Volume8 No.1
SPring-8 Section A: Scientific Research Report
[NiFe]ヒドロゲナーゼの触媒機構の解明
Elucidation of Catalytic Mechanism in the [NiFe] Hydrogenase
兵庫県立大学 大学院生命理学研究科
Graduate School of Life Science, University of Hyogo
- Abstract
-
ヒドロゲナーゼは水素の分解・合成反応を触媒する金属酵素である。本実験では、硫酸還元菌 Desulfovibrio vulgaris Miyazaki F 株由来の[NiFe]ヒドロゲナーゼを対象として、還元型、空気酸化型および強制酸化型の3つの酸化還元状態について、水素原子の位置決定も含めたそれぞれの反応中間体の高精度結晶構造解析を目指した。
Keywords: [NiFe] ヒドロゲナーゼ、 金属酵素、酸化還元
背景と研究目的:
ヒドロゲナーゼは水素の分解および合成反応を触媒する酵素で、種々の生物に広く見られ、生体内で膜内外のプロトン濃度を調節するのに重要な役割を果たしている。近年、二酸化炭素を発生させない次世代のクリーンなエネルギー源として水素が注目を集めているが、高価な白金などの金属触媒を必要とせず、安価に効率よく水素の合成・分解を行う事のできるヒドロゲナーゼの工業利用が有望視されている。ヒドロゲナーゼは一般に酸素により失活するが、硫酸還元菌 Desulfovibrio vulgaris Miyazaki F 株(DvMF)由来の[NiFe]ヒドロゲナーゼは、酸素に曝露されると不活性な酸化状態をとり不可逆的失活を防ぐことが知られている(酸素抵抗性)。また、本酵素は[NiFe]ヒドロゲナーゼのなかでも特によく研究されてきた酵素で、分光学的測定によって、種々の酸化還元状態・反応中間体を取ることがわかっているが(図1)、それらの立体構造については未だ詳細が不明な点が多いのが現状である。本酵素の基質は水素であり、とりわけ各酸化還元状態でのプロトン化状態を決定することは、本酵素の機能を理解するうえで重要である。これまでに、嫌気的に精製・結晶化された還元型では 0.89 Å 分解能で、好気的に精製・結晶化された空気酸化型では 1.1 Å 分解能でそれぞれ結晶構造が報告されている[1,2]。完全嫌気的に調製された還元型で高分解能データが得られていることから、本実験では精製・結晶化を嫌気的に行い、高分解能が期待される還元型を調製したのち、還元型結晶を大気暴露や化合物により酸化し空気酸化型や強制酸化型を調製することで、空気酸化型や強制酸化型についても、水素位置の決定が可能となる超高分解能のデータ取得を目指した。還元型、空気酸化型および強制酸化型の結晶構造を比較することで、本酵素の持つ水素分解・合成触媒メカニズムや酸素抵抗性の分子基盤についての知見を得ることを目的とした。
図1. 種々の酸化還元状態における[NiFe]ヒドロゲナーゼの活性部位。矩形内は Ni-Fe 活性部位と(予想される)架橋配位子を表す。Fe、Ni の右肩の数字は、それぞれの酸化状態での価数を表す。
実験:
還元型結晶の調製は文献[1]の方法に従い行った。すべての精製操作をグローブボックス内で嫌気的に行い最終精製標品を得た。結晶化はシッティングドロップ蒸気拡散法を用いて行った。0.29 mM ヒドロゲナーゼ、25 mM Tris-HCl (pH 7.4)、30% 2-methyl-2,4-pentanediol (MPD) となるように混合した結晶化母液に種結晶をシードし、これを 25 mM Tris-HCl (pH 7.4)、40% MPD に対して蒸気平衡させた。空気酸化型結晶は、得られた還元型結晶を大気に暴露することで調製した。また、強制酸化型は、25 mM Tris-HCl (pH 7.4)、40%(v/v) MPD、5 mM K3[Fe(CN)6]溶液に、還元型結晶を浸漬させることで調製した。
還元型、空気酸化型、強制酸化型結晶のそれぞれについて、BL26B1 において窒素気流によって 100 K に冷却し波長 0.8 Å のX線で回折実験を行った。収集したデータセットは XDS Package[3] を用いてデータプロッセッシング、データマージング、データスケーリングを行った。その後、既知の還元型構造 (PDB ID: 4U9H, 0.89 Å) をサーチモデルとして、Phaser[4]を用いて分子置換を行い初期位相を計算した。モデルの構築・修正と構造精密化はそれぞれ Coot[5]と REFMAC5[6]により行った。
結果および考察:
本課題では、[NiFe]ヒドロゲナーゼの持つ水素分解・合成触媒メカニズムや酸素抵抗性の分子基盤を、各酸化還元状態でのプロトン化状態から明らかにし、理解することを目的としていたので、高分解能での構造解析の実績のある還元型結晶を出発材料として、空気酸化型、強制酸化型を調製し、1.0 Å 分解能を超える構造解析を行い、結晶構造中での水素の可視化を目指した。
還元型について回折像を得ることができ、結晶の空間群は P2¬12121、格子定数は a=66.71 Å、b=98.30 Å、c=127.94 Å であった。I/σ(I) > 2.0、CC1/2 > 0.5 を満たすように分解能を決定したところ、50-1.39 Å 分解能のデータセットを収集した。最外殻の CC1/2 の値が 0.880 と十分高い値を示したのに対し、Completeness は 83.3% と低い値であった。図2に回折像を示す。回折像には異方性が見られ、図2の回折像では回折点は左上から右下にかけて分布しており、左下および右上の領域には回折点が見られない。この異方性のため、思うように分解能が伸びず、また、統計値を悪くすることにつながった。構造解析の結果、最終的に Rwork=12.5、Rfree=14.5 % まで精密化を進められた。
図2. 還元型での回折像
空気酸化型では、結晶の空間群は P2¬12121、格子定数は a=66.62 Å、b=98.60 Å、c=127.40 Å と還元型と同様の値であった。I/σ(I) > 2.0、CC1/2 > 0.5 を満たすように分解能を決定したところ、50-1.53 Å 分解能のデータを取集したが、還元型に比べると分解能はさらに低いものであった。最終的に Rwork=14.4、Rfree=16.6 % で精密化を完了した。空気酸化型は、還元型結晶を大気下に暴露することにより酸化させ調製を行ったが、酸化のダメージにより、結晶の品質が低下したことが考えられる。強制酸化型については、良好な回折像を得ることができず、データセットの収集には至らなかった。結晶学的統計値を表1に示した。
