Volume8 No.1
SPring-8 Section B: Industrial Application Report
巨大熱電効果を有する有機半導体薄膜の温度変調による結晶構造解析
Analysis of Crystal Structure with Temperature Modulation for Organic Thin Films Exhibiting the Giant Seebeck Effect
a奈良先端科学技術大学院大学, b岩手大学, c (公財)高輝度光科学研究センター, d日本化薬株式会社
aNAIST, bIwate University, cJASRI, dNippon Kayaku Co., Ltd.
- Abstract
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有機低分子半導体薄膜について、温度可変試料ステージを用いて2次元斜入射X線回折(2D-GIXD)測定を行い、2次元回折画像を得た。この画像から格子パラメータの温度依存性を求め、アルキル基が導入された有機低分子に関して大きな体積熱膨張、ヘテロ原子が導入された有機低分子の負の体積熱膨張など、分子構造に特徴的な熱膨張の関係性が得られた。今後、格子パラメータからパッキング構造を予測推定し、分子間相互作用と熱膨張、トランスファー積分の温度依存性などの解析に発展させる予定である。
Keywords: 有機半導体材料、熱電材料、構造相転移、熱膨張
背景と研究目的:
有機半導体は軽量・大面積・フレキシブル・低コストなどの観点から次世代の電子材料として盛んに研究が行われている。近年、環境中の未利用エネルギーを電力として回収し利用するエナジーハーベスティング技術の観点から、熱電材料としての応用も期待されている。熱電材料の性能は無次元性能指数( ZT = [ゼーベック係数]2×[導電率]×[絶対温度] / [熱伝導率])の大きさで表される。有機材料は、熱伝導率が小さいという点では本質的に有利であるが、導電率が小さいため、それをゼーベック係数で補うことが必要となる。我々は、多くの低分子有機半導体の高純度薄膜において従来の熱電材料の100倍のゼーベック係数が出現することを見いだしており [1, 2]、新奇機構による熱電材料として期待されている。
結晶構造は熱電機構を理解するために重要であり、隣接分子間のトランスファー積分やその温度変調によって電気伝導機構が、パッキング構造によって熱伝導機構が決まる。また、熱電材料に限らず、トランジスタや太陽電池におけるキャリア輸送特性についても結晶構造とその温度依存性は非常に重要な因子であり、有機半導体デバイスの実用化と使用環境の多様化に伴いこれからますます重要となってくる。
本実験では、温度可変 2D-GIXD を用いて有機低分子半導体薄膜における格子パラメータを各温度について決定した。
実験:
本研究では、有機トランジスタの定番半導体材料から、アセン系分子の Pentacene、より幅広い π 骨格を持つ N,N’-Di-n-octyl-3,4,9,10-Perylenetetracarboxylic Diimide (C8PDI)、チオフェン骨格を有する Dinaphtho[2,3-b:2',3'-f]thieno[3,2-b]thiophene (DNTT)、2,9-Didecyl-dinaphtho[2,3-b:2',3'-f]thieno[3,2-b]thiophene (C10DNTT)、および、2,7-Dioctyl[1]benzothieno[3,2-b][1]benzothiophene (C8BTBT)を評価対象として選択した。このうち、Pentacene、DNTT、C10DNTT、C8BTBT は前述の巨大ゼーベック効果を示すことが確認されている [2]。基板は耐熱ガラス基板(松浪硝子工業株式会社、テンパックス)を用いた。基板をアセトン(和光純薬工業株式会社、SC)で30分間(常温)超音波洗浄した後、沸点付近まで加熱したアセトンに10秒間浸漬させ、30分間 UV/O3 処理(室温)を行った。超高真空中(~10–7 Pa)でクヌーセンセルを用いた真空蒸着法(セル温度 100–250 °C、蒸着レート約 1–5 Å/min)により有機半導体薄膜(膜厚約 500 nm)を成膜した 。
