SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume7 No.2

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

X線磁気円二色性によるPt/Y3Fe5O12の磁性解析
Magnetic Analysis for Pt/Y3Fe5O12 Probed by X-ray Magnetic Circular Dichroism

DOI:10.18957/rr.7.2.269
2015B5072 / BL16XU

野崎 洋a, 河野 欣b, 原田 雅史a, 山口 聡a, 加藤 晃彦a, 堂前 和彦a

Hiroshi Nozakia, Yasushi Kounob, Masashi Haradaa, Satoshi Yamaguchia, Akihiko Katoa, Kazuhiko Dohmaea

a(株)豊田中央研究所, b(株)デンソー

aToyota Central Research & Development Labs., Inc., bDENSO Co., Ltd.

Abstract

X線磁気円二色性測定により、Pt/Y3Fe5O12(YIG) 薄膜の磁性を解析した。その結果、試料へのX線入射角が深くなるにつれて、Fe の XMCD 信号強度が増大した。これは、Pt/YIG 界面付近において、YIG 中の Fe の磁気モーメントが小さくなっていることを示唆する。


キーワード: X線磁気円二色性、熱電材料、YIG


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背景と研究目的:

 Y3Fe5O12 (YIG; yttrium iron garnet) 基板に Pt 薄膜を積層させたいわゆるスピントロニクスデバイスは、磁場を印加しながら温度差を与えると熱起電力を生じる[1]。その性質から、新しい熱発電素子としての利用可能性があるばかりでなく、磁気トンネル接合(MTJ; magnetic tunnel junction)した素子の高周波に対する高発振特性から、ミリ波電波の発振素子としての利用可能性も検討されている。このように磁性体と非磁性体の積層膜で構成されるスピントロニクスデバイス素子の特性には、膜の構造や磁気特性が強く影響すると考えられている。しかしナノメートルオーダーの膜中の磁性評価は困難なため、膜の構造と磁気特性の関係は不明だった。放射光X線を用いたX線磁気円二色性測定(XMCD; X-ray Magnetic Circular Dichroism)は元素選択性があり、試料を構成する元素毎の磁性を観測可能である。スピントロニクスデバイスに対して、XMCD 測定で Pt と Fe の磁性を調べた結果が報告されている[2,3]。しかし、表面・界面付近の磁性を調べた例は報告されていない。そこで、本報告では XMCD の角度依存性測定を実施し、スピントロニクスデバイスの表面・界面付近の磁性を調べることを目的とした。

 

実験:

 測定した試料は、10 mm × 10 mm × 1 mm の YIG 多結晶基板(pYIG)、および Pt/pYIG、Pt/Fe/pYIG の3試料だった。いずれの試料も、Pt 層の厚さは 1 nm、Fe 層の厚さは 0.5 nm だった。さらに、標準試料として Fe 箔とバルクの YIG を測定した。XMCD 測定は SPring-8 の BL16XU(サンビーム)において実施した。測定のセットアップを図1に示す。アンジュレータから放出され、Si(111) 二結晶分光器で単色化した直線(水平)偏光のX線を、ダイヤモンド位相子を用いて、左回りまたは右回りの円偏光X線に変換した。生成した円偏光X線をスリットで縦 0.2 mm × 横 0.1 mm に成形し、試料に照射した。薄膜試料には、リング状の Nd2Fe14B 永久磁石を対向させてX線の入射方向に約 0.1 T の静磁場を印加した。シリコンドリフト検出器(SDD)を用いて、試料から放出される蛍光X線を計測し、左右円偏光に対するX線吸収スペクトル (XAFS) スペクトル [IL(E), IR(E)] を測定した。測定した XAFS スペクトルから、式 XMCDm(E) = [IL(E) - IR(E)] / [IL(E) + IR(E)] により XMCD スペクトルを求めた。さらに、XMCD 信号強度が微弱な場合、幾何学的配置などによりスペクトルが歪み、正確に解析できない可能性がある。Shimizu らは、磁場と偏光状態を反転させた測定で歪みを解消できることを示した[4]。そこで、今回の測定では印加磁場の方向を変えた配置で XMCD 測定し [XMCDm(E)と XMCDp(E)、図1参照]、式 [XMCDm(E) – XMCDp(E)] / [XMCDm(E) + XMCDp(E)] により、最終的な Fe K 吸収端の XMCD スペクトルを求めた。XMCD 測定するX線の入射角度は、あらかじめ測定したX線反射率プロファイルから決定した(図2)。測定した最低角 0.25° と最高角 0.35° におけるX線の侵入長は、X線反射率スペクトルシミュレーション[5,6] からそれぞれ 3 nm と 20 nm と見積もられた。決定した各角度において、XAFS スペクトルと XMCD スペクトルを測定した。

 

             

図1 XMCD の測定配置図。上から見た図で、試料は縦置きに配置した。(図は XMCDm の測定配置図で、XMCDp は外部磁場 Hexの向きが逆になる)

