SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume7 No.2

SPring-8 Section A: Scientific Research Report

Pt/Ge(001)表面のナノワイヤーの構造解析
Structure Analysis of Nanowires on Pt/Ge(001)

DOI:10.18957/rr.7.2.148
2013B1072 / BL13XU

八田 振一郎a, 矢治 光一郎b,有賀 哲也a

Shinichiro Hattaa, Koichiro Yajib, Tetsuya Arugaa

a京都大学, b東京大学

aKyoto University, bThe University of Tokyo

Abstract

 Pt/Ge(001) 表面おいて形成される一次元原子鎖構造、p(4×2) 超構造の原子構造を明らかにするためBL13XUの (2+2) 型超高真空X線回折計を用いて微小角入射回折実験を行った。本装置内で Ge 基板結晶の清浄化およびPtの蒸着を行い、10.5 keV のX線を用いて面内回折点および逆格子ロッドを得た。低速電子回折による試料表面の評価から p(4×2) 構造以外の超構造の共存の可能性が判明したため、1/4次の超格子回折点を抽出し、構造モデルの検証を行った。現在までに本測定の結果を再現する構造モデルは見つかっていない。


Keywords: 一次元原子鎖、表面超構造、表面X線回折


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背景と研究目的:

 半導体表面に金属元素が吸着した系において一次元的な構造、ナノワイヤーがいくつも見つかっている。Pt や Au が吸着した Ge(001) 表面で形成される超構造の中にもナノワイヤーと見なされる相があり、パイエルス不安定性や朝永-ラッティンジャー液体など、一次元金属特有の物性について大変興味を持たれている[1-3]。このような表面構造の中には走査トンネル顕微鏡(STM)などで観察される構造の一次元性とフェルミ準位近傍の電子状態の次元性が一致しないこともあるが、Pt/Ge(001) 表面のナノワイヤー構造は一次元的な金属的電子状態をもつことがバンド構造として確認されている[1,2]。ただし、フェルミ面を構成するバンドが複数あり、ナノワイヤー構造との関係や Pt 原子の役割についてはよく分かっておらず、原子構造の決定とそれに基づく電子状態計算によって詳細な物性が明らかになることが期待されている。

 Pt/Ge(001) 表面のナノワイヤーは、p(4×2) の超構造として形成される。ナノワイヤーはその短辺に平行に成長し、ステップエッジで終端されるまで真っ直ぐ成長する様子が STM によって観察されている[4]。また、この p(4×2) 超構造と隣り合う領域に “βテラス” と呼ばれる前駆的な超構造も見つかっている。この構造は非等価な2本のダイマー列から構成され、そのダイマー列より一段高い吸着構造としてナノワイヤーが形成されていると推察されている。Pt 原子の面密度(被覆率)は構造決定において重要な要素であるが、p(4×2) 構造は Pt の脱離も起こるような高温条件下で作製されるため、蒸着量(時間)から見積もることはできず、サブモノレイヤー領域で幅広く検討されている。これまで p(4×2) 構造の構造解析は主に STM を用いて行われてきた。しかし STM では原子種を識別することができない上、この超構造には少なくとも基板の再構成も含めて3原子層程度が関係していると考えられており、最表面の構造の特徴から原子構造を把握することは困難である。本研究では、微小角入射条件でのX線回折測定によって p(4×2) 超構造の原子構造を明らかにすることを目指した。

 

実験:

 微小角入射X線回折実験をBL13XUの超高真空表面X線回折計を用いて行った。測定は波長 1.18 Å(10.5 keV)のX線を用い、室温の試料に対して行った。回折強度は ω スキャンにより得た。面内(in-plane)測定では l = 0.3 に固定し、主に 0 < h < 4, −4 < k < 4 の範囲の逆格子点を測定した。また36本の crystal truncation rod (CTR) および表面超格子に由来する fractional-order rod (FOR) を測定した。試料作製はすべて回折計の超高真空槽内で行った。まず Ge(001) 基板を Ar イオンスパッタリングと 900 K までの加熱により清浄化した。清浄表面の確認は低速電子回折(LEED)で (2×1) 再構成パターンと、低温 c(4×2) 相に由来するストリークの観察により行った。Pt の蒸着は基板を 620–650 K に維持して行い、p(4×2)超 格子パターンが LEED で観察されるまで続けた。