温度可変 2D-GIXD 測定は、BL19B2 に設置された Huber 社製多軸回折計と二次元検出器 PILATUS 300K を組み合わせて実験を行った [3]。多軸回折計上に自作の温度可変ステージ付き高真空 Be 窓チャンバを設置し、薄膜試料はステージ上に固定し、5×10−4 Pa 程度まで排気した。試料中の水分などの不純物を脱離させ、構造を安定化させるために、温度上昇–下降を測定温度上限 +10–下限 −10 K の範囲で3回行い、その後に GIXD 測定を開始した。入射X線エネルギーは 12.4 keV、入射角は 0.12° に設定し、280–420 K の範囲で 10 K 間隔、露光時間30秒間で回折パターンを記録した。
結果および考察:
得られた 2D-GIXD 画像解析のため、逆格子マップシミュレーションを利用した格子パラメータ探索プログラムを自作し、各温度における格子パラメータを求めた [3, 4]。格子パラメータの初期構造はそれぞれ単結晶X線構造解析より得られているものを参考とし、最適化を行った[5–10]。
Fig. 1 に参考とした単結晶のパッキング構造を示す。いずれの分子もヘリンボーン構造をとり、a 軸方向にカラム軸となっていることがわかる。
Fig.1 逆格子マッピングシミュレーションのため参考とした単結晶における a–b 面のパッキング構造 [5–10]
Fig. 2 に例として C10DNTT における格子パラメータ最適化後の結果を示す。C10DNTT の 300 K と 400 K の GIXD 画像では得られた回折スポットの位置が異なり、相転移していることがわかる。また、測定したそれぞれの分子は基板に対し分子長軸が垂直に配向していることがわかった。
Fig. 2 C10DNTTにおける a) 300K と b) 400K の逆格子マッピングシミュレーションの結果
Fig. 3 に Pentacene 薄膜における格子パラメータおよびユニットセル体積の温度依存性を示す。格子パラメータ a および b は温度上昇に対して緩やかな増加が確認されたが、c は温度上昇に対して負の熱膨張を示した。Pentacene 単結晶についての先行研究では、b および c は正の熱膨張を、a は負の熱膨張を示し、格子内において分子が回転しパッキング構造が変化することが報告されている[4]。c 軸方向の負の熱膨張係数は分子の回転では説明できず、薄膜特有の現象であると考えられる。
Fig. 3 Pentacene 薄膜における格子パラメータおよびユニットセル体積の温度依存性
Fig. 4 に DNTT 薄膜における格子パラメータおよびユニットセル体積の温度依存性を示す。DNTT の分子骨格は硫黄原子を含む剛直な構造であり、高い移動度を有することが知られている [6]。格子パラメータ a、b、c はいずれも 330 K までは負の熱膨張を示している。この傾向はユニットセル体積に顕著に現れており、明らかに熱収縮が起こっている。この測定の前に温度上昇下降履歴を3回与えていることから、これは可逆的変化であると考えられる。330 K 付近でユニットセル体積が極小となり、最密構造となることがわかる。330 K 以降は体積が増加し、熱膨張が正へと転じた。
Fig. 4 DNTT 薄膜における格子パラメータおよびユニットセル体積の温度依存性
Fig. 5 に C10DNTT 薄膜における格子パラメータおよびユニットセル体積の温度依存性を示す。C10DNTT の分子骨格は DNTT 骨格両端に熱応答の大きなアルキル基を有することから大きな正の熱膨張を示している。370 K 付近では、単斜晶から三斜晶への構造相転移が見られる。
Fig. 5 C10DNTT 薄膜における格子パラメータおよびユニットセル体積の温度依存性
Fig. 6 に C8BTBT 薄膜における格子パラメータおよびユニットセル体積の温度依存性を示す。C10DNTT と同様、アルキル基によると考えられる大きな熱膨張が見られる。特に格子パラメータ b の増加が大きく、これに伴い β の変化も大きくなっている。
Fig. 6 C8BTBT 薄膜における格子パラメータおよびユニットセル体積の温度依存性
Fig. 7 に C8PDI 薄膜における格子パラメータおよびユニットセル体積の温度依存性を示す。C8PDI もアルキル基を有することから、格子パラメータ a および c は大きな正の熱膨張を示している。他の分子と比較して α、β、γ の変化が顕著であり、結晶格子全体が変化している。
Fig. 7 C8PDI 薄膜における格子パラメータおよびユニットセル体積の温度依存性
