SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume7 No.2

SPring-8 Section A: Scientific Research Report

高圧力を利用したAu–Sn–Eu合金近似結晶における中間価数状態の形成
Pressure-induced Formation of Intermediate-valence Crystalline Approximant of a Au–Sn–Eu Alloy

DOI:10.18957/rr.7.2.158
2013B3701 / BL22XU

綿貫 徹, 町田 晃彦

Tetsu Watanuki, Akihiko Machida

量子科学技術研究開発機構

National Institutes for Quantum and Radiological Science and Technology

Abstract

 高圧力を利用して Eu 系合金近似結晶における中間価数状態の形成を試みた。これまで我々は Yb 系準結晶を加圧することにより Yb 系の中間価数準結晶・近似結晶の創出を行ってきたが、本研究では新たに Eu 系への展開を目指した。Au–Sn–Eu 合金近似結晶を加圧しながら、X線吸収分光実験で Eu 価数を評価したところ、常圧では整数価数の2価であったが、最高圧力 11.3 GPa では 2.1 価と価数増加が観測された。本実験の圧力範囲においては、中間価数状態の形成は実現されたものの、Eu 系に期待されたような顕著な圧力効果は見られなかった。


Keywords: X線吸収分光、高圧、価数揺らぎ、準結晶


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背景と研究目的:

 我々はこれまで、希土類中間価数準周期系という新奇な系の 1)高圧力利用による創出、および、2)常圧条件下での探索、を行なってきた。Cd–Yb 準結晶などの Yb 系準結晶を加圧することにより、常圧では2価の Yb を、2価(4f 14, J = 0)と3価(4f 13, J = 7/2)との間の中間価数状態にさせ、非整数価数が準周期配列するという系を創出した[1–5]。このような系では、準周期系の価数揺動状態や準周期電荷秩序、電荷ガラスなど様々な新奇な状態の出現が期待される。実際、近年合成された Au–Al–Yb 準結晶については、Yb が 2.61 価と常圧でも中間価数状態を取ることを見出し、低温で非フェルミ液体という異常な電子状態をとることを明らかにした[5]。

 本研究では、新たな中間価数状態をとる準結晶・近似結晶を発掘すべく、新たに Eu 系を対象として高圧力利用による創出を試みた。Eu 系も Yb 系と同様に加圧によって、Eu 価数を変化させることにより、2価(4f 7, J = 7/2)と3価(4f 6, J = 0)との間の中間価数系を創出できると期待される。Eu 系合金では、準結晶・近似結晶ではないが、例えば、EuRh2Si2 において不連続な価数変化を伴う圧力誘起転移が 1 GPa 程度の低い圧力領域で観測されており[6]、Eu 系の準結晶・近似結晶でも類似した顕著な圧力効果が期待される。なお、近似結晶とは周期結晶ではあるが局所構造が準結晶と同一の物質である。

 本研究の対象試料には、Au–Sn–Eu 合金近似結晶を選定した。これまでの実験で Eu が2価であることが判明している。その一方で、Yb 系の Au–Sn–Yb 合金近似結晶は常圧で中間価数状態をとることが分かっており[7]、Eu 系において常圧では2価であるものの中間価数状態がエネルギー的に近いことが類推可能である。そのため、比較的低圧力で圧力効果が現れることが期待された。そこで、Au–Sn–Eu 合金近似結晶の高圧下における Eu 価数の評価を行い、価数に対する圧力効果を明らかにすることを目的とした。

 

方法:

 Au–Sn–Eu 合金近似結晶の高圧下における Eu 価数評価は、Eu-L3 吸収端(6.98 keV)近傍のX線吸収実験によって行なった。測定試料には合金片を箔状に加工したものを用いた。これをダイアモンドアンビルセル(DAC)にアルコール圧力媒体とともに封入して加圧した。X線吸収分光測定では、50 µm 径に成型した単色X線ビームを試料に照射し、入射X線と透過X線強度のそれぞれをイオンチャンバーでモニターした。DAC に対しては、対向するダイアモンドアンビルをそれぞれX線の入射および透過X線の出射の窓として用いた。また、透過X線強度が試料位置に対して変化しないような試料厚みの均一な部分を選択して、そこに入射ビームを照射した。入射X線のエネルギーを Eu-L3 吸収端近傍の範囲でスキャンし、各エネルギー点において8秒間のビーム照射による計測を繰り返すことで吸収スペクトルを得た。Eu 価数評価は 11.3 GPa までの加圧を行ないながら実施した。圧力計測は試料とともに封入したルビー小片をマーカーとしてルビー蛍光法により行った。

