Volume8 No.2
SPring-8 Section A: Scientific Research Report
高周波MnZnフェライトの磁区構造解析
Domain Structure Analysis of High Frequency MnZn Ferrite
a(株)トーキン, b(公財)高輝度光科学研究センター
aTokin Corporation, bJASRI
- Abstract
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本研究の目的は、当社の高周波用 MnZn フェライト(B40)の磁区構造を観察することにより、従来品と比較して高周波で優れた低損失特性を示す起源を解明し、さらなる高特性材料開発の指針構築とすることにある。
分光型低エネルギー電子・光電子顕微鏡装置(SPELEEM、BL17SU)[1] を用い、磁区観察を行った。その結果、B40 材は結晶粒径が約 3 μm、磁区サイズも約 3 μm と小さいことがわかった。磁区サイズが小さいことより、磁壁密度は増える。磁壁密度が増えると磁壁は単位磁場当たりの移動距離が短かくなる。それにより、残留損失の一部と思われる、磁壁内で発生する異常渦電流損失の低減が図れ、また、結晶粒径が小さいことより、渦電流損失の低減が図れたものと推察される。
Keywords:磁区構造、損失、高周波、X線・軟X線吸収分光
背景と研究目的:
地球温暖化対策の一環として、電子機器一般に用いられる電源の高効率化、すなわち、電源に用いられるトランス、および、チョーク用材料の MnZn フェライトの低損失化が求められている。
また、電子機器の小型化の要求に伴い、電源の高周波化が進んでいる。例えば、拡大の一途を辿るデータセンターにおいては、設備の施工費用、サーバ設置費用、運転費用(消費電力コスト)において、費用の大多数を占めるのが、日々の運転に用する消費電力コストであると言われている。サーバに多数用いられるチョーク材においても、数%の効率向上でも消費電力コストの低減に大きく寄与する。大手のデータセンターを運営する企業では、高速化を目的に 2022 年に駆動周波数を 1.2 MHz とすることをロードマップで示している。このような状況下でフェライト材料の高周波化、低損失化は必須である。本研究の目的は、当社の高周波用 MnZn フェライト(B40)の磁区構造を観察することにより、高周波で低損失な原因を明らかにする。
実験:
Bs 測定
理研電子株式会社製 BHS-40S 1次巻き線 50turn、二次巻き線 20turn、Hm=1120 A/m
ビームライン
分光型低エネルギー電子・光電子顕微鏡装置(SPELEEM、BL17SU)
実験手順
XAS/XMCD 効果を利用したフェライト磁石材料表面の化学・磁気イメージングは、BL17SU の b ブランチに設置された汎用型 PEEM 装置を用いて行った。表面が研磨されたフェライト試料を PEEM 用専用試料ホルダにマウントし、高真空の測定槽に導入した。水銀ランプ光源で像出しとアライメントを行うと同時に結晶粒など表面形状の情報を得た。その後、軟X線を導入、Fe の L2,3 吸収端の円偏光X線を利用して、X線磁気円二色性(XMCD)に由来する磁気コントラストを取得した。
使用するエネルギー(波長)
Fe L2,3 吸収端
試料
B40 トロイダル形状(外径 8 mm、内径 6 mm、高さ 1 mm)
試料の作成方法
B40 は一般的な粉体粉末冶金法により作成した。Fe2O3、MnO、ZnO を混合し、予焼し、SiO2、CaO 等を添加し、粉砕し、プレスし、焼成することにより得た。
Table 1 に当社高周波材(B40)と 100 kHz 程度の低周波で用いる当社汎用材(BH1)の焼成条件と添加物量を示す。B40 は BH1 と比較し、保持温度が低く、酸素分圧が低い。また、粒界層を形成する SiO2、CaO 量が BH1 と比較し多い。保持温度を 1150°Ϲ と低く焼成することより、結晶粒径を小さく、比抵抗を高くする狙いがある。特に、SiO2、CaO は結晶粒成長を阻害する効果があり、粒界に析出し、高抵抗の粒界層を形成するとともに、結晶粒径を小さくする効果がある。
