SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume7 No.2

SPring-8 Section A: Scientific Research Report

高分解能Co 2p 共鳴非弾性X線散乱によるLaCoO3のスピン転移の観測
Observation of Spin-State Transition of LaCoO3 by Using High-Resolution Co 2p Resonant Inelastic X-ray Scattering

DOI:10.18957/rr.7.2.206
2015B7493 / BL07LSU

田口 幸広a, 柏木 謙吾a, 川又 修一a, 宮脇 淳b, 原田 慈久b, 三村 功次郎a

Yukihiro Taguchia, Kengo Kashiwagia, Shuichi Kawamataa, Jun Miyawakib, Yoshihisa Haradab, Kojiro Mimuraa

a大阪府立大学, b東京大学

aOsaka Prefecture University, bUniversity of Tokyo

Abstract

 温度上昇とともに非磁性から常磁性状態へと連続的に変化し、100 K 付近で帯磁率の極大を示す LaCoO3 の Co 3d 電子状態を調べるため、40 K と 300 K において Co 2p3/2 吸収領域でX線非弾性散乱を偏光保存および偏光非保存配置で観測した。Co 3d 状態の変化にともない、dd 遷移による電子ラマンスペクトルと Co 3d→2p 蛍光成分に温度変化が観測された。


Keywords: 一次元原子鎖、表面超構造、表面X線回折


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背景と研究目的:

 立方晶ペロブスカイト型構造をとる LaCoO3 では、菱面体的歪みを無視すれば、Co3+ の基底状態は図1に示すような t2g6S=0、1A1g の低スピン (LS) 状態で、熱励起されるのは t2g4eg2S=2、5T2g の高スピン (HS) 状態と考えられる[1]。その場合、帯磁率の温度変化の概形は再現できるが絶対値は予測よりも小さい等の理由から、t2g5eg1S=1、3T1g の中間スピン (IS) 状態を第1励起状態とするモデルも提案されている[2]。それぞれのモデルに対して支持する多くの実験結果が報告されている[3]。また、LaCoO3 表面は強磁性状態になっているとの報告があり[4]、LaCoO3 のバルク電子状態を観測するには、バルク敏感な測定が必要となる。Co 2p X線吸収 (XAS) スペクトル[5]、硬X線価電子帯光電子スペクトル[6]が測定されているが、スピン状態を断定できるような顕著な温度変化は観測されていない。

 

            

              図1.3d6 配置に対する3つのスピン状態

 

 一方、遷移金属 (TM) 化合物のTM 2p 共鳴非弾性X線散乱 (RIXS) では、スピン状態の変化に直接関係する dd 遷移の観測が原理的に可能であるが、低い信号強度等の問題から低いエネルギー分解能、1 eV 程度以上、で測定されていた。そのため、(準)弾性散乱ピークや電荷移動構造が重なってしまい、弾性散乱から 3 eV 程度ぐらいまでに現れる肝心の dd 遷移などの微細な構造を観測することが難しかった[7]。しかし近年、光源および測定器の性能向上によって低エネルギー励起をはっきり分離観測することが可能となってきた[8]。実験結果の解析の面でも、これまで使用されてきた MO6 クラスターモデルより複雑な動的平均場を考慮したスペクトル解析が行われるようになっている[9]。この解析を用いると LS 状態では起こらないが HS 状態などで起こりうる Co 3d バンドからの非局所遮蔽効果によるスペクトル構造を考慮できる。そのような構造は高エネルギー分解能測定で分離され重要となってくると考えられ、LaCoO3 のスピン状態の同定に役立つと期待される。以上の観点より、本研究では、LaCoO3 の Co 2p RIXSの温度変化を高エネルギー分解能で測定し、スピン状態変化に伴うスペクトル変化の観測を試みた。

 

実験:

 BL07LSUビームラインに備え付けられた超高分解能軟X線発光分光器 HORNET[10] を用いて LaCoO3 の Co 2p RIXS 実験を行った。入射角は表面に対して 20°、散乱角は 90° に固定して、アンジュレーターの水平偏光、垂直偏光を用いて偏光保存および偏光非保存配置[11]で測定した。全エネルギー分解能は半値全幅 0.34 eV であった。LaCoO3 単結晶試料を測定真空槽内で破断し、40 および 300 K で測定した。

 

結果および考察:

 図2に偏光非保存 depolarized 配置で測定した 40 K (青)および 300 K (赤)での LaCoO3 の Co 2p RIXS を示す。ラマンシフト約 7 eV のピーク強度で規格化した。入射光に Co 2p3/2 吸収ピークより 4.5 eV 高いエネルギー値を用いたことで、ラマンシフト 4 eV 以下の電子ラマン散乱による構造が、ラマンシフトで 4.5 eV より高い領域に見られる価電子帯から 2p 内殻への遷移に対応する蛍光成分から明瞭に分離されている。

 

      

図2.偏光非保存配置で測定した 40 K (青)および 300 K (赤)での LaCoO3 の Co 2p RIXS。入射光エネルギーは Co 2p3/2 吸収ピークより 4.5 eV 高い値。緑およびオレンジのスペクトルは、300 K スペクトルから 40 K スペクトルをそれぞれ 0.75 および 0.3 倍して差をとったもの。

 

 40 K のスペクトルは、文献11の対応する励起エネルギーで測定された 20 K のスペクトルと形状がよく似ており、LS 状態のスペクトルとみなしてよいであろう。以前の測定[7,12]と同様に、LS 状態以外の Co に由来する 0 eV の弾性散乱の強度が 300 K で増加している。LS 状態では弾性散乱は禁制となっている[11]。40 K スペクトルでわずかに弾性散乱のように観測されているのは、LS 状態のすぐ上にある状態、HS または IS 状態への dd 遷移と考えられる。40 K スペクトルで 0.75 と 1.35 eV に見られる2つの dd 遷移によるラマンピーク[12,13]が、300 K では幅広い1つのピークに埋もれたように見えるのは、熱励起された状態の RIXS の寄与と考えられる。以前の研究で LS から HS への熱励起を仮定して評価された 300 K での LS 状態の割合 75%[5]および 30%[11]を参考にして、300 K スペクトルから 40 K スペクトルを 0.75 倍および 0.3 倍して引いたスペクトルが、それぞれ図2の緑(0.75)およびオレンジ(0.3)のスペクトルである。文献12に示されたような Co の各スピン状態に対する参照試料についての、本研究で用いた励起光エネルギーの RIXS スペクトルはないが、緑の差分スペクトルが約 0.7 eV で負の強度を示していることから、少なくともこの励起光エネルギーの RIXS では LS の寄与は 75% よりは少ないと考えられる。

 7 eV 付近にピークを持つ蛍光のエネルギー幅が 300 K では 40 K に比べて約 0.2 eV 広がっているのが見られる。これは LaCoO3 の Co 2p 光電子スペクトルの温度変化の解析において指摘された LS 状態以外で実現する非局所遮蔽効果[9]によるものかもしれない。

 

今後の課題:

 RIXS で観測される電子ラマンスペクトルは励起光エネルギーに強く依存するため、LaCoO3 および各スピン状態に対する参照試料に対して、複数の励起光エネルギーで測定を行う必要があると考えられる。それらの RIXS の温度、偏光および入射光エネルギー依存性を理論計算と詳細に比較することで、300 K で熱励起されている LaCoO3 のスピン状態の同定と定量を行いたい。

 

参考文献:

[1] Y. Tanabe and S. Sugano, J. Phys. Soc. Jpn., 9, 766 (1954).

[2] M. A. Korotin et al., Phys. Rev. B, 54, 5309 (1996).

[3] 浅井吉蔵、小林義彦、佐藤桂輔、日本物理学会誌、70 (1), 6 (2014).

[4] A. Harada et al., Phys. Rev. B, 75, 184426 (2007).

[5] M. W. Haverkort et al., Phys. Rev. Lett., 97, 176405 (2006).

[6] T. C. Koethe, PhD thesis, Universität zu Köln, 2007.

[7] Y. Taguchi et al., Surf. Rev. Lett., 9, 871(2002).

[8] G. Ghiringhelli et al., Eur. Phys. J. Spec. Top., 169, 199 (2009).

[9] A. Hariki et al., J. Phys. Soc. Jpn., 84, 073706 (2015).

[10] Y. Harada et al., Rev. Sci. Instrum., 83, 013116 (2012).

[11] M. Matsubara et al., J. Phys. Soc. Jpn., 69, 1558 (2000).

[12] K. Tomiyasu et al., Phys. Rev. Lett., 119, 196402 (2017).

[13] R.-P. Wang et al., Phys. Rev. B, 98, 035149 (2018).

 

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(Received: March 28, 2019; Accepted: July 16, 2019; Published: August 29, 2019)