SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume8 No.1

SPring-8 Section A: Scientific Research Report

光電子ホログラフィー法による強磁性半導体Ge0.6Mn0.4Teの原子構造解析
Atomic Arrangement Analysis of Ferromagnetic Semiconductor Ge0.6Mn0.4Te by Photoelectron Holography

DOI:10.18957/rr.8.1.5
2011B1142 / BL25SU

八方 直久a, 仙波 伸也b, 松下 智裕c, 細川 伸也d, 林 好一e, 松井 文彦f, 大門 寛g

Naohisa Happoa, Shinya Senbab, Tomohiro Matsushitac, Shinya Hosokawad, Kouichi Hayashie, Fumihiko Matsuif, Hiroshi Daimong

a広島市立大学, b宇部工業高等専門学校, c(公財)高輝度光科学研究センター, d熊本大学, e名古屋工業大学, f自然科学研究機構分子化学研究所, g奈良先端科学技術大学院大学

a Hiroshima City University, b NITUC, cJASRI, d Kumamoto University, eNagoya Institute of Technology, fUVSOR, gNAIST

Abstract

 強磁性半導体 Ge1-xMnxTe の光電子ホログラム測定を行った。948 eV の励起光に対して、運動エネルギーが 900 eV の光電子放出強度の角度分布を測定して、Te 4d 光電子回折パターン(光電子ホログラム)の取得に成功した。得られたホログラムより Te 周辺の原子像を再生したところ、Te のサイトに原子位置の揺らぎがあることが分かった。この結果は蛍光X線ホログラフィーの結果と一致する。


Keywords: 光電子ホログラフィー、強磁性半導体、スピントロニクス材料


背景と研究目的:

 近年、電子の電荷とスピンの両方を利用した機能デバイス(スピントロニクス)の研究が盛んに行われている。例えば、磁気抵抗ランダムアクセスメモリ(MRAM)は、現在主流の不揮発性メモリのフラッシュメモリよりも、高速動作で消費電力が小さいという特徴を持ち、次世代メモリとして有力視されている。希薄磁性半導体 Ge1-xMnxTe は、強磁性を持つ半導体であることから、このスピントロニクス素材として期待されているものの一つである [1]。強磁性発現のメカニズムについては、Ge1-xMnxTe がホールを持つことから、キャリア(ホール)誘起型と考えられている。しかし、二元系化合物 MnxGe1-x が強磁性を持つ [2] ため、その小クラスターができており、Ge1-xMnxTe は「真」の強磁性半導体ではないのではないか?と考える研究者も少なからず存在する。このような疑問に対しては、各元素周辺の(特に Mn 周辺の)結晶構造を調べることが良い解決法の一つである。

 最近、我々のグループは Ge0.6Mn0.4Te の Ge-Kα と Mn-Kα 蛍光X線ホログラフィー実験を行い、Ge と Mn 周辺の局所構造を明らかにした [3-5]。その結果、Mn と Te が NaCl 型格子を保持し、その位置が比較的安定であることが分かった。一方、Ge 原子については NaCl 型格子のサイトには存在するものの、その位置が比較的大きく揺らいでいる可能性が示唆された。これは母体の GeTe が歪んだ菱面体であることに起因していると思われる。このような原子配列の様子を確定させるためには、残る Te 周辺の局所構造解析を行い、全ての構成元素についての結果を合わせて議論することが望ましい。しかし、Te-Kα 蛍光X線のエネルギーは 27.5 keV と高く、その励起エネルギーは 31.8 keV(Te-K 吸収端)以上を必要とする。また、逆に Te- Lα 蛍光X線は 3.8 keV と低く、どちらも以前(2011年当時)は蛍光X線ホログラフィー実験が難しかった。(最近は、高エネルギー用 CdTe 検出器や[6, 7]、軽元素用グラファイト結晶分光器[8]が導入・整備されたため、その実験が可能となっている。)

 光電子ホログラフィーは光電子回折をベースにした手法で、SPring-8 発の独創的な解析手法 SPEA-MEM を利用することで特定元素の配列を立体的に得ることができる。光電子放出強度分布が、特定元素を中心とするその周囲の原子配置の「ホログラム」となることを利用する [9]。特に、蛍光収率が低い原子番号 20 付近よりも小さい原子については、その蛍光X線ホログラフィー実験が難しく、光電子ホログラフィー方の方が有利である。そこで本研究では、Ge1-xMnxTe の Te 周辺の様子を明らかにするために、光電子回折分光実験を行った。

 

実験:

 試料と標準試料の Ge0.6Mn0.4Te と GeTe は、分子線エピタキシーで BaF2(111) 基板上に作製した薄膜単結晶(膜厚は約 300 nm)である。この成膜は宇部高専で行われた。光電子ホログラフィー実験は、SPring-8 の BL25SU に設置してある二次元表示型球面鏡分析器(DIANA ; Display-type spherical mirror analyzer)を用いて行った。装置の写真を Fig. 1(a) に示す。釣鐘形状の真空チャンバー内に大型の DIANA が設置されている。アモルファス化しやすい特性を懸念して、当初、表面処理をせずに測定を試みた。GeTe の方は、それでも回折パターンが見られたが、Ge0.6Mn0.4Te の方は全くパターンが観測されなかったため、試料準備槽にて Ar+ スパッタリングによって試料表面の清浄化を行った後に解析槽に移送し測定した。Fig. 1(b) に 948 eV の励起光に対して測定した清浄化後の光電子スペクトルを示す。若干の O のピークが見られたが、Ge 3p、3d、Mn 2p、3p、Te 3d、4d のピークが見られ、表面はある程度清浄化されている。O のピークが完全になくなるまでスパッタリングした場合、回折パターンが全く観測されなくなった。表面の結晶構造が乱れたためと考えられる。スパッタリング後にアニールを行ったが回復しなかった。この試料の場合、温度を上げすぎるとアモルファス化してしまうため、その処理が難しい。適度な厚みの酸化膜を残した状態にスパッタリングしなければならず、試料調整に苦労した。そのため、光電子ホログラムを得られる表面清浄化を行うことができたのは1つだけだった。948 eV の励起光に対して、運動エネルギーが 900 eV の光電子放出強度の角度分布を測定して、Te 4d 光電子回折パターンを取得した。

 

       

  Fig. 1:SPring-8 BL25SU の光電子ホログラフィー実験装置 (a) と Ge0.4Mn0.6Te の光電子スペクトル (b) 。

 

結果および考察:

 得られた Te 4d 光電子回折パターンと試料の結晶構造を Fig. 2 に示す。Fig. 2(a) に示すように GeTe では、菱面体の本来の格子位置から変位し、3つの長い結合と3つの短い結合からなる歪んだ構造となっており、バルク結晶では <111> の方位に対して、<001> 方位は約 50˚ となる [10]。光電子放出パターンには、光電子を放出する元素から見た周囲の原子の存在する方向に「前方収束ピーク」が現れる。GeTe の光電子回折パターン(Fig. 2(c))に見られた前方収束ピークに結晶方位を示す。<001> は 51.9˚ となっており、バルク結晶で予想された 50˚ よりも大きい。これは試料が薄膜であり、基板の影響を受けているためであると思われる。Mn が Ge と置換し濃度が増えると x = 0.2 を超えたあたりから Ge1-xMnxTe は NaCl 型構造(Fig. 2(b))に変わることが知られている [11]。本研究で得られたパターン(Fig. 1(d))でも、<001> の前方収束ピークが <111> に対して、NaCl 型本来の角度である 54.7˚ に観測された。

 

       

Fig. 2:菱面体GeTeの結晶構造 (a) と光電子回折パターン (c)、岩塩型構造の Ge1-xMnxTe の結晶構造と (b) と光電子回折パターン (d)。

 

 Fig. 2 (d) の Ge0.6Mn0.4Te の Te 4d 光電子回折パターン(光電子ホログラム)より、原子像再生を行なった結果を Fig. 3 (a) に示す。中心元素 Te を含む (001) 面で、歪みのない NaCl 型を仮定した Te 原子のサイトを実線の丸で、Ge または Mn のサイトを破線の丸で示す。また、歪みのない NaCl 型 Ge0.6Mn0.4Te のモデルクラスター(クラスター半径 1 nm)に対して光電子ホログラムを計算し、それより再生した原子像を Fig. 3(b) に示す。原子配列は、NaCl 型とほぼ一致しており、Mn が格子間に潜り込んでいるような様子は見られない。原子が動径方向に伸びているのは、3 次元像復元の際に、並進対称操作をして 4π [sr] の光電子ホログラムを張り合わせて、球体状に復元しているのが原因である。並進対称操作をした場合、動径方向に伸びる傾向がある。そのため、中心元素 Te の第2配位の像は、中心元素と第4配位の影響で×のように像が伸びている。この伸びは、計算値と実験値の両方に見られ、3次元像復元の際に起こる現象であるため、原子の揺らぎとは関係ない。そのため原子位置の変位を議論することができない。

