SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume7 No.2

SPring-8 Section C: Technical Report

科学鑑定のためのボールペンインクの放射光蛍光X線分析
Synchrotron Radiation X-ray Fluorescence Analysis of Inks of Ballpoint Pens and Rollerball Pens for Criminal Investigation

DOI:10.18957/rr.7.2.316
2015B1992, 2016A1862 / BL05XU

本多 定男a, 橋本 敬a, 西脇 芳典b, 大和 拓馬c, 金田 敦徳c, 近藤 涼介c, 早川 慎二郎c, 木村 滋a

Sadao Hondaa, Takashi Hashimotoa, Yoshinori Nishiwakib, Takuma Yamatoc, Atunori Kanedac, Ryousuke Kondoc, Shinjiro Hayakawac, Shigeru Kimuraa

a(公財)高輝度光科学研究センター, b高知大学, c広島大学

aJASRI, bKochi University, cHiroshima University

Abstract

 文書類から記載に用いられた筆記具のメーカー名、製品名を推定する試みについては、一部を切り取ってインク等を抽出し、薄層クロマトグラフィー(TLC)、液体クロマトグラフ質量分析(LCMS)、顕微フーリエ変換赤外分光光度計(FTIR)、ラマン分光等で分析する手法が研究されてきたが、2000年以降は破壊を伴わない分光的分析手法が主流となってきている[1]。

 既報[2]のとおり、ボールペンインクのメーカー名、製品名を推定するためのデータベース作製を目的として赤外放射光分光分析を実施したが、今回は同じ試料について放射光蛍光X線(XRF)分析を実施した。


Keywords: 科学捜査、法科学、微細証拠物件、放射光蛍光X線分析、ボールペンインク


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背景と研究目的:

 科学鑑定の分野において未だに分析手法が確立されていない分野として、脅迫状等の文書類等がいかなる筆記具を用いて書かれたものなのかに関する鑑定があげられる。筆記具の中でもボールペンは常に身近にあり、犯罪シーンに多く登場する。

 ボールペンの歴史を辿れば、1930~1940年代に油性インクを用いたものが発明され広く普及してきたが、後に書き味の優れた水性インクを用いたものが開発され、さらにこれらの長所を併せ持つジェルインクを用いたものが登場し、現在では主流になりつつある。また今世紀に入ってからは、油性インクを乳化させたエマルジョンインクを用いた製品が発売された。

 ボールペンのインクは、溶剤・着色剤・合成樹脂・添加剤等から成り、着色剤は染料と顔料に大別される。これらの組み合わせにより多様な種類が構成されていて、特許により大まかな内容は判明するものの、詳細は公開されていない。分析結果はこれらの複合物の状態で得られるため、構成成分の同定は一般に困難であるが、多様性を有するために高い識別能力が期待できる。

 文書に記載されたボールペンインクの無機分析に関しては、スライドグラスに塗布したインクをXRF分析を実施した報告があり[3]、最近では LA-ICP-MS(Laser Ablation Inductively Coupled Plasma Mass Spectrometry)、LIBS (Laser-Induced Breakdown Spectroscopy)、ToF-SIMS(Time-of-Flight Secondary Ion Mass Spectrometry) 、ICP-AES(Inductively Coupled Plasma Atomic Emission Spectroscopy)等により前処理を行わない分析が報告されているが[1]、多かれ少なかれ試料の破壊を伴うものと推察される。

今回は、紙の上に記載そたボールペンインクについて放射光XRF分析を行い、実際の鑑定に供するためのデータベース作製を目指した。

 

実験:

 試料は、市販されているボールペンを購入したもので、内訳は次のとおりである。

・ 黒色:国内5社の62種(油性20種、エマルジョン3種、ジェル30種、水性9種)

・ 赤色:国内6社海外1社の32種(油性12種、エマルジョン1種、ジェル13種、水性6種)

・ 青色:国内6社海外1社の32種(油性12種、エマルジョン1種、ジェル13種、水性6種)

・ 緑色:国内4社の6種(油性1種、ジェル4種、水性1種)

