SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume7 No.2

SPring-8 Section A: Scientific Research Report

フィラデルフィア美術館蔵の日本の神像における樹種識別調査例
Wood Identification of a Japanese Deity Statue of the Philadelphia Museum of Art

DOI:10.18957/rr.7.2.216
2017B1761 / BL20XU

田鶴 寿弥子a, メヒテル・メルツb, 伊東 隆夫c, 杉山 淳司a, d

Suyako Tazurua, Mechtild Mertzb, Takao Itohc, Junji Sugiyamaa,d

a京都大学生存圏研究所, b CRCAO-CNRS, c奈良文化財研究所, d南京林業大学

a Research Institute for Sustainable Humanosphere, Kyoto University, b East Asian Civilizations Research Centre, Paris, cNara National Research Institute for Cultural Properties, d Nanjing Forestry University

Abstract

東アジア地域における木彫像の樹種情報の獲得は、我々日本のみならず東アジア地域の宗教上の繋がりや文化の伝播などを知る上で貴重な情報であり特に注目されてきている。本研究では、フィラデルフィア美術館に所蔵される日本の神像から採取された非常に小さな試料に、SPring-8の BL20XU でのシンクロトロン放射光X線トモグラフィーを適用し樹種識別調査を行った結果、Magnolia sp. が使用されていることを明らかにした。


キーワード: Wood identification, Micro-CT, Wood anatomy


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背景と研究目的:

 東アジア地域における木彫像の樹種情報の獲得は、我々日本のみならず東アジア地域の宗教上の繋がりや文化の伝播などを知る上で貴重な情報であり、特に注目されてきている。日本国内においても、平安時代仏像に使用された樹種の体系的な再調査などが行われてきており、美術史や宗教といった様々な研究に波及する成果を挙げている[1-3]。一方、神像における樹種調査は仏像との比較検討などに重要でありながら、廃仏毀釈をはじめとした歴史的背景などにより遅れているのが実状であり、神像彫刻における樹種調査[4]は多くはない。東アジアの木彫像はその歴史的背景などにより国外の機関で保管管理されている例も多い。筆者らはアメリカ合衆国ペンシルバニア州に位置するフィラデルフィア美術館に所蔵されている、中国や日本にルーツを持つ多数の木彫像の樹種識別調査の機会を得た。その中には今回報告する日本の神像も含まれていた。現地調査で採取された試料は非常に小さいものが多かったことから、BL20XU でのシンクロトロン放射光X線トモグラフィーを活用した樹種調査を行った。37点について調査した結果、中国の木彫像については、Tilia sp.Paulownia sp. の利用が多く認められた。本報では、日本の神像一体についての詳細な調査事例について報告する。

 

実験:

 調査では、フィラデルフィア美術館コンサベーターや学芸員の協力のもと、主に東アジア地域の木彫像(中国35点、日本2点)の樹種調査を行った。試料は、推定分も含まれるが年代は7世紀から近世にわたり、大きさや形状も多岐にわたる。これらの木彫像の干割れ内部や像底などから細心の注意を払って採取された木小片は、小さいものでは 1 mm × 1 mm × 2 mm 程度であった。

 

 これらの非常に小さく脆い複数の試料については兵庫県播磨の大型放射光施設(SPring-8)の医用ビームライン BL20XU を用い、シンクロトロン放射光X線トモグラフィー(課題番号:2017B1761)での樹種調査に供した。BL20XU では、0.5 μm 程度の分解能が得られ、得られた3次元データから疑似的な光学顕微鏡切片を構築でき、光学顕微鏡による既存の樹種識別法が応用可能となる。具体的には、サンプルホルダーに 1 mm × 1 mm × 2 mm の試料を固定し、サンプル台ごと180度回転させながら透過像を撮影した。使用したX線エネルギーは 8 keV であった。試料の交換も含め、1サンプルあたり約15分程度で撮影可能であり、課題番号 2017B1761 においては、他の文化財なども含め、計37サンプルについて測定でき、樹種識別が可能となった。今回透過像から再構成を行い、断層像を再生した。本研究ではそのような解剖学的特徴のための任意の断面観察作成などに ImageJ、VGStudio といったソフトを用いた。光学顕微鏡で観察される解剖学的特徴により、木材の属レベル(時には種まで)の識別が可能である。

