SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume8 No.1

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

固体高分子形燃料電池 Pt 触媒の価電子帯電子状態観察による高活性化に関する研究
Relationship between the Electron Density of States of Platinum Valence Band and the Catalytic Activity of Pt based Cathode Catalyst in Polymer Electrolyte Fuel Cells

DOI:10.18957/rr.8.1.97
2011B3576, 2012B3215 / BL11XU

原田 慈久a, 丹羽 秀治a, 干鯛 将一b, 木内 久雄a, 松村 大樹c, 石井 賢司c,¶

Yoshihisa Haradaa, Hideharu Niwaa, Shoichi Hidaib, Hisao Kiuchia, Daiju Matsumurac, Kenji Ishiic

¶ 現所属:(国研)量子科学技術研究開発機構

 

a東京大学物性研究所, b東芝燃料電池システム(株), c(国研)日本原子力研究開発機構

aISSP, The University of Tokyo, bToshiba Fuel Cell Power Systems, cJapan Atomic Energy Agency

Abstract

 固体高分子形燃料電池の正極触媒として高い性能を有する白金ナノ粒子触媒に対し、発電環境下において、共鳴非弾性X線散乱を用いて元素選択的に Pt のみの電子状態密度分布を取得した。正極に 1.0 V かけた状態で 3.75 eV 付近にラマン散乱ピークが見られ、同じピークが自然電位でも弱いながら観測された。その原因として、蒸気を導入したことにより水分中の OH 基が吸着し、Pt との間に結合・反結合状態を形成したことが示唆された。


Keywords: 固体高分子型燃料電池、白金ナノ粒子触媒、共鳴非弾性X線散乱


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背景と研究目的:

 固体高分子形燃料電池(Polymer Electrolyte Fuel Cell: PEFC)は、電気化学反応によって水素と酸素から水と電気と熱を生成する発電装置であり、CO2 の排出量を低減し、NOx などの有害ガスを排出しない次世代のクリーンエネルギーとして開発が進められている。家庭用コージェネレーションシステム、自動車用、携帯機器用途として実用化されているが、広く普及させるためにはコスト削減、耐久性向上などの課題を解決しなければならない。PEFC 正極における酸素還元反応を促進するための触媒には、高活性なカーボン粒子に担持された Pt ナノ粒子が適用されている。しかしながら、Pt の資源量には限りがあるために高価であり、PEFC のコスト削減には Pt の使用量を低減する必要がある。Pt 使用量低減の方針の一つとして、Pt ナノ粒子の高活性化がある。触媒活性を決める要因には、酸素吸着種の吸着エネルギー、反応生成物の脱離エネルギー、および Pt の価電子帯の電子数が関与していると考えられている[1]が、その詳細なメカニズムの解明と高活性化に向けた設計指針の確立のためには、触媒が働いている環境下でPtの電子状態密度分布を調べる必要がある。そこで本研究においては、燃料電池動作(オペランド)環境下で Pt の電子状態密度を求める手法として、共鳴非弾性X線散乱(Resonant Inelastic X-ray Scattering: RIXS)測定を用いた。RIXS は Photon in photon out の測定であり、その利点として、光電子分光などと違って、真の大気圧下での測定が可能であることが挙げられる。本手法では、Pt の L 吸収端のエネルギー(11.56 keV)の硬X線によって Pt 2p 内殻の電子を励起し、非弾性散乱過程で価電子帯の電子が内殻に遷移し発光するエネルギーを観測することで、オペランド環境における価電子帯の電子状態密度変化を捉え、高耐久・高酸化還元活性を示す Pt ナノ粒子触媒の酸化過程を議論し、Pt 系正極触媒の高活性化の指針を得ることを目的とした。

 

実験:

 実験は BL11XU の非弾性X線散乱スペクトロメーターを用いた。測定サンプルは、正極に Pt ナノ粒子触媒を適用した固体高分子型燃料電池セルを用いた。電解質としてパーフルオロスルフォン酸膜を用い、電解質膜の両面に触媒層を熱圧着した CCM(Catalyst Coated Membrane)をサンプルとして使用した。硬X線は正極を透過し、負極まで浸入する。そこで、正極の Pt-RIXS 測定の邪魔にならないように、負極にはカーボン担持された Pd を触媒として使用した。両極を不活性ガスでパージしたのちに、負極を水素封入して基準電極とした。正極側には窒素を封入した。図1に実験のセットアップを示す。ホルダーの間に CCMを 挟んでいる。CCM は、触媒層よりも電解質膜が広く、アクリル冶具で電解質膜を挟むことで、両極の部屋を区切り、負極に水素、正極に空気を導入できるようにしている。また、両極の触媒層に接するように金箔を取り付け、外部から電圧を印加できるようにした。正極の部屋の窓には、カプトンシートを貼り付け、入射光を導入し、散乱光が出射する際、光の強度のロスを抑制している。

 

  

