SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume8 No.1

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

アイソタクティックポリプロピレンの高温溶融状態におけるメモリー効果と結晶融解構造に関する研究(Ⅰ)
Studies of Memory Effects at the Temperature Much Higher than Melting Point and Melt Structures in Isotactic Polypropylene (I)

DOI:10.18957/rr.8.1.139
2017B7268 / BL03XU

山下 友義, 藤江 正樹

Tomoyoshi Yamashita, Masaki Fujie

三菱ケミカル(株)

Mitsubishi Chemical Corporation

Abstract

 アイソタクティックポリプロピレン(iPP)の溶融紡糸による未延伸糸の急速冷却過程において、280 °C よりも高い溶融状態から得られた未延伸糸では、α 晶は形成されず準安定相であるメソフェイズが形成され、逆に 280 °C より低温での紡糸では α 晶が形成されることを示した。このように、融点より非常に高い温度での溶融状態が、急速冷却後の結晶化の有無や状態を決定づけていることを明らかにした。この理由としては、高温溶融状態にて、iPP の結晶化に重要な影響を与える何らかの凝集構造(オリジン)が存在し、これがメモリー効果として融点より 100 °C 以上も高い高温領域まで残存しているためと考察した。

 また、未延伸糸の構造はその後の延伸過程での伸び切り鎖の構造形成において決定的因子となり、メソフェイズを有する未延伸糸から延伸を開始することが、高延伸倍率で高強度な iPP 繊維を得るのに圧倒的に有利であることを明らかにした。


Keywords: アイソタクティックポリプロピレン、メモリー効果、α晶、放射光X線散乱、 SAXS、オリジン、メソフェイズ


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背景と研究目的:

 アイソタクティックポリプロピレン(iPP)の工業的生産性と高強度化を両立させる研究の過程において、筆者らは、iPP はその融点を大きく上回る 280 °C 以上での溶融紡糸によって、それが実現できることを示した[1]。

 しかし、その理由は明らかではなく、今回一連の研究においてその本質的解明を試みることとした。その内容を第Ⅰ報より第Ⅳ報までの4部に分けて報告する。本論文(第Ⅰ報)においては、まず、融点よりもかなり高い溶融温度に依存する、急速冷却後の未延伸糸の iPP に関する結晶/メソフェイズ[2]形成の特異性と、その後の延伸による繊維構造と物性に与える影響に関して研究成果を報告する。ここでメソフェイズとは、結晶をとらない非晶との間に位置する準安定相である。

 

実験:

 試料調整

 実験に用いた各種 iPP ポリマーの物性に関して Table I に示す。これらポリマーは日本ポリプロピレン(株)製 SA01A、SA03、プライムポリマー(株)製の Y-2000GV を用いた。試料名は、メルトフローレート(MFR)が小さい順に「Pellet A」、「Pellet B」、「Pellet C」と記述した。MFR は ISO1133 に準拠して(230 °C、荷重 2.16 kgf、10 min)測定した。ここでExit temperature of melting region は DSC にて熱量的に検出される結晶融解の測定限界温度である。

 

Table I   Physical properties of each sample in iPP polymers
Sample Manu-
facturer
Product
name
MFR (g/10 min) DSC
Melting
Point (Tm)
Exit temperature
of melting region
Crystallization
point (TC-)
Pellet A JPC* SA01A 9 165.1 ℃ 173.6 ℃ 121.5 ℃
Pellet B PPC** Y-2000GV 18 163.7 ℃
169.4 ℃
174.0 ℃ 119.2 ℃
Pellet C JPC* SA03 30 163.9 ℃ 173.4 ℃ 120.9 ℃

    *JPC: Japan Polypropylene Corporation,   **PPC: Prime Polymer Co., Ltd.

 

 Table II に Table I に示した各種ポリマーの溶融紡糸にて得られた未延伸糸(as-spun fiber)の紡糸条件と、それらの有する構造(結晶/メソフェイズ)に関して記載した。

 

Table II   Spinning temperatures and crystal and/or meso phases of as-spun fibers obtained from iPP pellets described in Table I
Sample Pallet Spining
Temperature
Crystal Phase
Fiber A280 Pallet A 280 ℃ α phase
Fiber B220 Pallet B 220 ℃ α phase
Fiber B250 Pallet B 250 ℃ α phase + mesophase
Fiber B280 Pallet B 280 ℃ mesophase
Fiber C280 Pallet C 280 ℃ α phase

 

