SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume8 No.1

SPring-8 Section A: Scientific Research Report

霊長類の歯牙内部における微細構造の非破壊的可視化
Non-destructive Visualization of Microstructures in Primate Teeth

DOI:10.18957/rr.8.1.71
2016A1692 / BL20B2

佐々木 智彦a, 清水 大輔b

Tomohiko Sasakia, Daisuke Shimizub

a京都大学, b中部学院大学

aKyoto University, bChubugakuin University

Abstract

 二次象牙質の蓄積量やセメント質の層構造などの、歯牙内部の微細構造は、霊長類を含めた哺乳類の年齢推定に用いられる。しかし、現在のところ破壊的な観察方法しか存在しないため、CT 撮影によりこれが非破壊的に観察可能かどうかを調べた。二次象牙質はその境界を明瞭には観察できなかったが、セメント質の層構造は、個体によっては、観察することができた。実験後の被写体を従来方法で観察し、今回の結果と比較することにより、従来から観察されてきた層構造と同一のものを、非破壊的に観察できていることが確認された。


Keywords: 象牙質、セメント質、年齢推定、CT


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背景と研究目的:

 ヒトは、他の霊長類に比べ、突出して長寿である。食料生産や医療技術の発達を差し引いても、その長い寿命は、ヒトの、生物としての、大きな特徴である[1]。この特徴がどのように進化してきたのかを調べるには、過去の人類の寿命を明らかにする必要がある。化石標本から各個体の死亡時の年齢を調べ、その時代におけるヒトの生活史を復元することが、これを可能にする現在唯一の方法である。

 

 化石からその死亡時の年齢を推定する方法は様々あるが、中でも、歯の内部の微細構造を用いた方法は、他の方法にはない有利な点を備えている。たとえば、歯は人体で最も硬い組織であり、保存されやすく、標本数が確保されやすい。また、骨は一生の間に内部組織が常に置き換えられるのに対して、歯は既にある内部組織を保ったまま付加的に成長する。このため歯には、内部の微細構造に、個体が成長してきた記録が残されており、この点で、骨よりも年齢推定に適している。

 成熟個体に適用可能な、歯牙の微細構造を用いた方法として、二次象牙質を用いたものと、セメント質を用いたものが挙げられる。二次象牙質は、歯牙内腔の壁面に、一生を通じて徐々に蓄積される硬組織であり、その蓄積量が年齢を示す指標として用いられる。セメント質は、歯根の表面に、1年に1本形成されるといわれる層構造を作りながら蓄積し、この層の数が年齢推定に利用される。

 しかし、二次象牙質は、年齢との関連が低い一次象牙質と接しており、この境界が識別され、分離されなければ、年齢との高い相関を得ることは難しいと考えられる。実際、(大型放射光施設のX線を用いない)通常のマイクロ CT (Computed Tomography) を用いた著者らの研究では、一次と二次の象牙質を分離することはできず、その合算体積(に相当する量)と年齢との間に、弱い相関を報告しているのみである[2]。また、セメント質の層構造を通常のマイクロ CT 撮影を用いて可視化に成功した例は、我々の知る限り、これまでに報告されておらず、著者らの予備的調査においても可視化することはできなかった。

 一次象牙質と二次象牙質の境界や、セメント質の層構造は、歯を薄片標本にし、透過型光学顕微鏡で観察することにより、認識することができる。しかし、数少ない貴重な化石標本を薄片にすることは、非現実的である。そこで著者らは、大型放射光施設、SPring-8 のX線を用いた CT 撮影によって、一次象牙質と二次象牙質の境界や、セメント質の層構造が、非破壊的に可視化できるかどうかを検証した。単色のX線は CT 画像のアーティファクトを軽減し、高い空間コヒーレンスは CT 画像上において物体間の境界を強調することが知られている[3]。本実験において、上述の構造が、非破壊的に可視化されることが期待された。

 実験の後の、2019年に、European Synchrotron Radiation Facility (ESRF) における CT 撮影によって、ヒトのセメント質層構造の可視化に成功した旨の論文が、発表された[4]。セメント質層構造を初めて非破壊的に観察し発表した、画期的な成果である。しかし、この研究では、CT 画像上に見える層構造と薄片標本で観察できる構造との対応関係は、調べられなかった。本報告では、SPring-8 の実験で得られた CT 画像について報告するとともに、被写体標本を実験後に薄片にし、その顕微鏡像と CT 画像を比較した結果について、報告する。

 

実験:

 被写体とした標本は、象牙質の境界を見るために、比較的高齢なチンパンジーの下顎犬歯を1本もちいた。また、セメント質の層構造を見るために、ニホンザルの切歯を2個体分、上下それぞれ1本ずつ、計4本用いた。切歯が提供されたニホンザルは、実験前に、その左右反対側の上顎切歯が薄片にされ、顕微鏡観察によりセメント質の層数が、15本、および4本であることが確認された個体である。なお、実験申請時に予定していた古人骨の歯は、使用しなかった。実験時間を短縮・簡略化するため、年齢情報のない古人骨標本の撮影は省略し、結果の検証に有益と思われる年齢情報のある、チンパンジーとニホンザルの撮影を優先した。

