SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume8 No.2

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

高プロトン伝導性酸化物材料 Ba-Zr-Y-O 系の結晶構造解析
Analysis on Crystal Structure for High-proton Conducting Material Ba-Zr-Y-O System

DOI:10.18957/rr.8.2.379
2016A1512 / BL02B1

銭谷 勇磁a, 鬼頭 俊介b, 菅原 健人b, 澤 博b

Yuji Zenitania, Shunsuke Kitob, Kento Sugawarab, Hiroshi Sawab

aパナソニック株式会社先端研究本部, b名古屋大学

aPanasonic Corporation, bNagoya University

Abstract

 ペロブスカイト型結晶構造を有する Ba(Zr,Y)O3-δ (以後、BZY)は、500~700°C の温度領域において 10-3 S・cm 程度のプロトン(H+)伝導性を示すことが知られている[1]。我々は結晶粒界が存在しない BZY エピタキシャル薄膜を作製し、水素雰囲気中で熱処理を施すことで、高いプロトン伝導特性を見出した (0.1 S/cm@600°C, 0.01 S/cm@20 °C, Ea = 0.01 eV)。本特性は、従来の酸素サイト間をプロトンがホッピングする伝導機構では説明出来ない。またバルクの BaZrO3 単結晶も同処理によって高伝導状態になることが確認できた。本研究では Ba-Zr-Y-O 薄膜および BaZrO3 単結晶について伝導特性の異なる試料間での結晶構造の差異を明らかにすることで、新しいプロトン伝導特性と結晶構造の因果関係を明らかにすることを目的とした。


Keywords:プロトン伝導体、ペロブスカイト、BaZr1-xYxO3-δ、X線回折、単結晶構造解析


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背景と研究目的:

 プロトン伝導性酸化物 BaZr1-xYxO3-δ は、ABO3 で表されるペロブスカイト型構造を有し、A サイトにアルカリ土類金属、B サイトに Zr や Ce の +4 価の金属元素が配位する。B サイトは3価の Y やランタノイド元素等で置換でき、置換量に応じて酸素が欠損し、高温加湿雰囲気下に晒すことで、この欠損サイトに H2O がプロトンを引き連れた酸素として侵入し、電気的中性を結晶内にプロトンが導入される。導入されるプロトン量は、酸素欠損サイト数と比例関係にあるため、B サイト置換量が多いほど結晶内のプロトン数が増加する。導入されたプロトンは 500~700°C の温度域で、八面体の酸素間をホッピングしながら伝導する、いわゆるグロータスメカニズムと呼ばれ、結晶内をプロトンが高範囲に伝導する。一方、結晶粒界はこの伝導を著しく低下させる。我々は、BZY エピタキシャル薄膜を作成し、評価することでプロトン伝導特性の本質に迫ることが出来ると考え、スパッタ法による単結晶薄膜を実施した。また従来の焼結体では、B サイトへの Y の固溶限界が ~20% であったのに対し、スパッタ法での非平衡状態では、より高濃度の Y 置換が期待できる。MgO(100) 基板を用いて Y の固溶限界を検討した結果、エピタキシャル成長を維持しつつ 50% 置換できることを確認した。この BZY 薄膜は加湿された Ar ガス雰囲気中では、従来のプロトン伝導材料と同程度の伝導度 (0.001 S/cm, Ea = 0.11 eV) を示すのみであった。処理雰囲気を検討した結果、無加湿の 5°CH2、95°CAr 雰囲気中、700°C で数時間処理することで、100°C から 700°C の温度領域において 0.01 S/cm 以上の高い伝導度を示すことを見出した。この伝導種がイオン (水素イオン:H+, H-、酸素イオン:O2-) であるのか、電子であるのかを確認するため、ホール効果、水素濃淡起電力等の測定を行った。その結果、イオン伝導が支配的であることが示唆される。また薄膜内の水素イオン分布を二次イオン質量分析 (SIMS:Secondary Ion Mass Spectroscopy) により評価した結果、薄膜内に均一に存在し、従来の H2O でプロトンを導入した場合と比較して約2倍程度存在していることを確認した。高伝導化処理を、BaZrO3 単結晶 (Crystec 製:5 mm × 5 mm × 0.5 mm) に施した結果、バルクの単結晶試料でも同様の伝導度を確認した。前回、BZrO3 単結晶のバルク体のまま、高伝導化を行ったため、単結晶内部・表面での処理状態が異なるため、差フーリエ合成データに再現性が得られない結果に終わった。本研究においては、処理状態の均一性を図るため BaZrO3 単結晶を数十 µm の粒子に粉砕し、高伝導化処理を行った。処理有無の試料における結晶構造解析を行い、伝導特性とそれらにおける結晶構造の差異および関連性を見出すことを目的とした。

 

実験:

 測定に用いた試料に、BaZrO3 の単結晶粒子を用いた。測定試料はX線ビーム径 500 µm 内に完浴させる必要がある。そのため、5 mm × 5 mm × 0.5 mm 程度の単結晶試料を、メノウ乳鉢を用いて、数十 µm 角の粒子に粉砕後、高伝導化処理を行った。粉砕した単結晶試料を、熱酸化膜付き Si 基板上に配置し、高伝導化処理時に必要な触媒であるニトロセルロースを含有した銀ペーストを Si 基板上に塗布し、赤外線ランプアニール装置 RTA(Rapid thermal annealing)を用い、温度 700°C、雰囲気 Ar:H2=95:5、1気圧で1時間処理した。その際に、銀ペーストで試料が汚染されないように、塗布した銀ペーストと BZO 単結晶粒子は接触しないように配置した。高伝導化処理した試料は長時間の大気暴露で伝導度が低下するため、処理後は真空デシケータもしくはグローブボックス中で保管し、測定直前に石英製のニードルに接着し、ゴニオメータに配置した。

