SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume8 No.2

SPring-8 Section A: Scientific Research Report

酸素耐性ヒドロゲナーゼの構造化学
Structural Chemistry of Oxygen-Tolerant Hydrogenase

DOI:10.18957/rr.8.2.291
2016A6631 / BL44XU

西川 幸志

Koji Nishikawa

兵庫県立大学 大学院生命理学研究科

Graduate School of Life Science, University of Hyogo

Abstract

 [NiFe]ヒドロゲナーゼの酸素耐性獲得には[4Fe-3S]-6Cys型近位鉄硫黄クラスターが重要だと考えられているが、[4Fe-4S]-4Cys型鉄硫黄クラスターを持つ Citrobacter sp.S-77(S-77) 由来膜結合ヒドロゲナーゼは酸素存在下でも触媒活性を示した。本課題では、構造生物学的観点からヒドロゲナーゼの酸素耐性機構獲得のための普遍則を明らかにすることを目指した。


Keywords:[NiFe] ヒドロゲナーゼ,鉄硫黄クラスター,酸素耐性


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背景と研究目的:

 一般に、ヒドロゲナーゼは酸素によって失活してしまうが、[NiFe]ヒドロゲナーゼの中には、酸素存在下でも触媒能を示すものが見つかってきている。

 Hydrogenovibrio marinus 由来の酸素耐性 [NiFe]ヒドロゲナーゼでは、これまでに水素還元型(PDB ID:3AYX, 1.18 Å)、空気酸化型(PDB ID:3AYZ, 1.22 Å)、フェリシアン化カリウム強制酸化型(PDB ID:5Y34, 1.32 Å)の結晶構造が、また酸素耐性を有さない Desulfovibrio vulgaris miyazaki F 株由来の標準型 [NiFe]ヒドロゲナーゼでは、還元型(PDB ID:4U9H, 0.89 Å)、空気酸化型(PDB ID: 1WUK, 1.10 Å)の結晶構造がそれぞれ高分解能で決定されており、酸素耐性を有する [NiFe]ヒドロゲナーゼでは [4Fe-3S]-6Cys 型近位鉄硫黄クラスターを持ち、この特異な鉄硫黄クラスターが酸化還元に伴い構造変化することが酸素耐性獲得に重要であることが報告されている(図1)[1]。しかし、近年発見された Citrobacter sp.S-77(S-77)由来膜結合ヒドロゲナーゼは酸素安定性および高触媒活性を有するが、S-77 は酸素耐性を有さない標準型と相同性を示し、[4Fe-3S]-6Cys モチーフは保存されていなかったため新たな酸素耐性の仕組みを持っていることが示唆された[2]。

 

           (a)                    (b)

 

図1 酸素耐性[NiFe]ヒドロゲナーゼの近位鉄硫黄クラスターの構造変化。(a)還元型と(b)フェリシアン強制酸化型。

赤色:O、青色:N、橙色:Fe、黄色:S、白色:Cを それぞれ表す。

 

 H. marinus の酸素耐性 [NiFe]ヒドロゲナーゼの研究から、酸素耐性の獲得には近位鉄硫黄クラスターが重要な役割を担っていることが予想される。そこで本研究では、S-77 由来酸素耐性 [NiFe]ヒドロゲナーゼについて、空気酸化型、水素還元型およびフェリシアン化カリウム強制酸化型の結晶構造をそれぞれ決定し、H. marinus 由来の酸素耐性 [NiFe]ヒドロゲナーゼ、および、D. vulgaris 由来の標準型 [NiFe]ヒドロゲナーゼの結晶構造と比較することで、酸化還元および活性化・不活性化に伴う構造変化、とりわけ酸素耐性獲得に重要と考えられる近位鉄硫黄クラスターの構造変化に注目して、S-77 由来酸素耐性 [NiFe]ヒドロゲナーゼに酸素安定性を獲得せしめている構造基盤を明らかにすることを目的とした。

 

実験:

 S-77 由来酸素耐性 [NiFe]ヒドロゲナーゼの精製法は既に確立されており、文献[3]の方法に従って行った。超音波破砕した S-77 菌体から超遠心分離により沈殿成分(膜成分)のみを回収した。次に、[NiFe]ヒドロゲナーゼは膜にアンカーしているので、これをトリプシン処理によって切断し水溶性画分へと遊離させた。再び超遠心分離を行い得られた上清画分を、陰イオン交換クロマトグラフィー(DEAE FF)、陰イオン交換クロマトグラフィー(HiTrap Q HP)、疎水性クロマトグラフィー(HiTrap Phenyl HP)の順に供し、最終精製標品を得た。結晶化はシッティングドロップ蒸気拡散法を用いて行った。10 mM MOPS pH7.0、0.2 M NaCl 緩衝液中でタンパク質濃度 15 mg/mL となるように濃縮したタンパク質溶液を、19%(w/v) PEG10000、0.1 M NaCl、0.1 M Tris-HCl pH8.5、20%(w/v) glycerol からなる沈殿剤溶液と等量混合し、10℃ で静置することにより空気酸化型結晶を得た。この結晶を、20%(w/v) PEG10000、0.1 M NaCl、0.1 M Tris-HCl pH8.5、20%(w/v) glycerol、1 mM benzyl viologen を含む溶液に浸漬しスクリューバイアル中に封し、バイアル中の気相を水素ガスで置換し 10℃ で終夜静置することで水素還元型結晶を調製した。また、水素還元型結晶を、20%(w/v) PEG10000、0.1 M NaCl、0.1 M Tris-HCl pH8.5、20%(w/v) glycerol、5 mM K3[Fe(CN)6]からなる溶液に終夜浸漬することでフェリシアン化カリウム強制酸化型の調製を行った。

