SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume8 No.1

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

Nd-Fe-B薄膜における元素選択的磁気ヒステリシスの軟X線磁気円二色性による測定へのモリブデンキャップ層の影響
Effect of Mo Cap Layer on Element Specific Hysteresis Measurement by Soft X-Ray Magnetic Circular Dichroism

DOI:10.18957/rr.8.1.93
2011B1751 / BL25SU

今田 真a, 寺嶋 健成a*, 伊佐治 辰昭a, 加田 大昌a, 藤田 茜a, 嶋 敏之b

Shin Imadaa, Kensei Terashimaa, Tatsuaki Isajia, Hiromasa Kadaa, Akane Fujitaa, Toshiyuki Shimab

a立命館大学, b東北学院大学

aRitsumeikan University, bTohoku Gakuin University

Abstract

 Nd-Fe-B 系薄膜の元素選択的磁気ヒステリシス測定を軟X線磁気円二色性測定(XMCD)で行った際のキャップ層の影響を硬X線光電子分光(HAXPES)と組み合わせることで検証した。キャップ層が Mo 層 3 nm であるとき、その下の Nd-Cu 層および Nd-Fe-B 層は酸化されておらず、保護膜としての機能を果たしていることがHAXPES測定より分かった。しかしながら、XMCD 測定において、キャップ層によるシグナルの抑制のために、特に磁場中で発生するノイズがシグナルを超えて大きくなり、ヒステリシス測定が十分な精度で行えないことが分かった。


Keywords: 元素選択的磁気ヒステリシス測定, XMCD, HAXPES, Nd-Fe-B 永久磁石薄膜


背景と研究目的:

 ネオジム磁石における耐熱性能(つまり高温で十分な保磁力を持つこと)の発現機構に対するディスプロシウム添加の役割の解明を行うことで、高性能永久磁石の脱レア・アース化および低コスト化開発につながると期待される。そのために、結晶磁気異方性や磁気的結合を支配すると考えられる電子状態を、磁性を主に担う Fe 3d 電子と Nd 4f 電子を中心に明らかにする必要がある。なかでも、Fe 2p および Nd 3d 内殻磁気円二色性(XMCD)を用いて、元素選択的に磁気状態を解明することが重要である。

 本研究では、Nd-Fe-B 薄膜の磁化過程が元素ごとに異なる可能性を検証し、さらに磁化過程の温度依存性の測定まで行うことを目標に、元素選択的に磁気モーメントを検出できる軟X線磁気円二色性(XMCD)を測定した。なかでも、ネオジム磁石中で保磁力を支配すると考えられる主相と粒界相の界面に着目し、それを模した多層膜について研究を行う。試料表面の酸化を防止するためにほどこされたモリブデンキャップの効果を検証するとともに、それによる XMCD 測定への影響を検証した。

 なお、本研究においてバルク材の測定も予定していたが、実験では薄膜試料の測定に焦点を当てた。本研究においては異なる Nd-Fe-Ga/Cr キャップ層を用いた薄膜についても測定したが、これについてはより詳細な解析ののち別報にて報告する。ここでは、より大きな保磁力を示すことから実験時に注目度が上がっていた Nd-Cu/Mo キャップ層を用いた試料について報告する。

 

実験:

 試料は次のように作製された。まず、MgO(100)単結晶基板上に Mo バッファ層を 20 nm 室温蒸着し 750˚C でアニールした。この後基板温度を 500˚C に下げて Nd-Fe-B (Dy-Fe-B)層を 100 nm、Nd-Cu 層を 1 nm、Mo 層を 3 nm 蒸着した(以後 Nd-Fe-B/Nd-Cu (Dy-Fe-B/NdCu)と表記)[1]。

