Volume8 No.1
SPring-8 Section A: Scientific Research Report
トバモライト系新規吸着材におけるセシウムイオンの局所構造
XAFS Studies of Cesium Local Structure in a Novel Tobermorite-type Adsorbent
兵庫県立大学
University of Hyogo
- Abstract
-
トバモライトを主成分とする吸着材を合成し、セシウムイオンを吸着した吸着材について EXAFS 測定を行った。その結果、セシウムはトバモライトの層間に位置する酸素8員環の中心位置に内圏錯体として捕捉されている可能性が高いことが示唆された。さらに、この測定結果を元に b 軸方向に結晶成長させた吸着材を合成した結果、市販のトバモライトに比べて2倍以上の陽イオン交換容量を示す吸着材を得た。本吸着材を福島県南相馬市の汚染土壌からのセシウム除去に適用した結果、水だけによる洗浄よりも優位な洗浄効果を確認した。
Keywords: セシウム、吸着材、トバモライト、構造解析
背景と研究目的:
我々は放射性セシウム(Cs)の効率的な除去を目的として吸着材の開発を進めてきた。吸着材は層状ケイ酸カルシウム鉱物であるトバモライトのケイ素(Si)の一部をアルミニウム(Al)で置換した三斜晶あるいは単斜晶トバモライトを主成分とする無機イオン交換体である。本吸着材は人工海水中では天然ゼオライトの 1/10 以下の時間で吸着平衡に到達する迅速性を有しているが、その吸着サイトは明らかでない。しかし、吸着材表面のシラノール基をプロパンスルトンでマスクした場合にはストロンチウム(Sr)イオンの吸着性は低下したものの、Cs+ の吸着性に変化は見られなかった。この結果から、Cs+ 交換サイトは結晶表面のシラノール基やアルミノール基ではなく、層間にあると考え、図1に示すケイ酸四面体(主要骨格のみ表示)で構成される酸素8員環の中心と仮定している。この仮定の下で各種トバモライトにおける Cs-O 平均距離を計算した結果を表1に示す。この距離や酸素配位数から判断すれば、天然ゼオライトに勝るとも劣らない Cs+ 捕捉性を示すのではないかとの推察に至った。この構造が Cs+ の迅速で安定な捕捉性に寄与しているなら、同様の構造を有する吸着材を新規に合成することで、より高効率な吸着材を開発するための指針となる。以上の理由から、吸着材における Cs+ の配位構造を明らかにすることは大きな意義がある。本課題の目的は海水中でも Cs+ 吸着性の高いトバモライト系吸着材に関して、その配位構造を明らかにすることである。
図1.トバモライトの構造と Cs 捕捉予想サイト
表1.トバモライトの種類と8員環の状態および Cs-O 平均距離
実験:
試料調製
吸着材としては新規に合成したアルミニウム置換型トバモライト系吸着材(以後、新規吸着材と略記)を使用した。新規吸着材は以下の操作で合成した。酸化カルシウム(CaO)と水酸化アルミニウム(Al(OH)3)および二酸化ケイ素(SiO2)を Ca:Al:Si のモル比が 0.38:0.12:0.50 となるように混合し、この原料の質量に対して3 mol dm-3 の水酸化ナトリウム水溶液が5倍となるように添加し、十分に混合した後、Morey 型容器に入れて密閉した。この容器を乾燥器に入れ 180℃ で 48 時間保持した。反応終了後の生成物を水洗、乾燥後、粉砕して使用した。XAFS測定用試料の調製方法は以下のとおりである。Cs+を含む水溶液に吸着材粉末を添加し、吸着平衡に達するまで撹拌した。固液分離後、溶液中の Cs+ 濃度を原子吸光分析法によって定量した。併せて、吸着材を乾燥後蛍光X線分析法により吸着材中の Cs を定量した。両分析法から吸着材中の Cs 濃度が 0.1 % 以上となっていることを確認した。同様の処理を人工海水で調製した Cs 溶液についても行った。吸着材としては新規吸着材(図中には Adsorbent と記載)の他にトバモライト(日本インシュレーション株式会社製 TBTJ 粉末、図中には Tobermorite と記載)、モルデナイト(株式会社アルツー製天然モルデナイト、図中には Mordenite と記載)、バーミキュライト(あかぎ園芸株式会社製バーミキュライト、図中には Vermiculite と記載)およびモンモリロナイト(日本粘土学会参考粘土試料 JCSS-3102、図中には Montmorillonit eと記載)を使用して比較した。
XAFS測定
測定は SPring-8 の BL01B1 で行い、K吸収端エネルギー (35985 eV) の -300 eV から +800 eV の範囲で測定した。試料として Cs を 0.1 % 以上含む吸着材粉末を直径 7 mm のペレットに加圧成形した。この試料を V ブロックの形状をした試料ホルダの上に乗せ、 QXAFS 法で測定した。検出器にはイオンチャンバーを使用し、試料前方のチャンバーガスは Ar 80 % Kr 20 % とし、試料後方のガスは Kr 100 % とした。一回の測定時間を 180 秒とし、一試料について10回測定してスペクトルを積算した。スペクトル解析には Athena を使用した。
結果および考察:
XAFS 測定から得られた EXAFS 振動 k2χ(k)(試料のうち4種について表示)と波数 2Å-1 から 6Å-1 の範囲をフーリエ変換して得られた動径構造関数(RSF)を図2と図3にそれぞれ示す。多重電子励起による影響を避けるため k=6 までのデータを採用した。図3において塩化セシウム(CsCl)を除く5試料については A の第一近接ピーク(2.2 Å 付近)と B の第二近接ピーク(3.4 Å 付近)が確認された。層状ケイ酸塩鉱物であるモンモリロナイトやバーミキュライトについては、すでに Bostick ら[1]や高橋ら[2]及び中尾ら[3]によって報告されている結果と同じであることを確認したので議論は省略し、以後はモルデナイトとトバモライト及び新規吸着材について考察する。まず、モルデナイトの RSF における A のピークは 2.24 Å の位置であり、一方で中村ら[4]による第一原理計算では Cs-O 距離は 3 Å 程度であることが報告されている。このことから、モルデナイトの RSF におけるピーク A は8員環の酸素と Cs の直接結合に由来するものと考えられる。また、ピーク B (3.31 Å) については第二近接原子の Si に由来するものと考えられる。なお、実際の原子間距離との対応に関しては位相シフトのみでは説明できないため定性的な比較に留めている。
図2.Cs-K 吸収端に関する k2χ(k)
図3.Cs-K 吸収端に関する RSF(位相シフトを考慮せず)
トバモライトに関しては、表1に示したようにモルデナイトに類似した酸素8員環を有するものが多く、American Mineralogist Crystal Structure Database (AMCSD)中12種のトバモライトのうち、9種が8員環を有している。結晶構造によっては8員環が湾曲したものも存在しているが、新規吸着材の XRD パターンが AMCSD コード 0002328 のトバモライトに類似している点から平面状8員環の中心に Cs+ が捕捉されたモデルを仮定している。RSF におけるトバモライトと新規トバモライト系吸着材のピーク A の位置はいずれも 2.30 Å であり、これがトバモライトに類似した構造であるモルデナイトの Cs-O 距離に相当するものと考えられ、トバモライトや新規吸着材においてもモルデナイトと同様に内圏錯体を形成している可能性が示唆された。また、トバモライトや新規吸着材のピーク B についてはモルデナイトと同様に第二近接原子の Si によるものと考えている。
以上のように新規吸着材とトバモライトについて純水で調製した Cs+ 溶液から Cs+ を吸着した試料を用いた測定ではモルデナイトを用いて調製した試料と同様の位置に第一近接ピークが観測された。新規吸着材とトバモライトにおける Cs+ 除去率は純水で調製した Cs+ 10 ppm 溶液の場合にはそれぞれ、99.5 % と 92.7 % であることから、他に競合するイオンを含まない純水溶液では同様の吸着挙動を示しているものと考えられる。しかし、人工海水で調製した溶液では、新規吸着材による除去率が 71 % 程度であるのに対し、トバモライトでは 10 % 程度に低下した。一方、モルデナイトを用いた場合には人工海水中でも 90 % 以上の高い除去率を示した。そこで、この吸着性の違いが RSF のピークに反映されるかどうか調べるために、新規吸着材とトバモライトおよびモルデナイトについて人工海水中で Cs+ を飽和させた吸着材について XAFS 測定を行った。結果を図4に示す。その結果、人工海水中でも安定的に Cs+ を吸着できるモルデナイトでは純水の場合と同等の RSF が得られた。これに対し、Cs+ 吸着性が低下したトバモライトではピーク位置が短距離にシフトする傾向が見られるとともに、矢印部分にショルダーが認められた。トバモライトの化学組成は Ca5Si6O16(OH)2 4H2O であり、Cs+ の吸着に伴ってカルシウム(Ca)イオンが溶出してくることから、Ca2+ が Cs+ 捕捉に関与していることを確認している。しかしながら、人工海水中では Ca2+ が 400 ppm 程度、マグネシウム(Mg)イオンが 1300 ppm 程度含まれることから、トバモライトから交換性 Ca2+ が溶出しても、人工海水中の Ca2+ や Mg2+ と優先的にイオン交換して Cs+ の吸着が阻害されているものと思われる。化学平衡計算ソフト Visual MINTEQ を用いて海水中の主要なイオン濃度を入力した場合、Cs+ が 10 ppm ならば Cs の化学種は遊離の Cs+ が 81.8 % の他、硫酸イオンが配位したアニオン種の[Cs(H2O)n(SO4)]- が 3.35%、中性の [CsCl(H2O)n] が 14.9 % などの存在率で溶存していることも分かった。Cs がこれらの化学形態をとっていることも一因と考えられる。以上のような理由から、Cs+ 以外に吸着されたイオンによる散乱や、Cs が多様な錯体を形成することもトバモライトにおけるピーク A のシフトの原因になっているものと考えられる。一方、新規吸着材の RSF では、モルデナイトと同様に第一近接ピークの変化はほとんど見られなかった。