SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume8 No.1

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

固体高分子形燃料電池カソードに適用される異なる粒径を持つ Pt ナノ粒子の価電子帯電子状態観察による酸素結合エネルギーの解明
Study on the Oxygen Binding Energy by the Observation of the Valence Electronic Structure of the Surface of Pt Nano Particle Catalysts with Different Diameters Applied for Polymer Electrolyte Fuel Cells

DOI:10.18957/rr.8.1.104
2013A3514, 2014A3512 / BL11XU

原田 慈久a,b, 丹羽 秀治a, 干鯛 将一c, 宮脇 淳a,b, 尾嶋 正治b, 石井 賢司d

Yoshihisa Haradaa,b, Hideharu Niwaa, Shoichi Hidaic, Jun Miyawakia,b, Masaharu Oshimab, Kenji Ishiid

a東京大学物性研究所, b東京大学放射光連携研究機構, c東芝燃料電池システム(株), d(国研)日本原子力研究開発機構

ISSP, The University of Tokyoa, SRRO, The University of Tokyob, Toshiba Fuel Cell Power Systemsc, Japan Atomic Energy Agencyd

Abstract

 固体高分子型燃料電池正極触媒の Pt‐O 結合エネルギーに及ぼす Pt 粒径効果を Pt L 端 RIXS を用いて評価した。Pt‐O 結合エネルギーは、Pt の平均粒径の減少と共に急激に増加した。得られた結果から、触媒活性および耐久性を両立する適度な Pt-O 結合エネルギーを持つ Pt 粒径が存在することが明らかとなった。


Keywords: 固体高分子型燃料電池、白金ナノ粒子触媒、共鳴非弾性X線散乱、粒径依存性


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背景と研究目的:

 固体高分子形燃料電池(PEFC)は、電気化学反応によって水素と酸素から水と電気と熱を生成する発電装置であり、CO2 の排出量を低減し、NOx などの有害ガスを排出しない次世代のクリーンエネルギーとして開発が進められている。家庭用コージェネレーションシステム、自動車用、携帯機器用途として実用化されているが、広く普及させるためにはコスト削減、耐久性向上などの課題を解決しなければならない。PEFC カソードにおける酸素還元反応を促進するための触媒には、高活性なカーボン粒子に担持された Pt ナノ粒子が適用されている。しかしながら、Pt の資源量には限りがあるために高価であり、PEFC のコスト削減にはPtの使用量を低減する必要があり、合金化やコアシェル化等によって触媒活性の向上および耐久性の向上を目指した研究が盛んに行われている。Pt の電子状態をいかに制御するか、またどのような電子状態を形成すれば性能・耐久性が向上するかという本質的な問題に対しては、d バンドセンターを指標とした定性的な解釈が中心となっている[1,2]が、本来触媒性能に関わる電子状態は酸素と混成できる一部の軌道であり、重心よりも、酸素吸着した Pt の価電子状態密度分布を求めることでより直接的な情報が得られると期待される。測定された Pt-酸素間の結合状態を指標として、触媒活性との相関を求めることによって、新規な高活性触媒の開発にフィードバックすることができる。特に、コア微粒子を1原子層の Pt で被覆したコアシェル触媒の研究・開発の指針を得ることが期待されている。

 我々はこれまで、高活性な Pt 遷移金属合金触媒について、Pt の L 吸収端のエネルギー(11.56 keV)の硬X線による共鳴X線非弾性散乱(RIXS)を測定し、元素選択的に Pt の電子状態密度を求め、更に XAFS 測定と組み合わせることによって、伝導帯についての情報も価電子帯と同時に求めてきた。

 本研究では、粒径の異なる複数の Pt 触媒に着目し、粒径と Pt-酸素結合エネルギーの相関[3]を求め、触媒活性向上あるいは耐久性向上のための指針を得ることを目的とした。

 

実験:

 測定サンプルは田中貴金属工業株式会社製炭素担体上に担持した7種の異なる粒径を持つ Pt ナノ粒子触媒粉末を用いた。Pt 濃度および焼結温度は、表1に示すように粒径を制御するために選択され、小さい粒径から大きい粒径までアルファベット順(A から F)に示されている。カーボン担体はすべての試料で同一である。平均粒径はX線回折ピークの半値幅から計算した。

 

表1.X線回折ピークの半値幅から計算して求めた Pt 粒径と炭素担体に対する Pt 濃度
Sample A B C D E F
Average Particle
diameter
2.6 2.8 3.2 4.6 5.9 7.9
Pt concentration
(wt%)
20 30 50 50 60 70

