SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume8 No.2

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

走査型軟X線顕微分光法を用いた黒髪内部における硫黄元素分布の評価
Evaluation of Sulfur Distribution in Human Black Hair using Soft X-ray Microspectroscopy

DOI:10.18957/rr.8.2.384
2016A1533 / BL27SU

鈴田 和之, 小林 翔, 前田 貴章, 渡邉 紘介, 伊藤 廉

Kazuyuki Suzuta, Sho Kobayashi, Takaaki Maeda, Kosuke Watanabe, Len Ito

(株)ミルボン

Milbon Co., Ltd.

Abstract

 走査型軟X線顕微測定によって、加齢に伴う硫黄元素の毛髪内分布や化学状態変化の評価を試みた。20代と50代の女性毛髪を比較したところ、20代毛髪に比べて50代毛髪ではジスルフィド結合分布の偏りが見出されたことから、加齢に伴って毛髪内におけるジスルフィド結合分布の不均質化が進行することが示唆された。毛髪内構造の不均質性は若年層でもくせ毛において知られているが、加齢に伴うジスルフィド結合分布の不均質化の程度はくせ毛と同等もしくはそれ以上である可能性が示唆された


Keywords:毛髪、ジスルフィド結合、軟X線、マッピング


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背景と研究目的:

 近年の高齢化に伴ってアンチエイジング化粧品市場の成長が続いており、2017 年度は前年度比 10.7% 増の 3,620 億円に達している[1]。頭髪化粧品の消費傾向も同様であり、アンチエイジングを謳うヘアケア/育毛商品市場が拡がりを見せている。特に近年では、加齢に伴う髪のうねりの増加や艶の低下といった毛幹部の形態変化に対する消費者の改善ニーズが高まっている。しかし、従来の毛幹研究は、主にヘアカラーやパーマ、ブラッシング等の美容施術に伴う "毛髪ダメージ" が主たる対象である。そのため、毛幹部の加齢変化に関する学術的知見は未だに非常に少なく、本分野の研究進展は喫緊の課題である。

 我々は、加齢に伴う毛髪変化に関する大規模調査を行い、白髪の増加や細毛化に加えてうねり毛の増加(くせ毛化)や軽さ(重量感の低下)といった様々な消費者の実感変化の詳細を明らかにしてきた[2]。この中で我々は、消費者の訴える髪の軽さに着目して科学的検証を行い、加齢とともに毛髪内密度が低下することを見出してきた[3]。そして、このような密度低下が引き起こされる要因として、加齢とともに毛髪内ジスルフィド結合量が減少することで毛髪内におけるタンパク質の保持力が低下し、タンパク質の流失が促進されるためとの可能性を提示した[3]。従って、毛髪内ジスルフィド結合の状態を詳細に解析することは、毛髪の加齢変化に対する本質的な改善技術を開発するために重要である。

 毛髪内におけるジスルフィド結合の代表的な分析手法として、アミノ酸分析やポーラログラフ、レーザーラマン分光法などがある[4,5]。その中でも、レーザーラマンを用いた顕微分光法は毛髪内におけるジスルフィド結合分布の解析に適しているが、メラニン顆粒から発生する蛍光によってスペクトルの S/N 比が顕著に低下したり、メラニンによるレーザー光の吸収、発熱を通じて毛髪試料の劣化が生じるため、毛髪の測定対象は主にメラニンのない白髪に限られてしまう。最近では、X線吸収微細構造(XAFS)測定による黒髪内部における硫黄元素の化学構造状態の解析が報告されており、軟X線を用いた顕微分光法により毛髪ダメージに伴う内部のジスルフィド結合やシステイン酸の分布状態変化が示されている[6]。

 我々は以前の検討において、黒髪に対して内部硫黄元素の毛髪内分布を評価することを目指して BL27SU の軟X線測定の実験系の構築を検討し、マッピング測定を通じて毛髪内ジスルフィド結合分布データを得ることに成功した[7]。本研究では、加齢毛髪に対して走査型軟X線顕微分光法を用いた毛髪内硫黄元素のマッピング測定を行い、ジスルフィド結合の毛髪内分布を可視化することで、加齢に伴う毛髪変化の特徴を見出すことを目指した。

 

実験:

 測定検体は、インフォームドコンセントを得た20代日本人女性ボランティアから採取した直毛髪及びくせ毛、およびインフォームドコンセントを得た50代日本人女性ボランティアの頭部から選定した加齢特有の湾曲した毛髪[2]で、それぞれ 30 cm 超の長さの毛髪を選定して採取した。これらの毛髪について、根元部位および毛先部位(根元部位から 25~30 cm 部分)を実験に用いた。また、これらの毛髪の根元部位は、過去にヘアカラー、パーマなどの化学的処理を受けていない部位であった。

 毛髪内硫黄元素のマッピング測定にあたり、毛髪横断切片はミクロトームを用いて毛髪を厚さ 50 µm に切断することで調製した。アルミニウム製のホルダーに張り付けた導電性両面テープに毛髪切片を固定し、BL27SU において軟X線を用いてマッピング測定を行った。アンジュレータからの放射光は Si(111)チャンネルカット結晶分光器によって単色化され、Kirkpatrick–Baez 集光鏡を使用して、試料位置において約 10 µm のビーム径となるように集光された。この集光された軟X線を毛髪試料に照射し、シリコンドリフト検出器(SDD)を用いて蛍光X線シグナルを検出することで元素分布を測定した。このために、X線ビームが垂直入射角で照射されるように試料をセットし、SDD を入射ビームの軸から 45° に取り付けた。毛髪切片を固定したホルダーは電動 XYZ ステージに取り付けられ、マッピング分析中の走査ステップは 5 µm とした。すべての測定は、空気による入射および蛍光X線の吸収と散乱を避けるために、1 Pa 程度の真空中で実行された。エネルギーのキャリブレーションには、CaSO4 のスペクトルを標準として使用し、SO4 に由来する S-K 端のピークが 2481.9 eV となるように調整した[8]。以前行った毛髪の XAFS 測定において、ジスルフィド結合の励起エネルギーが 2473 eV であることを確認しているので[7,9]、励起エネルギーを 2473 eV に固定し、毛髪断面全域において 5 μm ステップによる蛍光X線マッピング測定を行うことで、ジスルフィド結合の毛髪内分布を測定した。

 

      

図1. 毛髪断面切片の固定方法。(a)アルミニウム製ホルダー上に毛髪切片を導電性両面テープで固定した。毛髪試料の固定位置の目安とするために、O型の銅製グリッドの内側に毛髪切片を固定した。(b)銅製グリッド内側に固定された毛髪切片(矢印)。

 

結果および考察:

 図2に、2473 eV 付近にみられるジスルフィド結合由来の蛍光強度を毛髪断面で2次元マッピングすることで得られた、20代および50代女性毛髪の根元と毛先の部位におけるジスルフィド結合分布を示す。図2(a)および(b)の比較から、20代毛髪では根元部に比べて毛先部の蛍光シグナル強度が毛髪全体にわたって低い傾向がみられた。図2 (c)及び(d)に示された50代毛髪においても、赤く示された高シグナル強度部の毛髪断面積に対する占有割合は根元部に比べて毛先部の方が少なくなっており、20代毛髪と同様に蛍光シグナル強度が毛先において低い傾向にあると言える。本測定において得られたシグナル強度は入射光強度(I0)で規格化されていないため定量的な議論を厳密にできないが、一般的にダメージが蓄積した毛先部ではシステイン酸の生成や毛髪内タンパク質の流失を通じてジスルフィド結合量が減少する傾向が知られており、本結果はこのような毛先部の特徴を反映したものと示唆される。

 

             

図2. 20代、50代女性毛髪断面の蛍光X線マッピング図。(a) 20代女性毛髪、根元部、(b) 20代女性毛髪、毛先部、(c) 50代女性毛髪、根元部、(d) 50代女性毛髪、毛先部。スケールバーは 10 µm。

 

 また、蛍光シグナルの毛髪内分布に着目すると、20代毛髪では、根元と毛先の両部位においてジスルフィド結合に基づく蛍光シグナルがコルテックス部位全体にわたって比較的均一に得られている。根元と毛先のいずれにおいても毛髪中心部ではシグナルが低くなっているが、これはジスルフィド結合量の少ないメデュラの存在によるものである[10]。一方、50代毛髪では、根元及び毛先の両部位において、毛髪断面における蛍光シグナル強度の偏りがみられた。この結果から、加齢に伴ってジスルフィド結合の毛髪内分布に偏りが生じ、毛髪構造の不均質化が進行するように思われる。

