SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume8 No.2

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

新規な固体高分子形燃料電池用ポリオキソメタレートのXAFS解析
XAFS Analysis of Polyoxometalate for New Type of Polymer Electrolyte Fuel Cells

DOI:10.18957/rr.8.2.396
2016A7029 / BL33XU

畑中 達也, 野中 敬正,高木 秀樹,八木 謙一

Tatsuya Hatanaka, Takamasa Nonaka, Hideki Takagi, Ken-ichi Yagi

(株) 豊田中央研究所

Toyota Central R&D Labs., Inc.

Abstract

 固体高分子形燃料電池は、空気極の触媒に用いられる Pt の資源的な制約に加え、Pt 上での酸素還元反応が遅いため発電効率が低い課題がある。これらのPt触媒に関わる課題を回避できる空気極 Pt フリーの燃料電池としてレドックスフロー燃料電池が提案されている。この燃料電池に用いられるポリオキソメタレートについてその発電中の挙動をX線吸収分光と核磁気共鳴分光とで解析し、その結果から本材料の課題について考察した。


Keywords: 固体高分子形燃料電池,ポリオキソメタレート,X線吸収分光,NMR


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背景と研究目的:

 空気極電極触媒に Pt を使用する固体高分子形燃料電池(Polymer Electrolyte Fuel Cell; PEFC)は、家庭用や車載用として実用化段階に入ったものの、大量普及に向けた課題はまだ多く残されている。その中で従来から指摘されている Pt の資源的制約に加え、酸素還元反応の遅さに由来して理論開回路電圧(1.23 V)に迫る高い電圧が実用的な電流域で得られない点は、発電効率が悪いという大きな課題である。

 これらの Pt 触媒に関わる課題を回避できる新しい PEFC として、空気に代えて1V程度の高い電位で酸化還元能を有する溶質を含む水溶液(一般にカソライトと呼ばれる)を Pt フリーの正極に供給するレドックスフロー FC(RFFC)が提案されている[1-3]。RFFC のカソライトに適すると言われる材料の一つは、図1に構造を示すポリオキソメタレートの一つであるリンバナドモリブデン酸(H6PMo9V3O40;以下 V3-POM)であるが、その電気化学的反応機構は明らかになっていない。具体的には、最も基本的なレドックス種の同定がなされていないことに加え、その価数変化に伴う構造変化および電池特性への影響が明らかになっていないのが現状である。今後、より性能の高い RFFC を開発する上において、V3-POM の電気化学的反応機構の解析は、カソライトの改良指針を得るための貴重な知見となる。

 

      

       図1. V3-POM の分子構造

 

 本報では、V3-POM をカソライトに用いた RFFC を、充電状態(State of charge;SOC)を変えながら電池特性を評価するとともに、その際に抽出した V3-POM の構造変化をX線吸収分光(XAS)と核磁気共鳴(NMR)分光法とで解析することで、本材料の電気化学的反応機構とその課題とを明らかにする。

 

実験:

 通常の PEFC と同じ構成の燃料極、電解質膜に、Pt 触媒を用いないカーボンクロスのみを空気極として膜電極接合体(Membrane Electrode Assembly;MEA)を作製した。これを電極面積 1 cm2 の単セルに組み込み、セル温度 40°C で、空気極に V3-POM(日本無機化学工業製)の 0.3 M 水溶液 70 cc をカソライトとして 7 cc/min で循環供給した。燃料極には加湿した純水素を 100 cc/min で供給した。0.3 A/cm2 の定電流発電を所定時間繰り返してカソライトの SOC を調整した(SOC と発電電気量との関係は、V3-POM が1分子あたりに3つ含まれる V が5価→4価の3電子還元反応と仮定)。各 SOC の電池特性を評価するとともに、1 cc 程度の溶液を採取した。

 BL33XU にて V K 吸収端の透過法 XAS 測定を実施した。試料には、上記の採取溶液をカプトンフィルム2枚で挟んだものを用いた。良好な透過 XAS スペクトルが得られるように、スペーサ―を用いて溶液の光路長を調整した。分光結晶には Si(111)チャンネルカット結晶を用い、高次光除去ミラーには 7 mrad に傾斜させた Rh コートミラーを用いた。1スペクトルあたりの計測時間は約6分とした。

 XAS の結果を補完する解析として、31P および 51V-NMR 測定を行った。0.3M の POM 水溶液 200 µl に重水 200 µl を加えて試料溶液とし、内径 5 mm の NMR 試料管に移した。ケミカルシフトおよびピーク面積補正用の外部標準溶液を入れた内管を挿入し、ECA-500(日本電子製)を用いて 31P(共鳴周波数 202.5 MHz)、51V(共鳴周波数131.5 MHz)NMR 測定を行った。なお、外部標準溶液はそれぞれ 2.1% H3PO4 水溶液、0.08 M NaVO4 水溶液を用いた。

 

結果および考察:

 図2に、各 SOC における電池特性を実線で、インピーダンス測定から求めたセル抵抗(0.5 Ωcm2)で iR 補正した特性を破線で示す。0.2 A/cm2 で約 0.9 V の iR 補正電圧が Pt フリーで得られた点は、RFFC で高い発電効率が得られる可能性を示している。他方で、セル抵抗が同様の構成の PEFC より約5倍大きい点は改善が必要である。また、SOC が高いと 1.0 V を超えていた開回路電圧(OCV)が、SOC の低下と共に低下することもわかる。この OCV の SOC 依存性は V3-POM が V の5価⇔4価のレドックスによる3電子反応と仮定した SOC 依存性よりも10倍以上大きな OCV 低下であった。以上の電池特性の評価から、V3-POM を用いた RFFC の課題として、セル抵抗が大きいこと、SOC の低下により OCV が低下することで電池特性も低下することが課題であることが分かった。

