SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume7 No.2

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

GaN/GaInN薄膜の格子ひずみとIn組成のμmオーダ分布解析
Analysis of Lattice Strain and In Composition Distribution of GaN/GaInN Thin Films

DOI:10.18957/rr.7.2.304
2018A1598 / BL13XU

稲葉 雄大, 山口 雄大, 水島 啓貴, 工藤 喜弘

Yuta Inaba, Yudai Yamaguchi, Hirotaka Mizushima, Yoshihiro Kudo

ソニー株式会社

Sony Corporation

Abstract

 発光デバイスに用いられる GaN/GaInN 薄膜では、In 組成むらや格子ひずみ分布が発光特性に影響を及ぼすと考えられている。このことを実験的に検証することを目的として、マイクロビームを用いたX線回折測定による格子ひずみ解析と蛍光X線測定による In 組成解析を行った。その結果、場所による In 組成および格子ひずみの変化が明らかになった。


Keywords: 窒化ガリウム、逆格子マップ、マイクロビーム、蛍光X線分析


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背景と研究目的:

 GaN 系発光デバイスの活性層には Ga1-xInxN 層が用いられており、In 組成を増やすにつれて発光波長が長波長化するが、一般に発光効率は低下する。この現象には、In 組成ゆらぎと格子ひずみが大きな影響を与えていると考えられている[1]。 GaN と InN は熱力学的に均質な混晶になりにくく、In 組成を増やすほど相分離しやすいことが知られているが、その発光特性への影響は単純ではない。一般的に相分離は発光特性の低下を招くと思われるが、In の組成ゆらぎによってポテンシャルにゆらぎが生じ、その極小点において電子・ホールの再結合発光が起きやすくなるというモデルが提唱されている[2]。 また、基板と活性層の格子不整合に起因する格子ひずみもポテンシャルを変化させる。結晶格子の大きさは In 組成に依存するため、上記の In 組成ゆらぎと格子ひずみは密接な相関がある。

 このような In 組成ゆらぎと格子ひずみ、および発光特性の相関関係を解き明かすことは発光特性向上の指針を得る上で重要である。そこで、In 組成ゆらぎと格子ひずみ、および発光特性の相関関係を解き明かすことを目的として、放射光マイクロビームX線を用いた蛍光X線分析とX線回折法により、In 組成ゆらぎと格子ひずみのマッピング測定を試みた。本研究では、極性面である c 面基板と、半極性面である {20-21} 面基板の試料に対して測定を行う予定であったが、{20-21} 面基板に対して成膜を行う装置が故障し、試料が用意できなかったため、c 面基板の試料に対してのみ測定を行った。

 

実験:

 試料は c 面 GaN 基板上に形成された GaN 層の上に作製した単一量子井戸 (Single Quantum Well; SQW) とした。SQW は活性層の膜厚が 6 nm 程度であり、In 組成(大凡の狙い組成)は 19% である。この試料に対して二次元的に試料の位置を走査することにより、蛍光X線 (X-Ray Fluorescence; XRF) と逆格子マップの二次元分布測定 (マッピング測定) を行った。

 XRF マッピングでは、In-Kα 線を取得するために In-K 吸収端以上のエネルギーとして 30 keV の入射光を用い、屈折レンズを用いて 2 μm 角程度に集光した。集光したX線を試料に入射し、照射位置を変えながら、発生した蛍光X線の強度を Amptek 社製の CdTe 検出器にて測定した。このとき、後からバックグラウンド処理をするために、各点でマルチチャンネルアナライザ (Multi Channel Analyzer; MCA) が出力するスペクトルを取得した。測定の際には検出器を出来る限り試料に近づけるようにし、更に基板からの強い Ga 蛍光を低減するために、検出面前に Al 箔を貼り付けた。マッピング測定時の Dead time は 15% 程度であった。

 逆格子マップ測定では、回折X線の強度をなるべく確保するために Ga-K 吸収端以下の 8 keV の入射光を用い、フレネルゾーンプレートを用いて ϕ 1 μm 程度に集光した。検出器には Amsterdam Scientific Instruments 社製のピクセル型検出器 Timepix を用いた。この検出器のピクセルサイズは 55×55 μm であり、ピクセル数は 256×256 である。薄い SQW 由来の回折強度分布の全体を捉えるために、検出器は可能な限り試料に近づけるようにした。検出器を 2θ アームに装着し、ダイレクトビーム周りで 2θ アームを回転させながら画像を取得し、検出器面上でのビーム位置の変化よりカメラ長を決定した。その結果、今回のカメラ長は 65.3 mm であり、このときに検出器が見込む 2θ は 12° 程度、1ピクセルあたりの 2θ 分解能は 0.05° 程度であった。測定する逆格子点は、GaN/GaInN の 0004 反射とした。試料の微小回転 ω 軸を 0.05° ステップで走査し逆格子マップを得た。