 ここで、油性、ジェル、水性、エマルジョンの区分けは、それぞれに記載されている説明書きに従った。また、水性ジェルは水性、ハイブリッドはジェルに含めた。これらを用いて、一般的なコピー紙上に直線を描き、試料とした。

 

 まず、各ボールペンインクで記載されたコピー紙をサンプルホルダーに保持し、SPring-8 の BL05XU に設置したマルチモード蛍光X線分析装置により分析したところ、フィラーに由来するCa等の元素が多量検出され、インク由来の元素を特定するのが困難であった。 そこで、メスの刃先で極微量を表面から採取し、アルミニウム製サンプルホルダーに保持した粘着テープに貼りつけ、測定を行った。測定条件は、次のとおりである。

・ エネルギー範囲 20 keV

・ 水平方向 300 μm 縦方向は KB ミラー集光により 1.2 μm

・ ステップ毎に縦方向に 8 μm 移動、100ステップで 800 μm の領域を計200秒間スキャン

 

結果および考察:

 まず、黒色インクについての結果であるが、フィラーに由来すると判断された Ca を除けば、検出された元素は Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Zn、Br、Pb であり、これらのピークのカウント数から 5~10、10~40、40~70、70~100、100 以上の5段階に色分けしたものを表1に示した。なお、7試料については不検出であったが、これらの元素が含有されていないという結果そのものが重要なファクターとなる。

 

表1. 黒色ボールペンインクの放射光 XRF 分析結果

 油性及び油性インクを乳化させたエマルジョンの13試料から Cr、10試料から Mn、17試料から Fe、4試料から Co、5試料から Ni、4試料から Cu、2試料から Zn、8試料から Pb を検出した。ジェルの2試料から Cr、25試料から Fe、1試料から Co、1試料から Cu、12試料から Zn、5試料から Br、1試料から Pbを検出した。水性では1試料から Cr、2試料から Mn、7試料から Fe、1試料から Ni、1試料から Cu、1試料から Br、1試料から Pb を検出した。

 前報[2]で黒色ボールペンインクの油性及びエマルジョンの赤外放射光分析では、大部分からメチルバイオレット由来のIRスペクトルが得られ類似する結果であったが、放射光XRF分析の結果では多様性が認められ、識別能力が向上すると判断される。

 黒色インクの放射光XRF分析による識別能力を確認するために多変量解析の階層的クラスター分析(HCA)を実施したところ、図1に示した樹形図を得た。なお、検出元素による類似を重視するため、距離関数として canberra、階層的手法として最長距離法を用いた。多量の Pb を検出した試料は右端の紫線で示したグループに分類され、また Cr、Mn、Fe を検出した油性の多くは、中央部の赤線で示したグループに分類されている。

図1. 黒色ボールペン放射光XRF分析結果による樹形図

 

 次に、赤色ボールペンインクの結果を示す。フィラーに由来すると判断された Ca を除けば、検出された元素は Cr、Mn、Fe、Co、Cu、Zn、Br、Pb であり、これらのピークのカウント数から1未満、1~10、10~60、60~100、100 以上の5段階に色分けしたものを表2に示した。なお、8試料については不検出であった。

 

表2. 赤色ボールペンインクの放射光XRF分析結果

 油性のうち1試料から Cr、Mn、Fe、Co、Pb を検出した。また残りのうち3試料から Fe、1試料から Cu、4試料から Br を検出した。エマルジョンから Fe、Zn、Br を検出した。ジェルについては、7試料から Fe、2試料から Cu、11試料から Br を検出した。水性については、4試料から Br を、1試料から Pb を検出した。

 前報[3]の赤色ボールペンインクの油性、エマルジョン、ジェルの赤外放射光分析結果では、ある程度の多様性が見られたが、放射光 XRF 分析の結果と併せればかなりの識別が可能と考えられる。また、水性では同じメーカーの試料が多く、双方ともそれほど多様性が見られないが、Pb を含有するg社のものは特異的である。

 次に、緑色ボールペンインクの結果を示す。フィラーに由来すると判断された Ca を除けば、検出された元素は Fe、Cu、Zn、Br であり、これらを表2と同じ基準で5段階に色分けしたものを表3に示した。

 

