SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume7 No.2

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

粘着性ゴムシート中に分散させたセラミド分子の分布に対する熱履歴と添加物モノグリセリドの効果
Effects of Thermal History and Monoglyceride on the Distribution of Ceramide Molecules Dispersed into Adhesive Rubber Sheet

DOI:10.18957/rr.7.2.287
2016B1577 / BL43IR

高橋 浩a, 渡邊 亮太b, 西村 謙一b, 森脇 太郎c

Hiroshi Takahashia, Ryota Watanabeb, Kenichi Nishimurab, Taro Moriwakic

a群馬大学, b(株)アルケア, c(公財)高輝度光科学研究センター

aGunma University, bALCARE Co., Ltd., cSPring-8/JASRI

Abstract

 ポリイソブチレン(PIB)とスチレンーイソプレン共重合体(SIS)を主体とするゴムにセラミド、また、セラミドと添加剤としてモノグリセリドを混合したものを加えて、粘着性ゴムシートを作製した。このシート内におけるセラミド分子の分布をシンクロトロン顕微赤外分光法で調べた。融解混合圧延法で作製したサンプルを温度 60°C で1日間保持しても、保持なしのサンプルと比較すると、セラミドのみを含む場合、シート内のセラミドの分布の均一さはあまり向上しなかった。添加剤としてモノグリセリドが存在する場合、温度 60°C にて1日間の保持は、セラミドの分布を均一にする方向に働いたが、保持なしの場合の分布がセラミド単独系より不均一であり、モノグリセリドの均一化の効果は低いものであった。


Keywords: メディカルシート、粘着性ゴム、セラミド、モノグリセリド、シンクロトロン顕微赤外分光


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背景と研究目的:

 医療用粘着テープまたはシートは、傷の保護や様々な医療器具の固定等に広く使用されている[1]。これらのテープ・シートの貼付と剥離の繰り返しが、皮膚表皮層の除去や、その損傷を引き起こし、結果、皮膚炎症が起きることが問題となっている[2]。表皮層が十分に成長していない新生児や、皮膚機能が弱っている高齢者にとっては、これは重大な問題である[3,4]。

 表皮層の機能の一つは、バリアとして働き、外部刺激、微生物、病原体、化学的および物理的ストレスなどから身体を保護することである。このバリア機能は、主に皮膚の最外層である角質層が担っており、分子レベルでは、角質層内の細胞内脂質セラミド(以下、Cer と表記する)分子によって形成された層状構造が、その皮膚のバリア機能にとって重要であることが指摘されている[5]。皮膚角質層におるCerの不足は、バリア機能不全を引き起こすとも報告されている[6]。

 これらの事実から、医療用テープ・シートの粘着剤に Cer を添加することによって、皮膚に優しい新しい医療用テープ・シートを作製することが可能であると考えられる。 沼田ら[7]は、健常人およびストーマ(人工肛門)を有する人に対して、このアイデアの有効性を、パッチ試験によって調査した。その研究では、パッチ試験に使用されたストーマ装具の親水性成分配合皮膚粘着剤にCerを添加して実験が行われた。その結果、経表皮水分蒸散量(TEWL)の値から判断して、Cerの添加が皮膚バリア機能を改善または維持するのに寄与することが示された。Cer 添加シートから、皮膚へ Cer が移行することで皮膚バリア機能を強化したと考えられる。

 実際、我々は、合成の Cer を添加したアクリル系光硬化性粘着剤で作製したモデル・シートを、一定期間、培養皮膚に貼付し、その後、粘着剤中の Cer 分布を、シンクロトロン顕微赤外分光法で調べた結果、粘着剤の皮膚貼付面付近で、Cer 量が減少していることを、明らかにしてきている[8]。この結果は、Cer 添加シートから、皮膚へ Cer の移行を直接的に示している。

 実際の医療用テープまたはシートとして様々な粘着剤が使用されている。その中で、アクリル系光硬化性粘着剤は製造時の取扱容易性やコスト面から着目されているが、比較的新規のものであるため、製造設備の普及度の低さなどから、一般的ではない。また、ストーマ装具の親水性成分配合皮膚粘着剤としては、発汗を吸水した際の膨張にも耐えるためある程度の強度を持った粘着ゲル基材を用いる必要があり、現状は一般的にゴム系の粘着剤が使用されている。ゆえに、実用上の観点からは、ゴム系粘着剤を用いての Cer 添加医療用粘着テープ・シートの開発も求められている。