 以上のような In 蛍光X線・逆格子マップ測定を、1 μm ステップで 8×10 で行った。これらのマッピング測定を同一領域で行うために、試料表面の一部に Pt を成膜し、更にその上で収束イオンビーム (Focused Ion Beam; FIB) 加工によって直角形状に Pt を取り除くことで位置判定用のマーカーを作成した。このマーカー付近を 1 μm ステップで蛍光X線マッピングし、Pt-L 線(入射X線 30 keV のとき)もしくは Pt-M 線(入射X線 8 keV のとき)の強度マップを描くことで、マーカーの位置を特定した。マーカー端での Pt 蛍光X線強度プロファイルの広がりは1ステップ程度であった。In 蛍光X線・逆格子マップ測定の際には、マーカーの位置から特定の距離(縦横 50 μm 程度)だけ離れた Pt が成膜されていない領域をマッピングした。

 

結果および考察:

 まず、マッピング測定のある1点で得られた逆格子マップと、そこから導出した Qz 方向の回折強度のラインプロファイルを図1に示す。ただし、以下の式を用いて強度マップの軸を測定で得られた ω, 2θ から Qx, Qz へと変換した。

              

              

 

         

          図1. マッピング測定のある1点での逆格子マップと、

         そこから導出したラインプロファイルに対するピークフィットの結果

 

 GaN 基板と SQW(GaInN) 由来の回折ピークが明瞭に観察できる。格子ひずみに変換するために、ラインプロファイルにおいて SQW 由来の回折ピークに対して非線形最小二乗法によるフィッティングを行った。このフィッティング結果についても図1のラインプロファイルに示してある。マッピングの各点において、ピークフィットで得られた 0004 反射のピーク位置から SQW の c 軸の格子定数 (cSQW) を算出し、更に GaN の c 軸の格子定数 (cGaN) を用いて、以下の式によって SQW(GaInN) の格子ひずみに対応する量として GaN に対する c 軸の膨張具合 (strain) を計算した。以下では、この値を格子歪みと呼ぶことにする。

 

              

 

本来であれば上記の strain は GaN ではなく無歪みの GaInN に対して計算すべきであるが、各測定点における In 組成の絶対値が In 蛍光X線マッピングの結果と独立には得られないこと、今回の実験では時間の制限により対称反射しか測定しておらず格子緩和の状態が不明であること、GaInN の任意の In 組成における高精度なポアソン比が知られていないことを考え、格子歪みに対応する簡便な指標として GaN に対する c 軸方向の格子の膨張具合を採用した。GaN/GaInN 系発光素子の格子歪みに起因するポテンシャル構造の変化は、主として c 軸方向への膨張・伸縮によるピエゾ電界の変化によるものなので、発光特性との比較という面でも本指標は有効と考えている。また、フィッティングから得られたピーク位置の誤差から格子歪みの誤差を見積もったところ、測定位置により若干のばらつきはあるものの、概ね 0.005% 程度であった。

 次に、蛍光X線測定で得られた XRF スペクトルを図2(a) に示す。In-Kα 線は強い非弾性散乱の裾に乗っていることが分かる。そこで、非弾性散乱を Voigt 関数で、その他のピークを Gauss 関数でモデル化してフィッティングすることによってバックグラウンドを推定し、実験結果から差し引いた。この結果の一例を図2(b) に示した。

 

   

    図2. マッピング測定のある1点での XRF スペクトルの (a) 全体像、

       (b) In-Kα 付近をバックグラウンド除去した結果

 

 非弾性散乱のなだらかな裾を含めてうまくバックグラウンドが除去できていることが分かる。このようにしてバックグラウンド除去した結果から In-Kα 線の強度を抽出した。また、マッピング測定で得られた In-Kα 線の強度の平均値が In の狙い組成 (19%) に一致するとして、In 組成マップに変換した。ここで、抽出した In-Kα 線の強度の平均値は 4000 counts 程度であり、ポアソン分布を仮定して統計ゆらぎを計算すると 1.5% 程度である。よって、In 組成 (平均値が19%) に換算したときの誤差は 0.3% 程度と考えられる。

 最後に、ここまで述べてきた方法で導出した In 蛍光X線強度および格子ひずみマップを図3に示す。これらのマップは同一位置で測定したものである。

 

    

      図3. In 組成マップ(XRF)と格子ひずみマップ(逆格子マップ)の比較。

     強度の単位はそれぞれ In 組成(%)と格子ひずみ(%)であり、ステップ間隔は縦横とも 1 μm である。

 

双方で位置によって値が変化しており、上述した誤差 (In 組成:0.3%, 格子歪み: 0.005% ) 以上の差があることが分かる。ただし、2つのマップに単純な相関は無いように見える。一般的には、格子歪みは In 組成が高いほうが大きくなると考えられるが、今回の結果からは両者に必ずしも明瞭な相関は認められないことが見て取れる。

 

今回の課題:

 今後は、今回マッピング測定をしたのと同一位置で発光強度分布を調べることによって、In 組成、格子ひずみ、発光特性の相関関係を解き明かしていく。また、成膜装置のトラブルにより今回測定できなかった半極性基板上に形成した量子井戸についても同様に測定し、基板面方位違いによる変化を議論したい。

 

参考文献:

[1] I. Ho et al., Appl. Phys. Lett. 69, 2701 (1996)

[2] S. F. Chichibu et al., Nature Materials 5, 810 (2006)

 

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(Received: March 15, 2019; Accepted: July 16, 2019; Published: August 29, 2019)