 

結果および考察:

 図1(a)に本研究において作製した試料表面の LEED パターンを示す。ダブルドメインの p(4×2) 超格子のスポット点列が観察される一方、点列を結ぶストリークも確認できる。このようなパターンは、ナノワイヤー構造が欠陥を多く含み、さらに別の2倍周期の構造が無視できない程度共存している試料において見られることが STM 観察から分かっている。高品質の試料が作製できなかった原因として、作製時の真空度の悪化が挙げられる。実験室系での p(4×2) 表面の作製ではPt蒸着中、通電加熱により基板の温度を維持していたが、本実験では試料ステージの仕様により電子衝撃加熱を用いた。p(4×2) 表面の作製ではゆっくりと超構造を成長させる必要があるため、結果的に蒸着時間は約100分と長時間であった。この間電子源のフィラメントの輻射により周辺部からのデガスが増えた影響により、均一な p(4×2) 構造が形成されなかった可能性がある。なお、p(4×2) 構造を作製した試料について基板の再清浄化を行ったとしても、Pt 蒸着前と同程度に清浄な表面を得ることはできない。これは少量の固溶した Pt の影響と考えられている。時間的な制約のため、本研究では図1(a)の試料でX線回折測定を行った。

図1.(a)作製したPt/Ge(001)-p(4×2)表面のLEEDパターン。測定した面内回折点の(b)強度分布(l = 0.3)と(c)パターソン図。パターソン図は1/4次の回折点のみから計算した。

 

 in-plane 測定(l = 0.3)から得られた305点の超格子スポットの強度分布を図1(b)に示す。ダブルドメイン p(4×2) 構造を考慮して p4mm の対称性を用いて評価した agreement factor は 0.06 であった。この値は十分小さく、ダブルドメインの比率は同等であり、試料アライメントは良好に行われたと判断できる。この図において1/2次の回折点の強度が顕著に強いことが分かり、これは先に述べた p(4×2) 以外の構造の影響と考えられる。構造モデルとの比較においてこの共存する構造の影響を除くため、p(4×2) 構造のみに由来する1/4次の回折点を抽出し、それらをダブルドメインが同比率であることを考慮してシングルドメインの回折強度の分布として指数付けを整理した。得られた35の回折点の強度から得られたパターソン図(図1(c),真のパターソン図ではないが、計算方法が同じであるため、便宜的にこう呼ぶ。また、対称性を考慮して独立な範囲のみを示している。)は、構造モデルとの対応を視覚的にとらえることに利用できる。このパターソン図に現れたピークに対応する原子間ベクトルをそれぞれベクトル A、B と呼ぶ。この二つのベクトルのなす角は約 57˚ であり、それぞれの長さは 2.3 Å と 2.4 Å であった。

 図2に先行研究で提案されている4つの構造モデルを示す[4-6]。(a)は STM 像から考案された初期のモデルであり、Ge-Ge または Ge-Pt の dimer 列の間に直交する向きの Pt dimer があり、これをナノワイヤー構造と見立てている。他の3つのモデルは、(a)のモデルと基板 Ge のレジストリが異なるが、dimer 列を超構造の下層に配置し、最上層にそれと直交する dimer を配置している点は共通している。また、(a)のモデルのみ2層モデルであり、他は3層以上の構造となっている。Pt 原子を最上層に配置しているのは(a)のモデルだけで、他はより深い位置に配置している。ここに示したモデルにおける Pt の被覆率は 0.25–0.75 ML である。

図2. Pt/Ge(001)-p(4×2)表面の構造モデル[4-7]。それぞれ右に1/4次の回折点から計算したパターソン図も示す。スケールは左の構造モデルの 1.6 倍。

 