 Eu-L3 吸収端実験は従来行ってきた Yb-L3 吸収端での計測に比べて低エネルギーのX線を利用するために、ビームパス上の吸収の問題が顕在化する。そこで、ダイアモンドアンビルには従来よりも薄い 1 mm 厚のものを使用した。また、測定は実験ハッチ1に設置されている DAC 用回折計[8]を用いているが、比較的高エネルギー対応の同装置に対して、He パスの設置や透過光モニター用イオンチャンバーを DAC 直下流に設置可能とするなど、低エネルギー光にも対応できるような整備を行って測定を実施した。

 また、Eu-L3 吸収端実験で通常の単結晶ダイアモンドアンビルを用いると、単結晶回折が生じやすいエネルギー領域であるために、精確な吸収測定が困難となる。そのため、ナノ多結晶ダイアモンドアンビルを用いて、単結晶回折が生じないようにしてこの問題を回避した[9, 10]。

 

結果および考察:

 図1に Au–Sn–Eu 合金近似結晶の常圧および 11.3 GPa における吸収スペクトルを示す。十分な統計精度で、且つ、単結晶ダイアモンドアンビル使用時に生じるスペクトルの乱れもなく、通常の条件下での測定と遜色のないスペクトルが得られた。

図1.DAC に封入された状態の Au–Sn–Eu 合金近似結晶試料について、常圧(○)および 11.3 GPa(●)で得られた Eu-L3 吸収端近傍の吸収スペクトル。吸収強度は高エネルギー領域の振動が1に収斂するように規格化している。

 

 常圧のスペクトルについては、Eu 価数が常圧においては2価であることを反映して、吸収ピークは Eu の2価成分を示す 6.972 keV 付近のもの一つであった。一方で、11.3 GPa でのスペクトルについては2価成分のピークの強度が減少するとともに、3価成分に対応する 6.980 keV 付近に僅かな強度の増加が見られた。スペクトルから価数評価を行うと 2.1 価であり、整数価数の2価付近ではあるものの、中間価数状態の形成が実現された。

 Au–Sn–Eu 近似結晶における、Eu 価数に対する圧力効果については、観測可能な変化は見られたものの、期待されたような価数転移や敏感な変化は測定圧力範囲内では見られなかった。圧力に対する価数変化率をYb系と比較すると、今回の変化率は Cd–Yb 合金準結晶と同程度であった。Cd–Yb 準結晶では加圧とともにほぼ線形に価数増加を起こし、常圧で2価の Yb が 31.7 GPa までの加圧で 2.33 価へと変化する[1]。但し、Cd–Yb 準結晶の体積弾性率が 49.2 GPa[11]であるのに対して、Au–Sn–Eu 近似結晶ではその倍以上の値である 116 GPa と見積もられる。そのため、Cd–Yb 準結晶に比べて加圧に対して体積が圧縮されにくく、圧力効果が現れ難くなっている可能性が考えられる。例えば、より体積弾性率の小さい元素で構成された Eu 系合金近似結晶を加圧することによって、より大きな圧力効果が観測されることが期待される。ここで、Au–Sn–Eu 近似結晶の体積弾性率の見積値は、各成分の単体金属での圧縮率に組成比の重み付き平均をとったものであり、Yb 系準結晶・近似結晶の例でも適切な参考値を与えている手法である[2]。

 

今後の課題:

 上記の試料選定の他に、圧力範囲をより高圧に拡大することも今後の課題である。吸収の問題のためダイアモンドアンビルには 1 mm 厚と十分な厚みを取れないために高圧力発生には不利な状況ではあるが、アンビルの先端キュレット径を現在の 0.6 mm からより小さくしたナノ多結晶ダイアモンドアンビルを用意するなどの対策が望まれる。

 

参考文献:

[1] D. Kawana, et al., Phys. Rev. B, 81, 220202 (R) (2010).

[2] T. Watanuki, et al., Phys. Rev. B, 84, 054207 (2011).

[3] T. Watanuki, et al., J. Phys. Soc. Jpn., 80, SA087 (2011).

[4] 綿貫徹 他、放射光 25, 176 (2012).

[5] T. Watanuki, et al., Phys. Rev. B, 86, 094201 (2012).

[6] A. Mitsuda, et al., J. Phys. Soc. Jpn., 81, 023709, (2012).

[7] T. Yamada, et al., Inorg. Chem., 58, 9181-9186, (2019).

[8] T. Watanuki, et al., Philos. Mag., 87, 2905 (2007).

[9] N. Kawamura, et al., J. Synchrotron Rad. 16, 730 (2009).

[10] 河村直己 他、放射光 23, 349 (2010).

[11] T. Watanuki, et al., J. Phys.: Conf. Ser. 215, 012019 (2010).

 

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(Received: March 28, 2019; Early edition: May 30, 2019; Accepted: July 16, 2019; Published: August 29, 2019)