 水素還元型、空気酸化型、フェリシアン化カリウム強制酸化型結晶のそれぞれについて、 BL44XU において窒素気流によって 100 K に冷却し波長 0.9 Å のX線で回折実験を行った。収集したデータセットは XDS Package[4]を用いてデータプロッセッシング、データマージング、データスケーリングを行った。

 

結果および考察:

 本研究ではまず、S-77 由来酸素耐性 [NiFe]ヒドロゲナーゼについて、空気酸化型、水素還元型、およびフェリシアン化カリウム強制酸化型のデータセット取得を目指した。空気酸化型について回折像を得ることができ、結晶の空間軍は P21、格子定数は a=63.87 Å、b=118.83 Å、c=96.69 Å、β=100.57 º であった。データセットの1枚目(0 º) と360枚目(180 º)の回折像を図2に示す。1枚目の回折像では 1.1 Å を超える分解能まで目視で回折点を確認できたが、360枚目では 1.6 Å まで回折点の分解能が後退した。これは、X線照射によるダメージによるものだと考えられる。

 

           (a)                    (b)

 

図2 空気酸化型の回折像 (a)データセット1枚目(0 º)の回折像の拡大図。青色の領域は 1.1 Å 分解能の境界を表している。(b)データセット360枚目(180 º)の回折像の拡大図。青色の領域は 1.6 Å 分解能の境界を表している。

 

 I/σ(I) > 2.0、CC1/2 > 0.5 を満たすように分解能を決定したところ、50-1.60 Å 分解能のデータセットを収集した。空気酸化型についての結晶学的統計値を表1に示した。

 

表1.結晶学的統計値
  空気酸化型
Beam source BL44XU
Wavelength (Å) 0.90000
Oscillation (°) 0.50
Temperature (K) 100
Space group P21
Unit cell parameters  
     a, b, c (Å) 63.87, 118.83, 96.69
     β (°) 100.57
Resolution rangea (Å) 50.0-1.60 (1.64-1.60)
Observed reflectionsa 690285 (51848)
Unique Reflectionsa 357783 (27117)
Completeness (%) 97.0 (99.4)
I/σ(I)a 7.7 (2.0)
Rmergea,b 0.063 (0.474)
CC1/2a 99.5 (68.9)

a Values for the highest resolution shells are given in parentheses.

b Rmerge = ΣhklΣi|I(hkl)i-‹I(hkl)›|/ΣhklI(hkl).

 

 空気酸化型結晶を、benzyl viologen 存在下で水素還元し、還元型結晶の調製を行った(水素還元型)。また、還元型結晶をフェリシアン化カリウムを含む沈殿剤溶液に浸漬し強制酸化型の調製を行った(フェリシアン化カリウム強制酸化型)。それぞれの状態について、BL44XU において波長 0.9Å で測定したが、水素還元型およびフェリシアン化カリウム強制酸化型についてはデータセット取得に至らなかった。水素還元型の回折像を図3に示した。3 Å 程度までの回折点を目視で確認できたが、回折点が円状に流れてしまっておりデータセットの取得はできなかった。フェリシアン化カリウム強制酸化型についても同様であった。還元型結晶およびフェリシアン化カリウム強制酸化型結晶の調製は、文献[1]と同様に、還元処理および酸化処理用の試薬を含む沈殿剤溶液に空気酸化型結晶を浸漬する方法で行った。還元および酸化処理後の結晶は、ひび割れるなどの外観的な変化は見られなかったが、浸透圧変化により結晶外観からは判断ができないダメージを受けたことが考えられる。

 

           (a)                    (b)

 

図3 水素還元型の回折像。(a)テストショットの回折像と(b) 拡大図

拡大図の青色の領域は 3 Å 分解能の境界を表している。

 

今後の課題:

 本研究では、S-77 由来酸素耐性 [NiFe]ヒドロゲナーゼについて、空気酸化型を出発材料として水素還元型およびフェリシアン化カリウム強制酸化型のデータセットを取得する計画であったが、空気酸化型の分解能が向上しないことが第一の問題であった。従って、一旦構造解析を中断し、空気酸化型について結晶化条件の再検索から実験をやり直すこととした。

 

参考文献:

[1] Y. Shomura et al., Nature, 479, 253 (2011).

[2] S. Eguchi et al., J. Biosci. Bioeng., 114, 479 (2012).

[3] N. D. M. Noor et al., Acta Cryst. F, 72, 53 (2016).

[4] W. Kabsch, Acta Cryst. D, 66, 125 (2010).

 

 

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(Received: September 30, 2019; Early edition: January 29, 2020; Accepted: July 6, 2020; Published: August 21, 2020)