 ここで、皮膚への粘着剤としては、配合した Cer がムラなく均一に皮膚に触れることが有効だと考えられるが、Cer は結晶性が高い化合物であることからゴム系粘着剤中での凝集が懸念される。また、ゴム系粘着剤中で Cer の分散・凝集について詳細に検証された報告例はほとんどない。そこで、本研究では、ゴム系粘着剤中での Cer の分散状態を明らかにすると共に、その分散性を向上させ得る助剤の検討も実施した。具体的には、ゴム系粘着剤中における Cer 分布及び、その分布への温度履歴を調べた結果と、Cer との相溶性があると予想される、助剤としてのモノグリセリド(以下、MG と表記)を選び、その MG 添加の効果を調べた結果について報告する。MG の中でも、本実験では、モノグリセロールステアレートを使用した。工業的に使うことを考え、人皮膚に対しての安全性の観点から食品添加物として認められている MG 系の界面活性剤の内、原料メーカーから入手可能で、かつ、混合物ではなく化学構造がはっきりと分かるものとして、モノグリセロールステアレートを選択した。モノグリセロールステアレートの疎水鎖の長さと、ここで使用した合成 Cer の疎水鎖の長さが同程度であることも、選択の理由である。温度履歴として、融解混合圧延法で作製したシート試料を、温度制御することなく、室温に保った場合と、60°C の温度環境の試料に1日間置く場合との二つの熱履歴を検討した。先の研究[9]で、温度 60°C の保持は、アクリル系光硬化性粘着剤中ではこの温度処理が秩序だった Cer のラメラ構造形成を促すことが分かっており、分布に対しても効果を発揮するのではと期待された。一方、助剤として MG を選択したのは、分子の疎水性バランスの関係から Cer と親和性が高いと予測され、シート内で Cer を均一に分布させる効果を発揮できるのではないかと期待したからであった。しかしながら、いずれの場合も、ここに報告するように、期待した効果は認められなかった。現状では、残念ながら問題解決に至っていない。

 シート内における Cer 分布の測定法の概略は以下の通りである。まず、Cer 添加したポリイソブチレン(PIB)とスチレン-イソプレン共重合体(SIS)が主体のゴム系粘着剤で、モデル医療用シートを作り、そのシートを、シート面に対して垂直に切削し、厚さ約 40 μm の切片試料を作製する。この切片試料の断面を顕微赤外分光法によって1次元的にスキャンし、各測定点での赤外吸収スペクトルより得られた Cer のアミド結合に由来する振動ピークの強度から局所的な Cer 量を決定して、シート内での Cer 分布の様子を調べる。ただし、切片試料厚さが均一でないため、PIB・SIS ゴム素材に由来する赤外吸収バンドの強度を使って厚さの補正を行った後、Cer 分布の評価を行った。

 

実験:

 粘度平均分子量 53,000 のポリイソブチレン(PIB)は、JXTG エネルギーの Himol (grade 5.5H)を使い、スチレン-イソプレン共重合体(SIS)は、JSR 株式会社から得た。SIS に対して、半分の重量の流動パラフィン(株式会社 MORESCO 製)を加え、混練機により 200°C で40分間混合した後、この混合物に対して約 1.2 倍量の PIB を、さらに、全体質量に対してそれぞれ 9 wt% になるように Cer と MG を加え、混練機で30分間混合した。この際、温度は制御していないが、機械的操作による発熱で約 80°C となった。その後に、ロール式練機を用いて、120℃ で混合圧延し、厚さ約 300 μm のシートを作製した。MG には、日油株式会社のモノグリセロールステアレート(モノグリ MB)を使用した。圧延後、60°C で1日間保持処理をしたものと、保持なしの2種類を用意した。本実験で使用した合成セラミド(Cer, D-erythro-ceramide,(2S,3R)-2-octadecanoylamino-octadecane-1,3-diol)は、高砂香料工業株式会社から得た。

 試料を液体窒素で冷却した後、チャンバーの設定可能最低温度(−35°C)で、切削設定厚み 40 μm にして、ミクロトームで切片試料を作製した。しかしながら、3次元レーザー顕微鏡で観察したところ、試料の厚みは均一になっておらず、場所によって ±15–20 μm 程度の凸凹があった。厚さの不均一さを考慮したデータ処理の方法は、実験結果の部分で述べる。

 放射光を用いた顕微赤外(IR)分光測定は、SPring-8 の赤外顕微分光ビームライン BL43IR で行った。BL43IR に設置されている、ブルカー社の Vertex 70分光光度計と Hyperion 2000 赤外顕微鏡を組み合わせたシステムを使い、開口 10 × 10 μm2、分解能 4 cm−1 で波数域 600–4000 cm−1 を測定した。スペクトルは、128 回のスキャンで得た信号を平均し取得した。図1(a)に得られたスペクトルの1例を示した。切片試料を直線状に、1ステップ 8 μm ごとに、位置を動かしながらデータを取得していった。試料支持体には CaF2 基板を用いた。

 

     

図1. 測定で得られた赤外吸収スペクトルの典型例 試料は、温度 60°C 保持なしの Cer 含有 PIB・SIS ゴム系粘着シート

(a) 測定波数範囲全体のスペクトル (b) 図1(a)に示したスぺクトルを、解析に使ったピークが観察される波数領域のみを拡大して示したもの

 

結果および考察:

 モデル・シートの基材の粘着性 PIB・SIS ゴムの構成分子と異なり、Cer は窒素原子含んでおり、その窒素の部分はアミド結合を形成している。アミド結合に由来する特異な赤外吸収のバンドとして、1590–1690 cm−1 の範囲に観察されるアミド I のピーク強度(積分強度)(図1(b)参照)を場所ごとに測定することで、それぞれの場所における Cer 量を決定できる。切片試料の厚さが均一であれば、その Cer 量(アミド I の観察強度)は、シート内の Cer 濃度に対応することになる。しかし、ゴム系粘着剤の柔軟性ゆえ出来る限り低温で切削を試みたが、3次元レーザー顕微鏡での厚さ測定では、±15–20 μm 程度の厚さの不均一性が認められた。試料の厚さを考慮する必要がある。

 ここでは、ゴムのメイン高分子である SIS のスチレン中のベンゼン環の C=C 骨格振動の吸収ピーク(1405–1510 cm−1)の強度を使って厚さの規格化を行った。つまり、アミドIのピーク強度(図1(b)の左側の網掛けの部分)を、ベンゼン環由来のピーク強度(図1(b)の右側の網掛けの部分)で割ることにした。その処理を行った後の結果を図2に示す。したがって、図2の縦軸のアミドピークの強度は、ベンゼン環由来のピーク強度を基準としたものとなっている。また、異なる試料間で、比較するために、図2の縦軸の値は、平均値が1になるように揃えてある。図2は、Cer 濃度分布に対応する。図2の横軸の距離の原点は、データを取り始めた位置(スキャン開始位置)である。ただし、その位置には試料は存在しない。赤外測定を始める前に観察した光学顕微鏡画像から、確実に試料にビームが達したと考えられる位置におけるデータのみしか図に示していない。圧延で得たシート試料の長さは約 300 μm 程度であり、その部分という意味である。図2(a)からは、温度 60°C 保持は Cer 単独系に対しては、ほとんど効果なく、Cer 濃度のバラツキ具合は両者で同程度である。一方、図2(b)の結果から分かるように Cer/MG 系では、温度 60°C 保持は、明らかに Cer 濃度分布を均一にする方向に作用しているが、そもそも保持をかけていない状況での、Cer 分布の不均一度合が大きい。

 

     

図2.Cer 含有 PIB・SIS ゴム系粘着シートの規格化されたアミド I バンドのピーク強度の分布

(a) Cer 単独系、(b) Cer/MG 系の温度保持無(赤実線)と温度保持有(青点線)

 

 PIB・SIS ゴム系粘着シート内での Cer 分布の不均一性を定量的に評価するために、規格化したアミドIピークの場所ごとの積分強度と平均値からの差の2乗の和をデータ数で割り、平方根を取った値、すなわち、分散を求めた。分散の値が大きいほど、不均一に分布していることを示す。図3には、三つの異なる測定データから得られた分散値の平均値と、その標準誤差を示した。RT はシート作製後、室温に置いたこと、つまり、60°C での温度保持なしであることを示し、60°C の表記は、温度 60°C 保持を施したことを示している。

 

        

             図3.Cer 濃度分布均一度の試料間の比較

 

 これらの図から Cer/MG 系では、分散値の変化からも温度 60°C 保持により、均一化していることは認められるが、保持後も、Cer 単独系の分布の均一度には達していないことが分かる。すなわち、分散の値は Cer 単独系よりも大きい。MG には期待した Cer 分布を均一化する効果は、ほとんど認められない結果となった。

 

今後の課題:

 Cer/MG 系では温度 60°C 保持によって Cer 分布の均一化が促進されたが、そもそも MG の添加は、期待とは逆に、Cer 分布を乱す方向に働いた。PIB・SIS ゴム系粘着シート内での Cer 分布を均一化に資する他の助剤の探索と、より効果ある別の温度処理の手法の開発が、今後の課題である。それらを基にして、Cer 配合によるスキンケア効果と Cer 分散性の関係性を解明することで、スキンケア効果の更なる向上への応用が期待される。

 

参考文献:

[1] A. P. Duarte et al., Prog. Polym. Sci. 37, 1031 (2012).

[2] J.M. Karp, R. Langer, Nature 477, 42 (2011).

[3] C. Lund, Newborn Infant Nurs. Rev. 14, 160-165 (2014).

[4] C. Konya et al., J. Clin. Nurs. 19, 1236 (2010).

[5] J. A. Bouwstra, M. Ponec, Biochim Biophys Acta. 1758, 2080 (2006).

[6] G. Imokawa et al., J. Invest. Dermatol. 94, 89 (1994).

[7] 沼田悟 他、日本ストーマ・排泄学会誌、23, 9 (2007).

[8] H. Takahashi et al., J. Oleo Sci. 68, 273 (2019).

[9] H. Takahashi et al., J. Oleo Sci. 67, 905 (2018).

 

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(Received: December 4, 2018; Accepted: July 16, 2019; Published: August 29, 2019)