SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume8 No.2

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

窒素酸化物の選択触媒還元用材料の性能向上と構造解析
Characterization and Activity Enhancement of Materials for Selective Catalytic Reduction of Nitrogen Oxides

DOI:10.18957/rr.8.2.410
2018A1578 / BL14B2

伴野 靖幸、鈴鹿 弘康、高橋 宏明、吉村 昌壽、齊藤 清彦、髙木 由紀夫

Yasuyuki Banno, Hiroyasu Suzuka, Hiroaki Takahashi, Masatoshi Yoshimura, Kiyohiko Saito, Yukio Takagi

エヌ・イー ケムキャット(株)

N. E. Chemcat Corporation

Abstract

 銅ゼオライトは、ディーゼルエンジン排ガス中の窒素酸化物浄化に適した触媒材料であるが、使用環境が過酷であり、既存材料の水熱耐久性が充分ではないことから一層の性能向上が求められている。細孔径が比較的大きいゼオライトの水熱耐久性向上にリン酸処理は有効であるが、チャバサイトのように細孔径の小さいゼオライトではその効果は期待できないとされてきた。今回、シリカアルミナ比が約15の銅チャバサイトにリン酸処理することで、水熱耐久後の浄化性能が向上した材料を得ることができた。構造解析の結果、リン酸処理の効果は、P と Cu の直接の協奏効果で活性点構造が変化して性能向上しているのではなく、水熱耐久時に P と Al によって SAPO 類似構造が生成して O 原子平面4配位 Cu2+ 種のチャバサイト骨格からの離脱を抑制しているためと推定された。


Keywords:選択触媒還元、窒素酸化物、銅、チャバサイト、XANES、EXAFS、リン酸


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背景と研究目的:

 選択触媒還元(SCR Selective Catalytic Reduction)は、ディーゼルエンジンから排出される排気ガス中に含まれる窒素酸化物(NOx)の除去に有効な技術であり、銅チャバサイト(Cu-CHA)が浄化性能に優れた触媒材料の一として実車搭載の触媒に使われている。排ガスは、室温から 650°C 以上の高温まで温度範囲が広く、且つ水蒸気を多く含むため、ゼオライトの使用条件としてはかなり過酷であり、触媒材料には水熱耐久性が求められる。また、一般に 300–400°C 前後の温度領域では NOx は浄化されやすいが、200°C 以下の低温域では NH3 と NOx の反応速度が遅く、また 500°C 以上の高温域では NH3 が酸化されて NOx が生成する副反応で浄化率が低下するので、両温度域の浄化性能向上が課題である。水熱耐久後の低温・高温浄化性能を向上させるため、Cu-CHA に第二元素を添加する検討がなされてきている[1,2]。本研究では、第二元素として P、Pd、Pr、Au を選定し、水熱耐久後の浄化性能向上を検討した。その結果、リン酸による P 添加が性能向上効果を示した。このような性能差が、活性点である Cu 原子周囲の配位環境の差によるものか確かめるため、水熱耐久前後の粉末サンプルの XAFS 測定を行い、Cu 周りの局所構造を明らかにする。

 

実験:

 XAFS実験条件:実施ビームライン BL14B2、測定対象元素と吸収端:Cu K、Pd K、Au LIII

 モノクロ結晶面方位:Si (311)面、測定手法:透過、測定環境条件:室温、大気中

 試料:Cu-CHA は、Trimethyladamantylammonium hydroxide (Sachem 社製)を有機構造規定剤として使用して CHA を合成後、600°C で焼成し硝酸銅溶液でイオン交換して Cu-CHA を調製した。第二元素(P、Pd、Pr、Au)は相当する水溶性塩を Cu-CHA に含浸・乾燥させて調製した。

 水熱耐久処理:10% 水蒸気を含む空気下、650°C で 100 h 保持して水熱耐久処理を行った。

 NOx 浄化性能評価:前述の試料を水に分散しアルミナバインダーを用いてスラリーとした。これを円柱状のハニカム(25.4 mm 径 50 mm 長)に 180 g/L 相当分を塗布し 500°C で焼成して触媒とし、上述の水熱耐久処理を実施した。これらのハニカム触媒を、触媒評価装置(SIGU-2000 堀場製作所)にセットし、210 ppm の NO、40 ppm の NO2、250 ppm の NH3、4% の H2O、10% の O2、及び残部 N2 でバランスした組成を有する混合ガスの定常気流中における窒素酸化物還元効率を測定した。測定は、200–500°C の温度範囲、空間速度 SV = 59,000 h-1 で行い、ガス分析は、自動車排ガス測定装置(MEXA-6000FT 堀場製作所)を用いて行った。

