Volume8 No.2
SPring-8 Section A: Scientific Research Report
O/Nb = 2.5, 2.6, 2.7の組成を有する非晶質酸化ニオブ薄膜を利用した 光電気化学特性と同薄膜の構造解析
Structural Analyses and Photoelectrochemical Properties of Niobium Oxides Amorphous Film with O/Nb = 2.5, 2.6, and 2.7
a香川高等専門学校,b東洋炭素株式会社,c(公財)高輝度光科学研究センター
aNational Institute of Technology, Kagawa College, bToyo Tanso Co., Ltd., cJASRI/SPring-8
- Abstract
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O/Nb 比が 2.5, 2.6 および 2.7 を持つ非晶質酸化ニオブ薄膜 (a-NbOx) を用いた光電気化学特性を評価した結果、O/Nb 比が大きい程高い性能を示した。各 a-NbOx の構造モデルを得るために、高エネルギーX線回折 (HEXRD) 測定によって得られる構造因子や、広域X線吸収微細構造 (EXAFS) 振動、Bond valence sum (BVS) を拘束条件とした逆モンテカルロ法 (RMC) シミュレーションを試みた。RMC モデルより、NbOn 多面体のネットワークは O/Nb 比が増加する程、頂点共有から稜共有や面共有へ移行する傾向が確認され、面共有を多く持つ薄膜ほど、光電気化学特性の性能が高いことが示唆された。
Keywords: Photoelectrochemistry, Structural analysis, Amorphous film, Niobium oxide, Synchrotron radiation, High-energy X-ray diffraction, X-ray absorption fine structure, Reverse Monte Carlo simulation, Bond valence sum
1. 背景と研究目的:
昨今の持続可能な循環型社会を目指す理念に基づき、自然エネルギーを利用した太陽電池等の研究開発が盛んに行われている。このような社会情勢を踏まえ、本研究では、非晶質酸化ニオブ薄膜を用いた a-NbOx/Al/glass|KNO3aq.|Al/glass の光電気化学電池 (PEC) を研究対象にした。既報の PEC で使用した a-NbOx 薄膜は O/Nb = 2.9 で水分を含む薄膜であり[1]、組成は Nb2O5 • 0.8H2O、NbO5-7 多面体ネットワークは頂点共有を基本として構成されていることが示唆された[2]。
本研究では、O/Nb 比を変化させた a-NbOx 薄膜を作製して光電気化学特性の違いを評価するとともに、O/Nb 比の異なる a-NbOx 薄膜の構造解析や、実験から得られる RMC モデルを分析することで、PEC 特性の高効率化やメカニズムを解明する一助とすることを目的とした。
2. 実験:
2.1 薄膜の作製と組成・密度の測定
a-NbOx 薄膜は RF マグネトロンスパッタ装置 (神港精機製,SRV4320 型 スパッタリング装置)を用いて製膜し、基板ホルダー裏面に設置されたヒーターを使うことで O/Nb 比を調整した。Table 1 に製膜条件を示す。既報文献[1] の製膜装置と比較して、ヒーター以外に、ターボ分子ポンプを使用している点や、基板ホルダーが公転するため、製膜が断続的に行われる点が挙げられる。グラファイトシート (PERMA-FOIL®) 上に製膜された a-NbOx 薄膜の O/Nb 比を蛍光X線分析 (XRF) で求め、石英基板上の薄膜の水分量を昇温脱離ガス分析法 (TDS) で測定した。薄膜の密度はX線反射率法 (XRR) で測定した結果から解析した。膜厚は、光電気化学特性の評価用として、既報文献の PEC 測定時に安定した極大値が得られた 25.5 nm[1]、XRF や TDS、XRR の測定用は 100 nm を用いた。XRR 測定はビームライン BL19B2 で実施した。
Table 1. Deposition conditions of Al and NbOx by RF magnetron sputtering.
