SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume8 No.2

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

タングステンめっき用溶融塩浴の構造解析
The Structural Analysis of Molten Salt for Tungsten Electroplating

DOI:10.18957/rr.8.2.392
2016A1558 / BL04B2

徳田 一弥, 後藤 健吾, 土子 哲, 飯原 順次 斎藤 吉広

Kazuya Tokuda, Kengo Goto, Akira Tsuchiko, Junji Iihara, Yoshihiro Saito

住友電気工業(株)

Sumitomo Electric Industries, Ltd.

Abstract

 タングステンめっき用の Na2WO4-WO3 系溶融塩浴に関し、めっきプロセス温度である 800°C~900°C での融体構造の理解のため、X線広角散乱測定を試行した。試料は嵩密度向上のための予備溶解の後、石英キャピラリに入れ、雰囲気制御した電気炉で加熱しながら、61.4 keV の高エネルギーX線を利用して測定した。試料のX線透過率変化から、相変化及び融解点を決定するのに成功した。一方で、散乱スペクトルの測定では、試料の昇華由来で散乱スペクトルに不連続が生じ、構造因子 S(Q) の算出が困難という課題が明らかになった。


Keywords: 溶融塩、タングステン、X線散乱


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背景と研究目的:

 タングステンは高融点、高硬度、高い放射線遮蔽性など非常に優れた物性を持つ金属であり、産業上様々な応用が期待される。一方、高硬度が故に加工が難しいという欠点があり、高い寸法精度が求められる部材への適用は難しい。このような場合、めっきプロセスを用いれば任意の形状にタングステンを形成できるが、酸化還元電位のため水溶液からのめっきは困難である。そこで当社では溶融塩でのタングステンめっき技術に着目し、技術検討を行っている。

 具体的には、Liu らが開発した Na2WO4-WO3 系でのめっきに着目した[1]。この系は塩化物浴やフッ化物浴と異なり、主成分が酸化物であるため、高温下でのハロゲン化物揮発の問題がなく、作業性や設備の腐食性といった工業的な安全面で非常に優れている。一方で、プロセス温度が高いため被めっき物の材質が限られること、また、めっき時に副生成物が生じるという問題があり、安定した品質を実現することが困難であった。これらの解決のためには、めっき反応および副生成物の生成反応に寄与するイオンを特定する必要があり、プロセス温度におけるめっき浴の構造を正確に把握する事が重要である。

 

 そこで、SPring-8 の高エネルギーX線を活用し、プロセス温度におけるめっき浴の挙動に関し多面的な解析を試みている。2016A 期では、タングステン K 吸収端 XAFS による電子状態及び局所構造解析(課題番号:2016A1554)、及び、X線広角散乱による全元素平均的な中距離構造の解析を実施した。本報告書では、後者のX線広角散乱の結果について報告する。

 

実験:

 X線広角散乱実験は BL04B2 で実施した。X線は Si 220 結晶で 61.4 keV に単色化した。検出器には CdTe 半導体検出器を用い、水平走査型の 2θ アーム上に16度間隔で3個配置することで検出効率の向上を図った[2]。角度走査のステップ幅は 0.1° とし、3つの検出器を合わせて 49°、波数換算で 258 nm-1 までの範囲を測定した。1スキャン辺り約15分の測定を基本とし、複数回繰り返し積算を行った。

 試料の組成は Na2WO4 : WO3 = 3 : 1 とした。当初は複数組成、温度での測定を計画していたが、条件最適化に想定以上に時間を要したために計画を変更して本組成のみで実施した。

 試料の始状態は粉末であるがキャピラリ内の嵩密度を上げるため、以下の手順で予備溶解を実施し、容器に充填した:①粉末状態の試料を 1 mm 径石英キャピラリ内に充填 ②800°C に昇温し試料を溶解 ③自然冷却で凝固した上で、石英を粉砕して取り出した棒状試料を 1.5 mm 径石英キャピラリに再充填。

 昇温には BL04B2 が所有する電気炉(Rigaku製)を借用した。炉内を Ar 雰囲気に制御し、石英キャピラリの上端は開放状態として 900°C まで昇温し(300°C まで 20°C/min、500°C まで 15°C/min、900°C まで 10°C/min)。

 10分程度保持し安定化後、900°C から 800°C まで 50°C 毎にX線散乱測定を実施した。なお相変化及び融解温度モニタリングのため、広角散乱スペクトル測定に先立ち、スリット横幅を 1 mm に制限し、イオンチャンバー(ガス:Ar)を用いて昇温中のX線吸収率の変化を測定した。

 

結果および考察:

 図1に、900°C への昇温時に測定した、X線透過率の変化を示す。X線透過率は 600°C まではほぼ一定(僅かに減少)であるが、黒矢印が示す約 600°C において傾きが有意に変化し、赤矢印が示す約 640°C において不連続的に変化していることが分かる。X線透過率は組成が同一であれば照射体積中の吸収体の量に対応する。二つの変化温度は、同一試料を TG-DTA(熱重量示差熱分析)で測定した際に見られたピーク位置 596°C 及び 631°C と概ね一致しており、これらと対応すると考えられる(前者が相変化、後者が融解)。なお透過率は 640°C で増加しているが、今回の条件では、溶融前の試料は 1 mm 幅のロッド状であることから、溶融によって 1.5 mm 径キャピラリの中での吸収体の量は増え、透過率は大幅に減少すべきと考えられる。逆の傾向である理由については不明であるが、溶融によって試料がキャピラリ内で降下したために、一部のX線が試料上部からはみ出した可能性等が考えられる。いずれにせよ試料の移動が起こったことは間違いなく、TG-DTA の結果と併せて、この温度で試料が融解したと考えるのが妥当である。

 

         

        図1. 溶融塩試料 (Na2WO4:WO3=3:1)の昇温に伴うX線透過率(任意単位)の変化

 

 図2に 900°C におけるX線広角散乱プロファイル(2θ-強度プロファイル)を示す。溶融体に由来するハローパターンに加えて、2.7° を初めとして複数の角度に鋭いブラッグピークが確認された。また、1回目と2回目でスペクトルに再現性が無い点が存在する(矢印部)。これは、3個セットで動いている検出器において、同時刻に取得した測定角度で見られており、スキャン中に試料がX線照射領域内で移動したためと考えられる。試験終了後のガラスキャピラリの上部には白色の堆積物が存在することを確認しており、試料の昇華が起こっていたためと推定している。900°C 以外においてもこの現象は常に発生しており、いずれの測定でも不連続点を含んだ再現性の無いスペクトルしか得られず、構造因子S(Q)の導出が出来なかった。

 

     

      図2. バックグラウンドである石英キャピラリ(900°C で測定、黒線)及び溶融塩試料

              (Na2WO4:WO3=3:1)のX線広角散乱スペクトル

 

 図3に、800°C、850°C、900°C におけるX線広角散乱プロファイルを示す。図2同様、鋭いブラッグピークが確認された。最も低い測定温度である 800°C でも融点の 630°C を大幅に上回ることを考えると、原料粉末が残っているとは考えにくく、試料以外に由来するものと考えられ、同定のために測定後試料の観察を行った。

 

     

    図3. 溶融塩試料(Na2WO4:WO3=3:1)の 800°C(黒線)、850°C(赤線)、900°C(青線)における

                    X線広角散乱スペクトル。

 

 図4に測定終了後の試料の SEM 像と、複数個所における EDX 組成分析結果を示す。容器である石英キャピラリ界面、及び、試料内部で Si を含む黒色異物が検出され、容器と試料の反応物が存在することが確認された。組成を頼りにブラッグピークの同定を試みた結果、SiO2 結晶と一致した。嵩密度向上のための予備溶解、本測定のいずれかにおいて、石英キャピラリが浴成分と反応して溶融し、結晶化した可能性が存在する。

 

   

         図4. 測定後試料の断面 SEM 像及び複数個所の EDX による組成分析結果

 

今後の課題:

 今回の実験では、石英キャピラリを用いた昇温測定において、X線透過率より簡易的に試料の溶融状態がモニタリング出来ることを確認できた。一方で、広角散乱スペクトルの取得には、昇華及び石英容器と融体試料の反応の2点で課題があることが判明した。

 試料容器との反応抑制の観点では、BL04B2 に整備されているガス浮遊炉 [2]が有効と考えている。本装置では、CO2 レーザーの照射により試料を昇温するため、容器を必要としない。但し、浮遊状態の維持にはガス流量の微妙な調整が必要であり、また、昇華が起こると試料を安定して保持できない可能性が高い。BL04B2 では、2018 年度に高エネルギーX線に対応した大面積二次元検出器を導入し、10 秒程度の極めて短い時間で測定が可能となっている[3]。このセットアップを用いることで、今回の系でも測定が可能と考え、検討を進めている。

 

参考文献:

[1] Y. H. Lui et al., Fus. Eng. DeS. 87, 1861 (2012).

[2] 小原 真司 他、SPring-8 利用研究成果集 3, 116 (2014).

[3] K. Ohara et al., J. Synchrotron Rad. 25, 1627(2018).

 

 

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(Received: September 27, 2019; Early edition: January 29, 2020; Accepted: July 6, 2020; Published: August 21, 2020)