 

      

         図2. V3-POM の各 SOC における電池特性測定結果

 

 次に、XAS 測定の結果として、規格化後の V K 吸収端 XANES スペクトルを図3に示す。全ての試料について、5467 eV 付近に強いプリエッジピークが観測される。プリエッジピーク位置と SOC との関係を調べたところ、良好な直線関係が得られたこと、および Mo の K 吸収端(~20.0 keV)には変化がなかったことから、平均的には V3-POM 分子換算で V の5価→4価の3電子還元反応が生じているとした仮定が正当であることを示す結果である。すなわち、V3-POM の発電時のレドックス種は V の5価→4価であると結論される。

 

      

      図3. V3-POM の各 SOC における V K 吸収端 XANES スペクトル

 

 V K 吸収端の動径分布関数を図4に示す。フーリエ変換は k3 の重みづけをした上で k = 3~10 Å-1 の範囲で計算した。V-O の結合に由来する 0.17 nm 付近のピークは、発電による SOC の低下(V の5価が減少し4価が増加)に伴い、その位置が短結合長側にシフトするとともに、ピーク強度が増大することがわかる。一般に V の価数低下時には配位数が変化しなければ結合長が長くなる傾向にあるが、今回の結果が逆であるのは興味深い。また、強度の増大は、ばらつきがあった V3-POM の V 周辺構造が単一の状態に変化していることを示唆していると考えられる。これらの要因に関しては次の NMR の結果を踏まえて後述する。

 

      

       図4. V3-POM の各 SOC における V K 吸収端の動径分布関数

 

 図5に 31P-NMR 測定結果を示す。SOC=100% では4本あった特徴的なピーク①~④が,SOC の低下とともに1本のピーク④に集約されていくことがわかる。これは、図1に示した V3-POM の分子構造において、P は中心元素として1つだけ存在することを考慮すると、周辺構造が異なる4種類の分子構造が、1種類になっていくことを示唆しており、図4の EXAFS 解析の結果で強度が増加することと合致する。

 

    

     図5. V3-POM の各 SOC における 31P-NMR スペクトル

 

 他方、図6に示した 51V-NMR の結果の赤枠で囲った部分からわかるように、SOC の低下とともに強度が増加するピーク①が存在する。他方で、ピーク②③はその強度が低下することがわかる。V4+ は NMR 活性でなく、V5+ のみが NMR 活性である点を考慮すると、これらの結果は、発電に伴って V5+ が全体としては減少する中で,特定の構造を有する V5+ が増加していくことを示している。この V5+ の増加が図4の EXAFS 解析で平均的な結合長が短くなった原因ではないかと考察した。参照試料として別途測定した V1-POM~V4-POM の NMR スペクトルとの比較から、SOC=100% において、31P-NMR で -4 ppm(図5のピーク①に相当)、51V-NMR で -530 ppm(図6のピーク④に相当)にピークを有する特徴より、この POM は H4PVMo11O40(V1-POM)であると考えられた。

 

    

            図6. V3-POM の各 SOC における 51V-NMR スペクトル

 

 ポリオキソメタレートの平衡反応を論じた文献[4]によれば、x 個の V を有する分子は、x-1 個の V を有する分子と、式1に示す一般式で平衡状態にあるとされており、V3-POM 水溶液中に、ある割合で V2-POM や V1-POM が共存すると考えられる。従って、NMR 測定の SOC=100% における複数のピークの存在は、この平衡反応によるものとして理解される。

 

(13-x)[Hx-1PMo12-xVxO40]4- + 16H+ ⇔ (12-x)[Hx-2PMo13-xVx-1O40]4- + 12VO2+ + H3PO4 + 12H2O   (式1)

 

他方で、放電状態である SOC<100% において、V4+ を含む分子がどのように振る舞うのかの知見はこれまでに報告がなかったが、上述の実験結果からは、SOC<100% においては、V1-POM が生成する式1の右辺への反応が進みやすくなっていると推定された。放電時に平均的には V 価数が低下するにもかかわらず V-O 結合長が低下するといった、図4に見られた一見奇妙な振る舞いも式1の V 脱離を伴った V1-POM 生成の証左であると理解することができる。

 上記の反応機構を踏まえ、先述した V3-POM を用いた RFFC の課題の要因を考察する。一つ目に指摘したセル抵抗が大きい点に関しては、式1の右辺にある酸化バナジウムカチオンの生成に起因し、電解質膜中のプロトンが置換されたために伝導度が低下したのではないかと考えられる。二つ目の SOC の低下に伴い OCV が大きく低下した点に関しては、放電によって生成した V1-POM の酸化還元電位が V3-POM より低いために生じたと考えることができる。

 

今後の課題:

 今回の実験結果から、放電に伴い V3-POM からの V の脱離が生じ、V1-POM が副成することが電池性能の低下要因となっていると強く推定された。これを抑制することが電池性能のさらなる改善に必要と考えられる。

 

参考文献:

[1] A. Creeth, Fuel Cells Bulletin 2011, 12 (2011).

[2] T. Matsui et. al., ACS Applied Materials & Interface 8, 28 (2016).

[3] Natasha L. O. Gunn et. al., J. Power Sources 348, 107 (2017).

[4] E. G. Zhizhina et. al., Kinetics and Catalysis 46, 354 (2005).

 

 

 

(Received: November 22, 2019; Early edition: February 27, 2020; Accepted: July 6, 2020; Published: August 21, 2020)