 このような加齢に伴う毛髪内部構造の偏りについて、伊藤らも同様にコルテックス細胞の示差染色やX線小角散乱測定の結果から指摘している[11]。そして、このような内部構造の偏りは加齢毛髪に限らず、若年層毛髪の中でもくせ毛や縮毛においても同様に観察されており、偏りの程度(偏差)が大きいほど毛髪繊維の湾曲度合いが大きくなることを指摘している[12]。著者らも実際に、加齢に伴って湾曲した毛髪の割合が増加することを大規模調査を通じて確認してきている[2]。そこで、若年層(20代)くせ毛の根元部及び毛先部におけるジスルフィド結合分布を検証し、図3に2次元マッピング結果を併せて示した。この結果から、根元部においては加齢毛髪で見られたようなジスルフィド結合量分布の偏りを明確に確認することはできなかった。これは、くせ毛内部タンパク質のシスチン残基量について、湾曲繊維の内径側で 17.0 mol%、外径側で 15.8 mol% であることがアミノ酸分析から報告されており[12]、両シスチン残基量の差はわずか 7% 程度である。

 

         

   図3. 20代女性くせ毛髪断面の蛍光X線マッピング図。(a) 根元部、(b) 毛先部。スケールバーは 10 µm。

 

 ことから、マッピング図においてジスルフィド結合量の明白な偏りが見られるほどの差ではないためと考えられる。一方、くせ毛の毛先部においては、根元部とは異なりジスルフィド結合量の偏りが観察された。これは、くせ毛には組織構造上の不均質性が内在していることにより、毛髪ダメージの蓄積に伴うジスルフィド結合の減少挙動が毛髪内部において不均一であったためと考えられる。このことから、くせ毛と加齢毛髪は内部構造の不均質性によって繊維の湾曲形状が生じているが、加齢に伴うジスルフィド結合分布の不均質化の程度は、くせ毛と同等もしくはそれ以上である可能性が示唆された。

 

今後の課題:

 本研究では、加齢に伴う毛髪変化に関する知見を得るため、走査型軟X線顕微測定による毛髪内硫黄元素分布の評価を試みた。その結果、20代毛髪に比べて50代毛髪ではジスルフィド結合分布の偏りが見出されたことから、加齢に伴って毛髪内におけるジスルフィド結合分布の不均質化が進行することが示唆された。毛髪の加齢変化について、我々は BL24XU における毛髪のX線小角散乱測定を通じて、加齢とともに変化する毛髪内タンパク質の充填構造について、特に40代から50代にかけて急激な充填構造の変化が起こることを見出してきた(2018A3264)。今後、年代区分をさらに細分化してジスルフィド結合分布の検証を行い、加齢に伴うジスルフィド結合分布の不均質化の詳細を明らかにするとともに、タンパク質充填構造の加齢変化との関係を明らかにしてきたいと考えている。

 

参考文献:

[1] 2018年アンチエイジング化粧品の市場分析調査, TPCマーケティングリサーチ株式会社編

[2] 谷村 他, フレグランスジャーナル, 42, 64 (2014).

[3] 伊藤 他, フレグランスジャーナル, 41, 18 (2013).

[4] S. Ogawa et al.,, Sen’i Gakkaishi, 65, 15 (2009).

[5] A. Kuzuhara and T. Hori, Biopolymers, 79, 324 (2005).

[6] 井上 他, 日本化粧品技術者会誌, 44, 223 (2010).

[7] 鈴田 他 SPring-8産業利用課題実施報告書, 2015B1573.

[8] Fleet. M., Can. Mineral., 43, 1811 (2005).

[9] A. Funatsuki, and Y. Tamenori, Forensic Sci. Int., 250, 53 (2015).

[10] C. R. Robbins, “Chemical and physical behavior of human hair,” Springer, Germany, 5th edition, 2012

[11] 伊藤 他, 放射光, 21, 80 (2008).

[12] 長瀬 他, 化粧品技術者会誌, 43, 201 (2009).

 

 

 

 

(Received: August 19, 2019; Early edition: May 27, 2020; Accepted: July 6, 2020; Published: August 21, 2020)