 HAXPES 実験(2011B1846)はビームライン BL47XU の光電子分光ステーションを用いて 7940 eV の硬X線励起光で行い、試料温度は室温とした。電子分析器はVGシエンタ社製 R4000 を用い、パスエネルギーを 200 eV、スリット幅を 0.5 mm、スリット形状を curved、TOA(試料表面と光電子放出方向のなす角)を 89˚ とした。

 XMCD 実験(本課題)は軟X線固体分光ビームライン BL25SU の磁気円二色性測定ステーションで行った。光吸収測定は全電子収量法を用いて行い、磁場印加方向は NdFeB 薄膜面に垂直な c 軸方向、円偏光入射方向は磁場に対して 10° とした。

 

結果および考察:

 7940 eV の硬X線を用いた Nd-Fe-B/NdCu の HAXPES の結果を図1に示す。上段のX線光電子分光分析(ESCA) には、試料の最表面の Mo の各種内殼が顕著に観察され、Mo の表面が大気暴露の影響で酸化された影響で O 1s 内殼が見られる。Nd の内殼(4d, 3d)は Nd-Cu 層と Nd-Fe-B 層の両方からの寄与を含み、Cu 2p は Nd-Cu 層から、Fe 3s、2p は Nd-Fe-B 層からの寄与である。

 

図1. HAXPES による ESCA の結果(上段)と Nd 3d および Fe 2p-XPS の結果(下段)

 

 図1下段の Nd 3d-XPS と Fe 2p-XPS から、Nd、Fe ともに酸化の影響が小さいことが分かる。まず Fe 2p-XPS の 2p3/2 成分は、707 eV 付近に鋭いピークを示す。また結合エネルギーが大きくなる向きに広めの裾を引いており、714 eV あたりまでの間に明らかな構造は見られない。2p1/2 成分は内殼の寿命が短いことで幅が広めだが、やはり 720 eV 付近のピーク以外に明らかな構造は見られない。このように試料中の Fe が酸化されている兆候は見られなかった。一方、Nd 3d-XPS は 3d5/2 は 980 eV 付近のピークに加えて 984 eV、972 eV 付近に構造が、また 3d3/2 は 1003 eV 付近のピークに加えて 1001 eV 付近の小さな肩構造と 1006 eV 付近の肩構造が見られる。このスペクトル形状全体は Nd3+ に特有な多重項構造である[2, 3]ので、Nd についても酸化されている兆候は見られない。このように、Mo キャップによって Nd-Fe-B/Nd-Cu の2つの層の酸化が防止できていると言える。

 事前に着磁した試料に磁場をかけずに測定した Nd 3d および Fe 2p 内殼の XMCD 測定の結果を図2(a)に示す。XAS のピーク高さのバックグラウンドに対する比率は、Nd 3d では約 0.1 倍、Fe 2p では約 0.06 倍である。磁気モーメントを求められる程度にノイズの小さな MCD スペクトルが得られた。なお、Nd は Nd-Cu 層と Nd-Fe-B 層の両方に含まれるが、非磁性である Nd-Cu 層からの寄与は XAS では有限であるが、XMCD ではゼロと考えられる。Nd、Fe の MCD 強度の印加磁場依存性を測定すれば、Nd 4f 軌道と Fe 3d 軌道の磁気モーメントの磁場依存性が求まると期待して大きさ 1.9 T までの印加磁場のもとでの測定を行った。着磁方向と逆向きの 1.9 T の磁場中で測定したスペクトルを図2(b)に示す。Nd 3d、Fe 2p ともに XAS シグナルにおいてノイズが大きく、MCD においては磁化を反映するシグナルと同程度の大きさのノイズが見られた。

 

図2. Nd 3d および Fe 2p XMCD の測定結果。残留磁化された試料をゼロ磁場で測定した結果(a)と 1.9 T の磁場下で測定した結果(b)

 

