SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume8 No.1

SPring-8 Section C: Technical Report

グラファイトヒーターによる高温粉末X線回折法の開発
Development of High Temperature Powder X-ray diffraction by Graphite Heater

DOI:10.18957/rr.8.1.159
2014A1890, 2015B2000 / BL02B2

辻 成希

Naruki Tsuji

(公財)高輝度光科学研究センター

JASRI

Abstract

 高温でのin-situ X線回折は、相転移、固溶反応、結晶化等の反応過程の知見を得るうえで非常に有用な手法である。そこでグラファイトヒーターを用いて、キャピラリー内に封入された試料を非接触で加熱する装置の開発を行い、試料を回転させながらビーム照射位置で 1000℃ を超える温度を達成した。


Keywords: 高温X線回折, グラファイトヒーター


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背景と研究目的:

 X線回折測定は、格子定数、面間隔、結晶構造、配向性、結晶度、歪みなど、材料の微視的な情報を得るうえで非常に有用な方法である。また、材料開発において様々な環境下での測定が重要となる。特に材料の開発・製造・合成において、加熱・冷却過程おける相転移、結晶化、溶解、酸化などの反応過程を調べることは重要である。そこで、本研究では、最高温度 1100℃ の加熱装置(透過型X線回折装置に特化した仕様)を開発し、この装置をデバイシェラー回折計に組み合わせることで、高温状態で回折実験が行えるシステムの立ち上げを行うとともに、この装置の高度化も行った。

 開発した高温装置は、グラファイトヒーターを用いた非接触(輻射)で加熱を行うシステムである。グラファイトは、赤外線の放射率が高く、熱膨張も少ないため、加熱装置などに利用され、真空中および不活性ガス中では、約 2000℃ まで使用することが可能である。しかし、大気中では、約 500℃ に発火点があり、400℃ 程度までしか使用することができない。そこで、本研究では、既存のデバイシェラー回折計に変更を加えることなく、燃焼を抑える対策をおこなったので、その点に関して報告する。

 

実験:

 この高温装置は、BL02B2 の回折計を使用することを前提に開発したので、実験は、BL02B2 で行った。図1に加熱装置を示す。加熱装置は、幅 33 mm で φ=34 mm の円筒型をしている。

 

      図1. グラファイトヒーター。

 

 試料は、図2に示されるように、試料は円筒型の中心に設置されるため、均一に加熱することができる構造になっている。

 

        図2. 回折実験イメージ図。

 

 加熱装置の構成として、ヒーター部がグラファイトで、ヒートシンクとして、ボロンナイトライドシリカ(BN)とインコネルを使用している。またヒートシンクは、ヒーター台座の役割も担っている。ヒートシンク部には φ=3 mm の入射X線用の穴と、3 mm 幅の回折X線用のスリットを備えており、散乱角が -10° から 90° までの回折線を取得することができる。グラファイトヒーターは、このヒートシンクの左右に一つずつ設置する構造になっており、入射X線および回折X線の経路には散乱体がないため(空気散乱はあるが、これは通常時と同じ)、低バックグラウンドでの計測が可能となっている。グラファイトヒーターは、φ=25.4 mm の円筒型で、電極部分が台形の様な形をしている。電極部分がヒーター加熱部に比べて大きくなっているのは、体積が大きいほど、所定の温度に到達するのに必要な熱容量が増えるため、電極部分をヒーター加熱部に比べて大きくすることにより、電極部分の温度上昇を抑える設計になっている。

 加熱装置は、既存の回折計との取り合いを考えて、大気中で使用することを想定し製作を行った。ただし上述したように、グラファイトは、大気中で約 400℃ までしか使用することができないため、グラファイトに SiC をコーティングして酸化対策を行い、実際に BL02B2 で試験測定を行った。その際、本加熱装置が既存装置に熱的な影響を与えるのかを確認した。

