SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume8 No.2

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

清浄なLi/Si接合における合金化反応
Rapid Alloying Reaction at the Clean Interface between Si and Li

DOI:10.18957/rr.8.2.337
2012A4606 / BL15XU

伊藤 仁彦, 久保 佳実,吉川 英樹,坂田 修身

Kimihiko Ito, Yoshimi Kubo, Hideki Yoshikawa, and Osami Sakata

(国研) 物質・材料研究機構

National Institute for Material Science

Abstract

 リチウム(Li)金属負極の電析時の樹上成長の抑制を主目的とし、シリコン(Si)を代表とした Zintl 元素を微量に Li 金属に添加することができないか検討してきた。本報告では、過剰な Li と少量の Si の単純な接合を可能な限り清浄な環境で形成した場合に、室温で起こる界面反応について報告する。Li/Si 接合では、室温で合金化(ここでは化合物化)が急速に進み、膜厚 100 nm の Si すべてが Li:Si(モル比)が約 4:1 の最も Li リッチな化合物相に変換され、余剰 Li は金属 Li としてその表面に堆積する現象が確認された。界面における相互拡散をより詳細に調べるためには冷却可能で、かつ Li や Si の蒸着源を備えた硬X線光電子分光(HAXPES)は有用であると考えられる。


Keywords: リチウム金属負極、Zintl元素、シリコン、硬X線光電子分光


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背景と研究目的:

 リチウムイオン電池を超える高エネルギー密度化につながる要素技術として、負極のリチウム金属化が検討されている。リチウム金属を負極として用いる際、充電時の樹状成長に代表される不均一な電析、また樹状の Li が途中から溶解する事に伴う Li 自体の損失(失活)がクーロン効率の低さに直結し、充放電サイクル寿命を短くする。針状・ひも状に Li が電析してしまう現象を抑制しようとする試みは数多く報告されているが[1]、現時点においてもなお決定的な改善手法の発見には至っていない。我々は、リチウム空気電池適用を目的としてこの問題について様々な改善手法を探索しており、他に類のない Li 表面改質の試行として、Li 表面に Zintl 元素を部分的に配し、Zintl 元素の周りで Li がほぼイオン化することを利用できないか検討している。脱溶媒和等の電析素過程が改善され Li 電析の面内不均一化抑制を期待した。いわゆる Si 負極として検討されている最も Li リッチな相は Li21Si5(もしくはLi22Si5)といった Li:Si が約 4:1 の化合物であるが[2]、リチウムイオン電池適用がほとんどで、単位重量当たりのエネルギー密度が小さすぎてリチウム空気電池の負極技術たりえない。リチウム空気電池用にはそれよりずっと Si 量が少ない、いわば Li へのドーピングといっていい濃度領域の安定化が必要とされる。バルク研究から得られた合金状態図に現れていない、Li 中に Si が数 mol %添加するような状態が Li 表面で安定化できれば、Li 金属負極の充放電特性改善に活用できると考えた。本報告では、Si に対し過剰な Li がある接合を形成したときに起こる界面での相互拡散や合金化反応について調べ、界面から Li 表面までの間に微量の Si を含有する状態が室温で安定に存在しうるかどうか確認することを目的とした。

 

実験:

 まず試料とする接合の形成工程を図1に示す。3インチウェハを1/4にカットした Si 基板の上にステンレス(SUS316L)を 200 nm、RF スパッタ法にて成膜した。その上に Si を 100 nm 同じく RF スパッタ法にて形成した。Si 基板は平坦度確保のため採用、SUS 層は集電材を模している他、Li に対する拡散バリアという意味も持つ。この上に、Li を熱蒸着法にて厚さ 10 µm 形成した。蒸着時の真空度は10-6 Pa 以下となるように制御し、極力酸化を防止した。成膜中の基板温度は、室温では粒状に成長してしまうことが分かっていたため連続膜形成が容易な -100 ℃ とした。 その後、高真空中で室温に戻した後、外観観察、次いで高純度 Ar 中(露点 -60 ℃DP、酸素濃度 100 ppm 程度)に取出し、SEM 観察、SPring-8 に高純度 Ar 中に密封して運搬し、HAXPES 分析を実施した。HAXPES 用の試料は、蒸着装置から金属容器に移し密封して運搬し、一旦 BL15XU 準備室内のグローブボックス内で開封、アクリル製の搬送容器に移して大気に曝露されないように装置まで搬送した。HAXPES は、励起X線エネルギー 5.95 keV とし、Au 4f にてエネルギー軸校正、パスエネルギーは 200 eV、TOA は 83° で測定した。アクリル製搬送容器で大気成分との反応を十分抑制することは困難なので、金属製搬送容器が使えるラボ用 XPS での深さ方向分析も実施した。Ar イオン銃を用い 2 kV で加速した Ar イオンを 2 mm 四方のエリアに照射、照射と XPS 測定を繰り返すことで深さ分布を測定した。スパッタレートは SiO2 に対し 2 nm/min であった。断面観察用に同様の工程にて Si ウェハ上に直接 Li を 10 µm 蒸着したものも別途準備し、断面 SEM 観察および EDX/WDX(USXES)による組成分析を実施した。SUS 層を排したのはへき開面に SUS によるアーティファクトが出やすかったからである。

 

   

図1.Li/Si接合の形成工程 Si は 100 nm、Li 10 µm とし Li が十分過剰な状況とした。

 

結果および考察:

 図2は Li 蒸着後、基板を室温に戻した後 2×10-6 Pa の高真空中で撮影した蒸着膜の外観写真である。図2(a)は蒸着直後の写真で、SUS 上に直接蒸着した膜に比べかなり金属光沢が弱く白濁しており、表面凹凸が大きいことがうかがえる。SUS 上に直接蒸着したときは鏡面でこのような光沢にはならない。図2(b)はそのまま高真空で 24 h 放置した後の写真で、矢印で示した周辺部は特に鏡面化している。中央部のコントラストも図2(a)と比べて変わっていることも確認できる。SUS 上に蒸着したときにはこのような変化もおこらない。一旦高純度 Ar 中に取出し、大気には曝さずに試料を搬送して SEM 観察を実施した。その結果が図3である。図3(a)は図2(a)の状態の表面で、ブロック状に Li が成長していることがわかる。図3(b)は図2(b)に対応しており、ブロック状の Li が矢印で示した箇所のように時間を置くと、はじくようにはがれてゆくことが確認された。つまり、室温中で薄膜が結晶化するなどのアニール効果ではなく、ブロック状の Li が図2(b)の矢印で示すように、部分的にはがれて周辺部は鏡面化することがわかった。ブロック状の固体は金属 Li であることは超軟X線発光分光(USXES)から確認できている。図3(b)でブロック状Liのコントラストが変化しているのは、酸化が若干進んだためであることも確認している。

 

    

図2.Li 蒸着後の表面光学写真電極 (a)、24 h 後の写真 (b)   試料は 2×10-6 Pa の真空中に保持

 

   

     図3.Li 蒸着後の SEM 観察像 蒸着直後 (a)、24 h 保持後 (b)

 

 Li がはがれた跡で鏡面状になっている部分について XPS 分析を実施した。上に残った Li の影響がないよう、2 mm 角以上まで広がった箇所について分析した。まず SPring-8 BL15XU で測定した Si 1s のスペクトルを図4に示す。主ピークは SiO2(Si+4)で期待される 1845 eV より低エネルギー側 1843 eV にあるが、LixSiyO(Liシリケート)として期待される 1840 eV[3]より高エネルギー側にあり、かなり酸化が進んでいる。0価 Si と同程度のエネルギー(1839 eV)にピークが現れているが、試料のチャージアップ現象がひどく2次元検出器のイメージがエネルギー軸に対してかなり歪んだ像(スペクトル)となり調整が困難であったため、サブピークは LiSi 化合物(シリサイド)を示すというよりはゴーストピークである可能性がある。

 

   

      図4.鏡面部の Si 1s HAXPES

 

 そこで、別途図1の試料を作製しなおし、同様の鏡面部を実験室系の汎用 XPS(Al K 線励起)で膜厚方向の深さプロファイルを測定した。結果を図5(a)に示す。表面には炭素、酸素が確かに検知され、ハンドリング環境中の不純物ガスで汚染されていることがわかる。赤い矢印で示した、十分酸素や炭素の少ない深さの Li と Si の組成比はおよそ 4:1 となっており、合金状態図上最も Li リッチな化合物相[4]となっていると推定される。図5(b)の Li 1s スペクトルの青矢印で示すショルダーは残留酸化物によるものと思われる。それでも図5(c)の Si 2p のピークは固体 Si のピーク 99 eV より 1 eV ほど低エネルギー側にあり、LiSi 化合物が主成分であることを示唆している[5]。

