SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume8 No.1

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

電圧印加HAXPESによる次世代メモリの深さ方向電位解析
Electric Potential Analysis for Next-generation Memory by Bias Applied Hard X-ray Photoelectron Spectroscopy

DOI:10.18957/rr.8.1.149
2018B5060 / BL16XU

藤井 景子,吉木 昌彦,加藤 侑志,ブヤンダライ アルタンサルガイ

Keiko Fujii, Masahiko Yoshiki, Yushi Kato, Buyandalai Altansargai

(株)東芝

Toshiba Corporation

Abstract

 省電力化および高速動作が可能な次世代磁気抵抗メモリ、VoCSM (電圧制御型スピントロニクスメモリ、Voltage-Control Spintronics Memory) の開発が行なわれている。VoCSM は電圧によって磁気異方性が変化する VCMA (Voltage Control Magnetic Anisotropy) 効果を書き込み手段に用いている。この効果の発現メカニズムとして、理論上では、絶縁層と磁性層の界面に存在する電荷が寄与すると考えられている。これを確認するため、電圧印加硬X線光電子分光法 (HAXPES; Hard X-ray Photoelectron Spectroscopy) による非破壊での深さ方向電位解析を試みた。


Keywords:硬X線光電子分光法、HAXPES、電圧印加、オペランド、深さ方向分析


背景と研究目的:

 電流駆動書込み方式の MRAM(磁気抵抗メモリ)は書込み電流によるジュール発熱が生じるなど、メモリ動作時における消費電力の低減には限界があることが課題となっている。これらの背景から、電圧駆動型の次世代磁気抵抗メモリ “VoCSM” の開発が行なわれている[1]。VoCSM は選択書込みをしたいセルに電圧を印加することでセル下部の電極層に電流が流れ、複数ビットを一括および選択的に書き込みできることから、高速かつ省電力な不揮発性メモリとして期待されている。VoCSM は書き込み手段として電圧によって磁気異方性が変化する VCMA 効果を用いており、これまでに MgO/CoFe/Ir の構成を持つ薄膜で高い VCMA 効果が観測されている[2]。この効果の発現メカニズムとして、理論上では MgO 絶縁層/磁性層を挟む上下の電極層間に電圧を印加することでスピン反転に必要なエネルギーが変化し、これには MgO 絶縁層/磁性層界面に生じる電荷が寄与する[3]という予想はされているが、現在のところ確定していない。

 このメカニズム解明の手がかりを得る手段として、VoCSM 動作時と同様に電圧印加した状態での HAXPES 実験が挙げられる。検出深さの大きな HAXPES により非破壊で深さ方向の電位分布を調べることができると考えた。界面電荷がある場合、電位分布の電圧極性依存性を調べることで、正電圧と負電圧を印加した際の光電子スペクトルのピークシフト量が非対称になることが予想される。

 VoCSM 素子に対して電圧印加 HAXPES 測定をするためには、素子の抵抗が小さく高い電圧を印加できないこと、配線の許容電流の制限から素子面積を大きくできず測定感度が低くなること、素子面積を小さくした場合に配線とのコンタクトをどう取るかといった課題を解決する必要がある。我々はこれらの問題に対して対策を講じた試料を作製し、電圧印加条件下での HAXPES 測定を行った。

 

実験:

 VoCSM は Ta(3 nm)/MgO/CoFe(2 nm)/Ir(10 nm)/Cr(10 nm)/MgO(3 nm)/CoFeB(2 nm)/Ta(3 nm)/SiO2/Si 基板の構造を持つ。BL16XU(サンビーム ID)の HAXPES 装置[4]で電圧印加測定を行う場合の許容電流は 2 A であるが、VoCSM の実素子の素子抵抗は 1 kΩ/μm2 程度で、電極のサイズを 1 mm 角にした場合でも動作電圧 ±1 V 印加時に流れる電流は 1000 A となる。そこで、MgO 障壁層を従来の 3 nm から 10 nm にして高抵抗化するとともに、上部の Ta 電極から CoFe 層までを HAXPES の 0.05 ×3.6 mm のライン状の分析領域に合わせた形状にして電極面積を小さくした。ただし、測定時の位置合わせが難しくなるため、幅と長さが異なる電極パターンに加工した試料を作製した。極細な形状の電極に配線をコンタクトするために、Ta 電極と Ir 層に Au 電極を形成している(図1)。

 

     

  図1.電圧 HAXPES 測定用に作製した試料の概要(左:断面図、右:上面図)

 

 この試料を電圧印加用のホルダーに設置し(図2)、電圧印加 HAXPES 測定を行った。Ta 電極パターンについては、実測値で 0.1×2.4 mm であるパターンCの素子で最も良い測定感度が得られたため、これを用いることとした。電圧は Ir 層を GND(装置に接地)として Ta 電極層に -2.0 V から +2.0 V の範囲で印加し、各層から放出される Au3d5/2、Ta4f、Mg1s、Co2p3/2、Ir3d5/2 ピークを測定した。このときの励起エネルギーは 7947.42 eV(Au4f7/2ピークで較正)、光電子検出角は 89 度、パスエネルギーは 200 eV、スリット curved 0.5 mm で、全エネルギー分解能は 0.25 eV である。

