SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume8 No.1

SPring-8 Section C: Technical Report

X線屈折レンズとKBミラーによる二段階ナノ集光光学系の開発
Development of a Tandem Nano-Focusing Optics with X-ray Refractive Lens and Kirkpatric-Baez Mirror

DOI:10.18957/rr.8.1.154
2014A1889 / BL39XU

鈴木 基寛, 河村 直己, 水牧 仁一朗, 大沢 仁志, 宇留賀 朋哉

Motohiro Suzuki, Naomi Kawamura, Masaichiro Mizumaki, Hitoshi Osawa, Tomoya Uruga

(公財)高輝度光科学研究センター

JASRI

Abstract

 硬X線ナノビームによる顕微 XAFS/XMCD 測定の効率向上のため、BL39XU に二段階集光光学系を構築し、高フラックスの集光ビームを得るための開発を行った。X線屈折レンズと KB ミラーによる二段階集光光学系の概要、レイトレーシングによる光学系の評価、屈折レンズ素子の特性および実験で得られた集光ビーム性能について報告する。二段階ナノ集光光学系により、ビームサイズ 109(垂直)×136(水平) nm2 (半値幅)、光子フラックス 6×1010 photons/s の集光X線ビームが得られた。集光サイズは KB ミラーのみによる既存の光学系と同等であり、フラックスは10倍の向上がみられた。ただし、垂直方向の集光ビーム形状は非対称であり、全幅で 600 nm 程度の裾野が重畳している。屈折レンズの収差評価等による原因解明と、集光ビーム形状の改善が今後の課題である。


Keywords: X線ナノビーム、集光素子、顕微XAFS、顕微XMCD


背景と研究目的:

 BL39XU では、サブミクロンサイズのX線ビームによる走査型顕微 XAFS/XMCD イメージング、および微小試料の局所磁気解析が共同利用に提供されている。Kirkpatric-Baez 配置のX線集光鏡 (KB ミラー) による最小の集光ビームサイズは 120 (垂直)×100 (水平) nm2 であり、この集光スポット中に 109 photons/s 台後半の光子数が得られている[1, 2]。より高度な測定を行うには、100 nm の集光径を維持したままさらなる光子数の増大が必要である。具体的な目標として光子数を1桁向上させることができれば、ナノビームと時間分解測定を組み合わせた顕微・時分割 XAFS/XMCD 法の開発や、厚さ数 nm の磁性薄膜をベースとする磁気媒体の局所磁気解析、さらには時分割測定が可能となる。

 本研究では、既存のKBミラーの前段にX線用の屈折レンズを導入することで、二段階のナノ集光光学系を構築した。従来の光学系よりも集光効率を高めることで、100 nm の集光ビームサイズを維持したまま試料位置での光子フラックスを向上させることを目的とした。二段階集光光学系による明るい 100 nm 集光ビームの利用を可能とすることで、顕微・時分割 XAFS/XMCD 測定の実現可能性が高まることが期待される。

 

方法:

 図1(a)に既存の BL39XU のナノ集光光学系を示す[1, 2]。現状では、アンジュレーター光源から 38 m (KB ミラー上流 38 m) の位置に仮想光源スリットを設置し、このスリットの像を KB ミラーで試料位置に縮小投影している。KB ミラーによる幾何光学的縮小比は 1/78 (垂直)、1/181 (水平) であり、仮想光源スリット開口を8 (垂直)×18 (水平) µm2 とすることで、光源から 76.46 m の試料位置で上記の 100 nm 径の集光ビームが得られる。仮想光源スリットに入射するX線のビームサイズは 600×600 µm2 (半値全幅; FWHM) であるため、スリットを透過して KB ミラーに到達するX線強度は元の強度のわずか 1/2500 である。このため、Si 111 モノクロメータ直後では 1013 photons/s 台のフラックスが得られるにもかかわらず、100 nm 集光ビームのフラックスは 109 photons/s 台にとどまっている。

 

   

図1. BL39XUのX線ナノ集光光学系。(a) KBミラー単体による集光(既存)、(b) 屈折レンズとKBミラーによる二段階集光(本研究)。

 

 そこで本研究では、図1(b)のような二段階集光光学系を構築した。大きな開口をもつX線屈折レンズを、第一実験ハッチ内の光源から 46.5 m の距離に設置した。Si 111 モノクロメータからの単色X線を効率よく屈折レンズで受け、屈折レンズ下流 4 m の位置に設置された仮想光源スリット上に初段の集光を行う。つづいて第二実験ハッチ内の KB ミラーにより仮想光源スリットの像を試料位置に集光する。このような二段階の集光光学系を構築することで、仮想光源スリットを透過するフラックスが増大し、KB ミラーで受光できるX線強度が大きくなる。最終的には試料位置での集光ビームの強度が増大することが期待される。