2.2 光電気化学特性とバンドギャップ・光励起キャリア移動度の測定
既報の PEC[1] と比較するために、装置や測定条件は同様にした。短絡電流密度 (Jsc)、開放電圧 (Voc)、最大電力 (Pmax)、曲線因子 (FF) の4項目を測定し、既報の PEC 測定の値と比較した。また、O/Nb 比の変化によるバンドギャップは、分光器から得られたスペクトルを解析することで求め、光励起キャリア移動度は time-of-flight 法で測定し、電気伝導機構についても調査した。
2.3 a-NbOx薄膜の構造解析と RMC モデルの作製
Nb 原子周辺の局所構造を調べるため、X線吸収微細構造 (XAFS) 測定より解析して EXAFS 振動を得た。膜厚 100 nm で石英基板上に製膜した a-NbOx 薄膜を測定の対象にした。HEXRD 測定には、50 μm 厚のカプトン上に膜厚 200 nm で製膜した試料を 20×20 mm に切断し、20枚積層して測定試料とした。XAFS と HEXRD 測定それぞれから構造解析を行い、さらに RMC シミュレーションから得られた構造モデルから配位数や多面体 (NbOn) ネットワークについて調べた。XAFS と HEXRD 測定は、それぞれ SPring-8 のビームライン BL14B2 および BL04B2 で実施した。
3. 結果および考察:
3.1 組成・密度
ヒーター加熱なし、150℃、500℃ の各場合において、a-NbOx 薄膜の O/Nb 比はそれぞれ、2.7、2.6、2.5 となった。TDS 測定を行った結果、全ての薄膜で水分が確認できなかった。油拡散ポンプに換えて排気速度の高いターボ分子ポンプを真空引きに用いた点や、基板ホルダー公転による断続的な製膜過程で微量の水分が製膜熱で蒸発した等、既報文献[1] との装置上の違いが要因として考えられる。上記より、O/N b比 2.7、2.6、2.5 の組成はそれぞれ、Nb2O5.4、Nb2O5.2、Nb2O5.0 とした。密度はそれぞれ、4.70、5.05、5.13 g/cm3 となった。
3.2 光電気化学特性の評価とバンドギャップ・光励起キャリア移動度
Figure 1 に測定結果を示す。グラフ中の黄色四角形は参考のため既報文献のデータ[1] を引用したものである。Jsc、Voc、Pmax、FF 全ての項目において O/Nb 比が増加する程、大きくなる傾向が得られた。一方、O/Nb 比が変化しても、バンドギャップは約 3.6 eV、キャリア移動度も約 1 cm2/Vs で大きな変化が見られなかった。また、time-of-flight 法の測定より、電気伝導機構が全ての試料において、バンド伝導では無くホッピング伝導になっていることが見込まれた。
Fig. 1. (a) Short circuit current density (Jsc), (b) open circuit voltage (Voc), (c) maximum power density (Pmax), and (d) fill factor (FF) of a-NbOx-based PECs prepared at different O/Nb. The yellow squares are previous data cited from our paper[1].
3.3 a-NbOx 薄膜の構造解析
Figure 2 に Nb の K-edge XAFS 測定の結果を示す。(a)より、O/Nb = 2.7~2.5 試料の 18990 eV 前後にプリエッジピークが存在していることから、既報の薄膜[1] (O/Nb = 2.9) と同様に NbO4~NbO7 の多面体を有していると考えられる。(a)(b)(c)の波形に大きな変化が見られないことから、O/Nb 比が変化しても Nb 周りの局所構造に大きな変化が無いことが示唆された。
Fig. 2. Experimental results of XAFS measurements. (a) Absorption coefficients, μ(E) at a photon energy, E, (b) EXAFS spectra, k3χ(k) (normalized absorption, χ(k) at a photoelectron wavevector, k), and (c) magnitudes of Fourier transform of k3χ(k) (k = 2-7 Å-1) for a-NbOx samples with different O/Nb.
Figure 3 に HEXRD 測定の結果を示す。(a)の S(Q) をフーリエ変換して得られた(b)の T(r) において、O/Nb 比が増加するにつれて、r = 2.2~2.5 Å や、r = 2.9~3.1 Å 付近の裾野が大きくなっていることが観察でき、それぞれ O-O と Nb-Nb 距離が影響していると考えられる。Oの割合が多くなるにつれて短い距離の O-O や Nb-Nb 相関が存在するようになり、それに伴い NbOn 多面体の共有の仕方にも変化が起きたことが示唆された。
Fig. 3. Experimental results of HEXRD measurements. (a) Structure factor, S(Q) and (b) total correlation function, T(r) for a-NbOx samples with different O/Nb. T(r) were obtained by the Fourier transform of S(Q) at the Q region of 0.5 – 17 Å-1.
