Volume7 No.2
X線自由電子レーザーによる単粒子構造解析を目指した取り組み
Approaches for the Single Particle Imaging by X-ray Free Electron Laser
a大阪大学 蛋白質研究所, b広島大学大学院 医系科学研究科
aInstitute for Protein Research, Osaka University,
bGraduate School of Biomedical and Health Sciences, Hiroshima University
- Abstract
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X線自由電子レーザーを用いた単粒子構造解析の手法開発を目指した研究に取り組んだ。結晶化することなく蛋白質の立体構造を coherent X-ray diffraction imaging の手法により決定することを目指したものであり、モデルとして2種類のウイルスを選択した。それぞれのウイルスをサンプルグリッド上に展開、急速凍結し、XFEL 回折実験に供した。XFEL 回折実験は SACLA BL3A において実施した。
Keywords: X線自由電子レーザー、単粒子構造解析、ウイルス
背景と研究目的:
蛋白質の立体構造を原子分解能で決定する手法としては高輝度低発散角の放射光を利用したX線結晶構造解析法が広く利用されている。結晶化可能な試料に対しては非常に有効な手法である一方、結晶化できない試料への適用は不可能である。そこで、2010年に米国 Linac Coherent Light Source (LCLS) にて、2012年よりSACLAにおいて共用利用が開始されたX線自由電子レーザー (X-ray free electron laser; XFEL) を用いた構造解析手法である Coherent X-ray diffraction imaging (CXDI) が注目されている。この手法は構造解析対象となる分子にコヒーレントかつ短パルス光である XFEL を照射し、試料がクーロン爆発を起こす前に散乱強度を観測[1]し、単粒子からの構造情報を取得するという手法である[2]。本研究では XFEL を用い、蛋白質やその超分子複合体を結晶化することなく構造解析する手法の開発を目指し、正二十面体対称を有する球状ウイルスである Paramecium bursaria chlorella virus 1(PBCV-1)とイネ萎縮ウイルス(Rice dwarf virus; RDV)をそのモデル分子として選択した。
PBCV-1 は巨大核質 DNA ウイルス (Nucleocytoplasmic large DNA viruses; NCLDV) のひとつであり、Phycodnaviridae 科 Phycodnavirus 属に分類され藻類を宿主とする。直径約 200 nm のカプシドの内側には脂質二重膜が裏打ちされており、内部には約 400kbp にも及ぶゲノムが保持されている。巨大なゲノムには様々な蛋白質がコードされている。これらの特徴から生物学上非常に興味深い対象であり[3]、クライオ電子顕微鏡による立体構造が報告されている[4]。RDV は Reoviridae 科 Reovirus 属に分類されるウイルスで、イネ科の植物に昆虫が媒介し感染する。直径約 70 nm の2重殻から構成されており、その立体構造はX線結晶構造解析により報告されている[5]。これらのウイルスは構造が既知であることと、正二十面体対称という高い対称性を有するという特徴から新たな構造解析手法開発に適したサンプルであると考え、本研究に用いた。
実験:
PBCV-1 はこれまでに報告されている手法[6]を元にスケールアップを実施し、大量かつ高純度に調製した。また、RDV もこれまでに報告されている手法を用い大量かつ高純度に調製した[7]。RDV は調製過程の四塩化炭素処理により感染に必須である P2 白質[8]が脱離し、感染性を失った状態で調製された。
それぞれのウイルスサンプルをカーボン膜グリッド(フレーム厚 100 μm, 支持カーボン膜厚 50 nm、ウィンドウサイズ ϕ300 μm、QUANTIFOIL 社製)と Si3N4 膜グリッド(フレーム厚 200 μm、Si3N4 膜厚 100 nm、ウィンドウサイズ 500×500 μm、Norcada 社製)それぞれに展開し、自動浸漬凍結装置 Leica EM GP(Leica 社製)を用いて液体窒素温度の液体エタン中において急速凍結した。XFEL 実験に適した分散度で凍結するための条件検討として、クライオ電子顕微鏡(Titan 透過電子顕微鏡、FEI 社製)による観察を実施した。
XFEL を用いた回折実験は SACLA BL3 において実施した。試料への XFEL の照射には生体分子単粒子解析用のクライオ試料固定照射装置壽壱号[9]を使用した。先述の電子顕微鏡観察と同様の方法で凍結したサンプルグリッドを壽壱号にロードし、ゴニオメーターにマウントした。ゴニオメーターを2次元に 50 μm 間隔で走査し、各点に半値幅 1-2 μm に集光した XFEL(5.5 KeV)を1ポジションに1パルスずつ 1Hz で照射し回折強度を Multiport Charge Coupled Device(MPCCD)[10]により検出した。散乱強度の検出はサンプル位置から 1642.5 mm に MPCCD を8枚並べた octal detector、3024.9 mm に2枚並べた dual detector を配置し実施した。dual detector はダイレクトビームを避けるために 3.5 mm の開口幅を確保した。
結果および考察:
PBCV-1 と RDV を電子顕微鏡により観察した結果、RDV は比較的分散した様子が確認された(図1(a))が、一部は二次元結晶の様に周期的に配置している様子が観察された(図1(b))。PBCV-1 では比較的、ウイルス粒子が分散した様子が観察された。電子顕微鏡観察の結果より、同様の手法で作製したサンプルグリッドをXFEL照射実験に供することとした。
XFEL 照射実験は電子顕微鏡観察にも用いた2種類のグリッドで実施したが、支持カーボン膜厚 50 nm のグリッドは XFEL 照射により支持カーボン膜が破れ連続的に測定することができなかったため、以降の実験は Si3N4 膜グリッドを用いることとした。
図1.クライオ電子顕微鏡像 (a),(b) RDV, (c) PBCV-1 を Si3N4 膜グリッド上に展開、急速凍結しクライオ電子顕微鏡による観察を行った。
RDV を電子顕微鏡観察に用いた試料濃度で凍結したサンプルグリッドに XFEL を照射したが、試料由来と判断できる散乱を観測することができなかった。これは、ウイルス粒子が低濃度で XFEL のヒットがない、もしくは S/N が低く散乱パターンが観測できなかったと判断した。そこで、濃度を上げた RDV 試料でグリッドを作製し、XFEL 照射実験を実施したところ、散乱強度データの一部に回折点が観測された(図2(a))。回折点から、試料がおおよそ 65 nm の繰り返し周期に配置していることと、その角度が約 60° であることが確認できた。これは、直径 70 nm の RDV が図2(b)の電子顕微鏡像の様に規則的に配列している様子を反映していると結論づけた。次に、より散乱断面積の大きい PBCV-1 への照射を実施したが、電子顕微鏡観察に用いた試料では RDV と同様に散乱強度の観測には至らなかった。そこで、より高濃度の PBCV-1 をグリッドに展開し凍結したサンプルで XFEL 照射実験を実施したが、散乱強度の観測には至らなかった。これは、S/N が散乱強度観測には不十分であると判断したため、高濃度に PBCV-1 を展開し、かつモリブデン酸アンモニウムによる負染色を実施した。その結果、図3に示す様な散乱強度を観測した。散乱パターンが PBCV-1 の粒子径約 190 nm に近かったことから、これはグリッド上にランダムに配向した PBCV-1 由来の散乱パターンであると判断した。
図2.(a) RDV 試料から得られた回折パターン RDV を Si3N4 膜グリッドに展開し、急速凍結し XFEL 回折実験に供した。 (b)クライオ電子顕微鏡像 電子顕微鏡像を XFEL のビームサイズ約 1 µm で切り出した。
図3. PBCV-1 の高濃度試料から得られた回折パターン(左)と 190 nm の球からの散乱パターンのシミュレーション像(右) 高濃度の PBCV-1 を Si3N4 グリッドに展開し、モリブデン酸アンモニウムにより染色後、急速凍結し XFEL 回折実験に供した。
今後の課題:
2種類のウイルス試料をサンプルグリッド上に凍結固定し、回折実験に供したが単粒子由来の散乱パターンの観測には至らなかった。ウイルスが2次元に規則的に配置した2次元結晶からの強い回折強度は観測できたため、試料への XFEL 照射とその観測方法に問題の無いことは確認できた。今後、本研究の知見を元に散乱像の S/N 比向上を目指した重金属による染色などの試料調製条件の更なる検討を実施する。
謝辞:
本研究は、文部科学省 X線自由電子レーザー重点戦略研究課題「球状構造体を利用した生体超分子複合体の構造解析法の開発」の支援を受けて実施しました。SACLA の実験にあたっては、京都大学大学院理学研究科・三木邦夫教授、竹田一旗准教授、大阪大学蛋白質研究所・岩崎憲治准教授、山下栄樹准教授のご協力を得て実施しました。また、慶應義塾大学理工学部・中迫雅由教授および中迫研の皆様、理化学研究所放射光科学総合研究センター・山本雅貴博士、高輝度光科学研究センター・登野健介博士、城地保昌博士を始めとするビームラインスタッフの方々のご支援に深く感謝致します。
参考文献:
[1] R. Neutze. et al., Nature, 406, 752-757 (2000)
[2] M. M. Seibert et al., Nature, 470,78-81 (2011)
[3] James L. Van Etten and David D. Dunigan, Trends Plant Sci., 17(1), 1-8 (2012)
[4] X. Zhang et al.., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 108, 14837-14842 (2011)
[5] A. Nakagawa et al., Structure, 11(10), 1227-1238 (2003)
[6] Irina V. Agarkova, David. D. Dunigan and James L. Van Etten, J. Virol., 80, 8114-8123 (2006)
[7] T. Omura et al., Phtopathology, 72, 1246-1249 (1982)
[8] N. Miyazaki et al., J. Biochem., 159(2), 181-190 (2016)
[9] M. Nakasako et al., Rev. Sci. Instrum., 84, 093705 (2013)
[10] T. Kameshima et al., Rev. Sci. Instrum., 85, 033110 (2014)
(Received: June 5, 2019; Early edition: June 27, 2019; Accepted: July 16, 2019; Published: August 29, 2019)