 XRF 測定:化学組成は、試料 10 g を加圧成形し Axios(Spectrysis社)を用いて測定した。

 NMR 測定:27Al-, 29Si-, 31P- 固体 NMR は、ADVANCE III HD(Bruker 社)を用いて測定した。

 

結果および考察:

 測定に供した試料の化学組成(シリカアルミナ比 (SAR)、Cu 質量%、添加元素とそれらの質量%)を表1に示す。また、水熱耐久後各試料の NOx 浄化性能について、低温浄化性能と高温浄化性能をプロットしたものを図1に示す。プロットの数字は表1の試料No.に対応する。

 

表1. NOx 浄化性能測定に供した試料
試料
No.
化学組成
SAR Cu % 添加元素
1 9.4 3.7% P 4.6%
2 11.3 3.9% - -
3 11.3 3.7% P 2.0%
4 14.5 3.8% P 2.2%
5 14.5 3.4% P 2.4%
6 15.1 4.0% Pr 1.5%
7 15.4 3.6% P 1.5%
8 15.4 3.1% - -
9 15.4 3.1% Pd 0.5%
10 15.5 3.4% P 2.2%
11 15.7 3.2% - -
12 15.7 3.2% Au 0.5%
13 19.4 3.3% P 0.9%
14 19.4 3.3% Pr 2.2%
15 21.1 3.4% - -
16 21.1 3.3% P 0.9%
17 23.7 3.3% P 2.2%

 

     

     図1. 水熱耐久後各試料の NOx 浄化性能

 

 図1より、低温・高温浄化性能とも最も良好であったのは No.10 のP添加試料であった。また添加元素なしの試料では No.11 の浄化性能が比較的良好で、Pd、Pr、Au の添加は、浄化性能を悪化させる傾向であった。

 P 添加によって NOx 浄化性能が向上した理由を推定するため、No. 10(P あり)とNo. 11(P なし)のサンプルについて比較を行った。27Al-、29Si-、31P- 固体 NMR 測定結果を表2に示す。No. 10(P あり)について、耐久前ではゼオライト構造に由来する正四面体4配位 Al 原子比率(Al/(Si+Al) 比)が No. 11(P なし)より低いが、耐久後においては正四面体4配位 Al 原子率が高く、脱 Al に関して耐久性能が向上したことが示唆された。また、図2に耐久前後の No. 10(P あり)と CHA 構造として知られる SAPO-34 の 31P-NMR 測定結果を示す。No. 10(P あり)において、耐久前に存在したリン酸塩に相当するピークが耐久後に消失し、代わって SAPO-34 に対応するピークが現れた。これは、構造外の Al 原子がリン酸と結合して SAPO に類似した構造を形成し、脱 Al を抑制していることを示唆している。また、耐久後のピークがブロードであることから、この SAPO 類似構造には P の存在状態に分布があり、本来の骨格構造内の座標からずれた位置にも存在していることが示唆される。

 

表2.バルク組成及び耐久前後の4配位 Al 原子比率
試料
No.
バルク組成
(XRF)
4配位 Al/(Si+Al) 比
(NMR)
SAR Al/(Si+Al) 比 耐久前 耐久後
10 15.5 11.4% 9.7% 7.2%
11 15.7 11.3% 10.9% 5.9%

 

      

  図2.No.10 耐久前後及び SAPO-34 の 31P-NMR

 

 従来、チャバサイトのような小細孔(最大細孔構成酸素原子数が8個)のゼオライトにおいては、リン酸が細孔内に入り難くリン酸処理による水熱耐久性向上効果が期待できないと言われていたが [3]、SAR が約15前後の合成チャバサイトを用いることで、リン酸処理によっても Cu-CHA の水熱耐久後の性能を向上させることができることが明らかとなった。

 次に性能差が、活性点である Cu 原子周囲の配位環境の差によるものであるかどうかを確かめるため、水熱耐久前後の粉末サンプルの XAFS 測定を行った。

 図3、4に耐久前後のサンプルの Cu-K 端の XANES スペクトルを示す。No. 10・No. 11 ともほぼ同様に CuO に近いスペクトルであるが、CuO に存在する 8975 eV 付近のプレピークが存在しない。この形状は、CuO と同様の平面4配位の最近接 O 原子を有する [Cu(H2O)6]2+ 錯イオンかそれに近い水和 Cu2+ イオンの構造と思われる[4]。耐久前の図3において、CuO および No. 10(P あり)のピークトップと比較して、No. 11(P なし)はやや高く CuOと やや異なる化学状態を含んでいる可能性がある。耐久後の図4では、No. 10・No. 11 双方の差はなく、水熱耐久によって Cu の化学状態がほぼ同一になったことを示唆している。

