Volume8 No.2
SPring-8 Section A: Scientific Research Report
固体高分子形燃料電池コアシェル触媒Ptの価電子帯電子状態観察による高活性化に関する研究
Valence Electronic Structure Study for the Improvement of Catalytic Activity of Pt-based Core-Shell Catalyst for Polymer Electrolyte Fuel Cells
a東京大学物性研究所, b東京大学放射光連携研究機構, c東芝燃料電池システム(株), d(独)日本原子力研究開発機構
ISSP, The University of Tokyoa, SRRO, The University of Tokyob, Toshiba Fuel Cell Power System Corporationc, Japan Atomic Energy Agencyd
- Abstract
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固体高分子形燃料電池の正極触媒として高い性能を有するコアシェル型の白金合金ナノ粒子触媒に対し、共鳴非弾性X線散乱を用いて電位サイクルを繰り返した電池セルのその場測定を行い、Pt の電子状態密度分布を取得した。1.2 V までの電位走査を伴う初期化処理によって、Pt-O 結合エネルギーは 2.3 eV から 2.9 eV まで増加した。次に 1.0 V 印加の加速劣化試験を行った後の状態では、Pt は酸化されたものの、Pt-O 結合エネルギーに大きな変化は見られず、初期化操作の結果として得られた触媒構造では、Pt は溶出することが無く安定であることがわかった。
Keywords:固体高分子型燃料電池、コアシェル型白金ナノ粒子触媒、共鳴非弾性X線散乱
背景と研究目的:
固体高分子形燃料電池(PEFC)は、電気化学反応によって水素と酸素から水と電気と熱を生成する発電装置であり、CO2 の排出量を低減し、NOx などの有害ガスを排出しない次世代のクリーンエネルギーとして開発が進められている。家庭用コージェネレーションシステム、自動車用、携帯機器用途として実用化されているが、広く普及させるためにはコスト削減、耐久性向上などの課題を解決しなければならない。PEFC カソードにおける酸素還元反応を促進するための触媒には、高活性なカーボン粒子に担持された Pt ナノ粒子が適用されている。しかしながら、Pt の資源量には限りがあるために高価であり、PEFC のコスト削減には Pt の使用量を低減する必要がある。Pt 使用量を低減する施策の1つに、Pt 利用率の向上が考えられる。すなわち、触媒反応は Pt 粒子の表面で生じるため、Pt 粒子を nm サイズにまで小粒化し、反応に寄与する表面の Pt の割合を多くする。現状の Pt ナノ粒子触媒は 2~3 nm の粒径まで小粒化されている。更に Pt 使用量を低減するために、Pt ナノ粒子よりも高活性な代替触媒の開発が求められている。
触媒反応は電気化学反応であり、吸着酸素との間に電荷のやり取りが行われる。触媒活性を決める要因には、酸素吸着種の吸着エネルギー、反応生成物の脱離エネルギー、および Pt の価電子帯の電子数が関与していることが考えられる[1]。一般に、白金系正極触媒の性能を評価するために、通常は Pt5d 軌道の電子状態密度の重心を表す d バンドセンターが指標として用いられている[2]。しかし本来触媒性能に関わる電子状態は酸素と混成できる一部の軌道であり、重心よりも、酸素吸着した Pt の価電子状態密度分布を求めることでより直接的な情報が得られると期待される。測定された Pt-酸素間の結合状態を指標として、触媒活性との相関を求めることによって、新規な高活性触媒の開発にフィードバックすることができる。特に、コア微粒子を1原子層の Pt で被覆したコアシェル触媒の研究・開発の指針を得ることが期待されている。
そこで本研究では、高活性な Pt/Pd コアシェル触媒について、Pt の L 吸収端のエネルギー(11.56 keV)の硬X線による共鳴X線非弾性散乱(RIXS)を燃料電池セルで測定し、元素選択的に Pt の電子状態密度を求め。Pt-酸素間の結合エネルギーが、触媒活性および耐久性に与える影響を評価することを目的とした。
実験:
本研究では、燃料電池の正極環境を模擬し、大気中で RIXS 測定を行った。実験は BL11XU の⾮弾性X線散乱スペクトロメーターを⽤いた。サンプルは Pd をコアとし Pt 1原子層を被覆したコアシェル触媒(石福金属興業㈱製)を用いた。硬X線は正極を透過し、負極まで浸入する。そこで、正極の Pt-RIXS 測定の邪魔にならないように、負極にはカーボン担持された Pd を触媒として使用した。触媒は、ともにカーボンペーパー上に塗布して形成した電極を作成し、電解質膜(パーフルオロスルフォン酸膜)と熱圧着することで CCM(Catalyst Coated Membrane)を作成し、燃料電池セルとした。両極を不活性ガスでパージしたのちに、負極を水素封入して基準電極とした。
図1に実験のセットアップを示す。ホルダーの間に CCM を挟んでいる。CCM は触媒層よりも電解質膜が広く、アクリル冶具で電解質膜を挟むことで、両極の部屋を区切り、負極に水素、正極に空気を導入できるようにしている。また、両極の触媒層に接するように金線を取り付け、外部から電圧を印加できるようにした。正極の部屋の窓にはカプトンシートを貼り付け、入射光を導入し、散乱光が出射する際の、光の強度のロスを抑制している。
図1.RIXS 測定用燃料電池セルの外観図。X線の脱出深さを極力短くして、正極からの信号のみを拾うために正極側のカバーにスリット状の開口を設け、斜出射配置で発光を検出できるようになっている。正極、負極にはそれぞれ外部より各種ガスを導入できるようになっている。
Pt L 端 RIXS 測定は、上記手順で電極を作成した直後の大気中の状態、電池セルに組み込んだ後、初期化操作として 0.05 V と 1.2 V の CV 走査を 150 回繰り返した状態、そして燃料電池動作環境下における触媒劣化を模擬するために、0.6 V と 1.0 V の矩形波を 10000 回印加した加速劣化試験後の状態の3つの条件に対して行った。Pt L3 吸収端を中⼼として、前後 10 eV の範囲において 1 eV 刻みで入射エネルギーを振って⾏った。試料からのX線発光エネルギーはエネルギー分解能が約 0.7 eV[4]であることを考慮して、0.25 eV 刻みで検出した。
結果および考察:
大気中で測定した Pt/Pd コアシェルの RIXS スペクトルを図2に示す。a)は電極、b)は初期化操作後のセル、c)は加速劣化試験後のセルの測定結果である。図は入射エネルギーごとに、遷移エネルギーに対する発光強度を2次元マッピングで示している。入射エネルギー 11.565 keV から 11.570 keV に Pt の L 吸収端に由来する発光強度のピークが見える。そこから右上に向かう発光が強い初期化操作後のセルでは、Pt がメタリックな状態になっていることがわかる。一方、電位走査後のセルでは、Pt が酸化されていることを示している。
図2.燃料電池セル正極の Pt/Pd コアシェル触媒の Pt L 端 RIXS マップ。(a) 電極作成直後、大気圧下のもの。(b) 初期化操作(0.05 V と 1.2 V の間を 150 回電位走査)後のもの。(c) 正極が空気曝露下、1.0 V 印可による加速劣化試験のもの。
図2の RIXS マップから、ラマン散乱のピーク位置を読み取ったところ、値はそれぞれ、2.3 eV、2.9 eV、3.0 eV であった。ピークのエネルギー遷移が、Pt‐酸素間の結合エネルギー値を示す。すなわち、初期化操作によって、Pt‐酸素間の結合エネルギー値が大きく変化しており、Pt の電子状態に大きな変化が生じたことを示している。別途行ったTEM観察では、コアの Pd が溶出し、触媒粒子の形状が球に近づいていることが確認できた。おそらく、Pt シェル層の原子間距離が変化し、Pt の電子状態が変化したものと考えられる。また、初期化操作によって、触媒活性が向上することが燃料電池セル評価から確認されている。
一方、加速劣化試験では Pt‐酸素間の結合エネルギー値は変化していない(2.9 eV→3.0 eV)ことから、Pt は酸化されているものの、Pt の電子状態には大きな変化が無かったことを示している。初期化操作の結果として得られた触媒構造では、1.0 V までの電位走査では、Pt は溶出することが無く安定であったと言える。
謝辞:
本研究成果の一部は、新エネルギー・産業技術開発機構(NEDO)の「固体高分子形燃料電池実用化推進技術開発事業/基盤技術開発/低白金化技術の研究開発」の一環で実施したものである。関係各位に感謝する。
参考文献:
[1] A. Nilsson et al., Catalysis Letters 100, 111 (2005).
[2] V. Stamenkovic et al., Angew. Chem. Int. Ed. 45, 2897 (2006).
(Received: October 8, 2019; Early edition: February 27, 2020; Accepted: July 6, 2020; Published: August 21, 2020)