Table 1 高周波材(B40)と汎用材(BH1)の焼成条件と添加物量
Table 2 に B40 と BH1 の基本特性、基本物性を示す。B40 は BH1 と比べ 1 MHz-50 mT-R.T.の損失(Pcv)を五分の一とした。また、比抵抗が高く、結晶粒径が小さい。また、磁区サイズも小さい。MnZn フェライトの損失(Pcv)は、ヒステリシス損失、渦電流損失、残留損失からなる[2]。ヒステリシス損失は周波数の1乗に比例する損失、渦電流損失は周波数の2乗に比例する損失、残留損失は、経験的に、周波数の3~5乗に比例する損失であり、高周波フェライトは、渦電流損失、残留損失の低減が必須となる。渦電流損失は比抵抗の逆数に比例することにより、比抵抗は高いほど好ましい。
Table 2 B40 と BH1 の基本特性、基本物性
また、渦電流半径に比例することより、結晶粒径が小さいほど好ましい。以上の理由により結晶粒径は小さく、比抵抗は高くする材料設計とした。
結果および考察:
1)B40 の結晶組織、及び、磁区構造の観察
Fig. 1 に B40 の結晶組織、及び、磁区構造を示す。磁区観察は左右円偏光の放射光(Fe_L 吸収端)を用いて光電子像を取得し、円偏光のヘリシティーの違いによる像強度の差分を取ることにより磁気状態を明らかにした(XMCD-PEEM 像)。一方、磁気ではない情報、すなわち、フェライトの組織状態は、両円偏光に対する像強度の和をとることで磁気情報を相殺して求めた(LEEM 像)。結晶粒径は約 3 μm、磁区サイズは同様に約 3 μm である。BH1 は結晶粒径が約 15 μm に対して、B40 は約五分の一の結晶粒径となっている。結晶粒径を小さくすることにより、高周波の損失の低減が図れる。結晶粒径を小さくすることは、高周波の低損失化に二つの効果がある。一つの効果は上記実験結果から明らかなように、磁区サイズが小さいことより、磁壁密度は増える。磁壁密度が増えると磁壁は単位磁場当たりの移動距離が短かくなる。それにより、残留損失の一部と思われる、磁壁内で発生する異常渦電流損失の低減が図れたものと推察される。もう一つの効果は結晶粒径を小さくすることにより、渦電流損失の低減が図れる。表皮厚みを求めると 1 MHz では約 5 μm と計算され、結晶サイズより大きい。BH1 では結晶粒径が約 15 μm であることから、渦電流は電気抵抗が低い結晶粒内を流れるため高周波の渦電流損失が大きい。B40 は高抵抗の粒界層を跨いで渦電流が流れるため、渦電流損失は小さい。
Fig. 1 B40 材の結晶組織(LEEM 像、左図)、及び、磁区構造(XMCD-PEEM 像、右図)
2)B40 材の磁区構造の温度依存性
Fig. 2 に B40 材の磁区構造の温度依存性を示す。常温では磁化方向に依存した XMCD コントラストが明瞭であるが、温度を高くすることにより、コントラストが不明瞭となる。温度が 440°Ϲ でキュリー点を上回り、磁化の消失が確認できた。Table 3 は常温、200°Ϲ での XMCD コントラストの上下限値と差分(任意単位)、および、最大磁束密度(Bs)を示す。コントラストの上限、下限値の差分は 200°Ϲ では常温の三分の一となっている。直流 B-H ループより求めた Bs は、200°Ϲ では常温の三分の一であり、コントラストの差分は Bs の挙動を反映する結果となった。
Fig. 2 B40 材の磁区構造の温度依存性
Table 3 常温、200°Ϲ の XMCD コントラストの上下限値と差分(任意単位)、及び、Bs
参考文献:
[1] F. Z. Guo et al., Rev. Sci. Instrum. 78, 066107(2007).
[2] 近角聡信、強磁性体の物理、裳華房、p231-242
(Received: December 12, 2019; Early Edition: June 26, 2020; Accepted: July 6, 2020; Published: August 21, 2020)