SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume8 No.1

SPring-8 Section A: Scientific Research Report

酸素発生光化学系 II 複合体の Mn の価数の決定
Determination of the Mn Valence in Oxygen-Evolving Photosystem II

DOI:10.18957/rr.8.1.1
2011A1286, 2011B1311, 2012A1791, 2012B1345, 2012B1593 / BL38B1, BL41XU

梅名 泰史a、川上 恵典b、沈 建仁a、神谷 信夫b

Yasufumi Umenaa, Keisuke Kawakamib, Jian-Ren Shena, Nobuo Kamiyab

a岡山大学異分野基礎科学研究所, b大阪市立大学複合先端研究機構

aRIIS, Okayama University, bOCARINA, Osaka City University

Abstract

 光合成の水分解反応を行っている光化学系 II 蛋白質の活性中心 Mn4CaO5 クラスターは III と IV 価の混合原子価状態と考えられているが、各 Mn の価数の議論はまだ結論がついていない。本研究は、Mn のX線吸収端が価数に応じてシフトすることに着目し、X線吸収に依存する異常分散項の電子密度差電子密度マップを用いて各Mnの価数を分析した。その結果、K-吸収端波長領域において、各 Mn の価数に応じた変化を明らかにした。


Keywords:光合成、金属蛋白質、Mn クラスター、価数、異常分散項差電子密度マップ


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背景と研究目的:

 植物や藻類による光合成では、光化学系 II 蛋白質(Photosystem II, PSII)が光エネルギーを使って水を分解して炭素固定に必要な電子を取り出し、その副産物として動物の呼吸に必要な酸素ガスを放出している。PSII は20個のサブユニット蛋白質と色素分子や金属イオンなどで構成される分子量35万の複合体蛋白質が、二量体としてチラコイド膜中に存在している。PSII の活性中心には4個の Mn 原子と1個の Ca 原子から構成される Mn4CaO5 クラスター(Mn クラスター)が存在しており、5段階の反応サイクル(S 状態サイクル)によって水分解反応が行われている[1]。PSII の結晶構造は、2001年 に Zouni らによって初めて PSII の構造が 3.8 Å 分解能で解析された[2]。2011 年には、好熱性シアノバクテリア Thermosynechococcus vulcanus 由来の PSII が 1.9 Å 分解能で解析され、初めて Mn クラスターの分子構造が5つの酸素原子で結ばれた歪んだ椅子の形をした Mn4CaO5 クラスターであると報告された[3]。

 この Mn クラスターは、III 価と IV 価がクラスター内で局在化している混合原子価状態であることが、X線吸収分光(XAS)や電子スピン共鳴(EPR)による分析から示されている[4][5]。また近年では、理論化学計算やヤーン・テラー効果[6]による歪みに基づく議論も行われている[7][8]。しかし、EPR や XAS におけるスペクトル分析だけでは、二量体である PSII の合計8個の Mn 原子の価数をそれぞれ判別することは難しいと思われる。また、ヤーン・テラー効果による歪みは、0.1 - 0.2 Å 程度の結合長の変化に基づく議論が多く、1.9 Å 分解能で解析された PSII の結晶構造の報告には、結合長に 0.16 Å の誤差があることが述べられている[3]。

 本研究は、Mn クラスターにおける個々の Mn 原子の価数を、スペクトル分析や結合長に基づかない、新しい結晶構造解析法で評価を行った。一般に、金属のX線吸収が急激に変化する吸収端は、価数に応じてシフトすることが知られており、本研究ではこの現象に着目した。我々は、吸収端波長にて PSII 結晶のX線回折強度測定を行い、回折強度におけるX線吸収を反映する異常分散項の差電子密度マップ(アノマラス差マップ)から、各 Mn 原子の価数を特定できるか検証を行った。ただし、XAS による先行研究から、X線損傷の指標とされる「ヘンダーソンリミット」(20 MGy)[9]を越えるX線が照射されると、PSII の Mn は II 価まで還元されると報告されている[10]。

 

実験:

 PSII の Mn クラスターに由来する Mn の K-吸収端を求めるため、PSII 結晶の蛍光 XAS 測定を行った。また、蛍光 XAS 測定の標準試料として、3種類の価数の異なる酸化マンガン化合物を測定し、Mn の価数と K-吸収端のシフト幅について確認した。また、本研究で問題となる PSII のX線還元を確認するため、PSII 結晶に対してX線照射と蛍光 XAS 測定を交互に繰り返す実験を行い、X線還元によって Mn の K-吸収端がどのようにシフトするのかを検証した。

