SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume8 No.1

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

HAXPESによる有機無機ハイブリッドLEDの劣化解析(II)
Degradation Analysis on Hybrid Organic-Inorganic LED by HAXPES (II)

DOI:10.18957/rr.8.1.101
2012A1758 / BL46XU

森井 克行、有元 洋一、呉屋 剛、郷田 隼、平田 和久、伊藤 広一、松並 越成、川端 竜也

Katsuyuki Morii, Yoichi Arimoto, Tsuyoshi Goya, Shun Goda, Kazuhisa Hirata, Hirokazu Ito, Etsushige Matsunami, Tatsuya Kawabata

株式会社日本触媒

Nippon Shokubai Co., Ltd.

Abstract

 HAXPES を用いて、有機無機ハイブリッド LED における光電子スペクトルの放射光照射依存性を検討した。また、素子特性変化に伴う素子の物質的変化は微小であることが明らかであることから、解析精度をあげる目的で、今回は複数の同素子における駆動前後の観察を試みた。経時変化からは、Mo の動きが特異であること、駆動前後の観察からは僅かながら Mo とは連動しない特異なSの変化を観測した。


Keywords:有機 EL、酸化モリブデン、有機/無機界面、放射光照射依存性


Download PDF (1.35 MB)

背景と研究目的:

 有機 EL は、高効率、軽量等の特徴から次世代のデバイスとして注目されている。しかしながら現状の技術では、コストなどの問題から、その特徴をいかしたフィルム素子を事業化することは困難である。そこで日本触媒では、封止を抜本的に軽減する技術として有機無機ハイブリッド LED[1–4] の開発を進めている。これまでに、有機無機ハイブリッド LED 技術により封止を用いない構造で、初期特性として大気安定かつ高効率(封止構造を用いた従来の最適構造と同等の効率・輝度)の有機 EL 素子を実現してきた。しかしながらその駆動寿命は十分ではなく、事業化レベルの長寿命化のために劣化機構の解明が急務であった。その中、課題番号 2011A1725 および 2011B1788 において、硬X線光電子分光法(HAXPES)を用いると、本素子を素子形状そのままで測定できることを見出した。さらに成果として、アニールにより Mo が膜中を拡散すること、素子駆動によっても Mo の膜中拡散が示唆されたこと、Mo の電荷を相殺する相手である有機材料の変化も S 1s のピークから観測できたこと、そして、その複雑な S 1s ピークの帰属についても部分的に理解できるようになったことがあげられる。この研究は、物理的描像を議論できる入口まで来た。但し、予想される変化が微小であり、かつ僅かな外部環境で変化することから、今回の実験では、これまでの成果をより深く理解することを目的とし、ピークの詳細な経時変化の測定ならびに、それを踏まえて複数素子により駆動前後の観察を行うこととした。なお、申請書には、新規構造における劣化解析を行う旨を記しているが、今回はその基盤となる基本構造の詳細な再現性を検討した。

 

実験:

 これまでの測定を再現し、加えて詳細な経時変化も議論するため、2011A1725 で用いた有機無機ハイブリッド LED 素子と同様の素子構造のものを精度よく複数個作製した。その構造は、ITO(陰極)上に TiOx 層(10 nm)をスパッタにより製膜し、その上にF8BT(9,9'-ジオクチルフルオレン-ベンゾ(2,1,3)チアジアゾール交互共重合体)をスピンコート製膜した後、陽極として MoOx (5 nm)、Au (7.5 nm)を蒸着したものである。

 HAXPES の測定は励起X線のエネルギーを 7.94478 keV に設定して BL46XU に設置された Scienta R-4000 光電子アナライザーを用いて行った。アナライザーの pass energy は 200 eV、スリットは curved 0.5 を用いた。Take-off angle は最深まで測定可能な 80° で行った。

 

結果および考察:

 図1 (a)に示した結果が未駆動の有機無機ハイブリッド LED 素子の陽極から Mo の 2p3/2 軌道について観測した結果である。これまでの実験から、ここに示す軌道が 8 keV のエネルギー領域では最も強くかつ S/N 比良く観測されることがわかっている。同時に、有機材料に起因する C 1s、S 1s、O 1s についても観測を行った。ここでは、図1 (b)に S 1s の結果を記した。Mo は20回の測定を、それ以外は10回の測定を行っている(図1 (b)の S 1s の場合、15回の測定を行っている。)。また、1回当たりの測定時間は同程度に調整している。つまり、放射光照射時間は同等である。まず図1 (a)について、最初3回の平均と 8–10 回および 18–20 回の平均のピークとではピークトップの強度が減少し僅かにブロードに変化していることがわかる。加えて、その変化は最初3回の平均から次の 8–10 回の平均の間がほとんどであり、その後は大きな変化がないことも特徴である。一方、図1 (b)で示す S 1s では Mo と類似の変化は見られない。三つ目(赤)に記したものは、15回目の測定結果である。S/N 比は悪いものの15回目まで大きな変化がないことが確認できる。以上から膜中の Mo の挙動と有機物の挙動は異なるように推察される。ここには記載しないが、主に膜中有機物に起源するであろう C 1s ピークも減少は見られていない。もし、光による膜全体の劣化であれば、S や C のピーク減少も観測されるであろうことから、この変化の要因は異なるものと考えられる。一つの可能性として、熱による Mo の膜中拡散が考えられる。この推察は、従来の結果である高分子膜上への蒸着は Mo が高分子膜中へ打ち込まれるという描像[2,4]および 2011A1725 で報告したアニールにより Mo が膜中拡散しているという推察(図2)に矛盾しないものである。

 

     

   図1. 未駆動素子における Mo(左図(a))および S(右図(b))の放射光照射依存性

 

 

   図2. 2011A1725 で方向の 80°, 30° および 12° での Mo2p3/2 のピーク

   (試料Aは MoOx 製膜前後でアニール、試料B製膜後でのみアニール)

 

 駆動素子においても同様の測定を行っている。測定時の経時変化については、未駆動素子との傾向の差はほとんどなく、Mo は変化し、S は類似の変化を示さないというものであった。この結果から、駆動素子における Mo の挙動および有機物の挙動は未駆動素子と大きな差はないと推察される。一方、駆動前後の変化という観点からは、図3内の 2472–2475 eVの 拡大図から、僅かながら S のピークにおいて、2473.5 eV 近傍のピーク形状に変化が見られ、2474–2475 eV に相当する結合エネルギーのピークが駆動に伴って減少しているように見える(図3)。このことは、前回の大きな変化(図4)とは異なるものの、定性的には複数の素子において観測されている事、その他のピークに変化がない事を考慮すると、変化は僅かではあるものの、本変化は劣化本来の情報を含んでいると考えている。前回との定量的な差異については、劣化モードの違い、例えばダークスポットの有無などが原因しているのではないかと推察しており、劣化モードおよび程度を制御したサンプリングおよび測定が必要と考えられる。

 

     

   図3. S 1s 放射光照射依存性(左図(a))未駆動素子, (右図(b))駆動素子

 

           

 図4. 2011B1788 での実験結果:有機無機ハイブリッド LED における劣化前後の S 1s ピーク

 

今後の課題:

 本研究におけるサンプル作製は劣化を議論するには不十分であり、モードと程度を制御したサンプリングが必要である。加えて、重要かつ不明なピークが多く存在することから、さらに厳密な測定および解析が、劣化の主たる原因に近づけると考えている。

 

参考文献:

[1] K. Morii et al., Appl. Phys. Lett., 89, 183510 (2006)

[2] K. Morii et al., Jpn. J. Appl.Phys., 47, 7366 (2008)

[3] K. Morii et al., Appl. Phys. Lett., 92, 213304 (2008)

[4] Y. Nakayama et al., Adv. Funct. Mater., 19, 3746 (2009)

 

(Received: October 4, 2012; ; Accepted: December 16, 2019; Published: January 22, 2020)