Volume8 No.2
SPring-8 Section A: Scientific Research Report
屈折コントラスト法による日本産中生代哺乳類骨格の解剖学的特徴の解明の試み
Attempt at Elucidation of Anatomy of the Mesozoic Mammal Skeleton from Japan by the Refraction X-ray Imaging Technique
福井県立恐竜博物館・福井県立大学恐竜学研究所
Fukui Prefectural Dinosaur Museum; Institute of Dinosaur Research, Fukui Prefectural University
- Abstract
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泥質岩中に交連した状態で保存され、剖出作業が困難な日本産中生代哺乳類化石の解剖学的特徴の解明のため、屈折コントラスト法によるX線CT撮影の実験を行った。得られたエッジ強調コントラスト画像では、通常のX線吸収コントラスト画像では判別し難い骨の接合部や形状の判断、歯冠の微細な構造の明確化、さらに母岩の凝結物と目的の骨化石との区別が容易となる。本標本においては、X線吸収コントラスト画像にこの手法による観察を加えることで、より有意な解剖学的特徴の情報が得られることが確認できた。
Keywords:屈折コントラスト法、位相差、脊椎動物化石、CT
背景と研究目的:
本研究は福井県勝山市北谷に露出する前期白亜紀の手取層群北谷層(アプチアン:約1億2,000万年前)から産出した、哺乳類の骨格化石(図1;FPDM-V9552)に関する解剖学的特徴の解明を目的としている。FPDM-V9552 は恐竜時代の哺乳類化石としては国内初となる骨格の化石であり、分類学的には絶滅したグループである多丘歯目に属する[1]。後期白亜紀の多丘歯目の化石では、多くの解剖学的特徴が報告されているが、このグループが出現するジュラ紀から前期白亜紀にかけての資料では、その頭蓋や骨格に関する情報は非常に少ない[2]。そのため FPDM-V9552 は多丘歯目の初期進化に関する重要な解剖学的特徴が観察できると期待される。しかし、この標本は高さ 61 mm、幅 35 mm、厚さ 17 mm の灰色泥岩からなる母岩中の化石であり(図1)、物理的な剖出作業は極めて困難であることから、非破壊での観察が求められる。工業用マイクロフォーカスX線 CT 装置の撮影では、ある程度の解剖学的構造が観察できるX線吸収コントラスト画像(以下、X線吸収画像)は得られたものの、頭蓋の薄い骨の接合部や小さな骨の形状を判別することは困難である。多丘歯類の分類において重要となる歯冠の形状の詳細についても充分な解像度は得られていない。さらに、骨と類似したコントラストを持つノジュール(=団塊;ここでは石灰質な泥質凝結物)も標本に接して存在するため、観察には課題が多い。そのため、BL20B2 における投影型X線 CT 装置にて、観察するサンプルと検出器間の距離を長くとることで得られる屈折コントラスト[4,5]により、エッジ強調コントラスト画像(以下、エッジ強調画像)の撮影を行い、解剖学的特徴の解明を試みた。化石の三次元形態は、ボリュームレンダリングソフトウェア(VGStudio Max 3.2;Volume Graphics 社)にて、目的の部位の関心領域を作成して観察を行うが、保存されている骨格には複雑な形状の頭蓋底や、複数の小さな骨からなる手首の構造などがあり、X線吸収画像による解像度では不十分である。その関心領域作成に、エッジ強調画像は役立つものと期待される。本稿では実験によって明らかになった屈折コントラスト法の有用性と課題について考察する。
図1.日本初の恐竜時代の哺乳類骨格化石(FPDM-V9552)。A:化石を含む灰色泥岩;B:マイクロフォーカスX線 CT 装置によるX線吸収画像から三次元ボリュームレンダリング像を作成し、図2および3のスライス位置、および図4の左上顎第一・第二大臼歯(グレーの枠線内)の位置を示したもの;C:後期白亜紀の多丘歯類 Nemegtbaatar の復元骨格[3]を参考に、日本産化石の部位をグレーで塗色したもの。
実験:
BL20B2 での実験は、母岩中の化石に対して適切な画像が得られる実験条件を探るテストから始まる。福井県立恐竜博物館でのマイクロフォーカスX線 CT 装置(テスコ社製 TXS320-ACTIS)による十数回のスキャニングでは、管電圧 195〜150 kV、管電流 160〜130 μA で本サンプルのX線吸収画像が得られていた。このX線エネルギーから推察し、BL20B2 でのテストは 113 keV から開始した。113 keV ではエネルギーが高いためか適切な画像は得られなかったが、70 keV および 60 keV では位相差情報のある画像が得られた(図2A)。BL20B2 ではサンプルと検出器間の距離を最長でおよそ 10 m 空けることが可能である。テストは 8 mか ら開始し、その後に距離を 3 m および 1 m に縮めて撮影を実施した(表1)。60 keV で距離 8 m と 3 m では、標本の化石骨内部の組織が分かるエッジ強調画像となるが、距離 1 m では通常のX線吸収画像と変わらない(図2A)。この結果を参考に、X線エネルギーを 60 keV に固定し、サンプルと検出器間の距離を 8 m、4.2 m、3 m の三段階で骨格全体の撮影を実施した(表2)。プロジェクション数を上げて撮影時間を長くすれば画質は向上するが(図2A;Test-3 に比べ Test-4 が良い)、距離 8 m では化石骨のエッジの強調が強いため、骨が接する部分では判読しづらい(図2A, Test-4)のに対し、距離 3 m では逆にエッジの強調はやや弱い(図2A, Test-5;課題 2016B1812)。このため、距離 4.2 m での条件に限っては、骨格全体の撮影に加えて、より詳細な情報が必要となる頭蓋や歯、および手首の構造に着目した拡大撮影も行った(図3および図4;課題 2017A1724)。得た画像のサイズは 2048 x 2048 ピクセル、フォーマットは非圧縮の tiff、ビット深度は8および16ビットである。一方、図2~4の各図に、福井県立恐竜博物館のマイクロフォーカスX線 CT 装置によるX線吸収画像(16ビット深度)が比較として掲載されており、その撮影条件設定を表3に示している。
図2.BL20B2 での実験で得られた CT 画像の比較。全てほぼ同じスライス位置(図1参照)の画像であり、画像ソフトウェア(Adobe Photoshop;アドビシステムズ社)で明暗とコントラストの調整を経ている。A(上段:実験条件は表1):113 keV ではエッジ強調画像が得られないが、60 keV では得やすい。B(下段:実験条件は表2と3):サンプルと検出器間の距離 4.2 m でのエッジ強調画像と、マイクロフォーカス CT 装置によるX線吸収画像との比較。サンプルと検出器間の距離 8 m での画像は上段 Test-4 を、3 m は Test-5 を参照。
Test 1 | Test 2 | Test 3 | Test 4 | Test 5 | Test 6 | |
X線エネルギー (keV) | 113 | 70 | 60 | 60 | 60 | 60 |
解像度 (µm / pixel) | 50.2 | 25.1 | 25.1 | 25.1 | 25.1 | 8.1 |
サンプル―検出器間距離 (m) | 8 | 8 | 8 | 8 | 3 | 1 |
プロジェクション数 | 900 | 900 | 900 | 1800 | 1800 | 1800 |
露光時間 (sec / projection) | 1.0 | 1.0 | 1.0 | 2.0 | 2.0 | 2.0 |
骨格 (8 m) | 骨格 (4.2 m) | 骨格 (3 m) | 頭蓋・歯 | 手首 | |
X線エネルギー (keV) | 60 | 60 | 60 | 60 | 60 |
解像度 (µm / pixel) | 25.1 | 13.25 | 25.1 | 8.03 | 8.03 |
サンプル―検出器間距離 (m) | 8 | 4.2 | 3 | 4.2 | 4.2 |
プロジェクション数 | 1800 | 1800 | 1800 | 1800 | 1800 |
露光時間 (sec / projection) | 2.0 | 2.0 | 2.0 | 3.0 | 3.0 |