 

    

 図2.電圧 HAXPES 測定用試料ホルダーに設置した作製試料

 

結果および考察:

 印加電圧が ±1 V 以上では試料周りの電界の乱れによるスペクトルの変形が顕著だったため、±1 V 以下のデータで、さらにスペクトル形状が一定と見なせる 0.05×0.4 mm 分の領域を抽出して解析を行った。

 電圧印加 HAXPES 測定における電流-電圧特性を図3に、得られた光電子スペクトルを各ピーク面積で規格化したものを図4に示す。1.0 V 印加時の電流値は 40 mA 以下と予想よりもかなり小さく、素子部以外で電圧が降下している可能性がある。また、各ピークのシフト量の電圧依存は異なっており、深さ方向で電位が変化していることを示している。

 

    

   図3.電圧印加 HAXPES 用素子構造での電流-電圧測定 (パターンC)

 

 

    図4.電圧印加時における各元素の光電子スペクトル

 

 MgO 障壁層の電位を反映する Mg1s ピークでは形状変化が見られるが、ピーク形状の電圧依存のシミュレーションによると少なくとも ±2 V 以上を印加しないと極性依存を判別できないこと、また予想と異なり 0 V よりも -1 V の方が半値幅が小さく、電界乱れの影響が除去しきれていない可能性があるため、ピーク形状による詳細な解析は行えなかった。

 次に、図4の印加電圧に伴いシフトしたスペクトルについて、各元素の印加電圧が 0 V におけるピーク位置からのシフト量を図5の左図に、GND として用いた Ir のシフト量を基準に求めた、各元素の相対ピークシフト量を図5の右図に示す。図5の左図 Au3d2/3 の相対ピークシフトから、設定した電圧値通りに Ta 電極側の Au パッドに電圧が印加されているが、Ta 電極までの間に電圧降下が生じている。これは Ta の酸化によるものと推定され、2度目に測定した際にさらに Ta のピークシフトが小さくなり、電圧降下が大きくなっていたことから、Au/Ta 界面の側壁から酸素が侵入して界面に広がりながら酸化膜が形成されていると考えられる。

 これを防ぐ方法として、電極側壁への酸化防止膜の追加などが考えられる。

 

   

                図5.電圧印加によるピークシフト

     (左:各元素の 0 V でのピーク位置からのシフト量、右:Ir 基準からの相対シフト量)

 

 図5の右図から、元素によって異なるシフト量が得られ、Ir 層でも酸化によるものと考えられる電圧降下が見られた。また、±1.0 V 印加時における Ta 電極への実効電圧は ±0.4 eV で、Mg1s のシフト量は ± 1.0 V 印加時に ±0.2 eV 程度となり、今回のデータからは正電圧印加時と負電圧印加時でほぼ対称であることが分かった。一見 Mg1s のピークシフト量が正電圧側と負電圧側で非対称のようにも見えるが、Ir のピークシフトを差し引く前の図5の左図では対称であるため、Ir スペクトルのピークの読み取り値の誤差の範囲内で、シフトが対称になると考えられる。界面電荷が生じている場合は非対称なピークシフト量になると予想されることから、界面電荷は存在していない、もしくは存在している場合でも、極性が異なる電圧印加時における界面電荷の影響は少なくとも 0.07 eV 以下であることが分かった。ただし、実デバイスでは ±1.0 V の電位が印加されることから、実効電圧を ±1.0 V まで印加できれば結果が変わる可能性がある。

 

まとめ:

 VoCSM の VCMA 効果発現のメカニズムを解明するため、電圧印加 HAXPES による非破壊での深さ方向電位分布解析を試みた。HAXPES 装置の仕様に合わせて素子抵抗や電極面積などを設計した試料を作製し、±1 V の範囲で電圧印加測定ができることを確認した。取得した光電子スペクトルから各元素のピークシフトを求めた結果、MgO 層の電位に極性依存は見られなかったことから、界面電荷は存在していない、もしくは存在している場合でもその影響は小さいと考えられる。

 なお、この研究の一部は、内閣府の革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)の支援を受けて行ったものである。

 

参考文献:

[1] T. Inokuchi et al., Appl. Phys. Lett., 110, 252404 (2017).

[2] Y. Kato et al., Appl. Phys. Express, 11, 053007 (2018).

[3] W. Kang et al., IEEE Trans. Nano., 16, 387 (2017).

[4] 吉木昌彦, サンビーム年報・成果集, 4, 14 (2014).

 

 

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(Received: March 30, 2019; Accepted: December 16, 2019; Published: January 22, 2020)