SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume8 No.1

SPring-8 Section A: Scientific Research Report

X線マイクロビーム構造解析法による溶液成長させたエピタキシャル単結晶の構造解析
X-ray Micro-Beam Crystal Structure Analyses of the Epitaxial Growth Single Crystals from Solutions

DOI:10.18957/rr.8.1.58
2016A1270 / BL40XU

鳥海 幸四郎a, 安田 伸広b, 國森 彩乃a, 小澤 芳樹a

Koshiro Toriumi a, Nobuhiro Yasuda b, Ayano Kunimori a, Yoshiki Ozawa a

a兵庫県立大学, b (公財)高輝度光科学研究センター

aUniversity of Hyogo, bJASRI

Abstract

 発光色の異なる同形の Cu(I) と Ag(I) の六核金属錯体の組み合わせについて、Cu(I) 錯体の基板結晶表面に Ag(I) 錯体をクロロホルム溶液から結晶粒として成長させた試料に、X線マイクロビームを照射して回折像を測定し、表面結晶粒と基板結晶の方位測定と単結晶構造解析を行った。その結果、それぞれ既知構造と一致し、測定した4つの表面結晶粒と基板結晶の結晶方位が、1つの結晶粒を除いて、4.4˚ 以内で一致することを明らかにした。


Keywords: 放表面結晶、界面構造、エピタキシャル成長、単結晶X線構造解析、X線マイクロビーム、発光性多核金属錯体


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背景と研究目的:

 デバイスの軽量化や省資源などを考えると、単結晶多層膜の作製技術の確立が望まれる。近年分子メモリなどの分子デバイス、機能性材料として注目されている金属錯体は、多様な酸化還元特性やスピン状態、発光性や電気伝導性などの興味深い物性を示すが[1-4]、電荷や極性を持ち熱的に不安定であることが多く、気相エピタキシー法などの利用は困難と考えられる。このため、溶液からのエピタキシャル成長法により多層膜単結晶を作製する方法が有効な手段として期待される。エピタキシャル成長では、膜結晶は基板結晶の表面から成長するため、膜‐基板界面での分子間相互作用により、バルクの結晶とは異なる結晶構造の生成も期待される。

 最近、Cu(I) および Ag(I) をそれぞれ含む発光性多核金属錯体の組み合わせについて、溶液からのエピタキシャル成長法により、紫外線照射により赤色発光する Cu(I) 錯体の基板結晶の表面上に、同形の黄緑色発光する Ag(I) 錯体の微小結晶粒を整列させて成長させることに成功した。偏光顕微鏡観察等により、微小結晶粒は単結晶であり、基板結晶と表面結晶粒の結晶方位および表面結晶粒同士の結晶方位は一致していることが示唆された[5]。このため、基板結晶と表面結晶の界面での構造の整合性、膜結晶の詳細な結晶構造などを明らかにするため、さらに SPring-8 からの高輝度X線マイクロビームを用いてどの程度の大きさの薄膜結晶の構造解析ができるかを明らかにするため、表面結晶粒の方位測定および結晶構造解析を目的としてX線回折実験を行った。

 

実験:

 測定には、目的試料を含む溶液中に基板結晶を入れて、基板結晶表面に目的試料をエピタキシャル成長させて得られた試料を用いた。試料は、紫外光照射により赤色発光する銅(I)六核錯体 [Cu6(Me-pyt)6] を基板結晶として、基板結晶と同形で黄緑色発光する銀(I)六核錯体 [Ag6(Et-pyt)6] をクロロホルム溶液から減圧濃縮してエピタキシャル成長させたもので、黄緑色発光する微小な銀(I)錯体結晶が基板結晶表面に成長した試料である[6]。エピタキシャル成長の温度等の結晶成長条件を変えて作製した試料の中で、平滑な結晶面を持つ大きさ約 40 μm、厚さ 12 μm のひし形板状晶の表面結晶粒が、大きさ約 100 μm のひし形板状の基板結晶表面に7個整列して成長した試料1a(図1a, b)および表面結晶が基板結晶を包み込むように膜状に成長した試料1b(図1c)をそれぞれ測定に使用した。

 

   

図1.試料1aと1bの顕微鏡写真 (a)(c) と UV 照射時の発光状態の顕微鏡写真 (b)

 

 X線回折実験は、SPring-8 BL40XU のピンポイント構造計測装置[7]を用いて、波長 0.78249Å の単色X線を使って室温で行った。基板結晶および表面結晶粒の特定の微小領域にゾーンプレートを用いて集光したX線マイクロビーム(ビームサイズ 1.55×3.36 μm2)を照射して、1軸回転法により CCD 検出器を用いてX線回折像を撮影し、回折X線の方位と強度を測定した。また、基板結晶およびその結晶表面に成長した結晶粒を含む試料全体にX線平行ビーム(ビームサイズ 200×200 μm2)を照射して回折像を測定した。表面結晶粒からの回折点の形状はスポット状であったため、ロッキングカーブ測定等の結晶性評価は行わなかった。

 平滑な結晶面を持つ表面結晶粒が基板結晶表面に成長した試料1a(図1a, b)を選び、ガラスキャピラリーの先端に接着して、試料を1軸回転させながら CCD 検出器で回折像を測定した。試料位置を移動させ、表面の4つの結晶粒または基板結晶のそれぞれに選択的にX線マイクロビームを照射して、各部分からの回折像を測定し、各結晶粒および基板結晶の結晶性および方位を求めた。また、基板結晶および結晶粒1個について、1軸回転法により Δω=3˚ 毎に60枚の回折像をCCD検出器の位置を変えて(2θ=0˚, 25˚)2セット測定し、反射強度を求めて単結晶構造解析を行った。さらに、試料1a、1bそれぞれについて、X線平行ビームを試料全体に照射して回折X線を測定した。