 屈折レンズには、エポキシ樹脂を LIGA プロセスによって凹面形状に微細加工した素子 (ドイツ・カールスルーエ技術研究所製) [3] を用いた。表1に屈折レンズ素子の設計仕様を示す。開口サイズは 215×215 µm2 であり、入射するX線強度の 13% を取り込むことができる。設計X線エネルギーである 11.6 keV において、作動距離 (屈折レンズ〜集光点間の距離) は約 3.7 m である。

 

表1 X線屈折レンズ素子の仕様
材質 エポキシ樹脂 SU-8
レンズ枚数 2(垂直集光用)+2(水平集光用)
設計X線エネルギー (keV) 11.6
作動距離 (mm) 3683±50
開口 (µm2) 215(垂直)×215(水平)

 

 実験に先立ち、図1(b)の二段階集光光学系による集光効率の向上を、光線追跡計算(レイトレーシング)によって評価した。なお、レイトレーシングでは幾何光学計算をベースにしており、光学系の回折限界は考慮していない。後に述べる実験条件と同じく、X線のエネルギー 12.2 keV、アンジュレーターの光源サイズ 5.5 (垂直)×275 (水平) µm2 (rms)、フロントエンドスリット開口 0.5×0.5 mm2 という条件のもと、1×106 本の光線本数に対して計算を行った。図2(a)に示すのは、屈折レンズによって仮想光源スリット位置に集光されるX線ビームの形状である。1.1 (垂直)×50 (水平) µm2 (FWHM) の集光ビームが得られた。この集光サイズの値は光源サイズと屈折レンズ集光系の幾何光学的縮小比から考えて妥当である。

 

   

図2. 光線追跡計算 (レイトレーシング) による集光ビーム形状のシミュレーション結果。(a) 屈折レンズによる集光ビーム、(b) 屈折レンズと KB ミラーによる二段階集光ビーム、(c) 既存の光学系での KB ミラー単体による集光ビーム。

 

 仮想光源スリットの開口を 5 (垂直)×12 (水平) µm2 とした場合に、後段の KB ミラーによって試料位置に二段階集光されたビーム形状を図2(b)に示す。得られる集光サイズは 18 (垂直)×93 (水平) nm2 (FWHM) である。屈折レンズの透過率をも考慮した光学系全体のスループットは 1.8% と見積もられた。

 一方、従来の KB ミラーのみによる集光光学系 [図1(a)]による試料位置での集光ビーム形状のレイトレーシングによる結果を図2(c)に示す。仮想光源サイズは 8 (垂直)×18 (水平) µm2 として計算を行っており、この条件で 97 (垂直)×94 (水平) nm2 の集光ビームが得られる。光学系全体のスループットは 0.13% と見積もられた。

 このレイトレーシングの結果から、集光ビームサイズは、水平方向に関しては KB ミラー単体でも二段階集光でもほぼ同じであるが、垂直方向に関しては KB ミラー単体では 97 nm であるのに対して、二段階集光ではより小さい 18 nm のビームサイズが得られると期待される。また、光学系のスループットは二段階集光の方が14倍高い。よって、二段階集光では、より小さい集光スポット中に高いフラックスの集光ビームが得られることが期待される。

 

実験:

 実験では、屈折レンズおよび仮想光源スリットを、第一実験ハッチ内の光源から 46.5 m、および 50.5 m の位置にそれぞれ設置した。X線エネルギーは 12.2 keV とし、モノクロメータの反射面は Si 111 を用いた。

 図3に、シリコン製の基板上に作製された屈折レンズ素子の写真を示す。空気によるX線の減衰を防ぐために専用の真空チェンバーを製作した。写真は真空チェンバー内のパルスモーターステージ上に素子が取り付けられている様子である。多数のレンズ素子が水平方向に並べられており、列ごとに素子の枚数が異なる。X線のエネルギーに応じてパルスモーターステージで基板をX線に対して並進させることで、素子の枚数を選択する。チェンバー内には素子の上下、左右方向の並進とともに、素子の角度を調整するための2軸の傾斜ステージが設置されている。本実験ではレンズ枚数2枚の素子 (基板の上から3列目) を使用した。

 

   

  図3. 真空チェンバー内に設置された屈折レンズ素子。

 

結果および考察:

 最初に、屈折レンズによって仮想光源スリット位置に形成された、光源の縮小像の大きさをナイフエッジスキャンによって評価した。図4(a), (b)に結果を示す。測定されたビームサイズは 4.0 (垂直)×76 (水平) µm2 であった。この値は、レイトレーシングによる値 1.1 (垂直)×50 (水平) µm2 よりも大きい。その原因は屈折レンズの収差によるものと考えられる。しかし、仮想光源スリットに効率的にX線を集める効果は期待できる。

 

   