以上、硬い π 骨格の両端にアルキル基を持つ三種の分子について、分子長(C10DNTT > C8BTBT > C8PDI)が短くなるほど、角度パラメータの変化が大きくなる傾向が見られる。分子長が短いほど、ユニットセルの膨張に伴ってセル内での分子の向きが変化しやすいことを示唆する結果である。
Fig. 8 に、本実験で測定した各分子におけるユニットセル体積の温度変化を、それぞれ 280 K の値で規格化したものを示す。分子構造に由来して、特徴的な熱膨張の傾向を示している。
Fig. 8 280 K にて規格化されたユニットセル体積の温度依存性
Pentacene は炭素と水素のみから構成された硬い π 骨格を持つ分子である。このような場合、有機物に対する一般的な常識とは異なり、体積膨張率はごく小さい値となっている。特に 280–320 K の範囲ではほとんど体積変化が見られず、比較的線形に膨張する 320–380 K の範囲の平均体積膨張率も 246 ± 77×10-6 K-1 程度である。これは、エタノールの 160×10-6 K-1 よりは大きいが n-アルカンの 313×10-6 K-1 よりは小さい [11]。
分子骨格内に硫黄原子を含む DNTT は、280–330 K の範囲で負の体積熱膨張を示している。これは、硫黄原子と隣接する分子内の炭素原子との間に発生する C-S 相互作用の影響であると考えられる。C-S 相互作用のために室温付近ではファンデルワールス的に最密充填となっていなかったところ、温度上昇に伴う分子振動によってC-S相互作用の寄与が弱まり、より最密充填に近い構造を取ることで、負の熱膨張現象が発現すると考えられる。これは、低温での水の熱膨張と類似するメカニズムである [12]。
一方、これらと同様の π 骨格を有するが、アルキル基を分子末端に持つ C10DNTT、C8BTBT、および、C8PDI では、すべて大きな熱膨張率を示している。アルキル基は各 C−C 結合の二面角の自由度が大きいため、温度上昇による熱運動が大きくなることから、その効果が優勢に発現したものと考えられる。
今後の課題:
有機低分子半導体薄膜における結晶構造の温度依存性に関する知見はこれまでにほとんど無く、有機半導体デバイスや熱電デバイスの特性やその温度変化を考える上で、非常に有益な基礎データが得られた。今後、今回得られた格子パラメータからパッキング構造を予測し、トランスファー積分を導出することで、有機低分子半導体薄膜における電気伝導や熱伝導とその温度依存性を明らかにしていきたいと考えている。
参考文献:
[1] H. Kojima et al., Appl. Phys. Express 8, 121301 (2015).
[2] H. Kojima et al., Mater. Chem. Front. 2, 1276 (2018).
[3] T. Watanabe et al., Jpn. J. Appl. Phys. 53, 01AD01 (2014).
[4] H. Yoshida, K. Inaba, and N. Sato, Appl. Phys. Lett. 90, 181930 (2007).
[5] C. C. Mattheus et al., Acta Crystallogr. Sect. C 57, 939 (2001).
[6] T. Yamamoto and K. Takimiya, J. Am. Chem. Soc. 129, 2224 (2007).
[7] T. Izawa, E. Miyazaki, and K. Takimiya, Adv. Mater. 20, 3388 (2008).
[8] M. J. Kang et al., Adv. Mater. 23, 1222 (2011).
[9] A. L. Briseno et al., Mater. Today 11, 38 (2008).
[10] S. Haas et al., Phys. Rev. B 76, 205203 (2007).
[11] A. Bondi, J. Appl. Phys. 37, 4643 (1966).
[12] K. Röttger et al., Acta Crystallogr. Sect. B 50, 644 (1994).
(Received: March 26, 2019; Early edition: October 30, 2019; Accepted: December 16, 2019; Published: January 22, 2020)