 Fig. 2 (d) の Ge0.6Mn0.4Te の Te 4d 光電子ホログラムより再生した、中心元素 Teを含む (001) 面より 1/2 格子(0.295 nm)上の (002) 面の結果を Fig. 4 (a) に示す。Fig. 3 と同様に、歪みのない NaCl 型を仮定した Te 原子のサイトを実線の丸で、Ge または Mn のサイトを破線の丸で示す。また、モデルクラスターの原子像を Fig. 4(b) に示す。計算の再生像は、歪みのないモデルなので当然であるが、ぼやけのない原子像が、実線・破線の丸のほぼ中心に見られる。一方、実験の Te サイトの原子像は、横長に伸びた原子像が実線の丸内に観測された。この伸びは、動径方向に直交する向きなので、(001)面とは異なり本質的なものである。定量的な分析は、光電子ホログラムが1波長(1エネルギー)だけのために難しいが、この「横長に伸びた」結果は、蛍光X線ホログラフィーの結果から示唆された Te サイトに揺らぎがあることと定性的に一致する。蛍光X線ホログラフィーの場合、Ge-Kα(9.9 keV)、および Mn-Kα 5.9 keV)蛍光X線の脱出深さが分析深さとなり、約数 µm である。今回の光電子ホログラフィーでは 948 eV の光電子を検出したので、その脱出深さは 15 Å 程度である。従って、蛍光X線ホログラフィーではバルク、光電子ホログラフィーでは表面近傍を観測していることになる。光電子で評価した構造は、蛍光X線のものとは異なることが懸念されるが、薄い表面酸化膜に保護されているため、大きな表面再構築などは起こっていないと思われる。今回の光電子ホログラフィー実験より、蛍光X線ホログラフィー実験の結果を裏付けることができたと考える。

 

       

Fig. 3:実験で得られたホログラムより再生した(001)面の原子像 (a) とモデルクラスターに対して計算したホログラムより再生した原子像 (b)。

 

       

Fig. 4:実験で得られたホログラムより再生した(002)面の原子像 (a) とモデルクラスターに対して計算したホログラムより再生した原子像 (b)。

 

今後の課題と展望:

 本研究では、Ge0.6Mn0.4Te の Te 4d 光電子ホログラム測定を行い、Te 周辺の原子像を再生した。その結果、Te サイトに原子位置の揺らぎがある(正確には、Te–Te 間の相対位置関係に揺らぎがある)ことが分かった。この結果は、先行の蛍光X線ホログラフィーの結果 [5] を裏付けるものである。残念ながら、試料表面の清浄化が難しく、得られたホログラムが1つだけだったため定量的な分析が困難となった。そのため、蛍光X線ホログラフィーの結果に対して、相補的な新たな知見を得ることができなかった。光電子ホログラフィーでは、試料表面準備が重要であり、今回の試料のように比較的に低温でアモルファス化してしまうような場合、スパッタリング後の十分なアニール処理を行うことができないなど、色々な課題が明らかになった。

 

謝辞:

 本研究は、本学の竹原祐紀君、藤原真講師、および田中公一教授、広島工業大学の尾崎徹教授、山口大学の浅田裕法教授と共同で行った。XFH 実験は、SPring-8(課題番号:2011B1142)で行った。また、本研究は科研費(19560017)の助成を受けたものである。ここに深く御礼申し上げたい。

 

参考文献:

[1] Y. Fukuma et al., Physica E (Amsterdam), 10 273 (2001).

[2] Y. D. Park et al., Science, 295 651 (2002).

[3] N. Happo et al., Jpn. J. Appl. Phys., 50 05FC11 (2011).

[4] N. Happo et al., e-Journal of Surface and Nano Technology, 9 273 (2011).

[5] N. Happo et al., J. Phys. Soc. Jpn., 83 113601 (2014).

[6] T. He et al., Phys. Rev. B, 97 104503 (2018).

[7] K. Kimura et al., Surf. Interface Anal., 51 51 (2018).

[8] N. Happo et al., Jpn. J. Appl. Phys., 57 058006 (2018).

[9] T. Matsushita et al., Phys. Rev. B, 78 144111 (2008).

[10] J. Goldak et al., J. Chem. Phys., 44 3323 (1966).

[11] R. W. Cochrane, M. Plischke, and J. O. Strom-Olsen, Phys. Rev. B, 9 3013 (1974).

 

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(Received: March 22, 2019; Early edition: August 30, 2019; Accepted: December 16, 2019; Published: January 22, 2020)