 

 Pt L 端 RIXS 実験では、小さなペレットに圧縮された触媒粉末をガス室にセットし、RIXS 測定の1時間前に水素で還元し、測定は大気雰囲気で行った。この手続きにより、いずれの粒子も初期酸化が終わっていると考えられる条件で実験を行った。

 実験は、BL11XU の非弾性X線散乱スペクトロメーターを用いて行った。Pt L3 吸収端より少し低い 11.563 keV の硬X線を試料に入射し、試料からの発光スペクトルを測定した。図1に示すように、得られたスペクトルにおけるラマン散乱のピーク位置は、Pt-O 結合によって形成された結合-反結合軌道のエネルギー差とみなすことができる。本研究では、これを Pt-O 結合エネルギーとみなして解析を行った。

 

         

図1.水素還元雰囲気および空気環境下における Pt L 端 RIXS (Pt 2p → 5d → 2p)過程と Pt-O 結合状態模式図

 

結果および考察:

 図2(a)に 11.563 keV 励起で求めた Pt L 端 RIXS 測定の結果を示す。ピーク位置は平均粒径の増大と共に減少する様子が見て取れる。各 RIXS を損失エネルギーに対して2次微分して現れる負のピーク位置として抽出した全試料の Pt-O 結合エネルギーを、平均粒径の関数として図2(b) に示す。小さい Pt 粒子は高い Pt-O 結合エネルギーを有し、Pt と O の間でより強い結合が形成されている。Pt-O 結合エネルギーは粒径の増加と共に減少し、触媒 F では 2.25 eV となり、横線で描いた Pt 金属箔と同じ値であった。大きなサイズの Pt 粒子は Pt‐O 結合エネルギーに及ぼすナノサイズ効果を失い、バルク Pt と同様の値を示すものとして説明できる。一方で、2 nm までサイズが小さくなると、Pt-O 結合エネルギーは Pt 金属箔の倍近くまで増加することが分かる。これまでの Pt 系触媒での研究結果から、Pt-O 結合エネルギーが適度に小さい触媒の方が、触媒活性および触媒の耐久性のいずれにおいても優れる結果となっている。

 

   

図2.(a)表1で示した各粒径を持つ Pt ナノ粒子触媒の Pt L 端 RIXS スペクトル (b) RIXS スペクトルの2次微分から求めた Pt-O 結合エネルギーの触媒粒径依存性。実線はPt金属箔で得られた Pt-O 結合エネルギーの位置を表す。

 

 Pt ナノ粒子の粒径が小さくなると、比表面積の増大としての利得がある一方で、強すぎる酸素吸着によって触媒が容易に酸化され、耐久性の面で問題が生じるものと考えられる。今回得られた結果から、触媒活性および耐久性を両立する適度な Pt-O 結合エネルギーを持つ Pt 粒径の範囲が実験的に見積もれることが明らかとなった。

 

今後の課題:

 本実験は、Pt ナノ粒子の粒径と Pt-O 結合エネルギーの関係を初めて直接的に導き出したものであり、いわゆる d バンドセンターの考え方を実験的に裏付けるという意味でも意義深い結果である。一方で、粒径の減少と共に Pt-O 結合エネルギーが増大するカラクリを知るためには、粒径に依存して粒子最表面で Pt スキン構造を形成する Pt 原子間の距離の情報を取得した上で、計算との比較により Pt-O 間の反応がどのように制御されるかを議論することが必要である。今後同じ試料群に対して EXAFS 測定により Pt-Pt 間距離の情報を取得することにより、最も典型的な酸素還元触媒である Pt ナノ粒子触媒の触媒活性と耐久性を制御するメカニズムを明らかにし、Pt 合金触媒など、燃料電池正極触媒の材料設計に Pt L 端 RIXS をさらに活かしてゆきたい。

 

謝辞:

 本研究成果の一部は、新エネルギー・産業技術開発機構(NEDO)の「固体高分子形燃料電池実用化推進技術開発事業/基盤技術開発/低白金化技術の研究開発」の一環で実施したものである。関係各位に感謝する。

 

参考文献:

[1] A. Nilsson et al., Catalysis Letters 100, 111 (2005).

[2] V. Stamenkovic et al., Angew. Chem. Int. Ed. 45, 2897 (2006).

[3] A.S. Bandarenka, M. T. M. Koper, J. Catalysis 308, 11 (2013).

 

 

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(Received: October 8, 2019; Early edition: December 9, 2019; Accepted: December 16, 2019; Published: January 22, 2020)