SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume7 No.2

SPring-8 Section A: Scientific Research Report

Ge(110)基板上GeSnヘテロエピタキシャル層の局所領域における異方的ひずみ構造のマイクロ回折分析
Microdiffraction Analysis on Anisotropic Local Strain Structures of GeSn Hetero-Epitaxial Layers Grown on Ge(110) Substrates

DOI:10.18957/rr.7.2.114
2011B1549 / BL13XU

中塚 理, 浅野 孝典, 財満 鎭明

Osamu Nakatsuka, Takanori Asano, and Shigeaki Zaima

名古屋大学

Nagoya University

Abstract

 Ge(110) 基板上に形成した GeSn 混晶エピタキシャル層における局所ひずみ構造をマイクロ回折法によって分析した。[001]方向からマイクロビームを入射してサブミクロンスケールの走査を行った ω ロッキングカーブにおいては特徴的な揺らぎが観測されたのに対し、[10]方向からの観察に対してはこのような揺らぎは現れなかった。これは GeSn/Ge(110) 界面の異方的な転位伝播やひずみ緩和構造に関連すると推測される。


Keywords: エピタキシャル成長、局所ひずみ、マイクロ回折、ゲルマニウム錫


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背景と研究目的:

 現代の高度情報化ネットワーク社会は、半導体大規模集積回路(LSI)の高集積化と高性能化によって支えられている。LSI の性能向上はその基本素子である金属-酸化物-半導体電界効果トランジスタ(MOSFET)の微細化、およびこれに伴う高速化、省電力化によって成し遂げられる。近年、MOSFET のさらなる高性能化に向けて、Si を超えるキャリア移動度を有するゲルマニウム(Ge)や III-V 属化合物半導体の応用が活発に研究されている。

 我々は、Ge のキャリア移動度の更なる向上手段として、ひずみ Ge およびこれを実現するためのひずみ印加層としてのゲルマニウム-錫(GeSn)材料の研究を進めてきた[1,2]。Ge(110)基板と GeSn 構造との融合による、従来の Ge(001) より効率的な正孔移動度向上や3次元構造デバイスへの応用に関する技術も提案されている[3]。ここで、高移動度ひずみ Ge チャネル実現には、5% 程度の高い格子置換位置 Sn 組成を有する GeSn 層が要求されるが、熱平衡状態においては Ge 中への Sn 平衡固溶限界は1%程度であり、その析出を抑制した結晶成長技術の構築が必要不可欠である。また、LSI 実用化に必須のナノエレクトロニクス応用に向けては、GeSn/Ge 極微細構造のひずみ緩和機構の理解と精密制御が必要である。

 本研究においては、Ge(110) 上における GeSn ヘテロエピタキシャル層について、マイクロ回折や透過電子顕微鏡による結晶構造評価を行い、サブミクロンスケールの微細領域におけるひずみ構造の分布や異方性の評価を行った。

 

実験:

 化学溶液洗浄および超高真空中熱処理によって清浄表面を準備した Ge(110) 基板上に、分子線エピタキシー(MBE)法を用いて膜厚 200 nm の GeSn 層をヘテロエピタキシャル成長した。Ge および Sn の蒸着にはクヌーセンセルを用いた。一部の試料については 400~600 ℃ で1分間の窒素雰囲気中熱処理を施した。従来のX線回折装置を用いて評価された GeSn 層の Sn 組成は 4.6% であった。X線マイクロ回折測定は、ビームラインBL13XUにおいて行った。X線の波長は 0.123984 nm に設定した。事前の計測からマイクロビームのビームサイズは 0.23×0.28 μm2 と評価された。また試料表面におけるフットプリントは 0.74×0.28 μm2 と見積もられた。X線マイクロビームの照射位置を変えながら、Ge220 逆格子点周辺のX線回折二次元逆格子空間マップ(XRD-2DRSM)を測定し、GeSn 層の結晶構造を評価した。

 

結果および考察:

 Fig. 1 に、X線マイクロビーム照射位置を走査しながら、逐次測定した成膜直後の GeSn/Ge(110) 試料において XRD-2DRSM から抽出した GeSn 220 Bragg 反射の ω ロッキングカーブの強度分布図を示す。この測定では、X線マイクロビームは[001]方向から入射し、[001]方向に向けて走査した。走査範囲は 350 μm である。マイクロビーム照射位置の変化に伴って、ロッキングカーブのピーク位置が徐々に高角側へ移動している。また、50 μm 程度の間、ピーク位置が変わらない場所もあれば、10 μm 程度でピーク位置や強度が断続的に変化する場所もある。Fig. 2 には、マイクロビームの入射方向のみを90度回転した[10]方向からに変えて、[001]方向に走査しながら XRD-2DRSM を測定し、Fig. 1 と同様の作図を行った結果を示す。入射方向[001]の場合とは対照的に、ロッキングカーブのピーク位置はほとんど変化しない。ピーク強度も 200 μm 程度の範囲にわたって一定であることがわかる。この結果は、GeSn 層の[001]方向の結晶面の傾き成分のみが局所的に揺らいでいることを示唆している。

 

              

Fig. 1. Counter map of the GeSn 220 Bragg reflection intensity in a series of the x-ray rocking curve taken from the as-grown GeSn layer on Ge(110). The direction of the incident x-ray microbeam was along the [001] direction. The microbeam was scanned along the [001] direction.  

 

              

Fig. 2. Counter map of the GeSn 220 Bragg reflection intensity in a series of the x-ray rocking curve taken from the as-grown GeSn layer on Ge(110). The direction of the incident x-ray microbeam was along the [110] direction. The microbeam was scanned along the [001] direction.  

 

 Fig. 3 (a) に成膜直後の GeSn/Ge(110) 試料について[10]方向から観察を実施した断面透過電子顕微鏡(TEM)像を示す。成膜直後の試料においては GeSn/Ge 界面付近に白いコントラストが見られるが、積層欠陥のような面欠陥や貫通転位は観察されない。これは[001]方向からの観察でも同様であった。一方、Fig. 3(b) および 3(c) には、600 ℃ 熱処理後の GeSn/Ge(110) 試料について、それぞれ[001]および[10]方向から観察した断面TEM像を示す。熱処理後の試料においては、Fig. 3(c) に示すように[10]方向からの観察においてのみ、界面に顕著な転位の存在を示すコントラストが観察される。これは熱処理によって[10]方向に沿った転位伝搬が促進され、[001]方向にのみ異方的なひずみ緩和が生じていることを示唆している[4]。今回、[001]方向入射のマイクロ回折法によって観測された結晶面の異方的なゆらぎは、熱処理後のTEM像において観測されたこの異方的な転位形成につながる結晶面の局所的な傾斜を捉えたものと推測される。

 

              

Fig. 3. Cross sectional TEM images of (a) as-grown, (b) and (c) annealed Ge0.954Sn0.046 layers grown on Ge(110) substrates. The incident directions of the electron beam are (a) and (c) [10] and (b) [001].

 

今後の課題:

 Ge(110) 基板上に形成された GeSn エピタキシャル層においては、成長直後において異方的な局所ひずみ構造が生じることがマイクロ回折の結果から明らかになった。熱処理後には一軸方向への転位の伝播が生じ、異方的なひずみ緩和構造が現れる。このような異方的なひずみや転位構造は電子デバイスのキャリア伝導特性にも影響を及ぼすことが推測される。今後は、この特徴的な結晶構造と電子物性との相関を明らかにすることで、デバイスの性能向上や新規デバイスの創成につなげていくことが期待される。

 

参考文献:

[1] S. Takeuchi et al., Appl. Phys. Lett. 92, 231916 (2008).

[2] S. Takeuchi et al., Solid-State Electronics 60 (1), 53-57 (2011).

[3] Y. Shimura et al., Appl. Phys. Express 5, 015501 (2011).

[4] T. Asano et al., Solid-State Electron. 83, 71-75 (2013).

 

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(Received: March 30, 2019; Early edition: June 27, 2019; Accepted: July 16, 2019; Published: August 29, 2019)