 ノイズが磁場印加時になぜ大きくなったかについての議論は後述することにして、まず XMCD スペクトルのゼロレベルについて考察する。当然のことながら、差分スペクトルである MCD (図2における (I+ — I-) ) においては、ゼロレベルを正しく決定することがきわめて重要である。通常、測定システムには I+ と I- の間に感度の差が存在するため、ゼロレベルには有限のズレが存在し、補正する必要がある。XMCD 測定においては、内殼吸収の構造がないエネルギー領域(例えば Nd 3d-XMCD では 3d5/2 ピークより低エネルギー側、3d5/2 ピークと 3d3/2 ピークの間、3d3/2 ピークより高エネルギー側の3つの領域)において差分 (I+ — I-) はゼロとなることが期待されるので、そのようにゼロレベルを補正する。図2はそのような補正を行ったあとの結果であり、いずれのスペクトルも補正の大きさはバックグラウンドの高さの 0.005 倍以内である。図2(a) においては吸収の構造以外の領域では MCD がほぼゼロでノイズも少ないので、ゼロレベルの補正に不確定さが小さいといえる。しかし、図2(b) においては、ノイズが大きいために「ここで採用したゼロレベルの補正」に大きな不確定性が残っていることが明らかである。従って、本試料においては今回行った XMCD 実験に基づく元素選択的なヒステリシスカーブの測定は、大きな誤差を含まざるを得ないことが分かる。

 全電子収量のノイズが磁場強度に依存することは、試料から放出される電子の軌道が磁場によって曲げられることに起因すると考えられる。しかし、今回使用した BL25SU の XMCD 測定システムにおいては磁場依存性の測定においても、ノイズレベルを大きく超える MCD シグナルが得られる場合が多く、その場合は低ノイズで XMCD 測定が行える。今回の測定においては、上述のように対象元素の XAS ピーク強度がバックグラウンドに対して小さかった(Nd 3d では約 0.1 倍、Fe 2p では約 0.06 倍)ことが、MCD シグナルに対してノイズが大きかった原因であると考えられる。全電子収量法の検出深さは見積もり方によって幅があるが、金属系においては 4-8 nm 程度と考えられる。深い部分のシグナルは指数関数的に減少するので、Mo 層と Nd-Cu 層(合計 4 nm)の下にある磁性 Nd-Fe-B 層のシグナルが、最表面に磁性層がある場合に比べて格段に小さいことは十分説明される。

 最後に、XMCD で見積もった保磁力の温度依存性を報告する。XMCD スペクトルにおけるノイズが大きかったためプレリミナリーな結果であるが、Nd-Fe-B/Nd-Cu の保磁力は室温において 1.6 T, 160˚C において 0.6 T で、300˚C においてはヒステリシスが常磁性的であった。一方、Dy-Fe-B/Nd-Cu の保磁力は室温と 160˚C では 1.9 T 以上、240˚C では 0.9 T で、300˚C では常磁性的であった(プレリミナリーな結果)。希土類元素と Fe の磁気モーメントの温度依存性の差異については、XMCD のノイズのために信頼できる結果を得るには至っていない。

 

今後の課題:

 XMCD を用いた元素選択的磁気ヒステリシス測定は、保磁力の温度依存性を解明するための有望な手法であるので、本課題で見られたノイズの問題を解決することは重要である。第一にはキャップ層をより薄くすることや、全電子収量法で検出する2次電子が透過しやすい材料でかつ本体の膜の酸化を防げるキャップ層の探索が課題である。一方、蛍光収量測定器の小型高感度化が進めば、よりバルク敏感な蛍光収量法で XMCD シグナルをとらえられるようになると期待される。

 

参考文献:

[1] R. Nakagawa et al., IEEE Trans. Mag. 51, 2104904 (2015).

[2] N. Spector et al., Chem. Phys. Lett. 41, 199 (1976).

[3] S. Imada et al., Phys. Rev. B 76, 153106 (2007).

 

* 現所属: (国研)物質・材料研究機構

 

 

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(Received: March 30, 2019; Accepted: December 16, 2019; Published: January 22, 2020)