 Pellet A、Pellet C を用いて 280 °C 溶融状態からの紡糸と、Pellet B を用いて 220 °C、250 °C、280 °C 溶融状態からの紡糸を行った。これら紡糸条件によって得られた未延伸糸名は、それぞれ、「Fiber A280」、「Fiber C280」、「Fiber B220」、「Fiber B250」、「Fiber B280」と記載した。上記紡糸においては、いずれも 100 °C 以下になるまでの冷却速度は、温度測定と紡糸速度から計算して 698 °C/s であった。

 

 DSC 測定

 Pellet A、B、C の DSC 測定には SII 製 DSC220 を用いた。試料はアルミニウム製のパンに充填し 250 °C でクリンプした。試料の熱履歴を揃えるため、窒素雰囲気下で 250 °C まで昇温し、次いで 250 °C で 10 min 保持、そして 2 °C /min で 80 °C 以下まで降温させた。その後、昇温速度 2 °C /min で DSC 測定を行った。

 

 未延伸糸の二次元広角X線散乱(2D-WAXS)測定

 各種未延伸糸 (Fiber A280、B220、B250、B280、C280) の 2D-WAXS 測定はリガク社製 UltraX 18 を用いて行った。 X線は CuKα を用い、その出力は 40 kV、200 mA、試料から検出器までの距離は 100 mm、検出器にはイメージングプレート、読み取りには RAXIA-Di を用いた。試料は各種未延伸糸を100本程度の束にして測定した。試料の向きは繊維軸が上下方向(イメージングプレート画像の上下方向)と一致するように測定した。

 

 延伸糸の二次元小角X線散乱(2D-SAXS)測定

 延伸糸の 2D-SAXS 測定に関しては、繊維の長周期構造を確認するため、課題番号 2017B7268 にて、SPring-8 の BL03XU ビームラインを用い測定を行った。検出器には浜松ホトニクス(株)製イメージインテンシファイア付き CCD 検出器(V7339P+ORCA R2)を用い、ビーム形状は縦横共に 210 μm 角で、カメラ長はコラーゲンの回折を用いて 4450 mm と求められた。波長は1Å、露光時間 2 s で測定した。

 

結果と考察:

 DSC測定結果

 Fig. 1 に Pellet B の DSC プロファイルを示す。DSC の吸熱反応は 120 °C 付近から始まり、DSC 吸熱ピーク(融点)は 163.7 °C と 169.4 °C に観測された。また DSC にて熱量的に検出される結晶融解の測定限界温度は 174.0 °C であった。

 

            Fig. 1 DSC curve of Pellet B.

 

 未延伸糸の2D-WAXS測定結果

 Pellet B を融点以上の 220 °C、250 °C、280 °C から急冷紡糸して得られた Fiber B220、Fiber B250、Fiber B280を、それぞれ室温にて WAXS 測定した結果を Fig. 2 と Fig. 3 に示す。一般に iPP の結晶化は極めて早く 698 °C/s での高速冷却においても、後に述べるある条件下以外では、α 晶が一部または全部生成される。Fig. 2 の 2D-WAXS 測定における繊維軸は紙面上下方向である。いずれの未延伸糸も配向はほとんど見られず、WAXS パターンはデバイシェラーリングとして観測された。Fig. 3 の 1D-WAXS パターンは 2D-WAXS パターンを全方位に積分したものである。DSC 結果より iPP の融点は 169.4 °C であるが、溶融状態の 220 °C と 250 °C から急冷すると α 晶が生成し、融点よりかなり高温の 280 °C から急冷すると完全にメソフェイズとなることが確認された。

 

 Fig. 2 2D-WAXS patterns of iPP as-spun fibers after quenching from different temperatures.

 

  

Fig. 3 1D-WAXS patterns of iPP as-spun fibers after quenching from different high temperatures.

 

 これらの結果は、Tm よりもかなり高い温度における溶融状態の違いが、その後の高速冷却過程における結晶化に大きな影響を及ぼしたためと考えられる。この理由として、iPP においては Tm よりもかなり高い温度での溶融状態において、結晶核生成の起源と思われる、過去の結晶融解過程の履歴を背負った何らかの凝集構造(オリジン)が存在し、そのメモリー効果によるものと推察した。このメモリー効果は、Pellet B では、融点の 100 °C 以上も高温の 280 °C にて初めて消失し、その結果メソフェイズ化したものと考えられる。

 しかし、こうした現象は、例え高温溶融過程でメモリー効果が消滅しても、冷却速度と高分子の運動性や拡散性の問題から、その後、高速冷却ではなく、徐冷による操作を行った場合は、言うまでもなく核生成と結晶成長が促進され α 晶が大量に形成される。