 

   

    図5.鏡面部の含有元素の深さ分布 (a)、赤矢印で示した深さの Li 1s (b)、Si 2p スペクトル (c)

 

 汎用 XPS で測定した深さは高々数 100 nm にとどまる。そこで、膜厚 10 µm のレベルの深さ方向分布を簡便に確認するにあたり、Si ウェハ上に直接 Li を 10 µm 蒸着し高純度 Ar 中でへき開して、すぐさま SEM/EDX 観察を行った(図6)。EDX 線分析の結果、蒸着した Li の膜厚方向全体に均一に Si が分布していることがわかった(図6(b))。1点だけ USXES 分析を実施した結果が図6(c)で、膜厚方向に一様分布する Si 中に Li 金属が含まれていることが確認された。つまり、このケースでは膜厚 10 µm 分の Li が膜厚方向の化学組成も均一に LiSi 化合物化したと考えられる。Si 基板でもこの状態であるので、図1の構造ではすべての Si が最も Li リッチな化合物相に変換されたと考えても自然である。

 

   

  図6.Li/Si 接合の断面 SEM 観察像 (a)、上側が表面。EDX 線分析結果 (b)、青点における USXES (c)

  図(b)中赤線が Si、緑線は O の発光強度を示す。

 

 以上の結果を総合すると、Li 蒸着中もしくは蒸着後室温に戻す過程で厚み 100 nm の Si はすべて Li:Si が約 4:1 の最も Li リッチな LiSi 化合物相に変化し、その組成比は深さ方向にほとんど分布をもたず均質となったと考えられる。余剰の Li は LiSi 化合物相から分離して金属 Li として上部に堆積し、最初にもくろんだ Li 中に数 mol% Si が添加された状態は少なくともこの手法では実現しえないことがわかった。LiSi 化合物相と余剰 Li との界面は界面ストレスが大きいと推測され、Li がはがれやすい状況になっている。念のため Li 空気電池用の負極としての動作試験を行ったが、LiSi 化合物は集電兼活物質として動作する間に劇的に酸化が進み、到底良好な電極としては用いることはできなかった。

 

今後の課題:

 金属負極への応用という観点からは、常に室温付近での Li 電析に対し効果を持たせなければならない。極微量の Si をはじめとした異種元素を清浄な Li の表面側から添加する方法を開発し、特に充電操作時の電析の変化を調べる実験を開始している。この方法も含めて、Li 表面を改質する検討は、いわば人工の固体・電解質界面(SEI)を高精度制御することと同じことで、樹状成長をはじめとした Li 電析形状に革新的な変化をもたらすことを目標に努力中である。

 Si/Li 界面の固相拡散、あるいは化学変化を調べる基礎科学的な視点からは、依然として HAXPES は有効手段で、その知見は実用電池電極の改良にも役立つであろうと考えられる。ただし、相互拡散もしくは合金化反応は室温では相当早くおこってしまうので、なるべく良好な真空中で、試料を冷却したまま Li や Si を蒸着でき、その場で HAXPES を測定できる特別なシステムが望まれるが、Cr 線源を有する実験室系の装置においても実現のためのハードルは極めて高く、未だ実施には至っていない。

 

参考文献:

[1] J. -G. Zhang et al., “Lithium Metal Anodes and Rechargeable Lithium Metal Batteries” , Springer, (2017).

[2] S. Iwamura et al., Sci. Rep. 5, 8505 (2015).

[3] B. T. Young et. al., ACS Appl. Mater. Interfaces, 7, 20004 (2015).

[4] C. J. Wen and R. A. Huggins, J. Solid State Chem., 37, 271 (1981).

[5] C. P-Nabais et al., Appl. Surf. Sci., 266, 5 (2013).

 

 

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(Received: September 5, 2019; Early edition: January 29, 2020; Accepted: July 6, 2020; Published: August 21, 2020)