還元型 | 空気酸化型 | |
Data collection | ||
Beam source | BL26B1 | |
Detector | MX225HE | |
Wavelength (Å) | 0.80000 | 0.80000 |
Oscillation (°) | 0.50 | 0.20 |
Temperature (K) | 100 | 100 |
Space group | P212121 | P212121 |
Unit cell parameters | ||
a, b, c (Å) | 66.71, 98.30, 127.94 | 66.62, 98.60, 127.40 |
Resolution range a (Å) | 50.0-1.39 (1.43-1.39) | 50.0-1.53 (1.57-1.530 |
Observed reflections a | 1064415 (32854) | 919944 (53418) |
Unique reflections a | 320514 (20129) | 244178 (17968) |
Completeness a (%) | 98.0 (83.3) | 99.8 (99.1) |
I/σ(I) a (%) | 15.9 (2.4) | 15.2 (2.2) |
Rmerge a, b | 0.043 (0.268) | 0.049 (0.489) |
Redundancy a | 3.3 (1.6) | 3.8 (3.0) |
CC1/2 a | 0.999 (0.880) | 0.999 (0.799) |
Refinement | ||
Rwork/Rfree (%) | 12.5/14.5 | 14.4/16.6 |
R.m.s.d in bonds (Å) | 0.018 | 0.015 |
R.m.s.d in angles (°) | 2.598 | 2.334 |
Ramachandran plot | ||
Most favored | 97.7 | 97.5 |
Additional allowed | 2.0 | 2.0 |
Outlier | 0.3 | 0.5 |
a Values for the highest resolution shells are given in parentheses.
b Rmerge = ΣhklΣi |I(hkl)i -‹I(hkl)›|/Σhkl I(hkl).
還元型と空気酸化型の活性部位を図3(a)および(b)に示す。還元型では鉄とニッケルをヒドリドイオンがブリッジしていることが報告されているが[1]、分解能 1.39 Å の今回のデータではヒドリドブリッジを確認できなかった。本酵素は酸化還元状態によって、鉄―ニッケル間に配位しているリガンドが異なっており(図1)、そのため、状態によって鉄―ニッケル間距離が変化する。報告されている還元型構造 (4U9H, 0.89 Å)の鉄-ニッケル間距離は 2.57 Å であるが、本実験で得られた還元型構造の鉄―ニッケル間距離は 2.58 Å で 4U9H と同等の距離であった。空気酸化型では、酸化型の特徴である鉄とニッケルの間の酸素ブリッジが確認できた。本実験では空気酸化型を、還元型結晶を空気酸化させることにより調製したが、既に構造が報告されている好気的に精製・結晶化した酸化型の構造との間に大きな違いは見られなかった。鉄―ニッケル間距離は 2.82 Å であったが、これまでに報告されている酸化型の鉄―ニッケル間距離は 2.7-2.8 Å であるので、本実験で得られた空気酸化型の構造は、完全好気的に調製された酸化型の構造と同等であると考えられる。
図3 活性部位の構造の比較。(a) 還元型、(b) 空気酸化型
原子を炭素:白、窒素:青、酸素:赤、硫黄:黄色、鉄:茶色、ニッケル:緑色のボールで表示している。また、2FoFc 電子密度(1.5σ)を青色メッシュで表示している。
水素の可視化を目的としていたため、1.0 Å 分解能を超えるデータセットの取得を目指したが、還元型、空気酸化型いずれのデータセットにおいても到達できなかった。空気酸化型は、還元型を大気暴露することにより調製されたので、酸化ダメージにより還元型よりも分解能が低くなったと考えられるが、還元型も 1.39 Å と 4U9H の分解能 0.89 Å には遠く及ばない結果であった。還元型結晶は 10ºC に於いて静置し結晶成長させるが、凍結操作を行ったグローブボックス内は室温であったため温度変化によってダメージを受けたことが考えられる。
今後の課題:
本課題では、高分解能が期待される還元型結晶を出発材料に、空気酸化型および強制酸化型の結晶を調製し高分解能データ取得を試みた。しかしながら、出発材料である還元型結晶の分解能が目標である 1.0 Å 分解能を超えていなかった。従って、まずは還元型について良好な結晶を得るための結晶化条件の再検討を行う予定である。
参考文献:
[1] H. Ogata et al., Nature, 520, 571 (2015).
[2] H. Ogata et al., Structure, 13, 1635 (2005).
[3] W. Kabsch, Acta Cryst. D, 66, 125 (2010).
[4] A. J. McCoy et al., J. Appl. Crystallogr., 40, 658 (2007).
[5] P. Emsley et al., Acta Cryst. D, 66, 486 (2010).
[6] G. N. Murshudov et al., Acta Cryst. D, 67, 355 (2011).
(Received: September 30, 2019; Early edition: December 9, 2019; Accepted: December 16, 2019; Published: January 22, 2020)