図4. (a), (b)屈折レンズによる集光ビーム形状。図中の矢印は半値幅 (FWHM) を示す (a) 水平方向 半値幅 76 µm、(b) 垂直方向 半値幅 4.0 µm。(c), (d) 二段階集光光学系による集光ビーム形状 (c) 水平方向 半値幅 136 nm、(d) 垂直方向 最も絞られた部分の幅 (矢印) は109 nm。

 

 つづいて、第二実験の KB ミラーで第一ハッチの仮想光源スリットの像を集光した。このとき、仮想光源スリットの開口を 4.8 (垂直)×12 (水平) µm2 とし、光学系の縮小比から 100 ×100 nm2 の集光ビームサイズを形成できる開口値とした。KB ミラー直前のスリットの開口サイズは 1.0 (垂直)×0.7 (水平) mm2 とした。Au ワイヤーを用いたナイフエッジスキャンにより測定した、集光ビームの形状を図4(c),(d)に示す。水平方向の集光ビーム [図4(c)] は対称的な形状を示し、半値幅は 136 nm であった。一方で、垂直方向 [図4(d)] の集光ビームでは最も細い部分の幅は 109 nm に絞れているものの、ビーム形状は非対称であり、幅 600 nm 程度の裾野が重畳している。KB ミラーの入射角を調整しても、この非対称な形状は改善されなかった。KB ミラーのみの光学系では、このような上下非対称な集光ビーム形状は観測されなかったことから、屈折レンズが非対称なビーム形状の主な原因であると考えられる。屈折レンズの加工精度や収差によって、ビームのコヒーレンスが低下している可能性がある。

 Si PIN フォトダイオードで KB ミラー反射光の強度を測定し、集光ビームのフラックスを 6×1010 photons/s と見積もった。この値は従来の光学系である KB ミラー単体による 100 nm 集光ビームのフラックス (6.2×109 photons/s) [2]と比べて、およそ10倍向上している。集光効率の向上度合いは、レイトレーシングによるスループットの比較結果とおおむね一致した。

 

まとめと今後の課題:

 屈折レンズと KB ミラーを組み合わせた二段階集光光学系により、集光効率が向上することを実証した。水平方向の集光については従来の光学系とほぼ同等の 136 nm の集光ビームサイズが得られた。一方で、垂直方向の集光については、集光ビームの最も細い部分では 109 nm に絞れているものの、全体のビーム形状としては非対称で裾の広い形状となった。垂直方向の集光ビーム形状を改善し、ビームの裾野を減少させるように光学系を改良することが今後の課題である。そのためには、屈折レンズの形状誤差や材料密度の誤差の影響を調査し、原因を屈折レンズメーカーにフィードバックしていくことが必要となる。具体的な方法として、屈折レンズ透過光の遠視野像の形状測定による収差の評価が考えられる。屈折レンズの焦点距離や集光条件などの光学特性はX線の波長によって変化する。そのため、顕微 XAFS や顕微 XMCD 測定への二段階集光光学系の導入にあたっては、利用するX線の波長(X線エネルギー)領域において最適なレンズ枚数の選択と、光学系の最適化が課題となる。

 本課題の実施後、JASRI 光源・光学系グループによって KB ミラー装置のミラー配置の最適化が行われ、KB ミラー単体での集光によって 1011 photons/s 台の高フラックス 100 nm 径集光ビームが得られるようになった[4]。本報告書の時点ではこの改良型の KB ミラーによる一段階集光が最適な方法と考えられる。一方で、二段階集光光学系では、光学系の最適設計を行うことで、小さい集光ビームサイズを維持したまま長い作動距離を確保できる利点がある。長い作動距離が得られれば、試料周りに広いスペースが利用可能となり、オペランド条件や外場を用いた実験の自由度が向上する。また、二段階集光光学系は、近い将来、SPring-8 次期計画によって蓄積リングが低エミッタンス化され、水平方向の光源サイズが縮小された条件では、より効率の高い集光光学系となることが期待される。したがって、今後も検討を行う意義があると考える。

 

参考文献:

[1] M. Suzuki et al., J. Phys. Conf. 430, 012017 (2013).

[2] T. Koyama et al., Proc SPIE 8139, 81390I (2011).

[3] A. Last, “Refractive X‐Ray Lenses Produced by X‐Ray Lithography. In LIGA and Its Applications”, eds. O. Brand et al., (2009). doi:10.1002/9783527622573.ch9

[4] 湯本博勝 他, “液体窒素冷却シリコン二結晶分光器の安定化とKBミラー集光光学系の高強度化に関する評価”, 課題番号2016A1839, SPring-8/SACLA 利用研究成果集 8, 167 (2020).

 

”creative

 

(Received: September 20, 2019; Early edition: October 30, 2019; Accepted: December 16, 2019; Published: January 22, 2020)