, 佐々木和久, こはく, 6, 1(2006)
[5] 原奈々絵, 文化, 11, 59(2014)
[6] 植田直見, こはく, 9, 11(2012)
[7] 藤山家徳, 宇奈加美, 2, 1(1994)
[8] 植田直見, こはく, 3, 7(2001)
[9] 植田直見, 坪井清足先生卒寿記念論文集, 342(2010)
(Received: March 31, 2020; Early edition: May 27, 2020; Accepted: July 6, 2020; Published: August 21, 2020)