 

         

図2 Pt/pYIG と Pt/Fe/pYIG のX線反射率プロファイル。X線の波長は 0.15406 nm(Cu Kα)で、横軸は波数 Q、縦軸は反射率強度の対数 R を表す。全反射臨界角 θc は 0.406 nm-1 である。

 

結果および考察:

 図3に各試料の XANES スペクトルの入射角度依存性を示す。入射角が深くになるにつれて、吸収端エネルギーが低エネルギー側にシフトした。一方、7.108 keV 付近のプリエッジピーク形状は変化しなかった。これらの現象は、YIG の局所構造は変化しないが、酸素欠損などが存在する可能性を示唆する。図4に吸収端高さが 0.5 になるエネルギー(E0)の入射角依存性を示す。試料表面側の吸収端エネルギーはバルクの YIG に近く、角度が深くなるにつれて低価数側に約 2 eV シフトした。これは、YIG の結晶構造変化、または電子構造変化が寄与していると考えられる。YIG の結晶構造変化に関しては、陽電子消滅測定から示唆された空孔の存在が寄与している可能性、また電子構造の変化に関しては、半導体接合界面におけるバンドの変化が寄与している可能性が考えられる。

 

        

図3 各角度における XAFS スペクトル。スペクトルは吸収端高さ µ が1になるように規格化した。また、µ=0.5 になるエネルギーを 0と定義した(図中に Fe 箔の E0 を示す)。

 

        

図4 E0 の入射角度依存性。ここで E0 は規格化した XANES スペクトルの吸収端高さが 0.5 になるエネルギー(図2参照)。参照試料として、Fe 箔と YIG の結果も示す。

 

 図5に各試料の代表的な角度で測定した XMCD スペクトルを示す。Pt/YIG 試料、Pt/Fe/YIG 試料ともに 7.105 keV – 7.11 keV 付近に幅の狭い XMCD 信号が観測された。これは、過去の報告から YIG 中の Fe による XMCD 信号であると判断した[2]。また、両試料ともに 7.11 keV – 7.13 keV に幅の広い XMCD スペクトルが観測された。Fe 箔では 7.115 keV – 7.13 keV の間で幅の広い XMCD スペクトルが観測されたが(図5下)、Fe 箔の XMCD スペクトル形状は YIG 試料と異なるので、Pt/YIG 試料および Pt/Fe/YIG 試料の E > 7.11 keV で観測された幅の広いスペクトルは、Fe 単体の信号ではないと考えられる。詳細な原因は不明だが、(1) 界面の特異な状態や YIG の電子状態を反映している可能性、(2) 測定系の対称性の問題が考えられる。さらに、今回測定した Pt/Fe/YIG 試料から Fe 層に由来する XMCD スペクトルは観測されなかった。これは、Fe 層が非常に薄いために XMCD 信号が弱い、Fe 層の磁性が消失または減じている可能性が考えられる。

 

           

               図5 各試料の XMCD スペクトル

 

 次に、XMCD 信号強度の角度依存性から YIG 中の Fe の磁化変化を調べた。XMCD 信号が最も大きくなる E = 7.107 keV 付近の XMCD 信号強度は、X線の入射角が 0.35° と 0.25° の時でそれぞれ 0.002 と 0.001 だった。YIG へのX線の侵入長は 45.5 nm (0.35°) と 4.5 nm (0.25°) なので(括弧内は入射角)[5,6]、入射角が 0.35° の時をバルクの状態と考えると、表面 4.5 nmより浅い領域の磁化は、バルクの約 50 %になっていることを示唆する。また、表面における磁化の減少は、YIG の電子状態の変化を反映している可能性が考えられる。

 

今後の課題:

 今回の XMCD 測定で、スピントロニクスデバイスの磁化の深さ依存性を解析可能なことが示唆された。しかし、幾何学的な配置による影響と考えられる XMCD 信号の歪みが生じたので、測定配置の最適化により XMCD 信号の歪みが生じないようにする必要がある。また、元素選択性は無いものの、薄膜の磁化を直接解析する手法として、偏極中性子反射率測定の相補的利用が有効と考えられる。

 

参考文献:

[1] B. F. Miao, et al., Phys. Rev. Lett. 112, 236601 (2014).

[2] S. Geprägs, et al., Applied Physics Letters 101, 262407 (2012).

[3] Y. M. Lu, et al., Phys. Rev. Lett. 110, 147207 (2013).

[4] N. Shimizu, et al., J. Phys. Soc. Jpn. 73, 800 (2004).

[5] X-ray Interactions with matter, The Center for X-Ray Optics; http://henke.lbl.gov/.

[6] B.L. Henke, et al., Atomic Data and Nuclear Data Tables 54, 181-342 (1993).

 

 

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(Received: March 29, 2019; Accepted: July 16, 2019; Published: August 29, 2019)