 

   

  図3 耐久前の Cu K 端 XANES スペクトル                    図4 耐久後の Cu K 端 XANES スペクトル

 

 図5、6にそれぞれ耐久前後の Cu K 端 EXAFS 振動を CuO と共に示す。さらに、当該 EXAFS 振動を k-range 3.0 ~ 15.0 Å-1 でフーリエ変換して得た動径構造関数を図7、8に示す。

 

   

  図5 耐久前の Cu K 端 EXAFS 振動                         図6 耐久後の Cu K 端 EXAFS 振動

 

   

  図7 耐久前の Cu K 端動径構造関数                        図8 耐久後の Cu K 端動径構造関数

 

 耐久前の図7における約 1.6 Å 付近のピークは Cu2+ の平面4配位 O 原子に対応する第1配位圏に相当する(図9 (a))。No. 10(P あり)と CuO はほぼ同等の配位数であるが、No. 11(P なし)の配位数は僅かに小さく Cu2+ 種の局所構造が少し乱れている可能性がある。これは図3において、耐久前の No. 11 が CuO とはやや異なる化学状態を含んでいる可能性が示唆された XANES の結果と矛盾しない。また、2.7 Å 付近の第2配位圏は、ゼオライトのイオン交換サイト(Al-site)の O 原子に結合した Cu2+ に由来すると帰属されていて、Cu-O-Al または Cu-O-Si の Al または Si 原子に相当する[5]。図9 (b)に2点の Al-site に結合した水和 Cu2+ 種の模式図を、図9 (c)に1点結合の水和 Cu2+ 種の模式図を示す。Cu2+ の配位可能圏内に Al-site が2箇所あれば2点結合型、1箇所しかなければ1点結合型を生成すると考えられる。1点結合型において電荷補償のため配位水の1つが解離して OH- イオンとなる。

 

  

図9.推定される Cu2+ の局所構造の模式図

 

 耐久後の図8においては、双方の動径構造関数がほぼ同一となり、第2配位圏の配位数が減少している。これは Cu2+ が Al-site から外れて自由な水和イオンになったというよりは、Al-site の Al 原子近傍の局所構造が乱れたためと考えられる。No. 10(P あり)の耐久後については、Cu2+ の O 原子平面4配位の第1配位圏構造を維持したまま SAPO 類似構造を介してゼオライト骨格に接続している構造を取っているのではないかと推測した。当該構造の推定模式図を図9(d)に示す。

 以上より、耐久前後の Cu 周りの局所構造と、リン酸を用いた P 添加の効果は、以下のように考えられる。

(1) 耐久前後を通して、Cu は Cu2+ の O 原子平面4配位構造を取る。

(2) 耐久前において、配位 O 原子の一部はチャバサイト骨格の Al-site に由来するO原子、他は水和水由来と推定される。

(3) リン酸添加がない場合、耐久前の Cu 周りの局所構造(O 原子平面4配位構造)がやや乱れている可能性がある。

(4) 耐久後においても配位 O 原子は水和水とチャバサイトの Al-site に由来するが、耐久によって Al 近傍の局所構造に乱れが生ずる。

(5) Al 近傍の局所構造の乱れによって平面4配位 Cu2+ 種がチャバサイト骨格から離脱する可能性があるが、リン酸が SAPO 類似構造を形成することで当該平面4配位 Cu2+ 種の離脱を抑制する。

 

今後の課題:

 リン酸添加処理が SAR15 前後の Cu-CHA に対して有効であることが確認できた。耐久前における Cu 周り局所構造の乱れ抑制効果については、その機構が推定できていないので、今後の課題としたい。また、今回、Pd、Pr、Au などの遷移金属元素の添加について、SCR 性能向上効果が見いだせなかったが、性能向上が見られた場合には構造解析によって、その理由を解明したい。

 

参考文献:

[1] F. Gao et al., ACS Catal. 5, 6780 (2015).

[2] 特開 2016-210664

[3] Y. Yamasaki et al., Micropor. Mesopor. Mater. 223, 129 (2016).

[4] A. A. Verma et al., J. Catal. 312, 179 (2014).

[5] C. Paolucci et al., J. Am. Chem. Soc. 138, 6028 (2016).

 

 

 

(Received: February 25, 2019; Early Edition: May 27, 2020; Accepted: July 6, 2020; Published: August 21, 2020)