SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume8 No.2

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

カードランゲルのグルコース添加による影響
Effect of Glucose Addition on Curdlan Gels

DOI:10.18957/rr.8.2.354
2014B1937 / BL19B2

湯口 宜明a, 松山 勇介b,中地 学b, 小笠原 正志b

Yoshiaki Yuguchia, Yusuke Matsuyamab, Manabu Nakachib, Masashi Ogasawarab

a大阪電気通信大学, b 三菱商事ライフサイエンス株式会社

aOsaka Electro-Communication University, bMitsubishi Corporation Life Sciences Limited

Abstract

 多糖類カードランはグルコースが β-1,3 結合によってつながった直鎖構造をとっており、3重らせん構造をとっていると考えられている。カードランは水に不溶であるが、その懸濁液を加熱することにより熱ゲル化挙動を起こす。食品のゲル化剤として応用されている。この系に対してグルコースを添加するとゲル強度が減少した。ナノ構造を小角X線散乱法により調べた。ナノスケールでの凝集構造および規則的な構造由来の散乱が検出され、グルコースの添加の影響について考察できた。


Keywords: カードラン、小角X線散乱、ゲル、ゲル化


Download PDF (565.95 KB)

背景と研究目的:

 カードランは微生物が産生する多糖類で、グルコースが β-1,3 結合によってつながった直鎖構造をとり、3重らせん構造を取ることが知られている。カードランは水不溶性であるため、均質なゲルを作るためには、ミキサーやホモジナイザーなどによって分散処理を行い、懸濁液としなくてはならない。分散液を加熱すると膨潤し粘度が上がり、約 50°C くらいでゲルを形成する。約 55–65°C 程度まで加熱後、常温に戻して得られるゲルはローセットゲルとよび、熱可逆性を示す。このゲルを再び加熱すると分散状態に戻り、そのまま 80°C 程度の高温に加熱し続けると熱不可逆性のハイセットゲルを形成する。このようにカードランは加熱によってゲルを形成する熱ゲル化挙動を示す。カードランは多糖類であるので、食品添加物として利用することができ、この特性を利用して、レトルトのような高温時でも安定なゲルや安定な力学的な性質を発現することができ、食肉や脂肪代替ゲルなどに応用されている[1]。我々はこれまでカードランハイドロゲルの構造について小角X線散乱法により調べてきた[2]。カードランハイセットゲルが加熱によって解れた分子鎖が3重らせん構造形成やそれらの絡み合いによって熱不可逆性を示すことが示唆された。さらに本研究では、このようなカードランの熱ゲルにおいて食品によく添加されるグルコースを加えたときの挙動に着目した。グルコースを添加するとゲル強度は弱くなるが、このときのナノ構造の影響を調べることを目的とし、小角X線散乱法を適用した。

 

実験:

 小角X線散乱測定はビームライン BL19B2 で行った。X線ビームのエネルギーは 24 keV で、カメラ距離は 3.1 m とし、検出器には PILATUS を用いた。較正にはベヘン酸銀からの回折を利用した。スリットサイズは 0.4×0.4 mm であった。露光時間はそれぞれ 120 s とした。セルはゲル試料を測定する場合平面型のもので、窓枠分離可能なものを用いた。このとき窓剤は雲母である。得られた2次元の散乱強度データは、異方性を持たないので、円平均化することにより1次元化データに変換した。散乱強度はゲルの散乱から溶媒(グルコース水溶液)の散乱を差し引く事で過剰散乱強度を評価し、カードランゲルの散乱とした。

 カードラン試料は三菱商事ライフサイエンス株式会社製のものを用いた。カードラン粉末とグルコース水溶液適量をミキサーにて混合し、脱気してカードラン分散液を得た。さらに専用のチューブに適量入れ、両端をタコ糸でとめて、ウォーターバスにて 90°C で30分間加熱し冷却してハイセットゲル試料を得た。

 

結果および考察:

 2% カードランゲルに対して、グルコースを 10% から 20%、25% まで濃度を変えて調製し、その力学的特性をみるためにクリープメーターによりそれぞれのゲルを測定した。その結果を図1に示す。グルコースの濃度が高くなるに従い、ゲルの破断応力は大きな減少が認められた。

 

      

     図1. カードランゲルにおけるグルコース添加による破断応力に与える影響

 

 図2は 2% 水分散および各種グルコース濃度の熱処理したカードランゲルからの小角X線散乱に対する Kratky プロット(q2I(q) vs q)[3]である。ここで I(q)は散乱強度を示し、散乱角に相当する散乱ベクトルの大きさ q (=(4π/λ)sinθ) を使用している。λ は入射X線の波長、2θ は散乱角を示している。散乱曲線 (I(q) vs q)は単調減少関数の形を示し、散乱の特徴を見極めるためにこの Kratky プロットを用いた。ピークの出現は相応するサイズの粒状体の存在を示している。各ゲルからの散乱はグルコース濃度が上がるにつれて強度を減少させた。これは溶質と溶媒のコントラストの影響もある。散乱パターンはどれも同様の性質を示している。つまり q = 0.2 nm−1 付近でのピークを示し、q = 4 nm−1 あたりにピークが認められた。前者はカードラン鎖の凝集体によるものと考えられる。後者のピークは規則構造によるものと考えられ、カードランが3重らせん構造をとることを考慮すると、棒状のらせん構造が並んで会合した構造からくるものであると推察される。ここでグルコース 30% のゲルについてはそのピークは不明確となっている。これは規則構造がやや崩れているのではないかと推定される。この構造のゆるみがゲル強度の減少に影響を与えているのではないかと考えられた。

 

      

    図2.2% カードランゲルと各種グルコース添加ゲルからの小角X線散乱に対する Kratky プロット

 

今後の課題:

 カードランのゲル挙動について、小角X線散乱を用いて調べることが有効であることが分かった。当初超小角X線散乱法により調べることを計画したが、通常小角領域での特徴が明らかとなり、詳細に調べることとした。またカードランゲルのグルコースの添加の影響によりゲル構造を考察することが可能で、このことはカードランゲルの性質の一部を明らかにした。今後はカードランゲルのゲル構造の形成メカニズムを調べて、より詳細なネットワーク構造を明確にしていく必要がある。このことが解明されることにより、カードランの特性である熱ゲル化を応用した高温で機能する新規な食品ゲル化剤としての応用が期待できる。

 

参考文献:

[1] 国崎直道、佐野征男 「食品多糖類」幸書房 2001.

[2] 湯口宜明 他、平成26年度 SPring-8 産業新分野支援課題・一般課題(産業分野)実施報告書(2014B), 219.

[3] O. Glatter, O. Kratky, “Small angle X-ray scattering”, Academic Press, 1982.

 

 

(Received: September 9, 2019; Early edition: February 27, 2020; Accepted: July 6, 2020; Published: August 21, 2020)