SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume8 No.1

SPring-8 Section A: Scientific Research Report

高温高圧条件下におけるGhost-leg型2次元ニッケルナノシートの構造及び電荷秩序の探索
Investigation of Crystal Structure and Charge Ordering of Ghost-leg like 2D Nickel Nanosheet under High Pressure and High Temperature Conditions

DOI:10.18957/rr.8.1.66
2016A1667 / BL10XU

橋口 良太a, 前里 光彦a, 大坪 主弥a, 平尾 直久b, 大石 泰生b, 北川 宏a

Ryota Hashiguchia, Mitsuhiko Maesatoa, Kazuya Otsuboa, Naohisa Hiraob, Yasuo Ohishib, Hiroshi Kitagawaa

a京都大学大学院理学研究科化学専攻, b(公財)高輝度光科学研究センター

aDivision of Chemistry, Graduate School of Science, Kyoto University, bJASRI

Abstract

一次元ハロゲン架橋遷移金属錯体 (MX-chain) は金属イオンとハロゲン化物イオンが直線状に交互に並んだ理想的な一次元構造を持つ錯体であるが、近年、一次元鎖を有機配位子で連結して次元性を拡張したMX錯体の研究が注目を集めている。本研究では、あみだくじ状の構造を持つ二次元シート型 MX 錯体について、ダイヤモンドアンビルセルを用いた高圧下での粉末X線回折測定を行い、その構造及び電子状態の変化を検証した。


キーワード: MX錯体、低次元化合物、高圧、X線結晶構造解析


背景と研究目的:

 一次元ハロゲン架橋遷移金属錯体 (MX-chain) は、金属イオン (Ni, Pd, Pt) とハロゲン化物イオン (Cl, Br, I) が直線状に交互に並んだ理想的な一次元構造をした化合物であり、低次元系特有の電子状態を有する物質である[1]。その電子状態は金属種に依存する。すなわち白金、パラジウムを用いた場合には、強い電子格子相互作用により2価と4価の金属イオンが交互に並んだ電荷密度波 (CDW: ⋯M2+⋯X-M4+-X⋯M2+⋯X-M4+-X⋯, M = Pt, Pd) 状態[2]、ニッケルを用いた場合には、強いオンサイトクーロン反発エネルギーによりすべてのニッケルイオンが3価である Mott-Hubbard (MH: –Ni3+–Br–Ni3+–Br–Ni3+–Br–Ni3+–Br–)状態[3]となる。近年では白金を用いた MX 錯体において、一次元鎖を有機配位子で連結した2本鎖 ladder 型[4]、4本鎖 tube 型[5]などの次元拡張型 MX 錯体が合成されている。これらの新規 MX 錯体は、鎖間の相互作用のために1本鎖 MX-chain とは異なる電子状態となることが明らかとなっており、大きく注目を集めている。

 最近我々は環状配位子を有するニッケル二核錯体を塩素または臭素を用いてハロゲン酸化することにより、新規の次元拡張型 MX 錯体の合成に成功した[6]。この錯体はこれまでに例のない特異なあみだくじ状の2次元シート構造を持つことが単結晶X線構造解析により明らかとなっており(図1)、臭素架橋体については、温度可変単結晶構造解析、粉末X線構造解析の結果から 30 ℃ 付近で結晶水が脱離して層間距離が縮まることが示唆された。さらにこの錯体の電子状態は、低温ではニッケルイオンが鎖内で2価、3価で交互に並んだ混合原子価(電荷秩序)状態にあるが、高温では架橋臭素イオンのシフトによりニッケルイオンが平均2.5価の平均原子価状態となっていることが単結晶構造解析より示唆されている。これらは全て常圧下での変化であるが、本研究課題では、高圧下における構造の温度変化および転移温度の変化について新奇の知見を得ることを目的として、波長 0.5 Å の放射光を用いて圧力を 0 ~ 9.62 GPa、温度を室温 ~ 123 ℃ の範囲で温度可変粉末X線回折測定を行った。

 

       

図1. 二次元シート型 MX 錯体、[Ni2Br2(BPCE)]Br3 の結晶構造。原子の色は、緑色: ニッケル、茶色: 臭素、黒色: 炭素、青: 窒素。カウンターアニオン、水分子は省略。

 

実験:

 あみだくじ状の二次元シート型MX錯体、[Ni2Br2(BPCE)]Br3 (BPCE = 1,2-bis(1,4,6,8,11-pentaaza- cyclotetradecane-6-yl)ethane, 結晶構造: 図1。三斜晶 P−1, a = 9.792(3) Å, b = 11.272(3) Å, c = 17.217(4) Å, α = 89.901(3)°, β = 79.232(3)°, γ = 89.586(3)°, V = 1866.8(9) Å3, Z = 2, Ni1–Br1 = 3.037 Å, Ni1–Br2 = 2.984 Å, Ni2–Br1 = 2.627 Å, Ni2–Br2 = 2.670 Å) は以下のようにして合成した。ニッケル二核錯体、[Ni2(BPCE)]Br4 のメタノール・水混合溶液に臭素ガスを徐々に溶解、拡散させることで、緑色粉末を得た。この粉末を圧力媒体にヘリウムガスを、ガスケットに SUS を用いたダイヤモンドアンビルセル (culet size 500 μm)に封じ、室温にて 0 ~ 9.62 GPa の領域で圧力可変粉末X線回折測定を行った (検出器: IP、露光時間 180 s)。放射光の波長は 0.497 Å とし、圧力の測定にはルビーの Raman スペクトルを用いた。次に化合物の高圧 Raman スペクトル(図2)において変化の見られた 2.6 GPa の上下、約 2 GPa と約 4 GPa において室温 ~ 140 ℃ までの温度可変粉末X線測定を行った (なお、2.6 GPa 以上で新たに現れた低角側のピークは混合原子価 (2価3価) から平均原子価 (2.5価) への部分的な転移に由来すると予想される)。圧力可変粉末X線回折測定の結果については TOPAS による Le Bail フィッティングを行い、得られた格子定数の圧力依存性を観察した。

