SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume8 No.2

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

マイクロビームXAFSによる (K,Na)NbO3 セラミックス中の Mn 化学状態評価
Micro Beam XAFS Study for Chemical State of Mn in (K,Na)NbO3 Ceramics

DOI:10.18957/rr.8.2.405
2018A1069 / BL05XU

西村 仁志, 尾山 貴司

Hitoshi Nishimura, Takashi Oyama

株式会社村田製作所

Murata Manufacturing Co., Ltd.

Abstract

 (K,Na)NbO3[KNN] 系無鉛圧電セラミックスは還元焼成すると低抵抗化や部品寿命低下が起こるが、実験的に Mn を添加することでその不具合を改善することができる。そこでセラミックス中での Mn の化学状態が重要と考え、マイクロビーム XAFS による評価を試みた。その結果、Mn は平均価数が 2.6 価で Nb サイトに固溶していることが示唆された。今後、検討を進めることで抵抗や部品寿命との関連を明確化できれば、特性向上のための設計指針が得られるものと期待される。


Keywords: (K,Na)NbO3、無鉛圧電セラミックス、X線吸収分光、マイクロビーム、Mn 価数


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背景と研究目的:

 最近、圧電素子向け電子部品の材料として (K,Na)NbO3[KNN] が見いだされ、「無鉛圧電材料」として研究開発が進められている。その電子部品化においては電極となる金属材料と共焼成できることが重要である。また電極に卑金属を用いるためには還元雰囲気での共焼成が必須であるが、その際の KNN の低抵抗化や部品寿命低下が大きな問題となっている。

 こうした問題に対して Mn の適当量の添加が効果的であることが分かってきたが、そのメカニズムが明確になっていない。KNN と同じペロブスカイト型の強誘電体である BaTiO3 の研究によると抵抗や部品寿命には酸素空孔の存在や拡散挙動の関連が指摘されている[1-4]。また KNN では粒内に固溶した Mn の有効電荷が高温高電圧下での酸素空孔の拡散に関与する可能性が指摘されている[5]。こうしたことから上記メカニズムの明確化や問題解決においては KNN 粒子への Mn の化学状態(価数や固溶サイト)に関する情報が欠かせないと考えられる。一方、開発中の KNN には偏析物が多数存在することが分かっており、部品寿命に関わっている可能性も考えられる。

 以上から本課題ではセラミックス中の Mn の化学状態を明確にすることを目的とするが、重要なことは KNN 粒子と偏析物の化学状態を区別して評価できることである。一般に固体中の元素の化学状態分析法として、XPS(X-ray Photoelectron Spectroscopy)、ESR(Electron Spin Resonance)、STEM-EELS(Scanning Transmission Electron Microscope-Electron Energy Loss Spectroscopy)、放射光 XAFS(X-ray Absorption Fine Structure)が挙げられるが、必要な空間分解能と感度を考慮すると、いずれも本課題の目的に対して不十分と考えた。よって本課題ではそれらを必要なレベルで両立できるマイクロビーム XAFS を用いて KNN 粒子や偏析物を区別した Mn の化学状態評価を試みた。

 

実験:

 セラミックスと金属電極を積層した電子部品を想定し、KNN セラミックスと Ni電極を共焼成した積層体(KNN厚み約 30 μm、Ni 電極厚み約 2 μm、有効圧電層5層)を準備した。これらを最終的な厚みが 1 mm 程度となるまで断面研磨処理して KNN/Ni 積層部の断面を露出させたものを試料とした。

 表1に測定試料水準を示す。試料 1、2 はそれぞれ焼成温度を 1100°C、1035°C としたもので、試料2の方が優れた部品寿命を有する。添加 Mn 量は共に 5.0 mol% であるが、多くの Mn 偏析物が形成されるため KNN 粒子に固溶する Mn はそれよりも大幅に少なくなる。また試料1を高温高電圧の部品寿命試験によって故障させ、IR-OBIRCH(Infrared Optical Beam Induced Resistance Charge)で特定した低抵抗部を試料3とした。

 

                 表1 測定試料水準

    

 

