Volume8 No.1
SPring-8 Section A: Scientific Research Report
新規層状オキシカルコゲナイドの結晶構造解析
Structural Analysis of Novel Layered Oxychalcogenides
東京大学 物性研究所
Institute for Solid State Physics, The University of Tokyo
- Abstract
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層状オキシセレナイド La2Fe2Se2O3 および LaCuSeO を交互に積層した新物質 La4Fe2+xCu2–xSe4O5 (x = 0.5、1.0、1.5)の合成に成功した。ヘテロ構造の形成に伴う物性の変化が期待されたが、同物質の磁性は La2Fe2Se2O3 と比べてほぼ変化がなかった。この起源を探るべく粉末X線構造解析を行った結果、x の増大に伴い Cu サイトの欠損が生じ占有率が低下することが明らかとなった。また Fe サイト周囲の結合距離や結合角は x に依らず La2Fe2Se2O3 とほぼ同等であったことから、積層化によっても磁気相互作用がほぼ変化せず同様の磁性を示すと考えられる。
Keywords: オキシセレナイド、結晶構造解析、Intergrowth 化合物
背景と研究目的:
層状オキシセレナイド La2Fe2Se2O3 は、La2O2 層と Fe2Se2O 層が交互に積層した層状化合物であり(図1左)、TN = 89.1 K の反強磁性体である。Fe 周囲の特異な複合アニオン配位に由来して磁気構造はノンコリニアで 2–k 構造と呼ばれる非常にユニークなものである[1-3]。一般に磁気構造は電子状態や各原子間の結合長、結合角に依存して複雑に変化することから、元素置換等によって磁気相互作用を制御することで、さらなるユニークな磁気構造の形成が期待される。異なる物質AおよびBを接合させたヘテロ構造の形成は、A-B 間の電荷移動やヘテロ構造の形成に伴う構造緩和を生じることから、元素置換とは異なる方法で物性の制御が可能である。我々はこのヘテロ構造の形成に着目し、La2Fe2Se2O3 と非磁性の半導体である LaCuSeO(図1中)を交互に積層させた新規 intergrowth 化合物を合成した(図1右)。当初の目的組成は La4Fe2Cu2Se4O5 であったが、Cu を一部 Fe で置換した La4Fe2+xCu2–xSe4O5 (0.5 ≤ x ≤ 1.5)の仕込み組成の場合のみ intergrowth 化合物の生成を示唆するX線回折(XRD)パターンが得られた。Intergrowth 構造の形成によって、磁性を担う Fe2Se2O 層の間には Cu2S2 層が入り込む。そのため Fe2Se2O 層の層間距離が La2Fe2Se2O3 の場合の ~9Å から ~18Å へと大幅に伸張し、層間の磁気相互作用が弱まることによる磁気転移温度の低下が期待される。しかし予想に反して La4Fe2+xCu2–xSe4O5 の磁化率は、いずれの組成も La2Fe2Se2O3 とほぼ同様の温度依存性を示した。磁気転移温度は x = 0.5、1.0、1.5 でそれぞれ 88.1 K、87.6 K、88.6 K と x 依存性がきわめて小さく、また La2Fe2Se2O3 の磁気転移温度とほぼ同じであった。このことは層間相互作用がきわめて小さいことを意味し、Fe2Se2O 層の磁性が高い二次元性を有することを示唆する。La4Fe2+xCu2–xSe4O5 における磁気相互作用に影響をもたらすものとして、他には intergrowth 化による Fe 周囲の結合距離や結合角の変化、および一部の Cu+ が Fe2+ または Fe3+ で置換されることによるキャリアドープなどが考えられる。La4Fe2+xCu2–xSe4O5 の磁性を理解するためにはこれらの影響を解明する必要があり、そのためには精密な結晶構造解析が必須である。本研究では La4Fe2+xCu2–xSe4O5 (x = 0.5、1.0、1.5)の精密な結晶構造解析を行うことを目的とした。
実験:
La4Fe2+xCu2–xSe4O5 (x = 0.5、1.0、1.5)の多結晶試料は一般的な固相反応法によって得た。SPring-8 における実験はビームライン BL02B2 にて行い、ビームラインに設置された大型 Debye-Scherrer カメラでイメージングプレートを用いて回折パターンを測定した。試料はよく磨り潰して均質な粒径に整えた後、φ0.3 mm のガラスキャピラリーに封入したものを用い、選択配向の影響を低減すべく試料を回転させながら、室温においてX 線波長 0.4 Å で測定を行った。得られたXRDパターンは、図1右に示す La2Fe2Se2O3 および LaCuSeO の積層構造を構造モデルに用いて Rietan-FP[4]によってリートベルト解析を行った。
図1. (LaO)2Fe2Se2O、LaOCuSe および両者の intergrowth 化合物 La4Fe2Cu2Se4O5 の結晶構造
結果および考察:
La2Fe2Se2O3 および LaCuSeO の積層構造をモデルとして x = 0.5、1.0、1.5 の放射光 XRD のデ–タに対してリートベルト解析を行った。x = 0.5 の試料における XRD プロファイルを、リートベルト解析によってフィッティングした結果を図2に、精密化した構造パラメータを表1に示す。XRD では、Cu と Fe の原子散乱因子が非常に近く、Cu サイトに固溶した Fe や Fe サイトに固溶した Cu を識別して解析を行うことは困難である。そのため、Cu サイトは Cu のみ、Fe サイトは Fe のみで占有されるとして解析を行った。いずれの組成においても全てのサイトの占有率を精密化したが、Cu サイトを除いてほぼ1に収束したため Cu サイト以外は最終的に占有率を1で固定した。x = 0.5 の試料に対する解析は Rwp = 3.478%、Rp = 2.358% とよく収束した。一方、x = 1.0 では回折ピークが異方的なブロードニングを示しており、部分プロファイル緩和を利用しても Rwp = 6.337%、Rp = 4.168% と x = 0.5 と比べやや信頼度の低い結果となった。回折ピークのブロードニングは、層状化合物にしばしば見られる積層欠陥に由来するものと考えられる。x = 1.5 のプロファイルには Fe 単体由来の微弱な回折ピークが観測されたものの、x = 1.0 で見られた回折ピークの異方的ブロードニングはほとんど見られなかったことから、Fe 単体を含めた2相解析を行うことで Rwp = 4.836%、Rp = 2.965% と x = 0.5 と同様によく収束した。なお、2相解析によって見積もられた Fe 質量分率は 4.9 質量%であった。
図2. x = 0.5 における XRD プロファイルおよびフィッティング結果
Atom | Site | G | x | y | z | 100Uiso |
La1 | 4e | 1 | 0 | 0 | 0.09497(2) | 0.31(2) |
La2 | 4e | 1 | 0.5 | 0.5 | 0.16263(2) | 0.27(2) |
Fe | 4c | 1 | 0.5 | 0 | 0 | 0.75(5) |
Cu | 4d | 0.894(5) | 0.5 | 0 | 0.25 | 1.62(8) |
Se1 | 4e | 1 | 0 | 0 | 0.20937(4) | 0.80(3) |
Se2 | 4e | 1 | 0 | 0 | 0.04970(4) | 0.44(3) |
O1 | 2a | 1 | 0 | 0 | 0. | 2.2(3) |
O2 | 8g | 1 | 0 | 0.5 | 0.1298(2) | 0.7(1) |
リートベルト解析から見積もられた Cu サイトの占有率は x = 0.5 のとき 0.894(5) であり、約 10% の欠損が Cu サイトに存在することが明らかとなった。x = 1.0 および x = 1.5 のとき Cu サイト占有率は、それぞれ 0.80(2)、0.556(6) と見積もられ、x が増大するに従い Cu サイトの占有率は減少する傾向を示した。XRD では Fe および Cu の区別は困難であるため、この結果から得られる組成は La4(Fe,Cu)4–ySe4O5 と表せ、仕込み組成 x = 0.5、1.0、1.5 のときそれぞれ y = 0.21、0.40、0.89 となる。EDX による組成分析からは、それぞれ y = 0.30、0.50、0.83 と見積もられ、構造解析により決定された値と良く整合した。一般に Fe は Se に四面体配位されている場合2価を好むことから、x の増大に伴う Cu サイトの欠損量増大は、Cu+ を Fe2+ が電荷中性を保つようにサイトに欠損を生じながら置換した(2Cu+ → Fe2+ + VCu)ためと考えられる。このとき Fe の固溶に伴うキャリアドープは生じない。
構造解析の結果から得られた La4Fe2+xCu2–xSe4O5 の Fe 周囲の結合距離、結合角を La2Fe2Se2O3 と比較したものを表2に示す。La4Fe2+xCu2–xSe4O5 の各結合長、結合角はいずれも La2Fe2Se2O3 とほぼ同じであることから、Fe2Se2O 層面内の磁気相互作用は La2Fe2Se2O3 と比べて大きな変化が無く、そのため転移温度もほぼ同等であったと考えられる。磁気相互作用や磁気転移温度への影響が極めて小さかったことから、La4Fe2+xCu2–xSe4O5 の磁気構造は La2Fe2Se2O3 と同じ 2–k 型を取ると予想される。
化合物 | a (Å) | Fe-Fe (Å) | Fe-O (Å) | Fe-Se (Å) | Fe-Se-Fe (°) |
La2Fe2Se2O3[1] | 4.083 | 2.887 | 2.041 | 2.706 | 97.9 |
x = 0.5 | 4.081 | 2.885 | 2.040 | 2.718 | 97.3 |
x = 1.0 | 4.083 | 2.888 | 2.042 | 2.729 | 96.9 |
x = 1.5 | 4.084 | 2.888 | 2.042 | 2.726 | 97.0 |
今後の課題:
x = 1.0 の試料は回折ピークの異方的なブロードニングを示したため、高い精度の解析は行うことが出来なかった。今後、試料の高品質化を行うことが必要である。また一般に XRD によって Cu および Fe は散乱因子が近いことから区別が困難である。そのため本研究では Cu および Fe のサイト間固溶は考えずに、それぞれのサイトの占有率のみを考えた。しかし得られた新物質の物性を理解するためには、両者がどの程度固溶しているのかについてもきちんと決定することが重要である。今後、吸収端近傍の異常散乱を利用することや中性子を用いた回折実験から精密構造解析を行うことで、すべての元素の原子位置や占有率を精密に決定することが可能となり、同物質の物性の詳細が明らかになると期待される。
参考文献:
[1] Mayer, J. M.et al., Angew. Chem. Int. Ed., 31, 1645 (1992).
[2] Gunther, M. et al., Phys. Rev. B, 90, 184408 (2014).
[3] McCabe, E. E. et al., Phys. Rev. B, 89, 100402 (2014) .
[4] Izumi, F., Momma, K. Solid State Phenom., 130, 15 (2007).
(Received: September 26, 2019; Early edition: November 28, 2019; Accepted: December 16, 2019; Published: January 22, 2020)