 

表1.試料1aの表面結晶粒と基板結晶の間の結晶方位の角度差(˚)  下図には、X線マイクロビームを照射した位置を×印で示した。表中には、それぞれの回折像から決定された a, b, c 軸方向の間の角度差を示した。なお、Position 4 と 5 は同じ結晶粒上の位置である。基板結晶表面は(10-11)面である。
  Crystal
axes
Position 1 Position 2 Position 3 Position 4 Position 5
Substrate a 3.6 1.2 2.8 31.8 32.0
b 0.4 0.7 1.5 6.5 6.5
c 4.4 1.1 2.8 33.7 33.9
Position 1 a - 2.7 1.0 35.4 35.6
b - 1.0 1.9 6.1 6.1
c - 3.4 2.7 37.9 38.1
Position 2 a   - 1.7 33.0 33.2
b   - 1.2 7.0 7.1
c   - 1.7 34.8 35.0
Position 3 a     - 34.6 34.8
b     - 7.9 8.0
c     - 36.2 36.5
Position 4 a       - 0.3
b       - 0.2
c       - 0.2

  

 

結果および考察:

 試料1aについて、基板結晶およびその表面にエピタキシャル成長した表面結晶粒1個について単結晶構造解析を行った。この結果、基板結晶および表面結晶粒は、すでに報告されているバルクの結晶構造[8, 9]とそれぞれ一致した。また、基板結晶と4つの表面結晶粒のそれぞれの回折像から結晶方位を求め、得られた方位の差を表1に示す。結晶方位の差は、1個の表面結晶粒を除くと 4.4˚ 以内であり、実験誤差を考慮すると結晶方位はほぼ一致している。このため、各表面結晶粒は基板結晶表面にエピタキシャル成長していると考えられる。

 一方、X線平行ビームによる試料1aの回折像(図2a)と試料1bの回折像(図2b)を比較すると、膜状の表面結晶からの回折点にはリング状の広がりが観測され、表面結晶の方位に乱れがあることが示された。

 

  

   図2.試料 1a の回折像 (a) と試料 1b の回折像 (b)

    試料全体にX線平行ビームを照射し、回転角 Δω=10° で測定した。

 

今後の課題:

 基板結晶表面に膜状に成長した結晶試料1bの回折像について、回折点の指数付けができず、表面膜結晶と基板結晶の方位の相関を明らかにすることができなかった。偏光顕微鏡観察から基板結晶と表面結晶の方位が一致することが確認できているが、回折法を用いたより精度の高い方位の決定法が期待される。また、溶液からの基板結晶表面への単結晶薄膜の作製に関しては、結晶作製条件のより一層の検討が期待される。実用材料の視点からは、表面結晶粒ではなく薄膜単結晶が望ましい。しかし、表面結晶の作製温度を高くして膜結晶を作製した場合、結晶方位の乱れが大きくなった。表面結晶の薄膜化と単結晶化の実現は相矛盾する問題のように思えるが、新たな発想によるブレークスルーが期待される。

 

謝辞:

 本研究は JSPS 科研費挑戦的萌芽研究 25620064 の助成を受けたものである。

 

参考文献:

[1] E. Cariati et al., Coord. Chem. Rev., 306, 566-614 (2016).

[2] Y. Zhang et al., Coord. Chem. Rev., 356, 127-146 (2018).

[3] A. Kobayashi and M. Kato, Chem. Lett., 46, 154-162 (2017).

[4] H. Xu et al, Chem. Soc. Rev., 43, 3259-3302 (2014).

[5] 鳥海幸四郎 他、日本結晶学会 平成27年度年会 (大阪) 要旨集、PB-002 (2015).

[6] Ag(I) 六核錯体 [Ag6(Et-pyt)6] (Hexanuclear 6-Ethyl-2-pyridinethiolatosilver(I)) を溶かしたクロロホルム溶液中(0.3 mmol/L)に、クロロホルムに難溶な同形のCu(I) 六核錯体[Cu6(Me-pyt)6] (Hexanuclear 6-Methyl-2-pyridinethiolatocopper(I)) を種結晶(基板結晶)として入れ、溶液の温度を 12℃〜32℃ に保ちながら6時間〜7日間かけてダイヤフラムポンプで減圧濃縮した。濃縮後、Cu(I) 六核錯体の基板結晶を取り出して、紫外線を照射しながら実体顕微鏡で観察したところ、赤色発光する基板結晶表面上に黄緑色発光する Ag(I) 六核錯体の結晶粒が成長しているのが確認された。

[7] N. Yasuda et al., J. Synchrotron Rad., 16, 352-357 (2009).

[8] 基板結晶 [Cu6(Me-pyt)6] の結晶学的データ:Trigonal, R-3, Z=3, a=12.658(3)Å, c=21.856(5), V=3070.5(6) Å3 [H. Xie, I. Kinoshita, T. Karasawa, K. Kimura, T. Nishioka, I. Akai, and K. Kanemoto, J. Phys. Chem. B, 109, 9339-9345 (2005)]. 文献[5]の格子定数:a=12.6877(14)Å, c=22.025(3)Å.

[9] 表面結晶[Ag6(Et-pyt)6]の結晶学的データ:Trigonal, R-3, Z=3, a=13.434(1)Å, c=23.497(2), V=3685.0(6) Å3 [石田通、木村公洋、小澤芳樹、満身稔、鳥海幸四郎、第58回錯体化学討論会(金沢)要旨集、3Bb-10 (2008)]. 文献[5]の格子定数:a=13.4584(12)Å, c=23.492(2)Å.

 

 

”creative

 

(Received: July 24, 2019; Early edition: October 30, 2019; Accepted: December 16, 2019; Published: January 22, 2020)