 アノマラス差マップによる価数の分析には、PSII 結晶の蛍光 XAS 測定から決定した Mn クラスター由来の K-吸収端波長 1.8921 Å を用いて、SPring-8 のビームライン BL38B1 にて回折強度測定を行った。回折強度測定は、ビームサイズを 200 x 200 μm、1枚あたりの振動角 0.3° で照射時間10秒のX線回折像を二次元 CCD 検出器で撮影し、総振動角 180° の回折強度データを収集した。その際、異常分散項を精度よく集めるため、インバース・ビームジオメトリ法により、結晶を 180° 回転させて重複測定を行い、合計1200枚のX線回折像を構造解析に用いた。また、X線還元を抑えるため、上記の回折強度データは PSII 結晶の3点に分散して測定し、X線量をヘンダーソンリミットの 10 % 程度に当たる 1.7 MGy に抑えた。また、アノマラス差マップの波長依存を確認するため、別の結晶を用いて波長 0.9000 Å で測定し、アノマラス差マップのピーク高を比べた。2つのデータを比較する際、吸収端が Mn の K-吸収端よりも以遠にあり波長依存が少ない Ca のアノマラス差マップのピーク高で規格化した。PSII の溶液試料を用いた先行研究では、二量体 PSII の単量体間は本質的に同じと考えられている。結晶のパッキングによる影響を考慮するため、まず各単量体における Mn のピーク高を Ca で規格化した後、それぞれの Mn の単量体間の平均ピーク高を PSII の Mn クラスターの評価に用いた。

 

結果および考察:

 PSII 結晶の蛍光 XAS 測定によって、Mn クラスター由来の K-吸収端は 1.8921 Å であった。標準試料として測定した3種類の酸化マンガン化合物の XAS スペクトルから、Mn の価数に応じた蛍光X線強度の大小関係が変わらない K-吸収端領域は 12 eV ほどの範囲であり、IV 価から II 価まで還元された場合は 7 eV ほどシフトすることがわかった(図1A)。PSII 結晶のX線還元を検証した結果、照射線量が 10 MGy 以上でおよそ 6 eV シフトし、それ以上は変わらなかったことから、10 MGy 以上では全ての Mn が II 価に還元されたと思われる (図1B)。しかし、途中の IV 価から III 価へのX線還元の過程は分からなかったため、Mn クラスターの分析に許容される照射線量については、蛍光 XAS 測定からは決定できなかった。

 

    

       図1. 酸化マンガン化合物の XAS スペクトル(左)と PSII 結晶のX線還元(右)

 

 アノマラス差マップ分析で用いた吸収端波長 1.8921 Å では、結晶母液によって回折X線が減衰するため高い分解能は期待できなかった。しかし、長さが 1 mm 程度の大きい PSII 結晶を用意することで、2.5 Å 分解能の解析が可能となり、アノマラス差マップを計算したところ、各 Mn に対応するマップは分離しており、Mn2 と Mn3 は Mn1 と Mn4 よりも小さいことが分かった(図2cA)。アノマラス差マップの波長依存を検証するために用いた2つ波長の回折強度データの結晶学的統計値を表1に示す。

 

     

       図2. PSII 結晶のアノマラス差マップ(左)と各原子のアノマラス差マップの平均ピーク高

 

           表1. 回折強度データの結晶学的統計値

           

 

 また、Ca で規格化した各 Mn のアノマラス差マップの平均ピーク高を比較したところ、1.8921 Å データにおける各 Mn 間の差は、0.9000 Å データよりも大きいことが分かった (図2B)。本実験で用いた 1.8921 Å(6552 eV)では、III よりも IV 価のX線吸収は小さくなるため、アノマラス差マップは相対的に小さくなる。Mn クラスターは III 価と IV 価の混合原子価状態であると報告された先行研究 [4][5]を考慮すると、Mn1 と Mn4 は III 価、Mn2 と Mn3は IV 価であることが示唆された。

 

今後の課題:

 本研究によって、Mn クラスターの各 Mn 原子における価数の違いを確認することができた。しかし、PSII 結晶の連続的な XAS 測定の結果で示されたように、現状の線量ではX線還元による影響を否定できない。また、異常分散項は回折強度全体の数%とされているため、正確な分析には、より多くの回折強度情報が得られる高い分解能が必要である。今後はX線還元を抑え、かつより高い分解能のデータの収集から、自然状態に近い Mn クラスターの価数の分析を目指す。

 

参考文献:

[1] B. Kok, B. Forbush, M. McGloin, Photochem. Photobiol., 11, 457, (1970).

[2] A. Zouni et al., Nature, 409, 739, (2001).

[3] Y. Umena et al., Nature, 473, 55, (2011).

[4] G. W. Brudvig, W. F. Beck, J. C. de Paula, Annu. Rev. Biophys. Biophys. Chem., 18, 25, (1989).

[5] L.V. Kulik et al., J. Am. Chem. Soc., 129, 13421, (2007).

[6] H. Jahn, E. Teller, Proc. Royal Soc. Lond., 161, 220, (1937).

[7] M. Suga et al., Nature, 517, 99, (2015).

[8] K. Kanda et al., Chem. Phys. Lett., 506, 98, (2011).

[9] R. Henderson. Philos. Trans. R. Soc. London B, 241, 6-8, (1990).

[10] J. Yano et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA., 102, 12047, (2005).

 

 

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(Received: March 23, 2019; Accepted: December 16, 2019; Published: January 22, 2020, Revised: March 26, 2020 )