 酸化対策として SiC をグラファイトヒーターにコーティングしたが、さらに窒素ガス置換チャンバーを製作して、酸化対策を施し、試験測定を行った。

 加熱装置による回折実験は、ネオジム焼結磁石を用いて行った。ネオジム焼結磁石では、焼結中にさまざまな結晶相変化が起きることにより保磁力が向上すると考えられているが、これまで焼結中の結晶相変化を観測したという報告はほとんどなされていなので、試験的に行った。今回の測定では、昇温中のネオジム磁石の主相である Nd2Fe14B の変化に着目して測定を行った。

 

結果および考察:

 図3にSiCをコーティングしたヒーターを、空気中で 1000℃ まで加熱した後の写真を示す。図3より電極部分が腐食されていることがわかる。

 

    図3. 加熱後のヒーター。

 

 これは、ヒーターリード線と電極部分に一部 SiC がコーティングされていない部分があるため、その部分から酸化したことが示唆される。SiC は熱に強く、酸化防止のコーティング剤として一般的に利用されるが、絶縁体であるため、リード線との接触部分に塗布することができない。そのため電極部分を大きくして、ヒーター加熱部が 1000℃ になっても、計算上は 400℃ 以下になるような設計を行ったが、計算通りにはならなかった。ヒーターが 1000℃ の時に、ヒートシンク部(ヒーター台座)の温度を測定すると、場所にもよるが、420℃~440℃ であったため、ヒートシンク部からの熱流入が予想よりも大きくなり電極部分の腐食につながったと考えられる。また、1000℃ に設定した時間は10分程度である(加熱した総時間は約2時間)ため、このヒーターを長時間安定的に利用することは難しいことがわかった。また、この加熱装置が BL02B2 の既存装置に与える熱の影響調査を行ったが、特に問題ないことを確認している。

 図4に窒素ガスフローチャンバーを示す。この置換チャンバー内にヒーターをセットして使用する。このチャンバーは、試料(キャピラリー内に封入)を挿入するための穴が開いるため、この部分から窒素ガスが放出されることになる。

 

    

図4.  窒素ガスフローチャンバー。このチャンバー内部にヒーターを設置し、試料はチャンバーの外側から挿入する構造になっている。

 

 このチャンバーの試験測定において、ヒーターの腐食は観測されなかった。また、SiC をコーティングしていないヒーターを用いても腐食されることはなかった。図5に、この窒素ガスフローチャンバーを用いた場合の試料位置での温度測定結果を示す。

 

    

 

      図5. 熱電対によるビーム照射位置での温度測定。

 

 温度測定は、ビーム照射位置にシース熱電対を挿入して行った。ヒーター設定値が 1000℃ になったときに試料位置で 1000℃ 以上になったことを確認している。また、このフローチャンバーを使用しても既存装置に特に影響を与えないことを確認している。この置換チャンバーを利用することによりに、安定して 1000℃ 以上の温度領域で実験ができるようになった。

 ガスチャンバーを利用した回折実験結果を以下に示す。ネオジム磁石を用いて測定を行った。ヒーターやガスチャンバー等によるバックグラウンドの影響は特に観測されなかった。図6にネオジム磁石の主相である Nd2Fe14B の 1 0 5 ピークの温度依存性を示す。温度上昇に伴い回折線が低角側にシフトしている様子がわかる(格子定数が多くなるため)。また、リートベルト解析により、主相の格子定数を算出した結果を図7に示す。図7では、400℃ 付近に変曲点があることがわかる。Nd2Fe14B のキュリー温度は、約 330℃ であるため、低温からキュリー温度付近までは磁歪の影響により膨張が抑えられているが、その後磁歪が無くなるために通常の熱膨張を示すようになったと考えられる。さらに詳細に昇温実験を行った結果に関しては、すでに報告されているのでそちらを参照していただきたい[1]。

 

   図6. Nd2Fe14B の105ピークの温度依存性。

 

 

    図7. Nd2Fe14B の格子定数の温度依存性。

 

今後の課題:

 1000℃ 以上での回折実験が安定して行えるようになったが、このヒーターの使用方法は複雑であるため、簡便に利用できるように改良する必要がある。

 

参考文献:

[1] N. Tsuji et al., Acta Mater. 154, 25-32 (2018).

 

 

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(Received: April 16, 2019; Early edition: November 28, 2019; Accepted: December 16, 2019; Published: January 22, 2020)