頭蓋 (図2B) | 頭蓋 (図3B) | 手首 (図3B) | 歯 (図4) | |
X線エネルギー (kV, µA) | 195, 140 | 195, 140 | 175, 160 | 175, 160 |
ボクセルの解像度 (µm / pixel) | 19.6 x 19.6 x 20.1 | 19.6 x 19.6 x 20.0 | 14.6 x 14.6 x 10.0 | 10.6 x 10.6 x 10.0 |
プロジェクション数 | 2000 | 2000 | 2000 | 2000 |
露光時間 (sec / projection) | 0.133 | 0.133 | 0.133 | 0.133 |
結果および考察:
本研究では化石の解剖学的特徴を解明する上で、取得する画像は1)母岩と標本との識別が容易であること、2)頭蓋など構成する骨の縫合部や、複数の骨が交連する手首や脊椎などでは、各骨の境界が明瞭に区別できること、3)観察の関心領域がコントラストの閾値から作成しやすいことが重要となる。これらはソフトウェア上で解剖学的特徴を各部位に切り分けて観察する作業(関心領域の切り分け:セグメンテーション)に大きく関わる。
BL20B2 の実験で得たエッジ強調画像は、マイクロフォーカスX線 CT 装置によるX線吸収画像に見るような、骨化石全体が明度の高い画像ではない(図2と3)。マイクロフォーカス CT 装置でのX線は、BL20B2 よりも幅広い波長を持つ白色X線のため、物体をX線が透過すると低エネルギーのX線はより多く吸収される。骨化石はその周囲の泥岩より多くのX線が吸収され、骨化石と泥岩においての明暗の差は大きく表れている。一方の BL20B2 の単色X線では、このような骨化石に吸収されるX線量は相対的に小さいが(図3)、BL20B2 のエッジ強調画像は屈折やX線の位相情報でコントラストを得るもので、骨や歯の輪郭に沿った明線ないし暗線として表れる。なお、図2においては、マイクロフォーカスX線 CT 装置によるX線吸収画像は、BL20B2 のエッジ強調画像と比べて分解能に大きな差はないが、図3においてはやや差がある(表2と3)。図3ではエッジ強調画像に見るような鮮明な構造境界を表現する小さな最小ボクセルとは違って、そうした情報のない、より大きな明るいボクセルで前者は表現されていることも比較では注意する必要がある。
3)の課題は、いわば画像の対象物を抽出する二値化の方法である。本稿では詳述しないが、X線吸収画像との比較や、エッジ強調画像にフィルタなどの画像処理を経て関心領域を作成するなどの工夫が求められる。筆者は現在までにその理想的な解決策は見出せていない。しかし、1)の課題について、エッジ強調画像は、骨と類似したX線吸収コントラストを持つノジュールとの識別に有用であることが確認できた(図3)。骨に特有な内部構造が位相差の画像として見えるのに対し、ノジュールにはそうした構造が無いことから識別が容易くなったと考えられる。さらに歯では、歯冠表面のエナメルの細かな形状も確認でき(図3A)、化石の分類に役立つ。この歯の観察については後に記述する。一方、2)に関しては、エッジ強調画像は必ずしも有用とは言えない(図3)。骨の表層にある皮質骨(=緻密骨)は、特に四肢などの長骨の中軸部や、頭蓋冠などの扁平骨では発達した層板構造を伴うため、接しあう各骨の間は屈折コントラストにより明瞭な境界として識別しやすい(図3A)。しかし、そうした厚い皮質骨を持たない頭蓋底部や、薄い皮質骨の骨端部では、骨内部の構造(骨梁の三次元的網工からなる海綿状構造)が目立ち、骨の輪郭はかえって識別し難い(図3)。これは骨の部位によっては、屈折コントラストの度合いを変え、X線吸収画像との比較を加えて形状を判断する必要がある。すなわち、単一の屈折コントラストレベルのエッジ強調画像では、今回の標本のような骨格各部の観察においては、必ずしも有用とはならない。
図3.BL20B2 のエッジ強調画像(サンプルと検出器間距離:4.2 m)とマイクロフォーカスX線 CT 装置のX線吸収画像との比較。A:大臼歯と頭骨の断面(表2の頭蓋撮影);B:右手根骨周辺の断面(表2の手首撮影)。各断面位置は図1を参照。X線吸収画像に比べ、エッジ強調画像ではノジュール(n)と骨が識別でき、歯のエナメルや頭蓋を構成する薄い骨の境界(白実線円内)は明瞭であるが、頭蓋底部(白破線円内)や手根骨の形状識別には恩恵が少ない。den:下顎骨;car:手根骨;M2:上顎第二大臼歯;m2:下顎第二大臼歯;n:ノジュール;U:尺骨;R:橈骨。