図1.RIXS 測定用燃料電池セルの外観図。X線の脱出深さを極力短くして、正極からの信号のみを拾うために正極側のカバーにスリット状の開口を設け、斜出射配置で発光を検出できるようになっている。正極、負極にはそれぞれ外部より各種ガスを導入できるようになっている。

 

 電解質膜の導電性を上げるために、導入ガスは、バブラーを通して加湿した。測定時には、ガスの出入り口のバルブを閉じ、封じ切った。はじめに正極を還元側としてPt触媒をメタル状態にした後に、自然電位および 1.0 V を印加した状態で RIXS 測定を行った。測定は、Pt L3 吸収端を中心として、前後 10 eV の範囲において 1 eV 刻みで入射エネルギーを振って行った。試料からのX線発光エネルギーは、エネルギー分解能が約 0.7 eV[2]であることを考慮して 0.25 eV 刻みで検出した。

 

結果および考察:

 図2(a)に、正極に窒素ガスをフローしつつ自然電位のままの場合、また、図2(b)にガスは窒素のまま、外部電源から両極間に 1.0 V の電位を印加した際に得られた RIXS の入射エネルギー依存性マップ(RIXS マップ)を示す。縦軸を励起エネルギー、横軸を損失エネルギー(ラマン散乱表示)として図示している。図2(c)は、正極を大気に曝した状態で 1.0 V 印可した際に得られた RIXS マップである。自然電位においては、右上に向かう 45° ラインの蛍光成分が強く出ていることから、Pt が還元されてメタリックな状態にあることが示されている。一方、図2(b)の窒素雰囲気で 1.0 V の電圧をかけた状態では、蛍光成分が弱くなっており、3~4 V の範囲のラマン散乱の強度が強くなっている。すなわち、電位をかけたことによって、Pt が酸化されている。窒素とともに導入した蒸気が吸着して Pt-OH あるい はPt(OH)2 となっていることが考えられる。空気を導入したときの RIXS マップを図2(c) に示す。表面 Pt の酸化が顕著になり、蛍光成分が弱く、ラマン散乱が強く出ている。本手法によって、in-situ で正極触媒の酸化状態を測定することが可能であることは示されたが、雰囲気ガスによる違いはあまり見られなかった。

 

  

図2.燃料電池セル正極の Pt ナノ粒子触媒の Pt L 端 RIXS マップ。(a) 正極が窒素雰囲気下、自然電位のもの。(b) 正極が窒素雰囲気下、1.0 V 印可のもの。(c) 正極が空気曝露下、1.0 V 印可のもの。散乱強度は規格化してある。

 

 ラマン散乱をより明確にするために、RIXS スペクトルを損失エネルギーで2階微分し、ピーク位置を求めた。図3に窒素雰囲気下のスペクトルに対する2階微分の RIXS マップを示す。その結果、図3(a)の自然電位であっても、弱いラマン散乱ピークが残存していることがわかった。そのピーク位置の重心はグラフから 3.75 eV と求められた。一方、図3(b)の 1.0 V 印加した状態では、ラマン散乱が強く出ているが、そのピーク位置の重心も変わらず 3.75 eV であった。正極を窒素雰囲気に保っていたが、測定前に触媒を保護するために蒸気を導入しているため、正極の Pt に水分中の OH 基が吸着し、自然電位でも部分的に Pt との間に結合・反結合状態を形成していたと考えられる。電圧をかけることで吸着量が増えても、結合エネルギーの値は変わらないことから、吸着種が同じであることを示唆している。

 

     

図3.RIXS マップの損失エネルギー2階微分スペクトル。(a)正極が窒素雰囲気下、自然電位のもの。(b) 正極が窒素雰囲気下、1.0 V 印可のもの。

 

今後の課題:

 本実験では、燃料電池セル動作下(オペランド)条件で高耐久・高酸化還元活性を示す Pt ナノ粒子触媒の酸化に伴う電子状態変化を観測することを目的としていたが、燃料電池セル環境では電池特性を保つために正極を完全乾燥させることができず、そのことが自然電位でも完全なメタル状態を保持できなかった要因となったと考えられる。また、同様の要因により、窒素雰囲気下でも 1.0 V 印可で広く酸化されており、空気曝露によるスペクトルとの違いがほとんど見られなかった。今後の対策として、電池が作動するぎりぎりまで低加湿の条件において測定を試すことが考えられる。また、2階微分でも十分な S/N 比の画像を取得するために、触媒量を増量し、スリット幅を広げ、触媒面と窓の距離を極力短くできるように測定用セルの改良を施す必要がある。

 

 

謝辞:

 本研究成果の一部は、新エネルギー・産業技術開発機構(NEDO)の「固体高分子形燃料電池実用化推進技術開発事業/基盤技術開発/低白金化技術の研究開発」の一環で実施したものである。関係各位に感謝する。

 

参考文献:

[1] A. Nilsson et al., Catalysis Letters 100, 111 (2005).

[2] I. Jarrige et al., ACS Catal. 5, 1112 (2015).

 

 

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(Received: October 8, 2019; Early edition: December 9, 2019; Accepted: December 16, 2019; Published: January 22, 2020)