 装置は BL05XU に整備された走査型顕微分光計測装置を使用し、放射光を Si(111) 二結晶モノクロメーターにより単色化した後、KB(Kirkpatrick‐Baez)ミラーによって 1.1 μm×1.2 μm に集光したマイクロビームで測定を行った。まず蛍光X線マッピング(入射X線のエネルギー 9.2 keV)によって 35 μm (140 pixel×140 pixel)の領域で Mn Kα 並びに Ni Kβ のマップを得た。そして、これらを基に XAFS の測定位置を決定し、蛍光収量法によって Mn K 吸収端スペクトルを測定した。またドリフト確認のため、簡易条件のマッピング(数分間)による位置確認を必要に応じて実施した。検出器には 4ch-SDD 検出器を用い、蛍光X線マッピングは 0.1 s/pixel の1回積算(約45分間)、マイクロビーム XAFS は 3 s/step の1回積算(約60分間)で測定を行った。

 

結果および考察:

 試料1の Mn Kα 並びに Ni Kβ の蛍光X線マップ(35 μm)を図1に示す。Ni Kβ マップにおいてX線強度が高い領域が Ni 電極と思われ、KNN 層の厚みを考慮すると厚み方向に KNN 層1層全域がほぼ捉えられていると言える。Mn Kα マップにはX線強度が高い層状の領域が中央に存在することが分かる。過去の EPMA(Electron Probe Micro Analyzer)の評価から、これらは Mn を含有する偏析物層(Mn 偏析層)と考えられ、Ni 電極近傍にも Mn 偏析物は存在するようである。一方、Mn 偏析物が存在しない領域は KNN 粒子のみで構成(KNN 粒子層)されていると考えられることから、KNN 粒子のマイクロビーム XAFS はこの領域で実施することにした。

 

    

   図1 KNN 層の(a)Mn Kα 並びに(b)Ni Kβ の蛍光X線マップ(35 μm)

 

 図2はマイクロビーム XAFS で得た試料1の複数の KNN 粒子(KNN grain1-1、1-2)と Mn 偏析物(Mn Segregation)の Mn K 吸収端スペクトルである。ここでは解析ソフト Athena によってバックグラウンド除去並びにポストエッジで規格化を行った XANES(X-ray Absorption Near Edge Structure)を示してある。KNN 粒子は複数の測定点でほぼ同じ形状のスペクトルが得られていることから試料1では粒子間の Mn の化学状態に大きな違いがないと推察される。また KNN 粒子と Mn 偏析物を比較するとスペクトル形状が異なっており、それぞれ固有のスペクトルが得られていると思われる。仮に通常の XAFS で評価した場合は両者の平均スペクトルが得られることになり、それぞれのスペクトルを得ることは困難だったと予想される。つまりマイクロビーム XAFS を行うことで、はじめて KNN 粒子に固溶した Mn のみの解析ができるようになったと言え、この点で他の手法では得られない貴重なデータが得られたと考えられる。

 

      

   図2 試料1の KNN 粒子と Mn 偏析物の Mn K 吸収端スペクトル

 

 一般に 3d 遷移金属元素の K 吸収端スペクトルの場合、吸収端エネルギー値の比較から価数が議論される[6]。そこでリファレンス酸化物の吸収端エネルギーの価数依存性から KNN 粒子に固溶した Mn の平均価数の解析を試みた。図3は KNN 粒子とリファレンス酸化物の XANES ペクトルを比較したものである。これによると KNN 粒子のスペクトルの立ち上がりは MnO と Mn2O3 の間にあることから、Mn の平均価数は2~3価であると考えられる。そこでリファレンス酸化物の吸収端エネルギーと形式価数の関係を検量線として Mn の平均価数を求めたところ 2.6 価との結果を得た。なお、今回は吸収量がエッジジャンプの半分となるエネルギーを吸収端エネルギーとして採用した。

 

   

図3 試料1の KNN 粒子とリファレンス酸化物の Mn K 吸収端スペクトル(左)
   とそれぞれの形式価数に対する Mn K 吸収端エネルギー(右)

 

 一方、Mn 偏析物は、過去のX線回折から Mn4Nb2O9(Mn2 価)などの Mn 複合酸化物である可能性を考えていた。しかし今回得られたスペクトルから少なくとも Mn は2価より大きいと思われる。よって例えば Mn4Nb2O9 に K や Na が固溶することで Mn 価数が変動した複雑な化合物になっていることが想像されるが、詳細な解析には至っていない。