3.4 RMC モデルの構造と PEC 特性との関連性
O/Nb = 2.7~2.5 それぞれを反映して、1110 (Nb = 300, O = 810)、1080 (Nb = 300, O = 780)、1050 (Nb = 300,O = 750) の原子数を採用し、シミュレーション格子サイズは、23.52、23.25、23.45 Å となった。拘束条件には Fig. 2b の EXAFS 振動 k3χ(k) (k = 4.3 - 6.5 Å-1)と、Fig. 3a の S(Q) (Q = 1.5 - 10 Å-1)、原子間の最近接距離を、Nb-Nb = 2.80、Nb-O = 1.40、O-O = 1.50 Å、BVS の価数 Nb = +5、O = -2 を採用した。Fig. 2c の第二ピークが小さいことから、k3χ(k)は Nb-Nb、Nb-O 相関のみを考慮した。RMC コードは HEXRD と EXAFS、BVS を拘束条件で使用できる RMCprofile を用いた。
Figure 4 に RMC シミュレーションから得られたモデルを示す。これらのモデルは Figure 5 に示すように、k3χ(k)と S(Q) それぞれ実験で得られたスペクトルを再現できた。モデルを見ると O/Nb 比が増加するにつれて、原子間の空間が少なくなっていることが観察できる。
Fig. 4. RMC models of the a-NbOx with different O/Nb. Green: niobium and red: oxygen. Nb-O bonds are drawn for the respective pairs within 2.8 Å.
Fig. 5. (a) Structure factor, S(Q) and (b) EXAFS spectra, k3χ(k) obtained from experiments and RMC models for a-NbOx samples with different O/Nb.
Figure 6 に部分二体分布関数 gij(r) を示す。O/Nb 比が増加しても Nb-O に大きな変化が見られないが、Nb-Nb は 2.9~3.0 Å 付近、O-O も 1.6~2.2 Å 付近のピークが大きくなっていることが観察できる。
Fig. 6. Partial pair distribution functions gij(r) in RMC models.
Table 2 に RMC シミュレーションで得られた平均 BVS や平均配位数、多面体ネットワークの頂点・稜・面共有の割合を示す。O/Nb 比が増加しても、平均配位数は微小な増加程度で平均 BVS にも変化は無かったが、多面体ネットワークは、頂点共有が減り、稜共有と面共有が増えた結果となった。これは、Fig. 3b や Fig. 6 のグラフ、Fig. 4 のモデルから得られた構造情報と一致する。さらに、電気伝導機構がホッピング伝導なので、光励起によって得られた電子正孔対が再結合せずに移動していくためには Nb や O の原子間距離が短い程、つまり,稜共有や面共有の方が効率的であると考えられる。
Table 2. Average BVS, average coordination number and connection form from RMC models.
既報の a-NbOx 薄膜は O/Nb = 2.9 であった[1] が、H 原子が多面体の共有を阻害して、低密度 (4.5 g/cm3)[1] や多面体の共有の仕方 (頂点:稜:面 = 73 %:25 %:2 %)[1] に影響を与えていると推測できる。このふるまいは、O/Nb = 2.5 と類似しており、かつ,この二つの最大電力は低く(Fig. 1c)、似た値を示していることから、本 PEC は NbOn 多面体ネットワークが大きな影響を与え、多面体同士が面共有する程効率が高くなることが示唆された。RMC シミュレーションをすることによって、XAFS や HEXRD 測定単体では得られない構造情報が得られ、視覚的にも考察することができることから、RMC モデルを構築することは極めて有益であると考えられる。今後は、稜共有や面共有のみで構成された高密度 a-NbOx 薄膜を用いた高効率 PEC 素子の作製が課題である。
謝辞:
本研究は、文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム事業 (山口大学産学公連携センター微細加工支援室様:TDS 測定 (課題番号:F-19-YA-0028)、東北大学ナノテク融合技術支援センター様:time-of-flight 法 (課題番号:S-17-TU-0010)) の支援を受けて実施されました。PERMA-FOIL® は東洋炭素株式会社様より提供されました。厚く御礼を申し上げ、感謝の意を表します。
参考文献:
[1] G. Sajiki et al., Mater. Sci. Appl. 6 292-309, (2015).
[2] G. Sajiki et al., JCS-Japan 125 [10] 760-765, (2017).
(Received: November 7, 2019; Early edition: January 29, 2020; Accepted: July 6, 2020; Published: August 21, 2020)