新規吸着材の主成分である Al 置換型トバモライトの化学組成は Si 1原子を Al 1原子で置換した場合、Ca5NaAlSi5O16(OH)2 4H2O であり、Al で置換されたことによる電荷補償のため合成時に使用したナトリウム(Na)が含まれている。この場合、Al 置換型トバモライトでは Si/Al 比が5であり、モルデナイトの化学組成[(Ca, Na2, K2)Al2Si10O24 7H2O]] における Si/Al 比と同等である。中村らは Cs+ に対する吸着性を高めるための条件として(1)半径 3 Å 程度の細孔を多く有すること、(2) Si/Al 比が比較的小さいこと、(3) Al 原子が Cs+ を吸着する細孔の周囲に均等に分布していることを挙げている。新規吸着材では条件(2)がモルデナイトと同等であり、条件(1)の細孔半径についても RSF から判断するとモルデナイトに近いものであると思われる。条件(3)については Al 分布が偏った場合、電荷バランスから考えてトバモライト結晶が成長しにくいものと考えるのが自然であることから、もしトバモライトの8員環のうち2つの Si が Al で置換されるとすれば点対称の位置に配置されるのではないかと推測している。新規吸着材の RSF では人工海水と純水でほとんど変化せずモルデナイトの RSF に類似していることからも新規吸着材はトバモライトでありながら、モルデナイトに近い性質を有するものと考えられる。
図4.吸着材の RSF (純水と人工海水で調製した場合の比較、位相シフト考慮せず)
以上の結果を①と②に要約すると、吸着材開発の指針として③のような方向性が示唆される。
①他に競合するカチオンが存在しない Cs+ のみの系では、トバモライトも新規吸着材もモルデナイトと同様に酸素8員環に捕捉され、RSF の第一近接ピークもほぼ同じ位置であることから類似した配位構造をとっていると推察される。
②人工海水を用いた系では、トバモライトの RSF の第一近接ピークに変化が見られたが、新規吸着材ではモルデナイトと同様に第一近接ピーク位置はほとんど変化しなかった。そしてこの結果は各吸着材の吸着率に対応していた。
③以上の結果より、RSFにおける第一近接ピークを調べることは、性能の高い吸着材開発の指針となる。
以上のように、本研究の XAFS 測定の結果、Al 置換型トバモライトを主成分とする新規吸着材における Cs 吸着性を高めるための配位構造上の条件がモルデナイトに近いことが確認され、図1で予測した吸着サイトにおいて Cs+ が捕捉される可能性が高いことが強く示唆された。
そこで、予測した吸着サイトを増やすべく、吸着材の改良を行った。トバモライトは合成時に媒晶剤を用いると b 軸方向に結晶成長することが知られている[5]。これは図1(a)や(b)で左右方向に結晶成長することであり、結晶端面の吸着サイトが増えることを意味する。このような理由から媒晶剤を用いて、なおかつ Al 置換率を高めた新規b軸伸長型トバモライト系吸着材を合成した結果、人工海水中での Cs+ 除去率が 85 % 程度に向上するとともに陽イオン交換容量(CEC)も増加した。この吸着材の TEM 像を図5に示す。図5より、トバモライトの特徴である c 軸方向の層間距離 11.2 Å も確認でき、Al 置換率を高めてもトバモライト構造が維持されていることを確認した。さらに、吸着材の性能を実証するために福島県南相馬市の農地(37° 38´ 31ʺ N, 140° 54´ 8 ʺE)にて土地所有者の了解を得て汚染土壌からの Cs 洗浄実験を行った。放射能測定にはベルトールド・テクノロジー社製のベクレルモニター LB200 を使用した。その結果、粘土鉱物を含めた値であるが、土壌からの放射性 Cs 洗浄除去率は 60 % 程度であることを確認し、これは水のみによる除去率よりも高かった。
図5.新たに合成した吸着材の TEM 像
今後の課題:
現在はチタノシリケート系吸着材の開発を進めているが、本課題で得られた知見は吸着材を合成するにあたり大きな指針となった。今後は Sr を含めた他の核種の吸着材開発を目指したいと考えている。
謝辞:
本課題および吸着材開発は、JST (AS231Z04256C)、 JST (241FT0342)、姫路市、文部科学省地域イノベーション戦略支援プログラムの助成を受けたものです。また、BL01B1 の新田清文博士および実験地の提供者である大畑智由氏に厚く感謝いたします。
参考文献:
[1] B. C. Bostick et al., Environ. Sci. Technol., 36, 2670 (2002).
[2] 高橋嘉夫 他、表面科学、34, 119 (2013).
[3] 中尾淳 他、日本土壌肥料学会誌、14(1), 70 (2016).
[4] H. Nakamura, M. Okumura, M. Machida, J. Phys. Soc. Jpn., 82, 023801 (2013).
[5] 原尚道、井上憲弘、窯業協会誌、88(9), 515 (1980).
(Received: January 26, 2018; Early edition: August 30, 2019; Accepted: December 16, 2019; Published: January 22, 2020)