 以上の溶融状態におけるメモリ効果の消滅温度は、iPP の分子量(分布)や分子鎖のモビリティ、粘度との関係を含め、高温域での高分子鎖の熱拡散、アイソタックティック高分子鎖の凝集性とのエネルギー関係によって決まっているのではないかと考えている。そこで MFR の異なる Pellet に関しても 280 °C での紡糸実験を試みた。Pellet B より MFR の大きい試料 Pellet C と、小さい試料 Pellet A を 280 °C から急冷紡糸して得られた未延伸糸の 2D-WAXS パターン結果を Fig. 4 に示す。

 

    

Fig. 4 2D-WAXS patterns of iPP as-spun fibers with different melt flow rates (MFRs) after quenching from 280 °C.

 

 Pellet A、Pellet C のいずれにおいても α 晶が多量に生成していることが確認された。これは、Pellet C に関しては、MFR が大きいことから分子鎖のモビリティが大きく、Pellet B に比べて核生成速度や分子鎖の滑り拡散による結晶成長速度がより大きいため[3]、急速冷却においてもα晶が生成したものと思われる。一方、Pellet A に関しては、そのモビリティは Pellet B より小さく、結晶成長過程での分子鎖の滑り拡散が小さいので、本来結晶化は、より抑制されて良いはずであるが、α 晶が生成する結果となった。この理由としては、280 °C の溶融状態においても、凝集性が強く、先に考察した α 晶の核生成の起源となるオリジンが消失していないことが原因として考えている。

 

 未延伸糸の2D-WAXS測定結果

 紡糸温度の異なる未延伸糸 Fiber B220 と Fiber B280 のそれぞれを、最大延伸倍率(MDR)の 80 % で延伸を行った延伸糸の 2D-SAXS の測定結果を Fig. 5 に示す。 未延伸糸が α 晶を有する Fiber B220 の引っ張り強度は 0.63GPa、MDR は 9.3 倍であったが、メソフェイズを有する Fiber B280 の値は、強度が 0.86 GPa、MDR は 12.5 倍と著しく向上していた。前者は子午線方向(繊維軸方向)の SAXS Fig. 5 (c) から散乱ベクトル q = 0.34 nm-1 付近に散乱ピークが観測され、繰り返し折り畳み鎖からなるラメラ晶(iPP では単斜晶である α 晶)と非晶との約 18 nm 程度の長周期構造が見られた。一方、後者に関しては全くその痕跡は見られず、効率的に伸び切り鎖が形成されていることが分かった。

 

Fig. 5 2D-SAXS patterns (a) and (b) of iPP fibers drawn with as-spun fibers of Fiber B220 and Fiber B280, respectively. Draw ratios (a) and (b) are 80 % of the maximum draw ratios (MDR) which are 9.3 and 12.5 times, respectively. (c) and (d) are 1D-SAXS patterns in a directions of fiber axis for Fiber B220 and Fiber B280, respectively.

 

まとめ

①  iPP の溶融紡糸による未延伸糸の急速冷却過程において、280 °C よりも高い溶融状態から得られた未延伸糸では、α 晶は形成されず準安定相であるメソフェイズが形成され、逆に 280 °C より低温での紡糸では α 晶が形成されることを示した。このように、融点(169.4 °C)より非常に高い温度での溶融状態が、急速冷却後の結晶化の有無や状態を決定づけていることを明らかにした。この理由としては、高温溶融状態にて、iPP の結晶化に重要な影響を与える何らかの凝集構造(オリジン)が存在し、これがメモリー効果として融点より 100 °C 以上も高い高温領域まで残存しているためと考察した。

 

②  未延伸糸の構造はその後の延伸過程での伸び切り鎖の構造形成において決定的因子となり、メソフェイズを有する未延伸糸から延伸を開始することが、高延伸倍率で高強度な iPP 繊維を得るのに圧倒的に有利であることを明らかにした。

 

 

謝辞:

 本論文で紹介した実験結果は、三菱ケミカル(株)の池田裕信氏、平野健司氏らのご協力によって得られたことに感謝と御礼を申し上げる。

 

参考文献:

[1]  M. Fujie and T. Yamashita, 国際公開特許WO2017/018195.

[2]  G. Strobl, Eur. Phys. J. E, 3, 165 (2000).

[3]  N. Okui, 高分子, 53, 725 (2004).

 

 

”creative

 

(Received: June 1, 2018; Early edition: October 30, 2019; Accepted: December 16, 2019; Published: January 22, 2020)