次に歯に関する形状の例について述べる。実験で得られた頭蓋のエッジ強調画像(図3A)では、第二大臼歯における頬側列と舌側列の咬頭間に、細かなエナメルの褶曲が観察できる(図4)。X線吸収画像ではそれはほぼ判別できない。多丘歯類の分類学的研究では、歯冠の形態(咬頭の数や配置など)が重要であるが、エッジ強調画像が示すこのような微細な構造は、通常、剖出作業の済んだ歯の標本を電子顕微鏡下で確認するレベルにある。本研究の標本のように母岩中にあり、しかも噛み合った状態の歯についてこのような観察を必要とする場合、位相差情報を利用する手法でなければ不可能であろう。得られたエッジ強調画像では、歯冠のエナメル表面は明るく、内側は暗部となる明暗一対のコントラスト画像として表れる(図4)。ボリュームレンダリングソフトウェアでは、この明暗が一対となったコントラスト像の表層を輪郭として定め、形質を評価する関心領域境界を設けることになるが、接しあう骨や歯が密着する部位によっては、その識別は注意が必要となる。今回の実験では、顎骨中の歯根(象牙質)は、骨と歯根が互いに類似したエッジ強調の画像となり、両者を分けるセグメンテーションの作成は困難となった(図4)。これは既出の薄い皮質骨の骨端部での識別と同様である。3次元的に展開する観察にはこうしたコントラスト像の判断に注意が必要となる。
図4.FPDM-VP9552 の左上顎第一・第二大臼歯(M1、M2)の三次元ボリュームレンダリング画像の比較。大臼歯の位置は図1を参照。歯の頬側を切り取る断面に、エナメルに匹敵するCT値の部位を黄で着色したもの。上:マイクロフォーカスX線 CT 装置によるX線吸収画像によるもの;下:エッジ強調画像(サンプルと検出器間距離:4.2 m)によるもの。X線吸収画像ではエナメルと象牙質は明瞭に区別できない。エッジ強調画像では、エナメルの表面(明部)の内側に対となる暗部の影(白矢印)が生じる。エナメルには細かな褶曲(白の楕円内)が見られるが、歯根と顎骨の境界は区別し難い。
今後の課題:
先行する研究からも知られていることではあるが、屈折コントラスト法による観察は、従来の CT 装置によるX線吸収画像では得られない情報があり、形質の識別に有用であることがこの実験でも確認できた。本研究の場合、コントラストの二値化によるセグメンテーションの作成においては、直接エッジ強調画像が利用できるわけではないが、CT 画像の評価をより客観的に行える手助けとなる。得られたエッジ強調画像とX線吸収画像を比較して検討するためには、使用するソフトウェア上での位置合わせが不可欠である。屈折コントラスト法の最適条件の探索の効率化に加え、こうした比較による画像評価の効率化も今後の大きな課題となる。
参考文献:
[1] K. Miyata, Y. Azuma, Z. Luo, Soc. Vertebr. Paleontol., Abstr. Pap., 76th Annu. Meet., 189 (2016).
[2] Z. Kielan-Jaworowska, R. L. Cifelli, Z. Luo, in “Mammals from the Age of Dinosaur: Origins, Evolution, and Structure”, Columbia Univ. Press, New York, 2004, Chapter 8.
[3] Z. Kielan-Jaworowska, P. P. Gambaryan, Fossils and Strata, 36, 1–92 (1994).
[4] 八木直人、鈴木芳生、Med. Imaging Technol., 24 (5), 380–384 (2006).
[5] 鈴木芳生、竹内晃久、上杉健太朗、J. Vac. Soc. Jpn., 54 (1), 47–55 (2011).
(Received: October 10, 2019; Early edition: January 29, 2020; Accepted: July 6, 2020; Published: August 21, 2020)