 実験に対応した1/4次の回折点について各モデルから強度を計算して得られたパターソン図をそれぞれ右に示す。各構造モデルのパターソン図は、回折点が1/4次に制限されているにもかかわらず、Pt-Pt または Pt-Ge の原子間ベクトルと対応する位置に強いピークをもつことが分かる。実験のパターソン図と比較するため、先に述べたベクトル A と B を重ねて示した。(a)以外のモデルでは、それぞれのベクトルの終点付近にはっきりしたピークが現れている。また、モデル(c)では実験のパターソン図では見られない位置にも強いピークが現れている。比較的よい一致が見られるのは 0.25 ML の2つのモデル(b)と(d)である。この2つに共通する特徴は (001) 面に投影したときの結合角がおよそ 115˚ のジグザグ鎖構造であり、これがベクトル A に対応している。ベクトル B のピークは、どのモデルでも構造要素として取り入れている一次元鎖に直交する dimer 構造に対応しており、2.4 Å という距離は Pt-Ge、Ge-Ge のどちらであっても妥当な範囲にある。ピークの座標の一致具合から判断すると、モデル(d)が最も実験に近い。

 各構造モデルについて χ2 を評価したところ、(a)101、(b) 74、(c)77、(d)50 という結果であった。構造パラメーターが文献に完全に与えられているわけではないのでこれらの数値は参考値であるが、モデル(d)が最も低いことはパターソン図による比較の結果と一致する。

 モデル(d)を初期構造として詳細に原子位置の最適化を試みたが、χ2 は 40 以下には下がらず、よい一致の目安となる 10 程度を大きく上回っている。特に、ベクトル A に対応するピークの強度は B のそれと比べてかなり高く、Pt 原子の数および配置について修正が必要と考えられる。モデル(d)から1つの Pt 原子を Ge 原子に置き換えたモデルでも一致はよくなかった。また、パターソン図におけるベクトル A と B の和の位置に現れたやや縦に伸びたピーク構造や右半分の様子は実験結果とかなり違っており、ナノワイヤー構造の間にこれより複雑な構造があることを示唆している可能性がある。

 

今後の課題:

 今回行った表面X線回折実験の結果は提案されている4つのモデルとは一致しなかった。一方で、面内の原子配置としてジグザグ鎖構造が重要な構成要素であることが分かった。ただし、これに Pt 原子が直接含まれるかは分からない。モデル(d)を元にした構造モデルの構築と検討を続けているが、難航している。また、今回の実験では面直方向の構造に敏感な CTR や FOR も測定しているが、面内測定に適した入射角固定モードで測定したため、l の範囲が限定的であり、Pt 原子の垂直方向の分布について絞り込むことができなかった。これについては、モデルの面内構造に依存しない反射配置での (00) スポットの CTR 測定と組み合わせることが有効であったかもしれない。いずれにせよ、新しいモデルを効率的に構築するには Pt 原子周りの局所構造の情報が特定できる本来のパターソン図が有効であり、p(4×2) 構造が支配的に存在する試料による再測定が望ましい。今回そのような試料が得られなかった要因として Pt 蒸着中のデガスの影響が疑われるが、現状の装置では実験室系と同じ環境を作ることは構造的に困難である。最近他の施設では無電源で動作するポンプが付属した小型超高真空チャンバーを用いて実験室系で作製した試料を持ち込むことが行われるようになってきており、これに対応した超高真空回折計の導入は、本研究はもとより、他の表面構造を扱う研究に対しても効果的と考えられる。

 

参考文献:

[1] K. Yaji et al., J. Phys.: Condens. Matter 28, 284001 (2016).

[2] K. Yaji et al., Phys. Rev. B 87, 241413 (2013).

[3] C. Blumenstein et al., Nat. Phys. 7, 776 (2011).

[4] O. Gürlu et al., Appl. Phys. Lett. 83, 4610 (2003).

[5] A. A. Stekolnikov et al., Phys. Rev. Lett. 100, 196101 (2008).

[6] I. Mochizuki et al., Phys. Rev. B 85, 245438 (2012).

[7] S.-F. Tsay, Surf. Sci. 606, 1405 (2012).

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(Received: March 22, 2019; Early edition: May 30, 2019; Accepted: July 16, 2019; Published: August 29, 2019)