 続いて EXAFS(Extended X-ray Absorption Fine Structure)解析による Mn 固溶サイトの解析を試みた。図4は試料1の EXAFS から波数の重みづけを k3 とし 3~9 Å-1 の範囲でフーリエ変換して得た動径構造関数であり第一近接ピークの動径距離は約 1.6 Å となった。図4には Orthorhombic K0.5Na0.5NbO3(格子定数 a:4.0308 Å 、b:3.998 Å 、c:4.0498 Å)の A サイトまたは B サイトを1つ Mn 置換したモデルのシミュレーションで得た理論カーブも示した。これは解析ソフト Artemis による FEFF 計算で 5 Å までの一回散乱パスを合計したもの(デバイワラー因子 σ2 = 0.003 Å2)で、Mn-O は A サイト約 2.4 Å、B サイト約 1.6 Å となった。フィッティング解析は割愛したが、試料1の動径構造関数に近いのは B サイト置換モデルであることから Mn の固溶サイトは B(Nb)サイトであると推察した。なお B サイトモデルの 3~4 Å 付近のピークが試料1で見えないのは構造ひずみなどの影響によると考えられる。

 

   

図4 試料1の KNN 粒子の Mn K 吸収端 EXAFS 動径構造関数(左)と 
   A サイトまたは B サイト Mn 置換モデルから FEFF シミュレーションで得た理論カーブ(右)

 

 以上を価数の情報と合わせると、5価の Nb サイトに平均価数が 2.6 価の Mn が固溶している。つまり Mn は KNN 粒子に固溶しアクセプタとして働いていると考えられる。なお Mn が B サイト固溶であることはイオン半径を考慮した予測とも一致するし、わずかな焼成温度の違いで Mn の固溶サイトが変わるとは考え難いことから、他の試料も同様に B サイト固溶であると推察される。

 

 図5に試料2並びに試料3の KNN 粒子層から得た Mn K 吸収端の XANES スペクトルを示す。試料2では複数の測定点でスペクトル形状が異なる結果となり、粒子間で KNN 粒子に固溶した Mn の化学状態が異なる可能性が得られた。この結果は固溶した Mn の化学状態の均一性が焼成温度に依存することを示唆するものである。また試料1と比較するとピーク形状に違いがあり高エネルギー側の強度が高いことから高価数の Mn が相対的に増えていることが推察される。また試料3の結果も試料1(KNN grain1-1)と比べてピークの高エネルギー側の強度がわずかに高く、試料2と同じように高価数の Mn の増加が起こっている可能性を示唆している。

 

   

図5 試料2(左)と試料3(右)の KNN 粒子の Mn K 吸収端スペクトル

 

 しかしながら吸収端エネルギーに着目すると、若干の違いはあるものの試料2、3ともに試料1とそのエネルギーはほとんど同じである。よって試料間には少なくとも吸収端エネルギーが大きく変わるほどの Mn の平均価数の違いはないと思われる。これらのことから、別の可能性として試料2、3のスペクトル形状は高価数の Mn の増加ではなく、蛍光X線マップでは捉え切れていない微小な Mn 偏析物や MnO が存在し、その情報が混在してしまった結果とも考えられる。よって本測定では蛍光X線マップから可能な限り KNN 粒子のみを狙って測定しており Mn 偏析物や MnO の混在はないと想定していたが、そのように断定するのは難しいように思われる。

 以上、こうしたスペクトル形状の違いが、KNN 粒子に固溶した Mn の化学状態、もしくは微量な Mn 偏析物や MnO の混在によるものかを判断するには、KNN 粒子のみと断定できる箇所の測定が必要である。そのためにはより高い空間分解能の XAFS や STEM による予備測定などと合わせた検討が必要と思われる。

 

今後の課題:

 マイクロビーム XAFS によって KNN 粒子や偏析物に関する化学状態の情報を得ることができた。しかし試料によっては微小な Mn 偏析物や MnO の情報が混在した可能性が懸念された。これらの懸念の払しょくが今後の課題であり、より高い空間分解能での評価や2次元分布の情報がその解決に寄与することが期待される。

 

参考文献:

[1] I. Burn and G. H. Maher, J. Mater. Sci. 10, 633 (1975).

[2] Y. Sakabe and H. Seno, U. S. Pat. No. 4 115 493 (1978).

[3] H. J. Hagemann and H. Ihrig, Phys. Rev. B 20, 3871 (1979).

[4] G. Y. Yang et al., J. Appl. Phys. 96, 7492 (2004).

[5] Rudiger-A. Eichel, Phys. Chem. Chem. Phys., 13, 368 (2011).

[6] 山本 孝、行本 晃, BUNSEKI KAGAKU 62, 555 (2013).

 

 

 

(Received: December 19, 2019; Early edition: May 27, 2020; Accepted: July 6, 2020; Published: August 21, 2020)