 CT 撮影は、ビームライン BL20B2 にて行われた。主な撮影条件は表1に示すとおりである。ここに示すX線エネルギーの値は、最適なコントラストが得られるよう、予備的な数回の事前撮影を経て、決められたものである。X線検出器は 2048×2048 画素・露光時間2秒の CCD カメラを使用した。

 

表1.CT 撮影条件
  X線エネルギー 画素サイズ プロジェクション枚数 標本—検出器間距離
 チンパンジー
 犬歯
51 keV 6.47 µm 1800 枚 600 mm
 ニホンザル
 切歯
30 keV 6.47 µm 1800 枚 600 mm

 

 CT 撮影の後に、ニホンザル下顎切歯の内の1本を薄片にし、光学顕微鏡下で観察した。まず、比較したい CT 断層画像を選定し、その断面が歯のどの部分を通っているか、3次元画像化ソフトウェアを用いて判断し、実際の歯の表面に書き込んだ。この書き込みを目標に歯を研磨し、約 100 µm 厚の薄片を作成した。研磨剤は 3 µm 粒径のものを、仕上げとして使用した。ヘマトキシリン溶液で10分間染色し、透過型光学顕微鏡(Nikon Eclipse Ni-U)で観察した(10x4)。

 

結果および考察:

 チンパンジーの犬歯 CT 画像において、一次象牙質と二次象牙質の境界は、X線吸収率の違いなどから、うっすらとは認識できた。しかし、二種類の象牙質を歯根全域にわたって区別できうるほどの、明瞭なコントラストは得られなかった。一方で、うっすら認識できた二次象牙質の厚みは、年齢に比して非常に薄かった。二次象牙質の成長速度に、大きな個体差があることが示唆され、たとえ二次象牙質が単離できたとしても、年齢推定の精度の大幅な向上は、期待できないのではないかと考えられた。

 一方、ニホンザル切歯の CT 画像では、1つの個体に、セメント質の層が確認された。この個体では、実験前に、右側上顎切歯のセメント質層が15層であることが、薄片観察により確認されていた。今回 CT 撮影された左側上顎切歯にも、15本の層が CT 画像上で確認された(図1)。

 

   

  図1.CT撮影により可視化されたセメント質の層構造。(ニホンザル左側上顎切歯)

 

 層構造が CT 画像で比較的明瞭に観察された個体において、実験後に被写体となった下顎の切歯を薄片にし、顕微鏡観察を行った。同じ部位の断面において CT 画像と比較すると、セメント質の層構造が、両者において一致していた(図2)。このことにより、CT 画像において認識されている層構造は、薄片の顕微鏡観察により認識される層構造と、同一のものであることが確認された。これまでの破壊的な方法によるものと同じものを、非破壊的に観察していることが確認できたという点において、今後、この手法を発展させていく上で、重要な発見である。

 

       

図2.CT 画像(グレー)と顕微鏡像(カラー)との比較。セメント質部分を拡大(右)

 

今後の課題:

 一次象牙質と二次象牙質の境界を明瞭にし、二次象牙質を仮想的に分離するためには、CT 画像のコントラストを上げる必要がある。プロジェクション枚数を増やし、ノイズを減らすなどの方法が考えられる。しかし一方で、たとえ二次象牙質が分離できたとしても、その蓄積量には個体差が大きく、年齢推定の精度を必ずしも向上させるとは言えない可能性が、今回の実験で示唆された。このことを明らかにするには、今後、複数の個体に対して今回と同様な実験を行う必要がある。

 セメント質の層構造は、大型放射光施設のX線を用いた CT 撮影により、非破壊的に可視化できることが明らかとなった。しかし、層構造の解像度は、今回の撮影条件で必ずしも十分ではなく、個体によっては不鮮明となることも明らかとなった。今後、画像の解像度を上げるために、画素サイズを小さくすることが考えられるが、標本の大きさがカメラの視野をこえてしまうため、撮影には更なる工夫が必要である。標本全体を複数回に分けて撮影し、それぞれのプロジェクション画像を撮影後に接合させ、カメラサイズを大きくしたのと同じ効果を得る方法や、カメラの視野をこえてしまった部位の情報を、比較的粗い解像度で撮影した全体CT画像で補完する方法など、今後、試行していきたい。

 

参考文献:

[1] M. Gurven, H. Kaplan, Popul. Dev. Rev. 33, 321-365 (2007).

[2] T. Sasaki, O. Kondo, Anthropol. Sci. 122, 23-35 (2014).

[3] P. Tafforeau, et al., Appl. Phys. A 83, 195-202 (2006).

[4] A. L. Cabec et al., Am. J. Phys. Anthropol. 168, 25-44 (2019).

 

”creative

 

(Received: March 27, 2019; Early edition: August 30, 2019; Accepted: December 16, 2019; Published: January 22, 2020)