Volume1 No.1
Section B : Industrial Application Report
すれすれ入射X線回折による有機半導体薄膜結晶の構造解析
Structure Analysis of Organic Semiconductor Thin Films by Grazing Incidence X-ray Diffraction
ソニー株式会社
Sony Corporation
- Abstract
新規有機半導体peri-Xanthenoxanthene(PXX)誘導体の薄膜結晶について、すれすれ入射X線回折法により、回折強度マップの測定を行った。その結果をもとにして求められた格子定数から、同薄膜結晶は、原料粉末と結晶構造が異なることが分かった。今後PXX誘導体薄膜の結晶性、配向性などを詳細に評価し、移動度との相関について議論する。
キーワード:すれすれ入射X線回折、有機半導体
背景と研究目的:
薄型・軽量という特徴に加えて、曲面など形状に自由度を持たせることで、全く新しい機能を有する表示デバイスとして、フレキシブルディスプレイの研究開発が盛んに進められている。その実現には、基板、発光素子、薄膜トランジスター(TFT)など全ての構成要素を柔軟性のある有機材料で作製するのが望ましい。その中で、ペンタセンに代表される低分子芳香環化合物は、有機TFTの材料として有望視されており、これまで多くの研究がなされてきた。さらに6,13-bis(triisopropyl-silylethynyl)-pentacene(TIPS-Pentacene)[1][2]や新規の有機半導体であるperi-Xanthenoxanthene(PXX)[3]は、真空蒸着だけでなく、スピンコートなどのウエットプロセスで成膜されたものでも高移動度を示しており、製品の特性向上や製造プロセスの簡素化も期待できる。
TFTの性能を決定する重要なパラメータの一つはキャリア移動度であるが、その値は低分子化合物材料では、分子の配列、配向やパッキングに大きく支配される。有機半導体薄膜の結晶構造(分子配列を含む)は、原料粉末とは異なる可能性があることから、有機半導体の薄膜状態において、結晶構造を把握することは移動度の向上を図るうえで基本的に重要なことである。
これまでTIPS-pentacene薄膜について、2009B、2010A、2010B[4]にすれすれ入射X線回折により結晶構造評価を行ってきた。本実験では、有機半導体材料として新たにPXX誘導体を用いた。PXX誘導体を薄膜にした場合の結晶構造は未知であるため、すれすれ入射X線回折測定を行い、薄膜結晶構造の全格子定数の決定を試みた。
実験:
薄膜試料は有機絶縁膜を形成したSi基板上に、PXX誘導体をスピンコートで成膜(膜厚50 μm)したものを用いた。測定試料のサイズは、10 mm×10 mmとした。すれすれ入射X線回折(GIXD)測定はBL19B2に設置された多軸回折装置を用いて行った。試料からの回折X線は、2次元検出器PILATUSの受光面に広開口ソーラースリットを取り付けた擬似1次元検出器により測定した。X線視斜角は0.13°、入射X線エネルギーは12.4 keV、ビームサイズは1.0 mm(H)×0.2 mm(V)、カメラ長は490 mmとし、X線による試料の損傷を低減するために試料周りをHe雰囲気にして測定を行った。検出器側での測定角度範囲はqxy(試料表面平行)方向について2θz:5°~25°(測定角度間隔0.1°、積算時間15 s)、qz(試料表面法線)方向について2θ:0°~11°とした。qz方向については、2θ=3°、8°それぞれで検出器を固定して測定した結果を、適切に接続してデータを取得した。
結果および考察:
Fig.1のPXX誘導体薄膜の回折強度マッピングは、それぞれの2θz角で観察された画像データの2θz方向への積分より得られる2θ方向の1次元データをつなぎ合わせたものである。この図では2θz、2θ軸をそれぞれ波数qxy、qz(nm-1)に変換して表示した。qxyは20 nm-1、qzは、10 nm-1付近まで回折斑点を確認することができ、薄膜は結晶化していることが分かった。qz=5.5 nm-1、11 nm-1付近にぼんやりとした回折強度が見られるが、これは有機絶縁膜成分に由来するものと考えられる。
Fig.1 PXX誘導体薄膜の回折強度マッピング
Fig.1の黄色枠内にてqz方向に積分して得られたqxyプロファイルをFig.2に、同じくFig.1の黒色枠内にてqxy方向に積分して得られたqzプロファイルをFig.3にそれぞれ示す。回折強度の積分に際しては、対象の回折斑点全体が入るように領域を設定した。他の回折斑点についても同様に処理し、回折斑点の位置を求めた。
Fig.2 qxyプロファイル
Fig.3 qzプロファイル
次にGIXDの回折斑点位置についてシミュレーションを行った。回折斑点の指数は、透過電子顕微鏡(TEM)による電子線回折の結果を参考に決定した。空間群として最も対称性の低いP1を採用した上で、実験で得られた回折斑点の位置を最も良く再現するように、非線形最小二乗法により格子定数を決定した。回折斑点位置のシミュレーション結果をFig.4 に示す。格子定数はa=1.144 nm、b=1.267 nm、c=2.217 nm、α=94.8 °、β=88.4 °、γ=94.8 °と求められた。この値は、別途測定した原料粉末と異なっていることから、薄膜の結晶構造は、元の原料粉末とは異なっていることが分かった。
Fig.4 PXX誘導体薄膜の回折斑点位置のシミュレーション結果
今後の課題:
今回の実験では、2次元検出器の不具合で実施できなかったが、今後、PXX誘導体薄膜の結晶性(格子定数や結晶子サイズなど)の成膜条件に対する違いを評価し、結晶性と移動度との相関を議論していく予定である。さらに、高角度分解・高S/N比で回折プロファイルを取得し、薄膜結晶構造解析で同薄膜の分子配列まで明らかにした上で、第一原理計算による移動度予測に繋げたいと考えている。
参考文献:
[1] T. Ohe et al., Appl. Phys. Lett. 93, 053303 (2008).
[2] J. Kang et al., J. Am. Chem. Soc. 130,12273 (2008).
[3] Kobayashi et al., Chem. Mater., Vol.21, No.3 (2009) .
[4] 2009B1900, 2010A 1697, 2010B1770 SPring-8 重点産業利用課題成果報告書
©JASRI
(Received: April 6, 2012; Accepted: June 20, 2012; Published: February 28, 2013)