 

          

図2. [Ni2Br2(BPCE)]Br3 の室温における高圧 Raman スペクトル。入射光は鎖に平行に入射。緑色と青色の破線は ν(Ni–Br) 基音のピークのフィッティング曲線。

 

結果および考察:

 室温における圧力可変粉末X線測定の結果を図3に、Le Bail フィッティングに基づく格子定数の圧力依存性を図4に示す。0.31~1.89 GPa までは単斜晶 P21/n、3.38~9.62 GPa では三斜晶 P−1 を仮定して Le Bail フィッティングを行った。格子定数については 0.3 GPa の値で規格化を行った。粉末X線回折パターンにおいては圧力印加に伴う高角側へのピークシフトが観測され、格子の収縮が確認されたが、大きな構造の変化は観察されなかった。格子定数の圧力依存性は 3.4 GPa 以上では緩やかになっており、化合物の高圧 Raman スペクトルの結果と併せて考えると、2 ~ 3 GPa 付近を境に化合物の構造および電子状態に変化が起こっていることが示唆され、その内容としては電荷秩序状態の抑制などが考えられる。なお、図4において a 軸方向に特に大きな格子定数の変化がみられているのは、a 軸が層間方向に相当し、圧力印加に特に敏感であるためと推測される。

 

          

       図3. [Ni2Br2(BPCE)]Br3 の室温における高圧粉末X線回折パターン。

       黒線は Le Bail 法によるフィッティング曲線。

 

          

           図4. 格子定数と Cell Volume の圧力依存性。

 

 次に、室温で約 2 GPa と約 4 GPa に加圧してから粉末X線回折の温度依存性を測定した結果をそれぞれ図5、6に示す。低圧の約 2 GPa では 66 ℃ まで加熱しても格子の熱膨張に伴うピークシフト以外の変化は見られなかったが、101 ℃ まで加熱すると従来のピークに加えて新たなピークが現れる様子が観察された。また 144 ℃ まで加熱するとほとんどのピークが消失し、結晶構造が熱で壊れていることが確認された。一方で高圧の約 4 GPa の場合には 116 ℃ まで熱膨張によるピークシフト以外の変化は観察されず、印加しながら室温まで冷ますことで粉末X線回折パターンが加熱前の状態に戻ることが確認された。常圧下では 60 ℃ における単結晶X線結晶構造解析にて結晶構造の高温相が出現することが確認されており、約 2 GPa に印加した場合に 101 ℃ に加熱して現れた新たなピークはこの高温相に由来すると予想される。加熱温度が 66 ℃ の場合においてこの高温相由来と考えられるピークが現れなかった理由は圧力印加により相転移が抑制されたためであり、約 4 GPa に印加した場合に 116 ℃ でもこれらのピークが出現しなかったのは同様の理由によると推測される。

 

          

           図5. 約 2 GPa におけるⅩ線回折パターンの温度依存性。

           *は 2.71 GPa 印加時、0 ~ 10° に新たに出現したピーク。

 

 

          

          図6. 約 4 GPa におけるⅩ線回折パターンの温度依存性。

 

今後の課題:

 本研究では約 2 GPa の圧力を印加して 101 ℃ 以上に加熱することで粉末X線回折パターンに新たなピークが観測されたが、その結晶構造の詳細については不明である。常圧下高温時の単結晶構造解析を進め、そこから計算される粉末X線回折パターンと比較する等の解析を通じてこの新たなピークが常圧下高温時の結晶構造に対応するか否か、対応しない場合の結晶構造と電子状態を調査する必要がある。特に、圧力下におけるニッケルの酸化状態(電荷秩序の有無)に関する情報が必要である。さらに同形構造をもつ塩素架橋体についても同様の測定を行うことにより、あみだくじ状二次元シート型錯体という新物質群の構造と電子状態についての知見を深められると考えられる。

 

参考文献:

[1] “Material Designs and New Physical Properties in MX- and MMX-Chain Compounds”, M. Yamashita, H. Okamoto, ed., Springer: London, (2013).

[2] K. Nasu, J. Phys. Soc. Jpn. 53, 302-311 (1984).

[3] K. Toriumi et al., J. Am. Chem. Soc. 111, 2341-2342 (1989).

[4] A. Kobayashi, H. Kitagawa, J. Am. Chem. Soc. 128, 12066-12067 (2006).

[5] K. Otsubo et al., Nat. Mater. 10, 291-295 (2011).

[6] R. Hashiguchi et al., Angew. Chem. Int. Ed. 56, 3838-3841 (2017).

 

”creative

 

(Received: May 29, 2019; Early edition: August 30, 2019; Accepted: December 16, 2019; Published: January 22, 2020)