表3. 緑色ボールペンインクの放射光XRF分析結果

 油性の1試料については不検出であった。ジェルについては、1試料で Fe、3試料から Cu、4試料から Br を検出した。。水性では、Fe、Cu、Br を検出した。

 緑色全般について、検出された Cu は銅フタロシアニンに由来すると考えられる。

 前報[2]で緑色ボールペンインクの油性、エマルジョン、ジェル、水性の赤外放射光分析では、ある程度の多様性が見られたものの、放射光 XRF 分析では多様性はそれほど明確ではない。

 次に、青色ボールペンインクの結果を示す。フィラーに由来すると判断された Ca を除けば、検出された元素は Mn、Fe、Co、Cu、Zn、Br、Pb であり、これらを表2、3と同じ基準で5段階に色分けしたものを表4に示した。なお、9試料については不検出であった。

 

表4. 青色ボールペンインクの放射光XRF分析結果

 油性のうち3試料から Mn、5試料から Fe、2試料から Co、6試料から Cu、1試料から Zn を、4試料から Br、2試料から Pb を検出した。エマルジョンについては不検出であった。ジェルについては、2試料から Fe、5試料から Cu、1試料から Zn、4試料から Br を検出した。水性については、4試料から Fe、1試料から Co、2試料から Cu を、2試料から Br、1試料から Pb を検出した。

 インクの種を問わず、Cu が検出されたが、銅フタロシアニンに由来するものと判断される。

 前報[2]で青色ボールペンインクの油性、エマルジョン、ジェルの赤外放射光分析ではあまり多様性が見られなかったが、放射光 XRF 分析では多様性が認められる。また、水性では同じメーカーの試料が多く、双方とも多様性が見られないが、Pb を含有するg社のものは特異的である。

 

 成書[4]に、ボールペンインクの配合例が記載されているので、染料・顔料部分の一部を転記する。

・ 油性:5~20 重量%の染料、酸化チタン、カーボンブラック、金属粉末などの無機顔料、アゾレーキ、不溶性アゾ顔料、キレートアゾ顔料、フタロシアニン顔料、ペリレン顔料、アントラキノン顔料、キナクリドン顔料、染料レーキ、ニトロソ顔料

・ ジェル:酸化チタン、カーボンブラックおよび金属粉末、ならびにアゾレーキ、不溶性アゾ顔料、キレートアゾ顔料、フタロシアニン顔料、ペリレンおよびペリノン顔料、アントラキノン顔料、キナクリドン顔料、染料レーキ、及びニトロソ顔料を含む有機顔料

・ 水性:食用染料フードイエロー3、フードイエロー13、フードイエロー4、フードレッド7、フードレッド14、E133、ブルー2及び又はフードブルー3及び又はフードブルー2。酸性染料アシッドレッド18、レッド51、アシッドオレンジ4、アシッドブルー93、アシッドブルー9、アシッドブルー104及び又はアシッドバイオレット49を結合剤親水コロイドや多糖類に配合

 これらの内容から類推すれば、配合は製品毎に異なっていると考えられ、多様性はここに由来すると判断される。検出された元素がそれぞれ何に由来するのかを特定するには非常な困難を伴い、色素などによるグループ分けは困難であるが、特記すべき元素が検出されないことも含めてデータベースを作製することにより、メーカーや製品名を特定することは決して困難なことではない。

 

今後の課題:

 IR 及び XRF の分析結果を組み合わせたデータを機械学習により分類させたうえデータベースを作製すれば、識別能力は格段に進歩すると考えられる。

 

参考文献:

[1] Matias Calcerrada, Carmen Garcia-Riz, Analyctica Chimica Acta, 853, 143 (2015).

[2] 本多 定男 ら, SPring-8/SACLA利用研究成果集, Early edition: January 30, 2019

[3] Janina Zieba-Palus, Marcin Kunicki, Forensic Science International, 158, 164 (2006).

[4] Richard L. Brunelle, Kenneth R. Crawford, ‘Advances in the Forensic Analysis and Dating of Writing Ink’, CHARLES C THOMAS PUBLISHER, LTD. (2003)


”creative

 

 

(Received: March 28, 2019; Early edition: May 30, 2019; Accepted: July 16, 2019; Published: August 29, 2019)