 

結果および考察:

 高伝導化処理を行ったBZO単結晶での構造変化を確認するために、処理有無各試料においてX線回折実験を行った。一例として図1に高伝導化処理後の BZO 単結晶の回折像を示す。

 

      

        図1.高伝導化処理後の BZO 単結晶回折像

 

 BZO 単結晶試料では、高伝導化処理後でも d=0.19 Å の高角領域まで非常に鋭いピークが確認された。得られた回折データについて指数付けを行った結果、高伝導化処理に伴う対称性の変化などは確認されなかった。また、ペロブスカイト型構造以外、すなわち高伝導化処理による生成物は現れていないことが明らかとなった。これらの試料について構造解析を実施し、差フーリエ合成を行った。図2-1に BZO の結晶構造モデル図と未処理試料の (110) 面における差フーリエ合成による電子密度、図2-2に差フーリエ合成の3次元プロットを示す。図2-2に元素位置は図2-1の結晶構造モデル図と対応している。未処理試料では構成元素の Ba およびZrサイトのみに主な構造因子が現れ、ペロブスカイト型構造を形成する元素位置での構造因子のみが観測される結果となった。また負の電子密度に起因する構造因子が各サイトで現れていることから、イオン性結晶であることが確認できる。

 

      

  図2-1.BZO の結晶構造モデル図と高伝導化処理前の BZO 単結晶の(110)面における差フーリエ電子密度

 

        

  図2-2.高伝導化処理前のBZO単結晶における差フーリエ合成の3次元プロット

 

 次に、高伝導化処理後の試料における、差フーリエ合成による電子密度の結果を図3-1に示す。図2-1の高伝導化処理前と図3-1の高伝導化処理後の差フーリエ電子密度を比較する。図3-1に示す差フーリエ電子密度の負成分 (dn) が、図2-1の dn と比較し小さくなっていることが分かる。次に、高伝導化処理後の試料における差フーリエ3次元プロットを図3-2に示す。この結果から、図2-2に示している未処理試料で確認された Ba や Zr 元素周辺の差フーリエ電子密度の負成分が極端に小さくなっていることがわかる。また、未処理では確認されなかったペロブスカイト型構造の酸素位置周辺に、新たな構造因子が確認された。

 

        

  図3-1.高伝導化処理後の BZO 単結晶の(110)面における差フーリエ合成による電子密度

 

        

  図3-2.高伝導化処理後の BZO 単結晶における差フーリエ合成の3次元プロット

 

 図2-2と図3-2における Ba および Zr サイトの差フーリエ電子密度を比較すると、高伝導化処理前では、Ba と Zr サイトでは、負の成分が存在することから、Ba と Zr は正イオンの状態であることが分かる。一方、高伝導化処理後のそれぞれのサイトでは、負成分が消失していることから Ba、Zr が中性的な電子状態を取っていると推測される。これらの結果から、高伝導処理による電子状態の変化について、推測の域を脱しないが、以下のような可能性があることに触れておく。従来、結晶内にプロトンを導入する際には、中性な H2O の状態でプロトンを引き連れた酸素が、欠損サイトに侵入し結晶内にプロトンが導入される。今回の高伝導化処理は、H2O を含まない H2 ガスで処理を行っている。そのため H2 が結晶に変化を及ぼす要因として、1) BZO をより還元し、酸素欠損量が増加する。2) H2 が触媒を介して H- と H+ に分離し、H- が酸素欠損サイトを占有し、その周辺に H+ が存在する、の二通りが考えられる。1)の場合を検証するため、これまでも触媒を用いずに水素雰囲気において還元処理を行ったが、700°C 程度の温度では、結晶構造や伝導性は全く変化していない。そのため、1)の可能性は非常に低いと考えられる。一方、2)の場合、導入された H- とH+ および構成元素の電子状態が中性な状態を取っていることから、これらの水素イオンが結晶構造を構成している元素からの局所的な静電ポテンシャルの影響が小さくなり、比較的自由に結晶内を伝導出来るのではないか、と考えられる。

 薄膜試料において結晶内の水素イオンの存在を SIMS で確認した際には、H2O によるプロトン量よりも約2倍程度水素イオンが結晶内に存在している結果から考えると、2)の可能性は十分にある。現時点では中性子回折等でこれら水素イオンの存在およびサイトの特定に耐えうる試料作成が出来ないため、上記については可能性までにとどめておく。

 

今後の課題:

 今回の測定では BZO 単結晶粒子でのX 線回折測定を実施したが、高伝導化処理の前後で、それらの結晶構造自体には大きな差異は確認されなかった。一方、これらの異なる BZO 単結晶粒子での差フーリエ合成の結果、明らかな構造因子の違いが確認できた。前回の測定では、BZO 単結晶を高伝導化処理した後、粉砕したものを測定したため、測定に用いた試料が処理表面に近いものか、試料内部のものかが不明であった。今回測定した高伝導化処理された BZO 単結晶試料の測定では、上記のような構造因子変化の再現性が得られ、高伝導化処理自体は、粉砕した粒子径から考えて単結晶表面から数十 µm 程度までの電子状態を変化させたと考えられる。

 

参考文献:

[1] T. Norby et al., Dalton Trans. 3012 (2004)

 

 

 

(Received: September 30, 2019; Accepted: July 6, 2020; Published: August 21, 2020)