 本報で報告する図1の日本の神像(試料番号 : 1965-25-1a, b)一体は、平安時代と推定されており、サイズは 99.1 × 24.1 cm であった。試料の外見に影響のない部分より、わずかな試料を採取し、実験に供した。

 

   

図1. 神像(No. 1965-25-1a, b)

 

結果および考察:

 神像(試料番号 : 1965-25-1a, b)についてシンクロトロン放射光X線トモグラフィーを用いて撮影した画像から木口面、板目面、柾目面に相当する断層像を切り出した画像は図2のとおりである。木口面では散孔材で道管は直径 50 μm 前後で単独ないし数個が放射方向に複合している様子が観察できた。また板目面では、放射組織は異性で1-2列、道管相互の細胞壁には対列壁孔が密に並んで見えた。また、柾目面では放射組織は上下に1ないし2列の直列細胞を持ち、そのほかは平伏細胞からなる異性放射組織である様子が確認できた。以上の解剖学的特徴により、Magnolia sp. と同定した。

 

   

図2.SRX-ray μCT を用いて撮影した画像から木口面(左)、板目面(中央)、柾目面(右)に相当する断層像を切り出した画像。

 

 一般的に、木材の樹種識別調査においては、木材の三方向(木口面、板目面、柾目面)より徒手により切片を作成し、光学顕微鏡などで解剖学的特徴を観察して、樹種を特定する。しかし、今回調査に用いた木彫像をはじめとした重要な木質文化財から得られる試料は、極めて小さく、従来の切片作成が非常に困難となることが多い。また、切片作成中に、試料が粉末化してしまうことも少なくなく、すなわち顕微鏡で観察できる解剖学的特徴の情報の欠損を招くケースも多かった。一方、得られた試料をそのまま撮影できるシンクロトロン放射光X線トモグラフィー法は、文化財をはじめとした木材試料の樹種識別において、試料を欠損せることなく、最大限の組織情報を獲得できるという点が大変優れている。また、経年している文化財においては、切片の切り出しに限界があるほか、分野壁孔など木材組織が劣化することにより顕微鏡で観察できないケースもあるが、CTを用いることで、三次元的に任意の面で切り出すことが可能であることから、組織を様々な方向から確認することが可能である。そのような点で、CTを用いた文化財の樹種識別は、大変有効であると考えられる。

 

今後の課題:

 これらの資料ならびに樹種識別情報は、我々日本の歴史ならびに東アジア地域の宗教上の繋がりや用材観を俯瞰する上で大変貴重な情報である。継続して今後も東アジア地域の木彫像の樹種データベースの拡充と公開にむけて尽力したい。

 

謝辞:

 調査にご協力くださったフィラデルフィア美術館学芸員 Hiromi Kinoshita 氏、コンサベーター Sally Malenka, Beth Price, Peggy Olley 氏らにお礼申し上げる。また SPring-8 の BL20XU 担当の皆様にお礼申し上げる。本研究は科研費若手B、生存圏全国共同利用データベース、生存圏研究ミッション5-4によるものである。最後に、木彫像の調査において、専門的見解をご教示くださった和歌山県立博物館館長伊東史朗氏にお礼を申し上げる。

 

参考文献:

[1]金子啓明、岩佐光晴、能城修一、藤井智之、日本古代における木彫像の樹種と用材観-7・8世紀を中心に-、 Museum 555, 3-54, (1998).

[2]金子啓明、岩佐光晴、能城修一、藤井智之、日本古代における木彫像の樹種と用材観2-8・ 9世紀を中心に-、Museum 583, 5-44, (2003).

[3]金子啓明、岩佐光晴、能城修一、藤井智之、日本古代における木彫像の樹種と用材観3-8・ 9世紀を中心に─(補遺)、Museum 625, 61-78, (2010).

[4]田鶴寿弥子、杉山淳司、山下立、滋賀県地域における神像彫刻の樹種調査 -新旧手法の適用による-、滋賀県立安土城考古博物館紀要 21, 71-94, (2013).

 

”creative

 

(Received: June 24 2019; Accepted: July 16, 2019; Published: August 29, 2019)